なにか買うときは、よく考えて買おう
妹の店を追い出された俺たちは、執拗にも店先で今生の別れを惜しむことにした。
ここは市場である。
人は少なくないが、お互い雰囲気を気にするような性格じゃない上に台無しにすることにかけて他の追随は許すまい。
なのに自分らの雰囲気は大事にするという。
「さて。まずはなくした剣の代わりを探さないとな」
「なくした?捨てたのでは?」
「お前のせいでな」
とうとうもっともらしいイチャモンをつけてきやがった。
確かに使いにくい剣ではあったが、この責任は絶対に俺にない。
「ふんっ。口八丁にのせられた挙げ句、存在もせん宝探しを付き合ってやったんだから、この件についてはチャラじゃ」
「んだと」
「どうする?情報元にクレームせんのか?」
そう提案するアカネだが、その情報元がどこにいるかわからない。
そんなことはお前百も承知だろ。何勝手に話逸らしてんだこいつ。と、少女を罵ることが趣味ではないので大目に見てやるとしよう。
「ほっとけ。メンドくさい」
「その口癖…………いい加減聞く側にとっては聞き苦しいんじゃが」
この少女は俺へのダメ出しを別れの間際までしてくる。
メンドくさい。もうメンドくさいな、お前。
しかしながら確かに。もう長く使っているこの口癖にも少しアレンジの必要がありそうだ。
別に本心からそうなんだけども、ツンデレとか思われたら敵わない。
同じ言葉を連呼するなんていう、薄いキャラと言われても敵わんし。
「また新しいの考えとく」
「そうしろ」
こいつ…………少しは「そのままでも十分だよ」みたいなこと言えないのか?
気遣いの足りないガキんちょめ。
人の厚意を足蹴にする、あるいは揚げ足をとることに何の意味がある?
不毛な争いを生み哀しさが増長するだけだろう?
お前はこの何千年で一体何を見てきたっていうんだ?
そんなんだからババア呼ばわりを免れないだろ。
とはいえ、千年も二千年も生きる巨大な龍に対してババア呼ばわりは口が裂けてもできなかった。
契約がないと殺される、今度こそ。
胸中でここまで横暴にされているというのに、このチビ助、服をゴソゴソとして何かを探していた。
可愛らしい容姿で服をパタパタされると、なんだかいけない気分になっちゃうよ。
ただでさえ布と胸の層が薄いというのに。お兄さんは健全だから興味はないがね。
チラ。
チラっ、チラっ。
すると何を見つけたのか、アカネがグーを差し出してきてこう言った。
「餞別じゃ。受け取れ」
「ん」
ありがたや。ありがたや。
ぞんざいに右手を差し出して受け取ったけど、心の中では謙ってヘラヘラしてアカネの足の爪先を舐め回さんとしている。
これも俺の愛すべきアイデンティティの一つか。もしくはただの変態か。
なんか良くしてもらうと敵であろうと好きになってしまうという。
幸いにも、今のところ弊害はなかったりするが、弱みに付け込まれやすいので表には出さないつもりだ。
そして受け取ったものは、この世界では持ってなくても特に困らないほど薄く、故郷のものよりもずっと貴重な、そもそもアカネからも珍しいプレゼントである、紙幣が、俺の手のひらへ移された。
「嬉しいじゃろ?」
「お前…………どこでこれを?」
驚きを隠すことができない。
何故ならこれはそれほどに、貴重だからだ。
「葉っぱじゃないから安心せい」
「そりゃあ、お前はタヌキよりも雌ギツネって感じっ…………?!」
お前…………見た目詐欺の怪力の癖に俺の足をっ!
「盗ったものでもないっ!人の厚意は黙って受け取れっ!」
ありがたき幸せ。
薄い紙に厚意か。
「これで前と同じくらいの値の剣が買えるだろう?今度はよく吟味して選ぶことだな」
「…………ああ、ありがとう」
情けなくも、次にまた叩かれるのが怖くて素直に礼を言った。
この怨みはいずれ本人の知らないところで晴らさでおくべきか。
「それでは、な」
そう言って、アカネはあっさりと俺を見限り、テクテクと人混みの中へと消えていった。
本当につまんないやつ。
言うほど今生の別れを惜しむ、なんてつもりもなかったにせよ、あれだけバカやってアホなことなしに消えてった。
お前ばっかり俺のこと気遣いやがって。
どうせ最後ならもっとあいつの好きそうなとこへ行けばよかったんじゃないだろうか?
今更にそんなことを思いついた俺は、まぁあいつとの時間が悪くはなかった、そう思えて仕方がない。
小さな背中を見送り、人垣で見えなくなると、とにかく雰囲気だけは本物っぽく醸し出しながらさっさとあいつとは逆の方向へと足を踏み出した。
NEETだったときに慣れていたはずの孤独。今はこんなにも苦しいものなのか。
やめてよかったかもしれないクソNEET。
それはそれとして、俺はさっそく、もらったお小遣いを両手の指で摘まみ、目を輝かせながら、スキップを抑えようとして抑えきれずに、一直線に武具店へと駆け出していた。
別に?アカネとの別れが苦しくて悲しいわけじゃないんだからね?
嘘偽りなくツンデレることができるくらいに有頂天にならざるを得ないっ!
この世界は比較的、小金や宝石、物々交換で物の流通が行われている。
もちろん金で全てまかり通る世の中であるが、地方へ行くと金は価値がありながら徳はない。
田舎者が懐へしまって出そうとしないから、経済が回らないのである。
やはりその輝きが人の心をたぶらかすのか、資源が貴重なこの戦時中にそれをされると堪ったものではなく、そうでなくとも金の使い方がわからない連中に財宝が流れるなんてと貴族は思ってクレームでも出したのだろう。
それを聞き届けたある国は、とある人間からある文明を基に考え出された銀行という設備を設置し大量枚の銀行券を発行し財宝の代わりとして世にバラ蒔いた。
使い方はこう説明したことだろう。
『この紙いくらとその金、宝物を交換しよう。紙は何を交換しようとしても同じ価値だけの枚数を支払えば使えるから。言うこと聞かなきゃお前反逆者』
こんな雑な説明で合ってるのか知らないけど。
いわば国が借金をし始めているという現状だったはず。
いつしかその使い方を誤った我ら田舎者は、国の恩赦的な何かをを受けられる、勝手に飯が食えるのかという解釈と当てつけをして、いつの間にか価値が上がっていったらしいと、チンピラの友達が言っていた。
多分何かが違うだろう。
が、価値は本物。
そんな核兵器が。
今この手の中にあるというのかっ、ちくしょーめっ!
この紙幣1枚でクーポンとしてその価値を余すことなく発揮するには、十二分過ぎるというわけだ。
店ごと買えるぞ…………。
あゝ、俺は何て罪なものを手に入れてしまったんだろう…………。
がはははははははははははっ!!!!!!!
ほんとはその辺で遊ぶために使っていしまいたいところなのだが、やはり左腰に重みがないと落ち着かなかった。
もうそろそろ禁断症状が起きてもおかしくない。
枝を拾ってぶん回したり発狂したりしかねないので、だからこそ、落ち着いて、走るときは前を見るべきだったのだが、それはもう手遅れだった。
財は人を狂わせる毒になるらしい。
身をもって知ることになるだろう。これがその例だ。
俺は胸を高鳴らせて、期待と欲望にまみれた目を何気なしに前へ向けたその時。
どういうわけか、客がごった返す市場の十字路に差し掛かったところでいきなり飛び出してきた人が目に入り、ブレーキをかける間も無く衝突。
盛大にこけ頭を強く打ってしまった、のだった。
星屑が散った瞬間だけ、よく覚えている。
しばらくなにも考えることができなくなったのは言うまでもなく。
その間俺が無防備に潰れていたことは見たとおり。
そのたった一瞬の出来事は少し嫌な思い出を呼び覚ますに至った。
様々によく似た例がある。
砲弾が目の前に落ちてきて爆風で全身吹っ飛ばされた時。教官にかかってこいと言われて行ったら天地ひっくり返っていた時。戦場で突撃の合図と共に走りまくったはいいがよくわからない道で足を滑らせ崖の下までころりんした時。
誰か経験あるのではないだろうか?
特に宝くじが当たった特別な時なんかは、注意が疎かになるに違いない。
今思い出すと、俺どんだけドジな兵士だったんだ…………。
ようやく意識が定まってきたところで、俺はまず誰にぶつかったのか知るために、その姿を捜した。
手間はかからない。
目をあげればそこにいたんだから。
そいつは綺麗なショールをフードにして目深に被り、上半身は隠れたいたが下半身は見せつけているかの如く生脚で、靴は膝の真下まである長さのブーツを履いていて、腰巻はヒラヒラし過ぎて防御力の欠片も見当たらない。
どうやら女性らしい。
身体の線も細々として、今ので骨が折れていないか心配になる。
彼女は尻餅をついて、しきりにそこを痛そうに擦っていた。
お尻打ったの?
俺は頭打ったのに、不公平じゃないか。
「おいあんた。大丈夫かよ?」
しかしアカネと違って紳士の俺は、わざわざ手厳しいことなど露ほども言わず、相手を気遣った言葉をかけてやることができる。
わかるかねアカネ?
年の功で威張り散らすお前と俺とでは、こんなにも差があるのだよ。
さっき足を踏まれた怨みを今ここで晴らしたことで気持ちよくなり、更に俺は口元が歪むのを抑えてニヒルを気取った。が、
「どこ見てんのっ!危ないでしょっ!」
返ってきたのは手厳しい言葉だけだった。
ねーちょっと待って。
紳士に対し淑女がなっていないお嬢さんではないか。
「あんたこそ、お互い様だろ」
返してやった。
まさかこれで言い返せた、言ってやったとは思わないけど、一体どんな罵詈雑言がまた返ってくるのだろうか、とソワソワする。
「そ……れは…………関係ないでしょっ!」
返ってこなかった。
返って…………こない。
ニヤリ。
「関係なくない。なにを急いでたのかは知らないが、曲がり角は一時停止で右左右。常識だろうが」
あくまで俺は落ち着いて当たり前の言葉を放った。
地元というかあの世というか、この世界で自動車は普及してないから存在しないだろう語句なのだが、万国で通ずる常識のはずだ。
知らずともわからないとは言わせない。
相手はそれを鵜呑みにして、なにか言い返したいができないようだ。
どうやら押しに弱い女の子というらしい。
へへっ。なんだかアカネのことを八つ当たりするようで心が痛むが、こっちは急いでいて向こうから勝手にぶつかってきたのだ。
手加減してやる筋合いはない。
「いいか、あんた。世の中、反抗するだけじゃあ罷り通っていけるわけが――――…………っ!」
俺は、途端にその次の言葉を紡ぐことができなくなってしまった。
道のど真ん中で座ったままの弱者苛め、もとい、説教にたらしこもうとしたとき、おもむろに右腕を伸ばしたのだがなんとその腕が軽く痙攣していたのだ。
なにこれ。まさか!
頭のヤバいところを打ってしまったというのかっ?いやっ!これはそんな大事にしたくはないっ!医者に行きたくないっ…………そうだっ!俺は今、あまりにも大事な大事な用事があったっ!確か…………そうっ、剣を買いに行くところだっ!前にも同じことが起こった覚えがあるぞっ…………そのときは先代のナマクラ剣を買う前…………ということは、これも十中八九同じ症状だと診て間違いないっ!
なんということだっ!まだ二日と経っていないというのにっ、そんなにも禁断症状が進行していたのかっ!こうしてはいられないっ!
「?え?ちょっと、あなた?どこ行くのっ?」
構ってる暇はないっ。
ことは一刻を争うのだから。
「曲がり角には注意しろっ!以上っ!」
「はっ?ねぇっ!これ――――」
女性の最後の言葉にも耳を貸さず、俺は一目散に武具店を目指した。
道行く買い物客をかわしながら、時には人垣をひとっ跳びしたり、時には曲がり角を壁走りしながら曲がったり、とにかく人目も憚らず一心不乱に走り続けた。
おりゃああああああっ!
十字路から走って数分も経たない内に、俺は颯爽と目的地に辿り着いた。
慌てたまま武具店の扉を勢い余って開けてしまったため、中にいた強面で屈強なお兄様方に一斉に注目されてしまったけど。
失敬…………こっち見ないでおっかない。
別に向こうも興味ないようで、うんざりした様子で、それぞれ得物の物色を再開し始めた。
うんうん。何か一言くらい言ってくれてもよかったぞ。
無視は逆に傷つく。
顔見知りの店主は、どうやら奥に引っ込んでいるらしい。無用心だな。
今の内なら、多分イケる…………この方、万引きする度胸もない俺がそれを実行できたかはさておき。
俺は一度店内を見渡した。
それだけでは気になる刀剣は見当たらない。しかし形ではないのだ。
何事も、触れてみなければその核心に、心髄を感じることはできない。俺は試されている。
剣が俺を選んでくれる。昔の人は良いことを言いました。
とにかく面白い品を持って外で素振りだ。
やっぱ万引きはいけないことだからね。やめようね考えるのも。
次に店内を一周したが、やはり目を惹くような刃は見つからなかった。
持ってみても同じ。
俺はガラスの中にディスプレイされていない剣や刀を、右手で一本一本、その掴み心地や振り心地を吟味した。
初めての頃は恥ずかしかったこの行為も今や慣れたもんである。
しかし、まるでしっくりくるような逸品がない。
ハズレか。
なら次だ。
戦乱の御時世。このような店種は一軒ではない。
なんか、一番良さげかなと思ったやつだけ、錆びるくらい触って心地を覚えておこう。
ペタペタ。
と、奥まで見物し舐めるまで剣をベタベタ触っておいて、冷やかし同然に店を去ろうとした時だった。
触れる物を優先した為、眼中にもなかったガラス張りのディスプレイの中にあったものを、俺は見逃さなかった。
レジの目の前、しかも最下段に置かれているものだ。
わざと見逃しやすい場所に置かれているのかと、疑いも抱く。
両刃の裏の刃の半分が峰になって、両刃でありながら柄は片刃に合わすようなデザインのそれ。
全体的な印象は派手ではないが地味でもない。
製作者の趣味に嫌味がないかのように。
一言で言い表すならそうだな。
かっけー。
これは運命だろうか?触れてもいないのに、こいつが俺を呼んでいる。
とりあえず俺は、今持っている剣の柄をちょっと引いて、一直線にガラスに突き立てようとした。
「なにかお決まりになりましたかな?」
ぎゃっすっ?!
…………危ない危ない。
もうすぐで人の商品が別の商品へダイブしそうだったよ。
手が滑りそうになったよ。
いや、こんな人の目がある中でそんな素振りを見せつけたことはマズかったけど、危なくも柄がガラスに触れる前に手を止めることができた。
後ろから声をかける時は気をつけてほしいよね。声かける前に何かしようとしたかはさておき。
声の主はこの店の主人、年季の入ったじいさんだった。
違うんです。
この気持ちわかります?
『触るな』と書かれた塗りたてのペンキに触れたくなるのって最早本能じゃないですか。
触るな、と言いたげなディスプレイを割りたくなるのも、はい、ごめんなさい…………すみません、もうしません…………。
「おや?誰かと思ったら、ハトさんじゃぁないですか」
「なぁ…………俺はこう見えてナイーブだから急に話しかけてくるのやめてくれよ…………特に今は手に持ってるもんぶん回しちゃうから」
「それは失敬。商品で遊ばれるのはご遠慮願いたいところですね、えぇ」
嫌味なじいさん。
「その剣が気になりますかな?」
「そうだな…………この一番下のやつが気になってる」
「お目が高い。それは私も気に入っておりまして。せっかく仕入れたものだが、誰にも渡したくないもんで、わざと目につきにくい場所に陳列したんですよ」
根性悪。
じゃあ店頭にすら置くんじゃない。
と言いたいところだが、じいさんの言ってることは大抵本心とは思えないから、話半分の受け取っておこう。
先代のナマクラも、ここで良い値で買ったやつだった。
その前は逆に安い割りに斬れやすいもので、このじいさんの口車に乗せられて買ったもんなんだが。
真実のようでもあり、嘘のようでもある。
それを言っちゃあ、人間が語るほとんどのものは、そんなもんなんだけど、このじいさんは顕著だ。
わざとらしい。
年寄りぶって若輩者をからかおうってか、そうはいかんぞ。
「ところでハトさん。あんた私が前に売ってやった剣をどうしたんだね?まさかもう真っ二つにしちまったのかい?」
「なくした」
「その剣は高いですよ」
ジジィ…………話が長くなると感じ取って先に進めやがったな。
いいとも、後で腰抜かすといい。俺は今、VIPだぜ。
「いくら?」
「金貨400枚くらい」
「大枚金貨なんて背負ってる不用心なやつ見たことある?」
「ありません。ハトさんがそれを持ってるとも思えませんね」
ったりめぇよっ!見てっ!そして悪口言うのやめてっ!
「なら、それは紙幣と交換でしか、譲れませんな」
なんだと。
まさかの事態だ。お釣りが来ない。
「一枚でいい?」
「三枚」
なん…………だと。
これそんなにスゲェやつなのか…………。
紙幣を3枚も使わせるとかこの剣ただもんじゃない。
と、そう折り合いをつけて価値を見出し買おうとする俺は見事にチョロいなと後に思った。
ふふっ…………アカネに鍛えられた値引き術を、今こそ。
「一枚にしてくれ」
「紙幣を持ってるんですか?いやはや冗談ではありませんでしたが、あのハトさんが」
「あの俺は死んだ」
「…………それでは譲れません。私はその剣が大のお気に入りでしてね。娘を紙切れ一枚で譲る親父がいるとでも?」
「娘を金でやり取りしてる時点で最低だな」
「金持って出直しきなさい。ハトさんのためにもそれがいい」
途中の俺のボケも無視してくれやがってぇっ!
剣買うために大枚叩いたら生活できないじゃんっ。
このじいさん、俺の安否全然慮らず適当なことを言っちゃって。
是が非でもこいつを格安で手に入れてやる。
でもここは一旦退くとしよう。人目があって恥ずかしい。
「仕方ない、出直してくる。また来るかも」
「待ってますよ」
ぐすん…………アカネ助けて。
「じゃあ俺がそいつを買おう」
情けない心持ちで、仕方ないから店を出て行こうとしたその時。
突然、聞き覚えのない、ドスの利いた声が轟き、見苦しい取引を引き継いだ。
不躾な。それか聞こえるように割り込んできたな。
声のした方を振り向くと、筋肉隆々で長身の男が、鋭い三白眼を店主に向けて微笑んでいる。
ねぇ、カッコよく去ろうと思ったのに何してんの。
「ちょうど三枚ある。それ程いい剣なら、是非とも手に入れてみたいもんだ」
「…………」
じいさんも予想外の展開に戸惑っているのか、その証拠に紙幣三枚見せつけられても渋い顔をしたままでいる。
お待ちなさい。
「…………ちょっと待って、なぁ、それ俺が先に」
「金がないんじゃ話にもならんだろう?」
ぐふぅっ!?
いや金はある。あるからなぁっ!
なんでみんな俺に意地悪すんのっ?
「だ…………だから今、値引きしてもらうと…………」
「ふっ」
男は不敵な笑みを漏らした。
そしてカツカツと俺に歩みより、ポンッと俺の右肩に手を置くと、こう吐き捨てられた。
「星まわりが悪かったな」
カッチーン。
わかりました。
そういうつもりなら仕方ありませんね。
「……………なんだよ。おい、離してくれないか?」
やなこった。
俺はついつい、肩に置かれた男の手を捕まえていた。
お前の抜け駆けを許さない。
たとえこれが俺のワガママやエゴだったとしても、男には譲れない修羅場ってのがある。
多分今がそうなはず。
男子って馬鹿ね…………と女子に蔑まれても…………やっぱちょっと待って。
「離せって」
男が語気を強めた。俺も指先の力を強めた。
このままへし折ってやろう、なんて本気で思いついたのは我ながらヤバイやつだなと思う。
へし折れるもんならだけども。手デカいよこの人。
これ以上の痩せ我慢してみせれば何かが上手くいくかもしれないという期待を込めていた、のかもしれない。
正直そうしか思っていなかったろう。
いや、じゃあ離してあげるから金貸して?また今度返すから?
と目でも訴えてみた。
白の面積が多い目に睨まれるだけだが。
「おもしろい」
すると後ろで、さも、長生きは退屈だ、退屈しのぎだ、などと語を含めたような呟きが、ジジイから漏れ出したことに気がつき、俺は手の力をやっと弱め耳を疑った。
面白い?
そもそもあんたが執着しなけりゃこんなメンドくさいことにならなかっただろ、と俺はいちゃもんをつけざるを得ない。
「そんなにもこの剣がほしいなら、一つ手合わせをしてみてはいかがかな?」
何勝手なことを。
俺が最初に見つけてやったというのに。
「おいおいジイさん。俺は金を丁度持ってる。わざわざ回りくどいことするもんじゃないぜ?」
男が反論した。
なんでお前が言う。
俺の方が先に権利あるから。
声を出すと不利になりそうだったので思うだけに留める。
不思議だ。俺の言葉は何故か俺の良い風に動かない。
「ハトさんと旦那。あんたらがタイマンして、どちらかが勝ったら、その剣を――――」
なんと、むしろこれはいい展開なんじゃないか?
何せ、この先の台詞を予想するのは容易い。
これでも掻い潜った修羅場は数知れず。
そもそもあんな地獄を味わって生きて帰って来たのは俺がこの男と渡り合うのに何の心配もないだろう、というくらいおいしい展開だ。
最早茶番劇を強いられてきた感じだけど、この戦いに負ける要素は微塵もない。
じいさん…………実は俺に味方してくれたんだな。
水臭い。そういうドッキリは誰も求めてないから。
ただまぁ、仕方ない。
ここは全くもって仕方なく、本当はする理由もないんだけど、興味ないことはないけれど付き合ってあげようじゃないか。
たく、やってやんよ。
適当に偉そうなことを思い並べ立てて、じいさんの次の言葉を待った。
世の中はダメ押しすれば運が巡ってくる。
それを噛みしめるために。
勝負をして勝った方には褒美として、はいsayっ!
「ーーーー紙幣一枚でくれてやろうというのはどうだい?」
………………タダじゃなかったのねっ!