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甘味という取引材料

「成る程な」

 俺の身の上話を黙って聴いていたアカネが、本当に納得したのかは知らないが頷いた。

 何の風の吹き回しか、急にそれを話題にしたいと言ってきたのはこいつだ。

「それで?離れ離れになった家族とは、それから会えたのか?」

「まぁ、妹には会えたよ。ただそれが一年経ったか、そんくらい間を空けてしまったもんだからあいつカンカンでさ。一生の大半をあいつの為に奉仕することになったっていうのは冗談だけど、怖かったな」

 と言うと、アカネはツボが浅いのか、ケラケラと笑い始めた。

 大した冗談じゃないのにそんなに笑われると、かえってムカつく。

「しかしトキとそれまで会えなかったのは、どうしようもない理由があったから仕方なかったんだよ」

「女を待たせておいて、その言い訳はないだろう?ああ、いやいや、冗談だ。それで?」

「………………黙って聞いてくれ」

 そもそもお前が聞きたいっていうから、こんな酒場の一角を陣取って会話に洒落込んでるんだろうが。

 冗談挟まないと話が進められないの?しかもよりによってジョークのチョイスが洒落にならない。

 その洒落は今後、女性との交流において参考程度に留めておこう。

 うん。

「ここに着いて最初の一年、俺たちを待っていたのは極貧の奴隷生活だった」

「正確には徴兵――――か。扉を建設された裏の理由だそうだな」

 確かそうだった。

 こいつは小学生みたいな外見に反して、些細なことも覚えていたりするのでとてもいい相槌を打ってくれる時がある。

 話がメンドくさくなくて助かるよ。

「その通り。門の出口を至るところにバラ蒔いて、あの記録的な人混みにならないようにある程度位置まで調整し、俺たちを捕まえやすくしたとか。門の容量的な問題もあったようだけど、ビックリしたな。幻想郷だと思っていたところで、いきなり兵隊に襲われるなんて」

「そして地獄の兵士時代の突入か。お前さんも苦労するのう」

「とんでもないぜ、長老様。いや、まぁ結果的にはここで生きていく為の戦闘訓練があったから、無意味な一年ではなかったと思うけど」

「ぽじてぃぶじゃの」

 読みにくいな、おい。

「だから使えもしないのに横文字を使おうとするなっ。ポジティブ」

「意味さえ知っておけば別に使ってもよかろうっ。ぽじてぃぶ」

「言ってろ」

 可愛いだと…………負けた。ひらがな、ズルい。

 アカネは話を元に戻して、続きを促した。

「では、最初の難所はその、言うところの極貧の奴隷時代だったというわけだな」

 それもあるが。

 これに俺は否定する。

「いやいや、最初の難所は異国の地に行く誰もが経験するありきたりなことだった」

「そのくらい予習していけ」

「俺たちにとって存在してたかどうかも妖しかった土地だぞ?鬼畜だなお前。とにかく、まぁ、言葉だな。もっと言えば文化。それらがここに来て感じた、一番最初の難所だった。半年もいれば、さすがに覚えたけど」

「では二番目が、あの極貧の奴隷時代だったと?」

「そういうことになる」

「ほんとにそうか?」

 …………。

「帰れなくなったことは、難所ではなかったのか?」

 帰れなくなった。

 そうだっけ。

 そうだったな。

 この地に来て、聞いて誰もが絶望した報せ。

 俺たちはバラバラの出口を出てきたが、それはただ俺たちを捕縛しやすくする為であり、向こうと同じように、こちらにも東京タワーほどもある巨大な門が存在していた、らしい。

 そしてその門こそが、こちらの世界にある、唯一の帰り道だったのだ。

 だが使えない。

 使えなくなった。

 使えなかった。

 門を四度開く為に必要なエネルギーを、俺たちが通るときにすべて使ってしまったからだ。

 最初から三度しか通れないよう、仕組まれていたのか。

「帰れなくなったのを知ったのはまだ軍にいたときだけど、真実を全部知ったのは、お前にさらわれて軍を脱走してからだったな」

「そうそう。あのときは不味いものを食いそうになった。生かしてやったんだ。感謝するがいい」

「出汁くらいはとれるかんな、俺も」

「食われることは前提でいいのか」

 龍にさらわれた――――などとは、ここの人間に話しても笑い者にされる事件だ。

 龍はすでに絶滅した、あるいはそもそも存在し得ないというのが、ここでの言い伝えである。


 しかし、とある戦闘の最中。

 俺の側は劣勢を強いられており、もう長くもない状態において。

 100人はいた兵士がたった一人に壊滅せしめられた状況において。

 ちょっとちょっと。

 龍に拐かされるのと女一人に不甲斐ない結果を生んだのとどっちが笑える?

 言わずもがな、どっちも笑えねー。


 しかし俺がこうして生きているのは、偶然腹を空かせた龍が、偶然俺に目をつけその口でさらい、偶然不味かったから吐き出された、というオチになるのだが。

 不味くないけど。

 結果生き延び、龍にこの世界のあれこれを教えてもらい、成り行きで契約を交わし、旅をし、現在に至る――――というわけか。

 (ry。

「略すな。ちゃんと説明しろ。読者様になんという態度を」

「メンドーだから。だからそのメタ的発言にもツッコまない方向で」

「あほハト」

「だからってシンプルにバカにしてんじゃねぇよっ!」

 話は以上。

「ふむ、退屈な話だった。おいプリンのおかわりはまだか?」

「頼んでないよ、そんなもん?」

 この世界のプリンはあっちの世界の輸入品だ。材料は似て非なるものらしいが、味がいっしょなら問題ない。問題ないよ。俺は食べないから。

 それに無駄に食べてほしくない。高いんだ。

「ハト。お前も承知のことだろうから別に言うまでもないことなのだが、今日でお前との契約期限を迎えたことを改めて告げておこう」

「ああ」

 もうそんな時期だっけ。

 この龍が俺を生かすために出した、ある条件。

 契約を結び、互いが仮の肉親であると誓うこと。

 そうすれば、義理の兄妹…………姉弟となり、互いを助け合って生きることができる。

 俺もここに来てファンタジーと縁がなかったわけじゃないのだ。

「おい待てっ。ぜったい私は妹の方だろうがっ!」

「?」

「妹だろっ!いもうとだもんっ!」

 見た目はそうだけど。

 なぜそんなにも必死なの?圧倒されちゃう。

「二女だもんっ!」

 トキも忘れてないだとっ?

 親切だ…………。

 異世界にてチグハグな三兄妹ができあがっていた。

 仙人も年を気にするらしい。

「ま、まぁなんにせよ。契約はこれでチャラってことか。チャラってこうやって使ってもいいのか知らないが」

「グスッ!うんっ…………いままで世話になったなっ…………」

 涙声?

 そうまでして実年齢をサバ読みたいのか。一番言われたくなかったのか。伝説の白龍でも心は乙女っ?

 お前はどれだけ萌え要素をほしいままにしてんだっ。

 悲しみのツボも浅過ぎる…………。

「じゃ、また縁があったらな」

 俺は右手を差し出して、心にもないことを言った。

 アカネはポカンとしてその手を眺めるしかしてこなかったけど。

「ん。おい、どうした?」

「?…………あ、いや、これは?」

 なんということでしょう。

 この世界の住民とはこういう習慣が噛み合わないとわかってたけど、ここまでとは。

 握手はさすがに知ってると思ってたのに。

 仕方なく、俺は差し出した手を引っ込めることにした。

 郷に入っては郷に従え。別に強要する必要もないわけだしな。

「じゃあここでは別れのときにどういう挨拶をするんだ…………?」

 訊ねてみると、アカネは首をすくめる程度のアクションしただけで、そもそもこいつはここでの習慣も知らないのだとわかった。

 なんか、時事ネタは知ってるがマナーを知らないなんて、世間知らずの逆みたいだ。

 ああ、田舎者か。

「おい、今失礼なこと思わんかったか?」

 じゃあ別に教えておいてもいいだろう、うちの挨拶を。

「こうして手を差し出されたら、迷わず同じように握るんだ」

 俺は再度、右手を差し出した。

 アカネは少し思案すると、早速それを握り返す。

「…………いや、逆」

 なぜ手の甲を握った。お約束?

 ありがとうございます。

 じゃなくて右手をだね。


 仕切り直そう。

「じゃあ、改めて。また縁があったらな」

「うむ。ところで延長もできるが、いかがかな?」

 こいつ…………だからそういうのは早く言えっての。料金はおいくらですか?

「せっかくだけど遠慮しとく。空から色々見せてもらったから、今度は地上を見ていくことにするわ」

「そうか。それはよかった。セーフ」

「俺が嫌いなら素直にそう言えっ!」

「冗談冗談。これから用事があるので承諾されたらどうしようかと思ってただけだ」

「ならなぜ勧めた…………?」

 ていうか俺が嫌いかどうかはスルーされた?マジでどっち?

 え?どっちなのっ?

「やはり名残惜しいな。プリンをもう3つ頼んでくれたらもう少しいっしょにいてやってもいいぞ?」

「名残惜しいのは絶対プリンの方だろ。胡椒入り頼むぞこのやろう」

「ロリータと楽しんでるとこ悪いけど」

 ………………。

「これ以上なにも頼まないんなら、とっとと出て行ってくれないかなぁ?そろそろ混んできたし。兄ぃ」

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