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さぁここからは気合入れていこうと思う。
何故ならば、今日はお姉さんが直々にお金を渡してくれるらしいから。
お姉さんと直接会わないといけないからだ。
あれから馬車が来て乗って帰ってカラスと別れてシエル起こしてみんな順番に風呂入って珍しく美味しく作ってもらったトキのご飯食べてお昼から翌日の出まで熟睡して英気を養わなければならない。
だが今日はどれだけ良い日だろうと。
例え十人の女子と擦れ違おうとも、連続百人の美女に声をかけられようとも、空から美少女が千人降って来ようとも、気分が浮かばれることはない。
むしろ地面に数百キロは埋もれる。
ていうか俺の高揚感がほぼ異性によるものに限られているのは何なんだろう。やだ俺スケベ。
それからたった一人の美人に会うというのに全く気が乗らないのも何なんだろう…………。
お姉さんがおそらく、俺が尻尾巻いて逃げると見透かして報酬の即日払い、しかも手渡しに来ると決めたに違いない。
そこはまぁ、依頼主としての礼儀と思えば納得してもいいのだが。
何より意地悪いのは、代理人を寄越せばドタキャンを即決する俺の性格を見越して、ならばと彼女はわざわざ自ら赴いてくることを厭わない性格であることだ。
普通ならお金は自分のところにあるし、そのまま諦めて帰ればいいものだがお姉さんは違う。
俺だってあの人の性格は多少知っている。
今回はそれを甘く見ていたというだけのことなのだから。
俺を気に入っているとか嘯いているところが、尚お姉さんの性格が悪いと思わせてくれる。
その程度で俺が調子に乗って手を貸してやれるわけでもない。
だが同時に、強く頼まれると断れない性格なのも事実だ。
自分の嫌な性格はこれだけじゃないのが腹立たしい。
さて。
「やぁ、お疲れさま〜、ハトくん」
今日のお姉さんは軍服は着て来ず、この世界での麗しい淑女が好んで着るような大人しくも華やかな服装でこの場に訪れていた。
オフなのか?
軍服とは違って、身体のラインと胸元を強調したそれを見ると、あの、どこに目を向ければいいかわからなくなります。
スカートはロングですね。
すごくいいです。
ちなみに場所は昨日と同じ個室だ。
この店の個室って結構金取ってた気がするが、さすがお姉さん。
誰かに聞き耳でも立てられてないかとも思うが、閑散時なのか騒がしさは感じられない。
逆にその静けさが気分を悪くしてくれる…………。
「ども…………カラスは?」
「あの子は報告書を書かせるために残してきたよ。ついでに君から得た情報を基に上へ出す調査申請も私の代わりに出させてる」
「へー」
あいつ寝てないんじゃないか…………?
ただでさえシエルが拐われた時には長距離を馬車と同じ速度で走らせて、煙幕の汚い空気を吸い、重いもの(人間3人分)を背負って数時間 歩き回って夜を明かし、俺たちを送ったあとは馬車で帰ると即 上に報告…………。
常人でなくとも、身体が丈夫な俺でさえガクリとくるハードワークだ。
その上でデスクワークとか、疲れで机に突っ伏して寝ちゃうっての。
寝てるんじゃないか、あいつ?
無理に引き止めてでも、トキに頼んで風呂も貸してやればよかったと今更ながら思う。
そういえば風呂を賭けて不毛な争いをしていた気もするが、あいつ…………元引きこもりとは思えない仕事ぶりだ。
「あいつだいぶ嫌な顔してたんじゃないですか?」
「そーでもなかったけど?ケロッとしてたし」
マジか、あいつスゲーな。
どうやったらそんな超人になれちゃうんだよ。
尊敬しそうになった。してたまるか。
「いやー、それにしてもほんとにご苦労様、ハトくん。今回は期待以上の功績だよ。さぁ、今日は私の奢りだっ。いっぱいお食べっ」
「いただきます」
これは新作だなっ。
向こう側ではよく慣れ親しんだものだが、またこれを食べられる日が来るなんて、なんていい日なんだっ!
ズラリと並べられた多数のおトキさんお手製のお料理は、どれも美味そうな香りを立て、また口に運べば濃い味付けとボリュームに満足すること請け合い間違い無しだろう。
前衛的なメニューが功を奏し、この町きっての名物店となった理由も頷ける。
かき揚げとか、唐揚げとか、天ぷらとか。
「あ、お姉さん、天つゆを…………」
「はいよっ」
それにしても、滅多に人を褒めないお姉さんから割と素直な労いの言葉が出るなんて珍しい。
カラスからいろんな報告を受けているだろうお姉さんは、しかしカラスの目が及ばなかったことは知りようがないし、また人伝なこともあって正確な現状を把握してるわけではないはずだ。
やはり、買い被りに見せかけた枷の言葉、俺を褒め殺して側に置いておこうという算段なのかもしれないという可能性は捨て切れないんだよな。
こういう下手な疑いを抱いてしまうのは、もう自分の悪い癖なんだろう。
だがそれがどうした。
何のために奥の手を用意したと思っている。
ご飯奢ってくれるのは感謝しまくるが、仕事は減らさせてもらうぜ。
お姉さんは更に俺を褒め殺そうとセリフを説いた。
「まさかたった一晩で仕事をやってのけてしまうとは、さすが私が認めただけはある男の子だよ」
一晩?
それだけしか経ってなかったっけ?
もっと長い戦いをしててような気分なのだが…………。
そういえば、よくあれだけのことが本当に一晩で片付いたもんだな。
あれ?
よく考えれば、スゲェっ…………!
「そんなことないっすよモグモグ」
「そうやって謙遜するところも、ハトくんのいいところだよねパクリ」
そんなことないですよ。
でもまぁ、少しくらいはそんなこともあるかな?
最近よく思うけど、やっぱ俺ってチョロいんじゃないかと思う。
少しくらいは大きな仕事もなくはないかなと思えるくらいにはっ。
「本当ならお酒も注いでお喋りでもしたいところだけど————」
お姉さんはそこで言葉を一区切りし、そして俺から目を逸らすとジッと招かざる客の方を見つめ始めた。
招かざる客、とは失礼な言い分だが、彼女は確かにこの場にいてもいなくてもいい女性だ。
アマネさん。
切り札というのは、彼女の存在で難しい仕事と汚れ仕事、面倒な仕事を遠慮してもらおうというものだが。
「君もお食べ。大丈夫だよ。これ食べ放題だから」
この世界にそんなコースが…………っ?我が妹の店ながら、この店スゲェ!
「あ、いえ、お構いなく…………」
我が切り札、アマネさんは大変恐縮を露わにし、目の前の竜田揚げには手を付けずに、むしろ手はずっと膝の上に置かれたまま緊張していた。
お姉さんとしては、もう少し気を緩めてほしいところだろう。
「カラスから報告は聞いてる。自警団の女性の協力があったって。もちろん、君にも報酬を用意しておいたよ。ありがとう」
「いえ、そんな…………」
アマネさんも、さすがにお姉さんの威光にはタジタジだ。
ほんわか優しい気分にもさせてくれるが、一目で逆らってはいけない、そんな気にもさせてくれる。
けれど、そんな風に仕事の乱入をしても、決してお節介だの、迷惑だの言わないのがお姉さんのいいところだろう。
そしてその者の願いですら、一旦は聞いてやろうしてくれる人だ。
「仕事がほしいとか…………」
「はいっ…………多少なら危険なものでも」
アマネさんは、ちょっと切羽詰まったような感じで、ついに身を乗り出してお姉さんにリクエストした。
手は相変わらず膝の上だが、昨日から着替えてはいるが脚がほぼ見えてて俺の目が手にいったのか脚にいったのかわからなくりました。
そういえばこの空間には今、性格はまぁそこそこに、えらいべっぴんさんらと俺の密室になっている。
ドキッ!
モグモグモグモグゴクリっ!
「危険なものとはいってもねぇ…………君、えっと」
「アマネですっ」
「アマネちゃん。君は自警団とは言っても、一応は一般人っていう区分になるんだよね…………君にあげられる仕事といえば、どっかの店番とか、掃除とか、整理整頓の手伝いとか、そんなものになると思うんだけど…………」
「え…………ああ、そうかもしれないですけど」
「そうだなー…………でも、今回はただの荷運びなんだけどね」
さらっと仕事の内容に入ったな。
荷運びとな。
運び屋カラバオを思い出してしまった。
「うーん…………ハトくん、ちょっといいかな」
「へいモグモグ」
「あ、私の分のギョーザがないっ!」
***
俺たちだけ場所を変え、中々野郎も気に留めない廊下の一角で、俺は仕事の詳しい話を聞くことになった。
正直、こんな暗いところでいやらしい期待がよぎったわけではなくもなくもない。
ただ柱にもたれかかって腕組みをするお姉さんは、素直にかっこいいと思います。
しかし荷運びでどうしてアマネさんの介入を渋るのか。
まぁ少し考えれば、特に軍の佐官だったはずのお姉さんからの依頼とくれば理由はハッキリしている。
「実は砦の一つが魔王軍に攻略されかかっててねー」
「そうなんすか。魔王軍には善戦してるって聞いてましたけど」
「世界中にいる自称勇者さんたちが頑張ってるからね。こっちの犠牲も少ないってわけだよ」
なるほど。
魔王を討伐した暁には多額の報酬と褒美を与える。
最高額の賞金首を狙った輩を利用した、俺がここにくる以前から取られていた措置だ。
中々どうして、いい考えだと思える。魔王軍が同じ措置を取ろうとすることもできないくらいに上手くいっていた。
ただし、多分、最後だけは軍が横取りして、報酬はなかったことにする算段なのだろうと、軍役時代に友達が言っていたな。
俺に友達がいたのかって?
無論、もういないけど。
「そして、その砦には斥候がかき集めた魔王軍の情報書類が山ほどあるわけだよ。それを、数を分けて信頼できる者に安全に、安全な砦に運んでもらおうっていうのが今回の話でね」
「なるほど」
ぶっちゃけこれは、おいしい話だろう。
うまく回れば何のトラブルもなく仕事を終えることができそうだ。
「ただし魔王軍がその動きを探知できないわけがない。自分らの情報を抹消しようと、血眼になって探し出し、襲ってくるだろう。それに、たとえ信頼できる者を集めたとしても、果たして信頼に足る人物かと訊かれればそうもいかない。この話の難しいところが山ほどある」
当然だな。
恥部を知られて手を打たない有名人がいるわけもないし、それだけの情報に目が眩んで金儲けを企まないやつもいないと。
低い可能性だとして頭をよぎりはするだろう。決して低くはないが。
魔王軍は力づくで全ての弱点を、できる限り返してもらわなければ割に合わないはずだ。
「その情報ってそんなに重要なんすか?」
「いや、実は魔王軍の勢力に関しては詳しいものだけど、幹部や内部のこととかになると大したものじゃないとは聞いてる。むしろ守ってほしいのは、本部からの指示書や暗号書とか、こちらの情報を守ってほしいわけだよ」
「燃やせばいいんじゃないですか?」
「もっと大事な書類もあってね」
「へー…………じゃあ魔王軍の情報ってのはダミー代わりですか?」
「そういったところだろうね。捨てるほどでもないし。だから今回、うちの偉い人たちが誰よりも信頼できる運び屋を探していた。私は君を抜擢するためにこうして頼みに来たということだけども」
それは恐縮で。
本当に信頼されたもんだ。
そこまで開けっぴろげにして、どうして俺がそれを売って儲けようとしないとわかる。
しませんけどね。
追いかけられたくないですし。
とはいえ、関わりたくないのも事実だ。
魔王軍にも目をつけられてしまっては元も子もないだろう。
「今回もカラスを付ける。荷物を運ぶ人の護衛が君とカラスの主な仕事だ。決行日はそうだな…………できるだけ早い方がいいし、ここからは遠いところだからけども」
「はい。場所は?」
「西側の山岳。そこからはカラスと運び屋が目的地を知ってるから大丈夫だ」
「…………」
「ここまで聞いて断るなんてのはナシだよ?」
断りたかった。
でも確かに、もう俺は逃げられはしない。
俺から情報のリークをされる懸念も、なきにしもあらずなのだから。
変なことを言うようだが、俺は俺を信用していないからこれだけ悪く自分のことを言えるという一種の自信でもある。
これも悪い癖だ。
「一応カラスは迎えに来させるから、この店の前でいいかな?準備しておいて頂戴」
「わかりました…………」
「ありがとう。それで、なんだけど」
そう。
それだけで終われば今日は終わりだ。
部屋に戻って残った料理を平らげるだけであとはのんびりできる。
「アマネちゃんのことなんだけど、ハトくんどう思う?」
「…………えーっと」
話題は彼女についてへと移行した。
アマネさん。
昨日シエルを助けてくれ、しかもこれからもシエルを助けてくれるという女性。
正直言えば、そういうことなら来て欲しくはない。シエルを見ていてほしい。
それに彼女がそれこそ、最悪の事態、情報のリーク元になりそうだという懸念もなくはないのだから。
口が硬いとわかるならその限りじゃないが。
「人手は足りてるけれどね。念のためっていうほどの人選でもない」
「念のためっていうのは、いるんじゃないんすか?」
「というと?」
「運び手要員に」
「君らが戦闘をミスすることはないと思うんだけど?まさか犠牲者を出すことは万に一つもないんじゃないかな」
買い被りだ。
現に、昨日は魔法使い相手に遅れをとった。
守るものが多いと動きにくくなってしまう俺の性分が、仕事中に邪魔をしないとも限らない。
それを思えば、アマネさんをメンバーに加えるのはむしろダメな気もするが、しかし、少人数で行って、仮にミスって運び手をやられた時に次の運び手を担うのは俺かカラスになるだろう。
どちらかが欠けると荷物の防御力が低下してしまう。
まさかカラスがいれば俺がやられるわけもないだろうが、荷物を守りきるのは難しい。
なら、運び手を増やすという手ならどうだろうか。
防御力の低下を最小限に抑えることができるかもしれない。
「なるほどね。確かに当日の運び手だけは私の知らない人物だから…………じゃあ、君が信頼する彼女なら或いは、任務を最後まで遂行することができるかもしれないというわけかな?」
「信頼してるほどでもないっすけどね。言うまでもないと思いますけど、荷物の正体は伏せます」
「それがいいね」
バレないとも限らないけど。
やはり、いくらシエルを理解してくれたからといって、出会って数日と経たない間は様子見をして疑いをかける。
これはこの二年間で得た教訓だ。
誰も信用してはいけない。
特に、騙してくるかは元より、自ら守り切れる実力があるかどうか。
今回は俺やカラスがいるから安心してもらおう。
蹴りも強いから実力に関してはさほど心配しなくても良さそうだし。
「そこは君の判断に任せよう。こちらとしては荷物さえ無事なら大したことは言わないつもりだよ。報酬も人数分用意する」
「そうですか。じゃあ」
どうしよう…………責任重大じゃない?
でも割と啖呵切った方だから、これで判断ミスったらお姉さんの静かなる雷が落とされまくるんじゃないか?
やっぱりこの仕事、やめたい…………っ。
「そうだね。部屋に戻って残った料理を食べてしまうとしようか。アマネちゃんにも結果を言わないと」
俺はそれに頷き、柱から離れ流麗な動きで俺を先導するお姉さんの後ろ姿をコッソリ見ながらその背に追随した。
クネりがエロい。
いかん。
仮にも依頼主になんて目を向けるんだ俺は…………。
「お待たせアマネちゃんっ。話の続きなんだけど————」
ガラリと個室の戸を開け、一人残してしまったアマネさんをお姉さんは労った。
「は…………はいっ」
アマネさんは少し慌てたようだが、ん?
様子がおかしい。
主に食卓が。
「お腹減ってないのかと思ったよ」
「…………っ!」
お姉さんにそう言われたアマネさんは耳まで顔を赤くして顔を伏せた。
話が割と長引いたとはいえ、料理は、その大半が女の身一つで平らげられていたのだった。
ていうか、おい、俺の唐揚げ!
やっぱり会話シーンが一番描きやすい。




