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「話があります」

「うん…………にゃ?」

 話が終わったところで、お姉さんがお昼をお腹いっぱいに満喫して帰ってくれたところで、俺はしばらくこの町を離れると知り合いに伝えておかないといけない。

 差し当たってはトキ、ついでにケントくんと、…………それ以外にいないが、最後に一番肝心な子にそれを了承していてもらわないと。

 最近、というかつい一昨日失踪して、危うく人攫いに連れてかれかけたシエルさんに釘を刺しておかないといけないわけだ。

 どれくらい留守にするのかわからないだけに、実際はこんな仕事引き受けるんじゃなかったと後悔し始めているところなのに…………お姉さんがこの場所を知ってしまったから、もうドタキャンは諦めるしかないのだが。

 果たしてトキの面倒でシエルの安全が確保されるのかどうか。

 トキのファンは多いから、多少は町の多くの人たちが力になってくれるだろう。

 シエルに負け続ける賭けチェスのメンツも、この子を気に入ってくれて猫っ可愛がりしてくれている。

 そうそう大変な事態に陥るわけもない。

 そう信じることにする。

 ところで。

 シエルを最近よく一緒に居座る席に呼び出したはいいが。

「…………うん…………クー…………スー…………」

「…………シエルさん?」

「うゎ…………はい…………」

 この子いつまで寝ようとするつもりなんですかね。

 寝て、食って、チェスして、それだけで満足して寝て、人生を最小限で謳歌している。

 昨日までのことさえあまり覚えていない始末…………。

 なんて羨ましい性分してるんだ。

 俺だって食って寝てゲームできるだけならそんな幸せな人生送ってみたいというのに…………っ。

 全くもって羨ましい…………。

 今度運動させてやらないと、余計にお肉がついちゃうよ。

「じゃなくてだな…………実はな、シエル。実は、俺しばらく遠くの方で仕事をすることになった」

「へ…………?お仕事、見つかったの?」

 見つかったよ。

 え。

 仕事が見つかった方が気になる?どんな仕事かよりも?

 そっちの方が気になる?

 今までの俺ってどんだけ暇だったんだよ。シエルさんの眠気覚めるくらいってどういう————。

「へー。遠くって、どのくらい?」

「そうだな。まぁ、割と」

「へー」

 相槌が軽い。

 理解するのに時間がかかるのか。

 実は賢いシエルがそこまで悩むものになるのか。

 俺が仕事に行くという事実は、それほど容易いものではないと言うことか…………っ。

「…………帰ってきたら、旅行行ける?」

「…………旅行ね」

 しかしどうやら、シエルの懸念は別のところだったらしい。

 あれから何ヶ月も経って、未だに目処は立ちそうにない————旅行ね。

 旅行か。

 行ければいいが。

 行けるかな。

「もう少し待っててくれ」

 多分、今はまだ無理だとしても、必ず。

「わかった」

 こんな甲斐性なしにどうして二つ返事で…………。

 まぁでも、今はそうやって笑ってくれるだけでいい。

 必ず連れてってやるつもりだ。

 なんか綺麗な場所に。

 オススメの場所に。

「まぁそれだけなんだが。じゃあ、なんかトキに頼んでメシでも食うか」

「うん!食う!」

 それとトキに頼んでシエルの言葉遣いを正してもらわないといけない。

 どこで覚えてきたの、食う!だなんて…………。

 さて、一部始終をカウンターの向こうで眺めていたトキへアイコンタクトを送り、まずはシエルの側を後にする。

「話は終わった?」

「終わった。なんかメシ作ってくれよ、トキ」

「はいはい」

「ちょっと豪華にしてくれてもいいぞ」

「承りましたっと」

 なんだ、やけに物分かりがいいな。

 いつもはツケを心配してシエルの分だとしても俺の注文を渋るというのに。

 やはり稼ぎがあるのとないのとではこれだけ差があるのか。

 兄の足元を見る妹。恐ろしい子…………っ!

 ちなみに今日の儲けの大半が、妹のツケへと清算された。

 身軽になった気がする。心も。身体も。お財布も。

 でもトキも今は暇だろう。

 店内は閑散としている。

 よく端っこでたむろっている賭けチェス勢もいないし、いるとしても真昼間に酒を煽っている呑んだくれか、友達とカードゲームでもしに来た連中くらいのものだ。

 だからトキさんも、腕を奮って調理に集中できるだろう。

 つまるところ、今日の昼飯は期待大ということだ。

 トキさんの腕がなるだろうと同時に俺の腹も鳴るぜ。

 俺はそのしばらくの間、すでにカウンターに座っていた顔見知りであり仕事の同僚となった人の隣に腰かけた。

 彼女もこの店の虜となっただろうに違いない。

「ここのご飯って本当、おいしいわよね」

「だろ。よく実家では母さんの代わりに家事やっててくれてたんだ」

 藪から棒に、カウンターでお茶を飲んでいたアマネさんが、素直にウチの自慢の妹の料理に好評価をしてくれた。

 だがその妹は、そのくせ汚れるからと家に友達を呼びたがらない屈指の潔癖症でもあるのだが。

 誰の血筋だろう?

 我が一族でそんな几帳面な性格の人の話はあまり聞かないんだけど…………よくこんな基本的に不衛生な世界で発狂しないもんだ。

 店内は見事に手入れが行き届いているけども。

「ふー…………」

 またまた藪から(スティック)にアマネさんが大きな溜息を()くと、一度お茶に口をつけ俺との会話を続けた。

「あなた、どうしてあんな女性(ひと)と知り合いなの…………」

 あんな人?

 誰…………ああ、アマネさんがさっき会ったばかりの人といえば。

「お姉さんのことか?」

 確かに、高がNEET風情があのお姉さんという美人と話をするのは不自然を通り越してなんと甚だしいことか。

 ————そこまでは言ってないけど。

「あの女性(ひと)も軍の関係者ってことでしょ?」

「そうだ。よくわかったな」

「カラスさんの上司っぽい口ぶりだったから」

 誤魔化すのは面倒だ。

 しかしさすがに見る目がある。

 この場合は聞く耳というべきか。

 蹴り技といい、まだポテンシャルを図りきれない人、アマネさん。

 隠し事はむしろ難しい。

「あなたは傭兵にしては頼られ過ぎてるし」

「傭兵は傭兵だ。ちょっと前から便利使いされてるだけなんだよ」

 紅茶買わされに何度商店に(かよ)ったものか。

 美容にいいとかで流行ったあの食材も買いに行かされて、って、女性に紛れて何故男の俺があんな目に…………恥ずかしかったんですが。

「…………そう」

「ともかくだ。カラスと同じように大した関係じゃない」

「へー」

 なんだその目は。

 絶対妙な勘繰りをしてる目だ。

「てっきり私は、あなたが元軍人で、訳あって退役して放浪してるって感じに見えるんだけど」

 ほぼ合ってるようで合ってない。

 アマネさんの見事な推理に拍手でも送りたいのだが、煽ると俺の黒歴史を話さなきゃならないという空気が蔓延してしまうだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 思い出したくもないことを、勝手に詮索してもらっては困る。

 だから俺は、今の俺を貫くことにした。

 字面だけで見ればなんと決死のセリフだろう。隠蔽工作なんですよ、これ。

「俺は元から傭兵だ。それ以外の仕事をしたことはない」

「へー…………」

 そう。

 バイトも特に続けたことはないし、軍役時代なんて奴隷時代と言っても過言じゃない。本格的に働いたのは今回が初めてということだ。

 そういうことだ。

「まぁ、いつか正直に話してくれたらいいわ」

 ああ…………誤魔化してんのはバレバレなんですね。

 しかし、今回はアマネさんと同じ仕事をすることになるとは思わなかった。

 別々の仕事を請け負い、アマネさんだけ日帰りになると思ってたんだが…………。

 しかもちょっと遠征って、できればアマネさんにはシエルを見ていてほしいが、なんか切羽詰まってる感じでそれを頼みにくい…………。

 お金は大事だからな。

 せっかくの働き口を諦めろとか社会人真っ盛りの俺にとっては最も言いにくいことだ。

 見てくださいよ。

 俺、社会人。

 NEETじゃないんですよ。

 ソーシャリティ!

「荷運びって、一体どんなものを運ぶのかしら?」

「軍部でコピー機でも導入するんじゃないか?」

「なるほど」

「この世界、コピー機なんて近代物ないだけど…………」

「軍の荷物だとは聞いてるけど、どうしてそれを傭兵に…………」

「…………」

 やばい…………ここはどう誤魔化せばいいんだ…………ていうかなんでコピー機ツッコんでくれないの…………?

「人員補充ってやつだろ。それだけ荷物があるってことなんだよ」

「まさか…………兵士がそんなにいないわけでもあるまいし」

「各地の戦場に派遣されてるやつらをわざわざ集めてって、防衛線崩れたら————」

「なるほどそっかっ。そういうことねっ」

「————どうするんだよ…………」

 めっちゃ聞き分けいいから俺のセリフ終わる前に話し終わっちゃったし。

 話最後まで聴かないタイプなんですね。

「なるほど、人員補充か。なら、私たちは頼まれたことだけを気にすればいい、ってことよね」

 ホッとした。

 物分かりがいい性格だ。

 逆に結構疑り深い性格でもある。

 俺自ら推薦してしまったとはいえ、これほどとなると良い風に要注意人物に違いない。

 まっさらなお人好しという注意人物。

「できればシエルさんの面倒も見てあげたいけど…………」

「そうだな」

 なんだ、気にかけててくれたんじゃないか。

 そうだよな。

 いくらなんでも自分から言いだしたことを反故にするほどのバカではない。

 アマネさんは少なくともそんな人間であると、この出会って2日で思えることはできる。

 親しみやすい部類ではあるのだ。

 だから、信用できる。

 あの忌々しいシンとは違って。

「でも拍子抜けだなぁ。軍の仕事って言うからにはもっと難しいことさせてくれるかと思ってたのに」

「それは無理があるんじゃないか?」

「だとしてもよ」

 知らない一般人がたとえ自警団を名乗っても余計信用されないだろうけど。

 まずもって、軍が外部に任せるほどの難しい仕事なんて回ってきてたまるかってんだ。

「大抵は規模でかいからって人員補充のためか、汚れ仕事しか俺らには回ってこないだろ」

「…………まぁそういうもんね」

「今回も規模がでかいだけだからな。大したことじゃない」

「規模が大きいのに大したことじゃないって…………」

 確かに矛盾したことを言ったか。

 だが、或いはただのイベントでしかない。

 魔王軍の情報を安全に運ぶ荷運びに、俺のような殉職者を使ってまでの情報撹乱。

 恐らく俺に軍の暗号や指令書の入った荷物を任せられるわけがないが、最悪荷物を置いて逃げれば命の保障がされる可能性が高まるチョロい仕事なのだ。

 あのカラスも他人を見殺しにするような性格の持ち主じゃないから、俺やアマネさん、()いては当日の運び手さんの安全は保障される。

 上手く立ち回れば、多分最後まで安全に仕事をすることはできるだろう。

「おまちどーさまー」

 おお。

 トキさんお手製のご馳走が上がって参りましたっ。

「何これ。こんなメニューあったのか?」

 テレビでしか見たことがなかったような料理が目の前に降りた…………。

 なんて食欲を唆る盛り付けと香りだろう…………。

「おいしそうっ」

 さっきあれだけ食ってまだ食欲が湧くのか、アマネさん。

 意外な面をお持ちだった。

 ていうか、そんな細身のどこに食べた栄養が行ってるの…………?脳みそ?なるほどどうりで。

「サンキュー」

「うん。あ、兄ィそれね」

 盛り付けを崩さないようカウンターで料理を受け取り、シエルに持っていこうとした俺へ、トキさんは恐ろしいことを口にした。

 曰く、この料理の料金なんだけれど。

 珍しくマシなもんが来たかと思えば、そう来やがったかアホ妹め…………。

 アマネさんもその所業に引き気味だぞ。

「出世払いで…………」

「はいはい。お仕事頑張ってこい」

 これで英気を養えってか。

 割に合わんわ。

ほんとに、ファンレタ送ってもいいんだからね。

@カラス(焦)


まだそんなに登場してないだろうが、お前は。

@ハト

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