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臭い。
「魔王軍と戦闘中の正規兵が戦線から離脱する間、前線で戦ってもらいたい」
臭い。
「やがて改めて援軍が来るまで、おそらく苦しい戦いになるだろうが、諸君らには前線の維持をよろしくお願いする」
臭い。
「諸君らのギルドにはそれぞれ前払いした報酬が支払われているはずだ。今ここで依頼を放棄してもらっても構わないが、このままここに残り、依頼達成後に支払われる報酬を是非受け取ってくれたまえ」
臭い。
「それでは、諸君の武運を祈る」
臭い。
***
条件は生きて凱歌を上げること。
死ねば前金と言われる端金が通夜葬式に使われるか、ギルドメンバーの晩飯で腹の中に収められるか。
せっかくここまで来たのに、やらされることは至極単純で、かつ難しい。
生きるか死ぬかなんてコインをひっくり返すほど容易いことではあるが、そんな急に人生ベットされて軽いギャンブルされても困る。
しかし、命そのものが商売道具と言っても過言ではない我ら傭兵は、人生と戦闘力に値段をつけて日銭を稼ぐしかないのである。
納得のいくボーナスもままならない、悪ければ金を貰うどころではないアホらしい商売を、なぜ俺がやらなければならないんだろうなんて思っている次第だが。
もちろん金のため。
死ぬのも御免だ。
なら頭脳フル回転、ありったけの自慢のスキルを奮って運に実力を上乗せしなければなるまいて。
昨日雨が降ったわけでないなら、なぜ辺り一面泥に覆われているのか。
キャンプファイヤーを起こしてレクリエーションに興じようとかいうつもりでないなら、どうして真昼間から煙と炎が焔々と蔓延しているのか。
それがどう運命に作用するか。
ここへ来てジルベルトが戦意喪失して、一旦軍の駐屯地の側に置いてきたのは無理もないし幸いだったのかと思う。
別に坊ちゃんを責める気はない。
ここにいるのは、泥に塗れようが怪我をしようが、グロテスク表現を目の前でお披露目されようがニヤリと笑っていられる腕白な人たちの独壇場なのだ。
もちろんテンションに個人差はあれど、それだけ高い経験値とSAN値が求められる修羅場である。
度胸試しや肝試しのつもりで来ようものならその洗礼を真っ先に被ることになるだろうし、善良な心の持ち主であれば、ここで見た光景を思い出しながら友達や家族にお喋りしようかとか気が狂いそうなことはしないはずだろう。
しかも、これが真っ向勝負だったことは、まだ運がよかったと言っても過言ではない。
本来ならもっと派手に————いや、あまり話したくないことだ。
ナサニエルくんはさすがとも言うべきか、いくつか戦場を経験したという通り順調な戦闘をしている。
足元が不安定なこの場所で持ち前のスピードを活かすことはできなさそうだが、それでも数人の敵を自力で屠ることが出来ていた。
数人というのは、もしかしたら戦果としてショボい成績だと思うのだが。
堂々と更に敵側へ攻撃を仕掛けたいのは漢の道理と言えるだろう。
でもそれは俺が邪魔をする。
ナサニエルくんほどの実力があって、未だに接敵がさっきの部隊だけだったのは、俺の立ち回りのせいでもあるわけだ。
見栄っ張りのジルベルトが側にいなくなったのをいいことに、わざと敵のいないところで仕事をサボることにしたのである。
戦いの騒音が若干和らぐくらいの距離までいれば、特に気を張る必要もない。
わざわざ無駄な体力を浪費するのもメンドくさいわけだ。
「師匠はなぜ戦わないのですか?」
「別に」
それだけを言ってはぐらかしておいた。
別に血を見るのが怖いとか、大きな音が嫌いだとか、あんな不衛生なところはちょっととか、戦闘シーンを描くのは苦手とか、そんな理由なのだよ。
「どうせ生きて帰ったら報酬もらえるんだし、わざわざギリギリ体力使って死にに行くような目に合うこともないだろ」
と、本心を交えたそれっぽいことを言ってみたはいいが、ナサニエルが納得するような素振りを見せることはなかった。
男の子としてはもっと力を証明したいんだろうけど。
さっき倒したという数人も、この人目につかない場所を見つけるまでに偶然エンカウントして、仕方なく相手をした連中だった。
あと100人殺せば英雄だろう。
けれど、例えば、今日思いっきり戦ったところで、結局は何日もこの戦渦が衰えず、何日も持ち越されれば体力が限界に達して、やがて思うように戦えなくなる。
そうなれば戦線離脱は必死だろうが、逃げる体力さえ使い切ってしまえば元も子もない。
なので、今の戦場が一体何日めなのか知らないが、初っ端にぶっ飛ばそうなんて、最早、理にかなっていない。
追加物資もタダではないんだから、戦いが長引けば長引くほど最終的な報酬も減っていくだろうことは明らかだった。
なので、戦う必要は毛頭ないのである。
多少は手伝った。
1人は追い返した。
「先程倒した敵は、どこかへ向かうつもりだったのでしょうか」
「斥候、伝令。どの道、あの人数で裏取りはまずないな」
俺らの陣地の情報を調べにきたのか、はたまたあちら側にいるやもしれぬ別部隊に戦況の報告へ向かっていたのか。
「破壊工作に向かっていたかもしれません」
「かもな」
結局俺らがその目的を邪魔してしまったので、どんな真意があったのかわからず仕舞いだし、それがわかったところで何か役に立つわけでもない。
報酬に上乗せということなら生かして捕虜にでもするのがよかったのだろうけど、わざわざ国王軍に義理立たせてあげようなんてつもりは全くないわけだしな。
カラスやお姉さんの面目が立てばいいのだから、ここに来たというだけで及第点のはずなのである。
勝とうが負けようが、こんな本格的な戦争に、しかも雇われの身で一生懸命働く理由なんてない。
生きて帰らないと次の仕事もできないし。
という俺の心中を知ってから知らず、いや知る由もないが。
ナサニエルくんは何が気づいたような顔をした。
「師匠は、もしかしてわざとこうして裏手に周り、逸れた敵を狙って待ち伏せをしているのですか?」
「…………」
ナサニエルくんは俺に何の期待してる。
いや、だったらもっと見晴らしのいいところに行くし、飛び道具も使うし人数も揃えて行く。
でなきゃ、挟み撃ちされたら一貫の終わりみたいなこんな場所で芋るはずがない。
近距離専門のナサニエルくんがどの程度まで戦略を加味できているのか知らないけど、思ってたよりポンコツか…………この子は?
「そうかもな」
「素晴らしい作戦です」
うんうん、という感じだ。
雑な相槌打ったせいでナサニエルくんからの好感度が上がってしまった。
選択肢を間違えてしまったか…………いや、中性的な顔立ちをしてる彼に好意を向けられるのは大して悪い気はしないでもないような気もするのだが。
しかし如何せんこれ以上ロリコンだの熟女好きだの男の娘好きだの。
俺みたいなやつにこんな多くの属性を持たせても誰も得をしない。
いや全部好きだけどね。
俺のパソコンの検索履歴を見てくれたらわかる。
見るな勝手に。
残念ながら俺という地味な暗いキャラはコンテンツとして成り立たないはずだからな。
これ以上欲張っても本当に得がない。
どちらかというと徳がない。
哀しみのレクイエム。ぴえん。
厨二病もギャルも持ってこいだぞコラ。
でも最終的にはおっぱいが好きです。
「そういえば、なんかわかったことはあるか?」
「はい」
本題に移ろう。
ナサニエルくんを重宝するのはなんと言ってもこの分野だろう。
地獄耳かと言わんばかりの情報収集能力。
町内会のおば様方の噂話や、SNSと同等かそれ以上かと言わしめるほど。
まるで下手な探偵より鼻が効く。
「おそらく戦況は今のところ五分五分。僕らが加勢してから、少しばかり魔王軍の優勢であると思われます」
ふむ。
「魔王軍はこの攻略戦に幹部相当を3名ほど投入しているらしく、“劫火”“閃光”の姿が確認されたそうです。…………どうかしました?」
「いやなんでも…………」
“閃光”。
どっかで聞いたことがあるようなぁ…………。
気まずいわぁ…………。
「ご気分でも」
「なんでもない。んで?」
「はい。この幹部相当が率いる敵軍には、国王軍の精鋭が抗戦、相殺しているという話です。代わりに僕らがいる部隊と言いましょうか、こちら側では魔王軍幹部相当が国王軍精鋭と対決している間に、大挙して隙間を狙っている軍勢を押し返すという算段だという見通しです」
ふむ。
どちらかが破綻するまで、この泥仕合は続きそうだな。
割と長めに。
ところで。
「いつも思うけどそんな情報どっから持ってくんの?」
ぶっちゃけて聞くけど。
「待ち時間の間に兵士らの私語を聞いていました」
私語にしては詳しい戦況情報だな…………。
この状況の私語って言ったところで「帰ったら何する?結婚する?」とかフラグになりそうなもんが好まれると思っていたけど。
現実はリア充に優しくない。
神様隠キャ説。
「なんでこんな場所欲しがるのかねぇ、魔王軍は」
これはふと思った疑問だが、こんなところで全力出したって戦力の無駄かと一見思えるが。
「おそらくですが、ここは国王軍から魔王軍までのほぼ中心、よりこちら側に位置しています。魔王軍としては取ることができれば、およそ侵略の半ばを達成することができるので、魔王軍はこの陣地の変化を見逃さず、一瞬の隙を突いて進軍したのかもしれません」
「なるほどなぁ」
なるほど。
カラスの談でいう、人事異動のタイミングを見計らってか。
とは言え、こうも絶交のタイミングを捉えたとなると、事前に情報を得ていた上で入念な準備をし、そして速攻をかけたという都合の良さ。
魔王の采配が功を奏したと言えば確かにあの人の手腕はすごいが、確実に国王軍にスパイないし優秀な斥候がいることが明白だった。
劣勢は魔王軍側だと思っていたが、これはあくまで、周囲から見ての判断なのかもしれない。
侮りがたし、魔王。
だが。
「全力で侵略をしに来たっていうところがまだわからないな」
「そうですね…………ここで戦力を削ってもメリットがあるようには思えません」
「ああ、わかったわかった」
戦力を削るね。
重要な陣地だってことは魔王軍も国王軍も同じなら、お互い大ダメージを食うことになるけど、勝ってしまえば改めて攻めるにしても、報復するにしても、どっちにしろ新しい戦力を整えるのに時間がかかる。
そのタイムラグを見越して、相打ち覚悟の作戦、っていう感じか。
地味だけど今はそれしか思い浮かばなかった。
何がわかったのか、口下手な俺がナサニエルくんにわかりやすく伝えることはできなかったが、これだけは言える。
「ここで魔王が勝ったらまた戦争が長引くな」
「…………」
そうまでして欲しいものって一体。
プライドとか、単純に土地が欲しいとか。
希望もクソも血塗れの泥に埋もれ、踏みつけられてでも求めるものとは。
如何せん、マジで。
「てめぇでやれって」
「師匠…………」
ナサニエルのような報復心があればまだわかる、なんてこともない。
冒険に栄光をかけた青春。
一世一代の成り上がり。
そして残酷な現実。
綺麗事を並べても所詮————。
「まったくだな」
不意に放たれた同意に気を取られる。
低音で落ち着いた、しかし気合は感じられないようなその声の持ち主が、まさか今までずっとそばに居たナサニエルくんのもののはずがないのではあるが。
「よう。あんたらもサボりか?」
そいつは見慣れた格好をしていた。
いや別に、俺の記憶にある、どこかで会ったかもしれない人物という意味じゃなく。
単に、同業者として、まぁそういう格好にするだろうな、という意味で。
突然現れた男はさも当然のように俺とナサニエルくんの対面へと座って、懐からパイプのようなものを取り出して火をつけた。
タバコのようなものだ。
この世界でもタバコは存在する。
親父の趣味のお陰で副流煙には慣れているが、どうも吸いたいとまで思わないものだ。
こっちの世界ではどの程度、体に悪いものなのかわかったもんじゃないが、まぁ、人の趣味にこれ以上ケチはつけるまい。
「スゥ…………ハァ…………まったく連中もよくはしゃいでいやがる。ご褒美さえ貰えりゃぁ、なにも必死こいてやり合わなくてもいいじゃねぇかってんだよなぁ」
と言って、男はさらにパイプを舐った。
「あなたも傭兵ですか?」
ナサニエルくんは見たままのことを訊ねた。
男はぶっきらぼうにそれを否定した。
「ハズレだ。実は正規の兵隊をやってはいる。うちは堅苦しい規則がねぇもんだから、身なりに気を遣わなくてもいいってわけさ」
スゥ…………クハァ、と男はもう一息タバコを吸う。
息切れもしてるみたいだし、むしろそれ逆効果なんじゃない?って気してきた。
「魔王軍か」
「あぁ。スカウトされてな。毎日戦場よ」
魔王があんな性格だからもっとホワイトな軍隊かと思ってたのに、その談では結構ブラックそうだ。
「おかげさまで楽しくやらせてもらってるがな」
前言撤回。
こいつ働き者なだけかもしれない。
俺は世間話でもしてみることにした。
「最近そっちはどんな感じなんだ?」
「どうとは?勝ち負けでいやぁ苦しい方かとは思うが」
やっぱりこっちの優勢は相変わらずか。
「まぁでも、お前らの目算通り、これに魔王軍が勝てば、首の皮一枚は繋がるなって感じさ。必死にもなるってもんよ」
結構話してくれるな。
比喩がこの場所だと的確すぎて比喩になってないまである。
男は次に、ところで、という感じでこちらに訊ねてきた。
「今日は何人やったんだ?」
今日のノルマの話だろうか。
「さぁな」
俺はそう答えたがナサニエルくんは男から目を離さず、口も開かない。
「愛想のねぇガキどもだ」
人のこと言えた義理かな、なんて言う愛嬌もない。
「俺はもう10人以上は殺したかな」
男は自慢気でもなく、かと言って哀しげや後悔しながらでもなく。
さも当然のように成果を呟く。
仲良くしてやる義理はない。
こうしているのも今日限りだ。
男のやることについて別に批判があるとかは特にない。
俺とこの男に、さしたる差なんてないんだから。
男はあと何度かスゥスゥ煙をを吸い込むと、パイプを叩いてその吸殻を捨て、煙を吐き出さないまま持っていた水筒を開けて、その中身をゴクゴクと飲み干した。
空になった水筒は乱暴に投げられ、コツンコツンと向こう側の岩の隙間とかに落ちていく。
「やろうか」
こういう約束を、予めしていたかのように男は言った。
面倒そうに立ち上がり、鼻をほじって体慣らしのために手首足首を振った。
間髪入れずにナサニエルくんが構えて、男に応えようとしたその瞬間。
男の気配が一瞬消え、気づいた時にはナサニエルくんの懐へ————。
「ぬっ!?」
またその次の瞬間、男は地面を転がってこちらを睨んだ。
脇腹を庇い、だが元気そうにぬらりと立ち上がって、強い殺意を俺に向けた。
「こんなところで油売ってるからただの雑魚かと思っちゃいたが…………坊や。少しはやるようだな」
雑魚は言い過ぎちゃいます?
こっちだって戦略的休憩をだな。
まだ何が起こっているのかわからないナサニエルくんがハッと我に帰り、再度剣を男に向けて今にも飛び出して行こうとした。
「…………!師匠?」
俺がそれを遮る。
「あぁ…………そうだな。ガキの出る幕じゃない」
酷い言い草だ。
ナサニエルくんだって頑張ってるんだからね。
ただ今は正面切って出ないでほしい。
「向こう行っててくれ」
「しかし師匠…………」
「だいじょーぶだから」
「そろそろ来な」
「いつでもどうぞ」
「そうかい、じゃあ、遠慮なく!」
こちら向きに掲げられた男の持つ槍の切っ先が、凄まじい推力を持ってズバ抜ける。
さっきは。
ナサニエルくんにはこの男の動きが見えてなかったみたいだけど。
側から見れば男はケツが付くくらい屈伸して、そのバネでナサニエルくんの顎下まで速攻をかけた、という感じだった。
俺が慌ててこいつの脇腹を蹴っていないと、この短めの槍で喉をグサリとやられていたはずだろう。
男は体の屈曲を活かしながら、槍をブンブン振り回してくるスタイルだ。
槍は端々を力強く掴まれているので、リーチは殺すがトリッキーな攻撃が次々と飛んでくる。
さながらこういうダンスを踊っているかのように。
槍に派手な飾りを付けてるから、まるで獅子舞か歌舞伎の舞を見させられてる気分だ。
こちらが闇雲に剣を振っても、大きな動きで避けられるか、槍の柄で防御されてデカイ隙を作らされてしまうだろう。
多分こいつはそれが狙いだ。
だが何もしなければ槍の切っ先がどこからかわからない位置から突かれる。
並の運動神経なら、ひと突き目はかわせてもふた突き、さん突き目にその辺に死体が転がっていたはずだ。
やがて、一頻り暴れ回った挙句に、膝をついた男は俺に問うた。
「あんた…………ほんとは今日何人殺した?」
左のアキレス腱、右肘の筋、左肩の筋を切られ。
大事な槍が間抜けに転がり、呆気ない敗北に喫した男は、恐怖に塗れた視線を俺に向け、俺は間も無く、容赦も無く、その眉間に剣を振り下ろした。
振り下ろす直前に、冥土の土産や慈悲で答えるわけじゃないけれど、親切のために言ってやった。
優しくしてやるのはこれで最初で最期だ。
「お前で一人目だけど?」
おひさ




