バタン
埒があかないので、思い切って小屋に侵入する算段を立てた。
その前に、後ろから声をかけてきたお姉さんに今後の心得とも言える説教を与えなければならない。
「何で私が責められなきゃいけないの…………」
当然だ。
二人の人見知りの背後から忍び寄っただけでなく、内緒の話に割り込んで急に声を発しビックリさせるとは。
俺やカラスがノミの心臓の持ち主だった場合、最悪二人の死者を出すことになったんだぞ。
お前は才能溢れる暗殺者にジョブチェンすることになっただろう。
「ジョブチェンってなに…………」
反省してる風ではないな。
まさか街からここまで着いてくるとは思わなかったが、実際こうして来られてしまうとどうしたものか…………ていうかなぜ来た。
ていうかなぜ場所がわかった。
「別にっ…………人が困ってたら普通でしょっ」
ぷいっ。
お節介ですか、嫌いじゃないです。
面倒なだけです。
でもお互いよく知らない間柄なのに、やっぱりなぜこの人はここまで着いて来ちゃったんだろうと思うのだが。
「憲兵とかには通報したのか?」
「そんな時間があればここにいないわ」
プィ。
どこ向いて言っているの。
クソ…………美人だからってそんな…………そんなツンデレのツンみたいな仕草が許されていいのか…………っ!
デレかどうかはこれから見極めていくことにして、しかしどうしたものか。
「まぁどうせ憲兵の心配はいらないんだけどな。一応プロがいるし」
「?」
「どう行く?」
ようやくプロが口を開くと、おおよそ全員の意識が小屋に灯っている明かりへと向けられた。
その影に、見張りの気配は感じられないようだが。
「とりあえずあの側の丘まで行くか」
「遠回りで行くの?」
と、お姉さんは訊ねる。
そりゃ迅速に行って中にいる不貞の輩をボコボコにしてからシエルを助け出したいが。
如何せん、敵の動きや気性がわからないのに真ん前から突っ込んでいくのはバカのすることだ。
これは経験則によるものであり、何度もドン勝つを狙って従事したあの戦場で培った知識と知恵だ。
せめて、せめてゲーミングパソコンさえあれば俺だってドン勝つの十や二十なんて造作もないんだからね…………。
「カラスは先行してクリアリングな」
「えぇ…………たまにはハトが行けばいいのに」
「お前にしかできない仕事だ。この救出作戦はお前の働きにかかっていると言ってもいい」
と、言ってはみるが、こいつは大抵こんなセリフで行ってくれたはず。
行けチョロカラス。お前が英雄になるんだ。
「…………ビビリハト」
後でお前をシバき回す。
***
今日は月も出ているから尚更、物音や物陰を警戒しなくてはならない。
「…………最後に大声出したのはあなたたち————」
「ブリーチング!ブリーチング!」
「ゴーゴーゴー!」
あくまで静かに。
ショボい突入になってしまったが、今は隠密さが必要である。
間違ってもカラスや俺のように、ゲーマー的に人生で何度かやってみたいこのくだりは、結局アマネさんを白けさせる程度のモチベーションしか、上がらなかった。
玄関からいそいそと。
ノックはしない。
当たり前だが。
錆びた蝶番が鋭い金切り音を、極力立てないよう気をつけながら、無事、連中に気取られることなく侵入することができた。
二階建ての小屋である。
看板が朽ちて景観でしか察することはできないけれど、宿を営んでいたらしい。
こんな郊外までくる観光客がいなかったからか。
およそ流通ルートからも外れていることから、廃業に至った経緯はお察しで、確かに仮にとはいえ隠れ家にするにはうってつけに思える。
連中は一階でちょっとした会議中らしい。
シメシメ。
玄関、受付に廊下と、どこかに階段もあるはずだ。
一階は大きな部屋しかないはずだから、二階が宿泊用の部屋であるのかと思う。
窓の数的に4部屋。
これは別れて調査すべきだと思う。
ここから上か下どちらかをカラスに任せたいが。
「見張りが立ってなかったけど、これは向こうが油断していると思ってもいいのね」
アマネさんのその短絡な考えに俺とカラスはついついため息を隠せなかった。
「何よっ…………」
「これはあれだ。宴会の計と言って楽しそうにしている風を装って敵を誘き出し、油断させたところに不意打ちを食らわす作戦だ」
考えてみると恐ろしい。
奴らはわざと物音を立てながら、俺たちが目の前を通らんかナイフの刃を舐めて待っているのだ。
と思う。
思います。
「いやそんなはずは…………」
「いや間違いない。な」
「もちろん。子供でも考えること」
ソースはホーム・アローン。
あの名作を知らないはずがない。
「ないわよ…………」
厳しい声色だった。
そうここは異世界。
DVD orブルーレイはおろか、フィルムも写真ですらまだ存在していない。
「ハト」
緊張感を度外視した雑談はこれで終わりに。
そしてカラスは、何かに気づき俺を呼んだ。
「シエルいたか?」
「その前に」
するとやけに騒がしい壁の前でカラスが止まっていることに俺は気がついた。
もしや。
カラスはその壁から離れるよう俺たちを促してこう告げた。
「この部屋に数人。上に2人いるらしい」
「間違いないのか」
無論、この騒がしい部屋にいるのはシエル誘拐の一味だろう。
ちなみに、このたった3人の布陣は、カラス先鋒、中堅にアマネさんとお尻に俺が配置していた。
これはカラスにシエルの居場所の検討をつけさせ、案内させるという布陣でもある。
更に咄嗟の不意打ちに最も対応できるのはカラスであるとし、廊下の角に身を潜めているかもしれない敵に対して有効な警戒を行うことができるのもカラスだし。
更に更に直感も優れているのでその他レーダー的な役目を果たしてもらっている。
ほぼカラス任せであるのは、アマネさんが無関係な人なだけであって、俺が無能なわけではない。
大事なことなので二度言うが、俺が無能なわけでわ————。
…………大事なことなので三度言うが————。
では二階にいるのは誰なのか。
「そんなことよくわかるわね?」
アマネさんは驚いたようにそう言うが、屋内とは耳を澄ませていればどんな小さな音も響く。
しかし、カラスが持つそのスキルは凡人の理解の範疇を超えて、一種の霊感とさえ言えてしまう。
本人曰くゲーム脳であるらしいのだが。
ゲームの索敵で鍛えたとか言ってくれやがる。
俺だってゲーム脳の端くれのはずなのにこの大きな違いはなんだ。
上に1人の物音しか聴こえないのに2人もいるなんてなんでわかったんだよ。
「上のやつらはどんな状態なんだ?」
下のやつらはよくわかる。
ここからなら、雑談をしている雰囲気がとてもよくわかるのだ。
だが上のやつらは、1人はウロウロしているが、もう1人の気配はついぞわからない。
つまるところ————。
俺へのシンキングタイムは与えられず、カラスがあっさりとその問いの答えを出した。
「もう1人は寝ている、か、寝かされている」
それがどこぞの誰かさんと、気絶でもさせられたシエルであることは間違いない。
「離れて————」
咄嗟に、唐突にカラスの言葉を聞いて、ボーッとしていたアマネさんごと身を後ろに引くことができたのは勘が冴えていたと言うべきか。
バァーン!
バラバラ……。
とてつもなく巨大な何かが、俺たちのいた廊下の壁を派手に突き破り、そしてそれは、のっそりと身動きをし始めた。
埃が舞い、瓦礫が散在。
それは人間だった。
この宿屋の天井に脳天がつかんとも限らない巨体誇る。
「キサマら…………」
巨人はヒゲを蓄えていた。
目はギロリと鋭い光を放ち、そして次は————。
「ナニモンダァ!!!」
丸太のような腕が暴力を振るった。
あれに当たれば並みの人間ではひとたまりもないだろう裏拳だった。
恐らく、埃で周りが見にくい中、一番近い気配に剛拳を放ったのだろう。
その気配も、普通なら突然の巨人の登場と合わせて不意を突かれ、頭を強打し、その後は首から下を跳ねらせてどこかへ全身を打ち付ける羽目になったと思うのだが。
カラスという、現在、軍の戦士としては最上位の実力者がそれに身を傾げるだけでかわし、即座に腰に携えていた刃を抜いて巨人の喉仏に突きつける余裕を見せつけることは、ゾウがアリを踏み潰すよりも容易いことだったのだ。
巨人の裏拳が壊れた壁をさらにぶっ壊した後は、一度全員が固唾を飲んで口を噤み、そして唯一、一瞬で発言権を得ているのはこの場においてはカラス一人となった。
カラスは問う。
「あなたが何者」
続けて、あくまで事務的に言葉を発した。
「私は公国の軍本部から直々に誘拐事件を調査しに来た。もう一度言う。あなたは何者?」
まるで気に入った答え以外、受け付けなさそうな雰囲気だ。
この場合、気に入った答えってのは。
「俺はお前らの思っている通りの人間だ…………もちろん親玉ってやつだよ…………」
ドンピシャリ。
しかし剣の切っ先を喉元に、カラスの本番モードを目の前にして毅然としている自称親玉は中々すごい肝っ玉を持っている。
「なぜ私たちの存在がわかったの?」
カラスはさらに問う。
だがそれは、質問としてかなりボケた内容だった。
「あんだけうるさくしてりゃあ、気づかない方がおかしい…………」
うん、俺らが間抜けだっただけだった。
「そんなバカな…………」
バカはお前だけだカラス。
いや、お前のボケに付き合った俺もバカはバカだが…………。
意外にも、俺やカラスに対して呆れ返っている巨人とアマネさんが、ここで最も気が合うらしいことが結果的に明らかになった。
恥ずかしいぞ。
なんとかしろカラス。
「あなたたちを逮捕する」
「できるかな…………」
仕事し始めましたね。
じゃあ俺も目的を果たしに行くとしようかな。
イソイソ。
「ちょっと…………どこ行くの!」
カラスと巨人の一触即発の状態に、まさか俺が付き合ってやるとでも?
朽ちているとはいえ壁板をバラバラになる衝撃で体当たりする親玉さんと、それを物ともビクリともせず覇気で返したカラスさんのケンカに混じっていけと?
いや絶対そんなまさしくバカなことはしない。
だって怖いし。
それに————。
「カラスなら大丈夫だ。絶対あいつ勝てるから」
「なんでそう言い切れるのっ。敵は一人じゃないのよっ?」
敵は一人じゃない?
いやいや、敵の数は問題じゃない。
問題は。
「邪魔すんな」
シエルが上にいるから。




