何者にも邪魔されぬひと時を
おかえり俺ー。
じゃないな。
ここはまだこの仕事の最終地点になるはずの場所だし、初めて来る場所である。
地理に新鮮味を感じながら、多くの人々によって届けられた荷物を開放しては中身を確認し何かに記録して蓋を閉め直す作業が慌ただしく行われているのを眺めた。
カラスの言う通り、軍は帰り支度を始めているんだ。
マラソンで、終盤に完走して来た人のような歓迎を期待してしまっていた俺は少し残念な気持ちになりました。
むしろあののんびりしたやつはなんだ?仕事の邪魔してくれるな。みたいな視線が痛いです。
人の心はこんなにもゆとりをなくしてしまったのか。
「ハト、そのマント脱いで」
「はいはい」
言われた通り、いい加減、泥水を吸っては吐き出さない頑固なこいつから解放されたいところだった。
せかせかと通り過ぎていく軍の人の哀れみのこもった視線も痛かったところだしな。
どっせーいっ!
「ちょっ…………泥飛ぶ」
「そうか。フンっ!」
「…………」
うひゃー、中までグチョグチョだ。
字面での一切の卑猥さも感じられないほどに。
そのまま手を伸ばしていたカラスにマントをグシャっと渡すと、珍しくも怪訝な顔をしたカラスは、それをガッツリ持たないようにしてどこかへ持っていった。
部活に勤しむ年頃の息子の洗濯物を洗うお母さんは、あんな気持ちなんだろうか?
これ以上面倒をかけるのも忍びないけど、俺はどうしてればいいのかわかんないしなぁ。
しばらくここで待たせてもらうとするか。
…………カラス、お前どうやったら汚れ最小限であんな戦闘こなしてたわけ?
わけがわからないよ。
「嫁さんか、ハト?」
「…………っ!」
「おおっとっ!」
咄嗟に剣を振った。
でも当たらなかった…………。
そういえばこの新調したばかりの剣はとっくにポッキリいてるんでしたね…………。
鋒がなければ届くわけがないし、道理で軽いとも思った。
そんなことよりも、だ。
聞きたくない声が聞こえた気がしたんだ。
なんで…………。
「なんでお前がここにいる…………シン?」
そのアホヅラ。
もう絶対に拝むことはないと思ってた、いや、いつかはまた、シエルのことで会うだろうとは思っていたけど…………。
「その剣、どうした?」
「関係ないだろ」
「まぁまぁ、そう怒るな」
こんなに早くだとは思わないだろ…………。
何を友達ヅラしてる…………なかったことにでもしたいつもりか?
こいつは、以前とは見違えるほど小綺麗な格好で俺の目の前にいた。
サッパリと、俺とは対照的に朗らかな性格さえよく見える。
お前誰だと突っ込んで、突き込んでやりたいほどに。
「ともかく、久しぶりだ。お前もこの仕事受けてたんだなぁ」
「ああ…………」
この仕事?
つまり…………こいつも傭兵として。
「俺はどちらかというと直接のお達しだが、お前は派遣にでも登録したのか、ハト?」
「派遣でこんな仕事紹介されてんのかよ」
「されてない。つまり、お前も軍の人間の紹介でここに来たってことだ。意外だなと思って」
「なんか用か?」
「いや…………別に。ハトがいるなって思って」
親戚か。
話を急かされて、怪訝な顔を一瞬してみせたシンだが、割とすんなり話を合わせてくれるのは相変わらずか。
「そんなに怒るなよ…………」
「前はあんなことがあったのに…………エラく馴れ馴れしくして来るんだな…………と思って」
そしてつい言葉に出してしまった。
そんなこと、俺が思い込み過ぎてるだけかもしれないのに。
「たしかに、お前とは因縁がある。それにハト。俺があれからお前を————シエルちゃんのことを把握していないとでも思っているか?」
…………っ?!
「待て待て待てっ。これは俺が把握してるかどうかだ。俺以外に、お前たちの居場所を知ってる人間はいない」
…………どういう意味だ?
何故急に————。
「庇ってるってのか…………?」
「誰から?」
「お前の雇い主だ…………帰り道を作ってくれるとかいう…………」
「ああ…………あの人にはそれっぽいことを報告しておいた。霊獣が暴走して手が付けられなくなった、てな。今のところは諦めてくれたよ。俺はな…………ハト」
「…………そうか」
いや、暴走したら騒ぎになってると思うんだけど。
あの人とやらはどう納得したんだよ…………。
クソ…………なんでこんなやつに恩なんか。
「俺は、ハト。お前が今日運んでくれた荷物、それを教えてやろうと思ってな」
「いらねー。もう関係ない」
急にお膳立てとは、お人好しも相変わらず。
ついさっきそんな面倒を片付けたばかりだ。
アマネさんには賞賛しかないが、この男の場合…………。
「関係ない?そうでもないぞ。まず、少なくともシエルちゃんとは関係があるはずだ」
シエルとは…………。
どういうことだ?
…………そんなものを無意味に運んでたのか、俺は?
一体何を…………。
「“生体エネルギーの、魔力変換効率について”。遠久山という科学者の約二年前の論文だ」
生体エネルギー…………?
ヌルム?
————魔力…………。
つまるところ、命でどうやって燃料作るかって話だ。
賢者の石でも作ろうって感じかよ…………。
いや…………当初の目的通りなら、シエルから魔力《・》を取り出そうとしている…………。
「随分物騒な研究してるな、そいつ」
「さすがはハトだな。これだけの情報で何してるのかわかるかっていう奴はあまりいないぜ」
「それに手貸してるお前はろくでもないけどな」
「…………そう言われるとな。俺は非人道的な研究を、見て見ぬ振りするばかりか…………」
うるさい。
お前のやってることなんてどうせ正しいことだ。
どちらかといえば、前回の俺の方がとんでもないことをやらかしてるのに。
本気で辛そうにするのはやめてほしい。
俺がお前を責める理由がなくなる。
お門違いだ…………。
「話を戻す。今日運んでいたあれらは、その研究成果をまとめた文章だ。本来秘密にするべきなんだが、お前には知っていてほしかった」
「…………シエルのためか?」
十中八九、俺のためであるはずがない。
こいつはあの子に負い目があるんだから。
「その通りだ。ハト、お前はシエルちゃんを守ろうとしていながら、そのために必要な情報に関して無防備過ぎる。情報がなければ何を退ければいいのなんてわかりはしない。逆にお前が、あの時、俺の仲間に対してしたことを許すわけじゃないが…………」
…………。
余計なお世話だ…………。
俺が前にその仲間を斬り捨てたのも、こうして大人しく聞いてやっているのも、シエルのためだ。
そう思うと、まるでお互いの利害が一致しているかのようだった。
「あの時の俺の仲間は相当、腕があった。それを倒してしまったお前はシエルちゃんを守る力がある。もうお前にしか彼女を守ってやれないだろう」
「…………買い被ってくれてんのな」
「正直、信頼している。あの時はお前に邪魔してくれてホッとしてるんだ。だから蔑みも、恨みもしない」
「…………」
嫌なキャラだ…………俺がお前を、心の底から蔑んで、恨んでいるのに。
よくよく考えれば、俺がお前をそう思う理由がしょーもなさ過ぎる。
俺の方が、理不尽なんじゃないのか。
いや…………でも。
「俺はお前を許さない。俺にアホみたいな思いさせてくれた、それだけで、お前を恨むのに十分だ」
「…………それでいい。俺を避けていれば必然的に危険は去るだろう。お前がまず、シエルちゃんを守るべきは、この遠久山という科学者からだ」
遠久山。
遠久山 紀之。
「俺はその男の協力をしている。絶対に関わるんじゃない。それから、もうその折れた剣をこっちに向けるのはやめてくれないか…………?」
***
「ハトさーん」
「…………おお、おつかれ」
カラスが戻ってこないまま、やっと一人になれたまま、アマネさんに見つけてもらえるまで少し感傷に浸っていました。
…………俺がシエルを守るために、必要な情報に対して無防備、ですか。
あいつから言われたことは秒で忘れようとしているつもりなんだが。
それにしては俺にとって有益なことだけ言い残して行きやがった。
最後まで恨ませてくれない。
やっぱり俺はあいつが嫌いなんだよな。
「…………どうかした?」
「別に。疲れたなーって」
「そう。私のワガママに付き合ってくれたものね」
ワガママ。
人助けはそんなもんに入るのか?
「重畳だろ。むしろすげぇことしたなって思うし」
「急に何…………?」
なんで、何か企んでますか?みたいな目するのっ?
大丈夫だよっ。
アマネさんに下心なんてないよっ。
ないって言ったら失礼だけど、ないわけないよその露出過多な格好にっ。
たとえペタンコでもねっ。
結局失礼になった。
言わないでおこう。
「あたしも…………さっきは何も考えずにみんなを危ない目に遭わせたし…………拾った荷物だって」
「いや、なんかあの荷物アタリだったらしいぞ。軍にとって必要なもんが詰められてたらしいし、それも結果オーライじゃんか」
「…………へ、へー」
アタリを引くのはこの人の運命だな。
ぶっちゃけ、俺、というかシエルにとっちゃ、有益どころか有害かもしれない研究だけどな。
なんで英語読めなかったの俺?
今から燃やしに行きたい。
「さっきカラスさんにも会ったわ。帰る支度だけして待ってて、って」
「そうか。でもあいつ仕事って言ってたから、結構かかるかもな」
「そう…………ならかかるかもしれないわね。反省会でもしましょうか?」
「いや…………いい」
今日の苦労を思い出せと…………?
鬼畜っ。
ドアマネSさんと呼ばせてもらうぞ。
「じゃあ…………んー」
やめて…………反省会開こうとしないでっ!
そんなに暇つぶししたい?
なんならその辺の石ころでキャッチボールでもしますか?
絶対手のひら痛くなるし、取り損ねると最悪顔に当たるが。
反省会だけはしたくない…………っ。
「ねぇ、訊いていい?」
「…………何?」
「ハトさんのその腕って、何があったの?」
「…………」
…………それぇっ?
えー…………えーっ?
よりにもよって反省会でもなくそこいくの…………?
ちょっと良さげな金属プレートを丸めてくっつけてるだけなんだけど…………。
えー。
プライバシー侵害…………。
訴えてやる。
「ちょっと、名誉の負傷を」
「へー。やっぱり怪我を隠すためにつけてたのね」
「まあね」
「それにしては乱暴に扱ってたみたいだけど」
「…………不器用だから、そんな使い方しか思いつかないんだよ」
「痛くないの?」
「痛みはない」
「へー」
アマネさんしつこいぃっ!
どうして聞いて欲しくないことを根掘り葉掘りっ!
あれなの?
なんなの?
なんかあれだよ…………。
あれってなんだこのやろー。
しらねーっす。
「正直、壊れてないのかなって…………」
「…………ああ、あー、大丈夫。頑丈だから」
アマネさんの心配はまさに俺も危惧していることだ。
仙人が持ってた霊験新たかなガントレットとはいえ、ちょっとやそっとで壊れたら、あいつ捜しに行かないと…………。
なんで普通の金属でくれなかったの…………っ?
これ壊れたらどうすればいいの?
あの白龍様やること中途半端っ!
今度会ったらあのない胸に飛び込ませてもらう。胸骨にグリグリさせてもらうぞ覚悟しろへっへっへ。
「知り合いに餞別でもらったガントレットなんだ。それを腕につけてる。あんたの籠手と同じ感じかもな」
「んー、あたしのは形見だからなぁ」
段々と、アマネさんの調子が砕けてきたのはいい傾向か。
それとも、俺に気を許すことは、果たして悪い傾向なのか。
俺と親しくなって、その後いい思いをしたやつもいないだろうに。
「ということは、ハトさんのその知り合いって、まだ————」
「生きてるよ。それに関しては全く心配するほどのやつじゃない」
「へー。そんなに強い人なのね」
強いっていうか、寿命ないっていうか、最早相手になるやつもいるかどうか…………。
「つい最近別れたばっかで、それまでに一年間、気分転換に付き合ってくれたんだよ」
「ふーん。優しい人なのね」
「お節介っていうか、人の気なんて考えないやつだったし。俺が無理やり連れ回されてたっていうのが正しいかもな」
それが救いになったとか、恥ずかしくて言えるわけもない。
俺は自分が思っている以上に、アカネには恩を感じているんだろう。
高が死に損ない風情に、よく一年も側にいてくれたもんだよ、あのロリは。
話が捗る前に、カラスが仕事を終えたのか、未だに泥が付いた真っ白な制服を叩きながらこちらに歩いて来た。
んーごめんね。
クリーニング代差し引いてもいいからね。
直接は渡さない。気まずいから。
「撤収」
「はぁ…………やっとね」
「おお。もう仕事はいいのか?」
「ん。人に任せて来たから」
「そうか…………お前はもうここ離れても大丈夫ってことか?」
送り迎えしてもらわないと、ここからどう帰ればいいのかわかりませんし…………。
頼むよ。
「どうせ姉様の頼みでここにいるから、その命令で連れて来た傭兵を送り帰すのも仕事のうち。ここは山道の出口だから、ここから馬車が使える」
「ほんとっ?疲れてたから、ありがたいわっ」
アマネさんが今日一番の笑顔を見せてくれた。
普段しっかりしてる割に、うん、グッとくるいい笑顔だよね。
スマホない。
あっても撮る暇ない。
「馬車って備品みたいなんじゃないのか?勝手に使って大丈夫か?」
「大丈夫。問題ない」
そのフレーズ、今日はよく聞く。
くそっ…………今向こうどんなゲーム出てんだよっ。
帰りたくないけどゲームだけしたい…………。
任天堂来てないのか…………ソニー…………マイクロソフト…………。
「私が本部に帰るから必要ない馬車貸してって言ったらくれた」
「ものは言い様だな」
「言う必要のないことは省いただけ。無駄な問答だから」
今日はもっと思うけど。
カラスって、超男前な性格してるよね。
「早く。のんびりしてると取られる」
「馬車を?争奪戦なの?」
「仕方ないわ。行きましょうか」
アマネさんの順応性も大概だな。
男の子の俺が一番しっかりしないといけないのに。
疲れた身体で、最後の最後まで苦労させられる仕事だった…………。
…………。
「なぁカラス。そういえば、お前どうやってあの鎧に穴開けたんだ?」
「…………」
おや?
何を言い詰まる必要があるのかな。
遠慮なく言ってみなさい。別に驚いたりしないから。
「蹴った」
多分、その間は俺の青ざめた顔を見たくなかっただけのものだったと思う。
俺はこの女と喧嘩せずに一生を送れるだろうか…………。
***
「いらっしゃいませー!」
あー疲れた。
アマネさんと俺はついに、いつもより賑やかなトキの酒場まで帰還を果たした。
カラスは町の手前でトンボ帰りだ。
今日も奢ってやれないとは。
ちょっとくらい労ってやろうと思う俺の気持ちは、世間体によって叶わなかった。
「うぃーっす」
「おつかれー」
「お疲れ様」
アマネさんとのこんなやり取りも別に億劫じゃない。
帰り道も相当な長旅だった。
大体は来た道を戻って来ただけだったが、仕事が関わったのがかなり遅かっただけあり、現場を出立してすぐに日が落ち、結局近くの宿で夜を明かすことになった。
そこには身体を洗う設備もなかったもんで、泥だらけのまま腹ごしらえとベッドを貸してもらえないまま睡眠を済ませれば早朝にまた出立。
夜によく寝付けなかったお陰で寝不足だったのだが、オフロードを疾走する馬車の中では、揺れのせいでグッスリ寝ることもままならない。
この一週間で一番の疲れが押し寄せていた…………。
帰るまでが遠足とはよく言ったもんで。
「空いた席へどうぞ〜」
おや?
実にいい声じゃないか。
こんなむさ苦しいおっさんの巣窟に埋もれることはないハッキリと純粋無垢なハイトーンボイスは、なんだろう、みるみる内に疲れが解けるようだ…………。
脳が震える…………。
怠惰な私をお許しください…………。
ていうか、新人ウェイトレスでも雇ったのかトキさんは?
「…………可愛い」
「キモいよ兄ぃ…………」
やっだ、率直な感想を述べたまでですよ。
新人ウェイトレスとは、にくいサプライズを用意してくれる。
どこで繕って来たのか、サイズが際どい服まで着ちゃって…………。
見回すと、たった1週間ほどで従業員らしきお姉さんたちと、厨房も一層ガチンゴチン、うるさくなっていた。
そんな中、店主は腕まくりした両手を腰に当てて、帰ってきたばかりの俺の前で、カウンターの向こう側でジッと待っていた。
こんなに繁盛してるのに俺への席を用意してくれたばかりか、俺に接客してくれるというのか。
なんというかそうですね。
こういうことはよく言葉に言い表すことができない性分なんだけど。
すごくいいです。
ウェイトレスさん。
じゃんじゃんお酒持って来てほしい、そんな誘惑さがあるよね。
はしたないわ。
一体誰がこんな格好をさせたの。
説教してお礼しまくってやる。
出てこいやぁっ!
「見過ぎじゃない?」
「見てません」
他にも、如何に踏ん切りがついたのか、制服が可愛い、エロいとのことでスタッフが増え、それに連れてか客の数も先週より着実に増えているらしい。
トキさんがのんびりこいているのに厨房が騒がしいのも納得だ。
ゆっくりしておいでですねトキさん…………そして、がっちり儲けておられる…………。
「何する?」
「お茶ください」
「この人にお茶をバケツで持ってきてあげて〜」
「かしこまるましたーっ」
そして人使い荒いトキさん。
ウェイトレスさんは、なんの文句も言わずに厨房へ入っていった。
…………ん?る?
ていうかバケツ…………?
…………バケツ?
「みみっちいなぁ。ビールの一杯くらい頼めばいいのに」
「今は水分が必要なんだよ。水分抜けてく飲みもんなんて飲めるか」
「さいですか。兄ぃは全然酒飲まないから今更だけど」
「おい」
「あ、別に子供舌って言ってるわけじゃないから」
今言ったじゃん…………?
「お待ちどーさまー」
ドンッ!
ドーン…………!
バケツ…………。
よかった雑巾掛けようじゃなくて。
なんか見に覚えのない罰ゲームさせられるのかと思ったぞ。
「それ人気商品だから。いつもはビールとかアルコール入ってる器で————」
「お前、急性アルコール中毒で訴えられても知らんからな?」
トキは素知らぬ顔をした。
「今のところそれはない」
何この胆力。
先はいい、今は今。みたいな名言でも生みそうな精神力だった。
「これ飲んだらシャワーとか借りて寝ていい?」
「いいよ別に。そういうことならアマネさんも泊まっていってよ。兄ぃが世話になってるし」
「…………」
どうしたのアマネさん。
「別にっ、お世話になってるのはこっちっていうか…………あなたがどうしてもっていうならお言葉に甘えて…………」
私が?
うちの妹に言ってあげてよ。
まぁすごい汚れだし、断る理由もあるわけがない。
とすると先立つ物が…………。
「すまんトキ。俺、今、金がない」
お姉さん…………俺が逃げられないように報酬と仕事を同時に持ってこようとする。
その程度で逃げない俺もどうかと思うが。
恐る恐るトキさんに尋ねてみると。
「そうなの?てか別に構わないけど」
「あざぁす」
「うん、もう少し誠意とかあったらタダも考えてやらなくはない」
「…………誠にありがとうございます」
「うい。じゃあ麦茶飲み終わったら勝手に上がっていいからねー。おつかれー」
「おつかれー…………」
愚痴とか聞いてくれないんだろうか。
「仲良いわね…………」
「正直、兄貴俺からしてもそう思う…………アマネさん…………なんか飲むのか?」
「じゃあ少々オマチクダサイ」
たどたどしい…………。
***
麦茶を飲み終わって、流石に疲れと店の喧騒に耐え切れず、アマネにも断ってその場をリタイアすることにしました。
念願のシャワーを浴びてからやがて、もらった鍵と同じ扉の前に、の前に。
気恥ずかしいけど。
顔くらい見ておけ、なんて言われて、じゃあどういう顔でその可愛らしい顔を見てやればいいんだ。
1週間程度も開けてしまったのは申し訳なかったが…………。
ノックはする。
簡単だ。
もしここで、声がなかったら。
声なんかあるわけがない。
酒場の騒がしさのせいで、今が真夜中であることを忘れてしまいそうだが。
いい子は寝る時間だ。
この部屋であることはしっかり聞いている。
トキの言いつけかは知らないが、鍵もしっかりかけられているようだし、今日のところは、まぁいいか。
「…………ただいま」
あくまで、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で。
それからすぐに、空いた部屋に入ってベッドに飛び込んだ。
十分だろう。
どうせ起きてないし、別に。
別に俺は、この子にとって特別じゃないはずだ。
特別でないし、ただの、ただただ保護者でしかない。
誘拐も同然な。
脳が色々な言い訳でフル稼動し始める前に、ついに疲れのピークに達してしまったのか、それ以上の思考が理解を追いつくことはなく。
俺はやっと目を閉じて、気持ちいい夢へ没入していった。
それが聞こえたか聞こえなかったのかはさておき。
「おかえり」
ここ最近一話分が長いのはいい傾向か悪い傾向か。
ともかくここで第2章終わりです。
これから最悪の文才だった過去の自分と決別しにぶん殴り(改稿)に行ってきますので今後とも、是非々々勇と。をよろしくお願いします。




