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そして町一番の憩いの場にて。
有事の時以外は置物となる水の流れない噴水広場にて。
シエルはトキからの研修があるとかで着いてこれず、俺とアマネさんは、こうして掲げた「お仕事募集。ギルドメンバー募集」の看板を見せびらかし、誰かに声をかけてもらえるの、ジッと待っていた。
ジッと。何かが起こるまで。
何してるんだろう、俺たちは。
時間としては軽く1時間もの間こうしているわけだが。
アマネさんがここまで積極的とは思わなかったなぁ。
精々、敬老者に席を譲る、落し物は交番に届ける、命の危険があるやつは飛び込んで助けに行くぐらいの良識があるだけの人かと思っていたんだけど。
アマネさん、ぱねぇっす。
「こうして新しいことを始めるのって中々気分がいいわねっ」
「そだねー」
さっきまで散々でしたけどね。
これでも頑張った方だが。
飛び込み営業とばかりに、お仕事ありませんかっ!と手当たり次第に市場の連中に声をかけまくり、逆に不評を買って、警ら隊を呼ばれて厳重注意されてしまったのが運の尽きという。
ここから動かないで、と言われてこの始末。
俺はともかくアマネさんは誠意を持って営業に勤しんでいたはずだが、なんて冷たい奴らなんだみんな。
俺の愛想が悪かったからとはいえ、こんなにも前向きで積極的に動き始めアマネさんを見限るなんて、あんまりじゃないか。
すまんかった。
とはいえ、忙しそうなところに青二才2人が押しかけたのもいけなかったのだろう。
で、仕方なく今、起業のスタートダッシュに失敗し、途方に暮れているわけだが。
極めて積極的なフリーターをしているわけだが。
こんなはずではなかっただろうに、けれどワクワクしているアマネさんを何かと咎める気も起きないわけで。
喉乾いたなぁ。
アマネさん水飲み場行かない?
「ところで、なんでギルドなんか」
「えっとね」
俺の急な問いに、アマネさんは一瞬言葉をくぐもらせた。
俺が何故、疑問の余地を持ったままグダグダギルドの手伝いをしているのか。
酒場でアマネさんにギルド設立を提案され、即答で嫌だと返し、トキに脅迫まがいに説得されて渋々付いてきて今こうなっているとしたら。
情けない?
ノンノン。
トキに逆らうと晩御飯抜かれるからね…………。
それで、せめてギルドを作るとはどういうことかを教えてほしい次第である。
狙いは何だ。
ターゲット層は。
コンセプトは。
大体いくらくらいでどんな働きをしてやるのか。
納得のいく説明をしてもらいましょうかね、眼鏡クイッ。
ヤベェ、今俺資産家みたいなカッコいいこと思ってなかった?
「色々話を聞いてるとね、これからカラスさんや、軍の仕事を請け負っていくのに、ギルドとして請け負った方が効率がいいんじゃないかって思ったの」
思っていたよります理由が浅はかなり。
効率とはなんぞや。
「そもそもギルドっつっても、何ギルドをするつもりなんだ」
アマネさんは可愛いと思うから需要はありそうだけどな。
アイドル路線かしら。
何、アイドルギルドとか新しい。
プロデューサーが必要かもしれませんね、眼鏡クイッ。
ヤベェ、今俺なんかあっけらかんとしたこと思わなかった?
資産家もプロデューサー業も経験ない身なんですがね…………我ながらあざとい、そしてアホっぽい。
「一応は傭兵かな。ハトさんが主力の」
「そっち路線?」
「一応ね」
まじで。
「へー」
待って、今俺が主力って。
「勘弁してくれ」
「でもね、あたしじゃあ役不足だと思うの。その点ハトさんは色々経験ありそうだし」
「色々経験って…………別に大したことはしたことない」
むしろ忍び足とか拳法できるアマネさんこそ経験豊かそうな気がするけど。
なんで俺が先頭突っ切らなきゃいけないのよ。
俺サポート型なんだ。
主役は割に合わない。
誕生日だって平日で過ごせるからね、えっへん。
なんでだろう、涙がちょちょ切れてくるんですが。
「別に傭兵じゃなくてもいいんじゃないか?それこそ、トキみたいになんか店でも開けばいいじゃん」
「どうかな…………あたしには商才なんてないから」
商才がないって、ギルドの運営どうするんだい。
まさかノープラン?
ノープラ?
「なんとかなる。とかは言わないでくれよ」
「言わないわ。プランはあるの」
よかったぁ。
「まさかこうして誰かに声かけてくれるまで待つのが今のプランとか言わない…………よな?」
「…………」
「…………なぁ」
「…………」
「…………」
ノープラかぁ…………。
俯いて顔が真っ青になりだしたし、この人。
意外とポンコツさんだったんだ。
「初めてのことって、まず何をすればいいかわからなかったし…………」
「なんで誰かに聞いておかなかったんだよ…………」
「なんとかなるかなって思って…………」
「なんとかなるって言わないんじゃなかったっけ」
「もーごめんなさいってばっ!」
逆ギレされた…………。
半泣きで。
「じゃあハトさんが思うまず最初にすべきことって何だと思うっ?」
「キレ気味で訊かれても。そうだな。とりあえずトキに相談するかな」
運営方法とか、あいつ得意そうだし。
蛇の道は蛇じゃないけど、そういうのに詳しそうな人が身近にいたではないか。
「忙しそうだったし…………」
「そうだろうけど」
確かに、さっきはトキさん、ああやって雑談する傍ら帳簿とか付けてたからね。
一瞬覗き込んだら数字の並びに目眩がしました。
間違えてないんだろうか…………でなけりゃどんだけ器用なんだあの妹。
「新しいことをするって、なんでこんなに難しいんだろう…………」
「さっき気分がいいとか言ってたけど?」
「やっぱりあんなところでお酒飲みながら賭け事やってる人たちの意見なんかアテにならなかったのかなぁ…………」
「ソースはあの呑んだくれどもか」
とんでもねぇところからの情報だ。
「数打ちゃ当たるって…………」
「数打ってもあいつらはシエルに一勝もしたことないからなっ。どこに信頼要素があったんだよっ。言う通りにできてたらあいつらあんなとこに屯ってねぇよっ?」
「流石にそこまで言うのは言い過ぎじゃないかしら…………」
浅はかなり、アマネどんや。
「なぁ、さすがにその後のことも考えてるんだろ?」
「もちろんよっ。えっと、まず仕事をもらったらそれをクリアするっ」
「ああ」
「それから、それで得た利益を二人で山分けよっ」
「前の仕事と全く変わらない状態じゃない?」
「えっ?」
「えっ?じゃないよっ?」
大変よ。この子、全くのノープラだわ。
こっち見なさいっ!やっぱ見なくていい…………ドキドキするから。
「カラスから報酬はもらったか?」
「ええ。少し多いように思えたけど…………」
「そっちもか」
やっぱり多かったか。
お姉さんは太っ腹だなぁ。
初対面のアマネさんのこともしっかり考えてお礼をくれるらしい。
てっきり報酬に不満でこんなことするのかと思ったけど。
「なぁ、せっかくこれからって時になんだけど、もうやめにするか、せめてもう少し考えてからし始めないか?」
あれだけ営業して仕事一つもなかったって言うのも情けない話だけど。
まずはトキさんに相談だ。あの赤字店を街一番にした手腕に頼らない手はない。
今日は忙しそうだから明日とか。
あ、これ有耶無耶になるパターンだ。
「うーん…………なんていうか、その、ね?前の仕事の時に、色々あったじゃない?」
「うん…………?」
色々。
あんまり印象深いことがない。
強いて言えばアマネさんの拳法家の爺さんの技と、忍法がある程度使えるんだなってことくらいしか印象がない。
地味にインパクト強い。エロジジイと忍び足。
「あの時…………」
「あの時?」
「そう。谷底で、人を助けた時」
あー、おー、うん。
結果オーライのやつか。
あれも印象深い。
結局、後の話ではあの助けてやった男が内通者だったらしいけど。
つまんないところで当たりを引いてしまうのは、俺だったのか、アマネさんだったのか。
そんなことは報告するほどのことでもないか。
「あたしでも、動けるんだなって思って。足がすくんで動けないんじゃないかって思ってたのに」
「…………」
並大抵の人間はそんなもんできはしない。
ましてや、あんな状況で人を助けようと思うなんて、命知らずもいいとこだ。
何でもかんでも動ける方が、本来バカなはずだったのである。
「けどあんたは動けた」
「そんなことない。ハトさんがいなかったらあたしはどうなってたかわからない」
「あんたが動いたから俺も動いたんだ。でないとあのまま確実に一人は死んでたし」
「怖くなかったの…………?」
「俺は別に」
慣れてるし。
判断ミス、命令違反、結果オーライ、水の泡。
戦場ではそんなことで勝利に背いてはいけないのだ。
だから、慣れざるを得なかっただけに過ぎない。
「あたしは怖かった…………今でも、思い出すと手が震えそうになって…………そのすぐ後に、あの鎧たちが…………」
そうだった。
猿の次に現れた『閃光』と呼ばれる鎧とその仲間たち。
どうだろう。
アマネさんはどう思ってたかわからないけれど、魔物より意思疎通ができる分、かなり気分は良かった方じゃなかったか。
カラスが来なきゃ危なかったとはいえ。
あの瞬間は助かる見込みがあった。
『閃光』も大して敵対心があったわけじゃなかったしな。
「気にし過ぎじゃないか?」
「いいえ…………ハトさんは強いわ」
いいや違う。
「強い人たちって、やっぱりそういうことすんなりできるから。憧れる。すごくカッコいいの」
…………。
そんなに大仰なことか。
俺は、仕方なく助けに行っただけだ。
仕方なく、『閃光』がアマネさんに手を出さないように邪魔をしただけだ。
「俺が強いんじゃない」
「…………ハトさん?」
おっと。
ついつい感情的な口調になっちゃったな。
悪気があったわけじゃないけど。
大丈夫、冷静冷静。
「でもねハトさん。あの時、あたしが好き勝手に行動したけど、駆け付けてくれたハトさんの行動は、勇気ある行動じゃなかったかな。それが強さって言わないかな」
まるで見当違いのことを。
勇気があれば、俺はアマネさんより先に人命救助に行っていたはずじゃないか。
あの猿の群れから逃げ果せたのも、『閃光』に一杯食わせたのも、ただただ運が良かったとしか言えない。
「行き当たりばったりで、幸運が続くのかと思えば、そんはずはない」
必ず、清算されるかのように代償がやってくる。
幸運は自動積み立て、自動引き落としだから。
神様が有能なやつを、側に置きたがるかのように。
勇気がある————良いやつほど先に死ぬ。
だから俺は今も生きている。
勇気があればもう死んでる。
神様を悪く言いたいわけじゃないんだが。
なんで嫌味っぽくなってんだ俺は。
アマネさんと話してると、昔の嫌なことばかり思い出してしまう…………。
この人は…………何も知らなさ過ぎる。
恐怖ってのがどんなもんかってやつを。
「…………」
俺が含みのあることを言ってしまったがために、アマネさんは首肯をするわけでも、訝しげにするでもなく。
俺の様子を見て、俺の話を最後まで聞こうとしていた。
続きがあるかと思っているのか。
けれど話がしたいわけじゃないんだ。
俺が言いたいのは。
「あんたはどうしてギルドなんて作りたいと思ったんだ」
話を最初に戻そう。
問わなくてはならない。
これは勇気の及ぶどころの話じゃないと。
今問われるべきは、覚悟だろう。
組織を持ちたいと思わなくなった、俺が背負いたくなくなった覚悟。
失うかもしれないという覚悟。
あんたは何故背負いたい。
「人助けはカッコいい。あたしもあんな風になりたい。あたしがギルドを作りたいと思うのは、ただ、人助けがしただけ。ハトさんみたいに、カッコいい生き方をしたいだけなのよ、あたしは」
咄嗟に、アマネさんがそう男前に言ったことが、果たして覚悟であるのかを判断することはできなかった。
否定したいと思った。
でもできなかったのは、その言葉を否定すると俺自身を否定することになるんじゃないかと思ったからか。
その言葉に中に、彼女が俺を褒めたようなフレーズが入っていたから保守的になってみたのか。
つくづく意地が悪いと思うよ、我ながら。
「どうせギルド作るんなら、もっと自分に都合よく作ってもいいんじゃないか」
「作ったのよ。あたしの望みが叶うギルドを」
もうそれ以上イチャモンつけるのは野暮だろう。
そうか。
彼女にとって。
もう仕事さえ来れば望みが叶うのだ。
「あたしはみんなの力になりたいの」
ギルドのコンセプト、人助け。
決まったか。ちょっと心配だけど。
いい笑顔でそんなこと言われてしまえば、ポッとなって顔背けちゃうでしょ、普通。
どっちかっていうと男惚れ。
だってさっきから言ってること男前なんだもん。
胸元にかけても男前。
密かにセクハラしたくなっちゃうってことはギリ女の人なのかなアマネさんって…………。
今度お風呂か着替えを覗いて…………ハッ!何を考えてるんだ俺はっ!
「それにしても、これから信用を得ながらお仕事をもらっていくんだけど、あたしたちってなんか胡散臭いのかな?」
「うん…………」
胡散臭い、て。
酷い。
事実っぽいけど。
「だからこの町で地道に仕事をして、信用してもらって、根を張っていくのが今後の課題よね」
「そうだな」
妥当だな。
道のりが長い。
彼女はズレているのではないか。
まるで、最悪利益もいらないかのように言ってしまうところが危なっかしい。
危なっかしくて目を離せない。
むしろそれが、アマネさんという女性の持つ魅力なんだろうか。
彼女を彼女足らしめるのは、こんな男の子っぽい性格があるからなのか。
なんだろう、なんかこの表現、俺、詩人の才能あるかも。
「やっぱりハトさんに話してよかったわ。こんな重い話、ハトさんくらいしか今はできないから」
…………。
アマネさん友達いる?
俺でよければメアド交換しようか…………?
交換しようにもスマホがねぇ。
スマホがなけりゃラインもねぇ。
「あれ?見てハトさんっ。誰かこっち来るっ」
ほんとだ。
一人。
偉く見覚えのある太々しいような少年が。
背が低く、身体の線が細い。
マントを被った姿はあの時と同じシルエットで、だからこそ見覚えがあったのか。
メンドくさそうなやつが来たなぁ…………。
笑いを取りたいのにそれはできない空気を作ってしまうって(泣)




