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由所正しき哉

「…………誘拐?」

 ついに親切なしつこい人のポツリと出た呟きで、俺はあまりにも信じたくない現実を受け入れざるを得なくなった。

 しかも、最悪の結果で人攫いの尻尾を目撃してしまうという。

 なんでこんなことに…………まさか、そんな…………いや待て。

 まだシエルと決まったわけじゃない。

 落ち着けよく考えればわかることだ。確かに似てたが、シエルだってバカじゃない。どころか天才とさえ呼ばれていた気がする子だぞ、

 あんな「誘拐犯です」とキッパリ主張しているような見え見えの手口に引っかかる人間なんて、うちのシエルはさて置き世の乙女は世間知らずにもほどがある。

 そう、世俗から隔離でもされていなければ、そんな…………そうそう周りの人から無理やり監禁ないし軟禁でもされていなければ…………。

 ていうか俺はどうしてここに来たんだっけ?

 確か人を捜していたような…………。

「あれがシエル?何の疑いもなく知らないおじさんたちの口車に乗せられてたけど、一体親はどんな教育を彼女に施したのやら?」

「見てたんなら止めろやっ!!!」

「はがぅっ?!」

 急に現れたカラスで、とんでもない事態をついに認めざるを得ない時間となってしまった。

 無論、見間違いではない。


 シエルが何者かに攫われてしまった。


 そしてこの女、カラスはあろうことか張っていた容疑者の犯行現場を見逃し、新たな被害者まで見捨てたということだ。

 殴って済むどころの失態じゃない。

「だって…………先に事実確認しなきゃだし」

「いいから追ってこい!!」

「…………」

 空気を読まずに抵抗しようとするカラスは、だが俺が冗談で騒いでるわけではないことをやっと理解したのか、ふくれっ面をしたまま駆け足で馬車の追跡を開始した。

 当たり前でしょ?

 だって俺来たばっかだもの…………。

「速っ?!」

「ハトのバーカ。今度豆鉄砲食らわせてやる」

「真面目にしろクソカラスがぁーっ!!」

 緊張感のカケラもないなあいつ…………。

 親切なしつこい人は人間業でないあいつの俊足に驚いていたが、今はそれをどうこう説明してる暇はない。

 鳥が地を駆け回るのも氷を滑り回るのも珍しくないだろう、と納得してもらうしかないのだ。

「悪いな。そういうことだから、俺はこれで」

 そして親切なしつこい人や一般人を巻き込むわけにはいかないということで、彼女にはここに留まってもらうように促し俺も後を追おうとした。

 相手がカラスとはいえ女子を叩き、あいつのせいだからと事態の収拾を果たしてくるまで踏ん反り返って待つなんて頭の悪いことはしない。

 俺だって目前でモタついたのだから、俺の失態もあるにはあるのだから、しっかりすべきは俺の方だった。

 これでシエルから殴られて済む話ならいい方だ。

「いや、ねぇっ!これ…………」


***


 ここでキレてもしょうがない。

 カラスはいい加減なやつだが腕は確かだ。

 斥候任務であいつが失敗した話は聞いたことないし、もし見つかっても、腕っ節ですら負ける見込みはないだろう。

 これから俺も追跡にかかるけど、あの引きこもりもヘンゼルとグレーテルを知らないはずがないし、当時もよく示し合わせていた‘目印’をあいつが忘れていなければ…………いいのだが…………。

 なんであいつ最後まで信用できないの…………。

 やがて日が沈み、先行したカラスの目印を辿ると、ついに町の郊外の、人攫い組織のアジトらしき小屋が見える位置まで辿り着いた。

 さすがにカラスが小屋の中にまで入ってるとは思えないとまず辺りを捜してみると。

 案の定、少し距離を置いた場所でカラスが小屋の様子を伺っていた。

 郊外とは言え、大した距離ではなかったのは、奴らにどういう魂胆があったのか。

「カラス」

「遅かった」

 この文句。

 ならもっとわかりやすい目印を残せと言い返してやりたい。

「ギシャは小屋に入ってから動きがない。多分何かを待ってるんだと思う」

 カラスはそう言った。

「待ってるって…………何を?」

「取り調べでもしないとわからない」

「取り調べって、いちいち本国までしょっぴくつもりか?」

「姉様からはそんなに言われてないけど」

 つまり、その。

 取引現場っていうことだ。

 シエルに値段を付けようってか、そうはいかんぞ。

「よし、突入だ」

「…………待っているのは大本かもしれない。どうせならこっちの待った方が————」


 そんな悠長なことは言ってられない。

 可愛い女の子のシエルがどんな目に遭わされてしまうのか、考えるだけでも恐ろしいというのに、ここで手をこまねいているのはとんでもない。

 とっとと入って全員ぶちのめそう。

 そしてカラスにギシャの拘束と見張りをトンズラする。

 決めるなら早い方がいい。

 幸いカラスと俺がいれば張り倒すのは容易いが、全員を逃げられないようにするのはさすがに至難の業だが。

「ハト…………」

「なんですか」

 急ぎたいが、カラスは小声で俺を呼ぶと、どうやら大事な話をしたいらしい。

 ちょいちょいと手招きをされた。

 …………結構顔が近いんですけど。

 え…………内緒話?

「姉様からの依頼のことで色々」

「うん、なんだ」

「人攫いのことなんだけど、実は彼らが商売目的で人を攫ってるわけじゃないっていう線が出てて」

 うん、聞いてないぞ。

 お姉さんはそこんところの情報を隠して、俺を本当に単なる傭兵として傭ったということは、開けっぴろげにするほどのことじゃないはずなんだが。

 相変わらず合理主義の人だ。

 で、商売目的ではない、とは?

「なんだそれ。じゃあ今まで攫われた奴らはどうされたんだよ」

 若い女の子ばっかなんだっけ。

 お察し…………。

「被害者の大半は数日後に大抵見つかってる。彼らはある一定の人物を狙って、当てずっぽうに少女を攫ってるらしい。ここで何かを待つってことはつまり、()()()()()()()()ということになるはず」

「なんで?」

「その誰かの依頼で動いていると考えるしか」

「じゃあその誰かさんの確認をいちいち取るために、こうして現場の目と鼻の先まで来て?それって要領悪くない…………?なんで今まで見つからなかったん?」

「実行犯がプロらしい」

「今日めっちゃ簡単にアシつきましたけど…………」

「私の方がプロだから」

 憲兵は使い物にならないと、そうですか、さすがです。

 私も現行犯見ましたけどね。

 あっさり、偶然。

 で、どうしたいのか。

 結論を言い出せないカラスの話のしかたは未だに健在だった。

「このまま待てば間違いなく依頼主ないし、その仲介人が来るから、待っていたい」

「さいですか」

 まぁまだ気になるところはあるけど。

 奴らのターゲットのこととか。

「ぱっと見そんな大事に思えないけどな。ある一定の人物って、余程の大物があの町に紛れてたのか。その人の目星でもついてんのかねぇ」

 多分、まだその人物を攫えていないからシエルでさえ被害に遭ったんだろう。

 とばっちりもいいところだ。身の程をわからせてやりたい。

「確かに大物…………昔事故で滅んだ一国の姫君、デマやお伽話とか言われてるやつ、知ってる?」

 カラスは急に、少し無造作に大きな話をし始めた。

「…………知らないような」

 知ってるような。

 最近聞いたばかりのような。

「その()()の姫君がある塔に監禁されてたんだけど、つい先日そこから消えたって話が軍の上層部で騒ぎになって」

「ちょっと待ってー、この話はあんま興味ないようなー…………」

 ちょっと待って?

 軍はシエルのことを把握してた?

 それにしては簡単だった。

 ()の仕業とは言わないけど、あっさりシエルは塔から連れ出せた。

 監視してたって…………。

 なのにどうして俺だとバレてない?

  あの、シンという男の算段で。

 どこまで…………。

 カラスは続きを話した。

「そして人攫いがそれから数ヶ月で活発になった。人攫い一味でさえ想定外なり、安全な塔から出てしまった裸の姫君はどこへやら」

「せやなー」

 ちゃんと服は着せてるし保護者もいるけどな。

 俺は脇汗ひどいけどな。

 何これ尋問?

 お前本当に()だと知らないの?

 夜でよかった。

「軍は何でその姫さんを監視してたんだ?」

 俺の自然な質問に、カラスは何も疑うことなく答えた。

「姫君はとある体質によって、またいつ国を滅ぼす暴走をするかわからない状態にあるらしい」

「なるほど。じゃあそうならないための監視か…………」

「それ以外にも目的はあった。あわよくば懐柔して戦争を一気に終わらせようと観察と研究も兼ねていたけれど、監視人が始末されているのが発見され、姫君は消え、あちら側と同じくしてそんな思惑どころではなくなってしまった」

 おぉ…………脇汗まで止まらなくなってきた。

 なんてマッチポンプ。

「お前ら以外にシエ…………姫のこと知ってる奴らがいるのかよ…………あちら側って?」

「魔王軍」

 なるほど、俺は二国に対して同時に喧嘩を売ってしまったことになる。

 すごい黒幕の気分がわかる。欲しくないよそんなレッテル。

 どう考えてもあの男のせいだ。

 やっぱ意地でも息の根を止めておけばよかった。

 いつかあいつを…………ところで。

「でもよく第三者の介入だなんてわかったな…………」

「人攫いの行動が明らかな証拠。どうせ魔王軍の手先だろうって姉様が検討をつけてる。魔王軍が姫君を探しているという時点で、私たちの把握していない人物が姫君を連れ去ったということは目に見えていた」

「さすが頭いいな」

 普段こんなに全身に汗かかない。いや違う。これはデトックス効果という代謝がいいやつの特権なんだ。

 そしてカラスはそんな俺にトドメでも刺そうかということを言い始めた。

「ちなみに姫君の名前。それは」

 …………それは?

 なんで名前とか教えてくれるの?

 なんでタメるの?

 どうして俺をマジマジと見ながら間を空けるの?

 まさか勘付かれたか…………?

 姫の名前を知った上で、容疑者となった俺にこれを打ち明けたとでもいうのか?

 やってません。やったけど俺はむしろ被害者だ。

 お前のその目は間違ってるんだよ…………俺は…………俺はむしろシエルのためを思って————。

「名前はシ…………」

 …………っ?

 俺のこめかみに、大きな汗が伝った。

「シ…………」

 …………っ!

 …………シ?

「シ…………シンノスケ」

「張り倒すぞ?」

 俺がそう脅すと、カラスは両手で頭をカバーし、ジト目で俺を睨んだ。

 たった三文字覚えきれないって、お前相当…………普段記憶力いいでしょ?

 どうして?

「ていうか、何でそれを俺に喋るんだよ」

「別に…………知らないより動きやすいかなって」

 むしろ嫌なことを知った…………こいつ、本当に真相知ってて話したんじゃないだろうな?

 そもそもドンピシャで俺に頼ってくるくらいだ。

 どう考えても、十中八九バレてて様子を見られていると踏んだ方が賢い。

 もう一つこちらもブラフをかけてみるか。

「本音は?」

「忘れない内に教えとこうと思って」

「結局忘れて…………いや、そういうことなら別に…………」


「何をコソコソしているの?」


「「わひゃぁぁぁぁっ?!」」

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