表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/49

脳髄を当身で気絶させるのはむしろ危険である

 シエルはまだ見つからない。

 ————やめてっ?

 一体どこへ行ってしまったのか。

 ————だからやめてよっ。

 俺は気が気でない。シンとの決別以来、密かにあの子を守ると誓っておきながら。

 ————いやもうほんとにやめてくんないっ?

 不甲斐ない。


***


 シエルを捜して数十分。

 ケントくんがどのくらいの時間にシエルが出て行ったのか訊くのを忘れ、どこから検討をつけたものか俺は迷っていた。

 まさか、可愛い美少女が俺のことを追いかけて来るなんて日が生涯に一度でも来るなんて、見つけたら飽きるまで抱き締めたい衝動に駆られてしまったけど、俺がもしその衝動を現実にできるほどの度胸をもっていればそれほど特別な衝動でもないんじゃないかと思うと虚しい気持ちになった。

 今ほしい情報はそんな事実より可愛い美少女の居場所であるが。

 マジでどこまで行ったんだ…………?

 あれでいて頭が良いから、頭の悪い俺の動向と噛み合わず何度かニアミスしているかもしれない。

 さっきカラスと再会した路地を真っ先に駆け抜け、市場を高所から見通し、橋桁下の通路でさえ、まさに草の根掻き分けてでも打算を組みまくったがそれでも見つからないとすれば、やはりすれ違ったという線が一番有力かもしれない。

 一人の捜索力の限界を思えば、この事態の収拾は至難の業と言える。

 俺が街の人間と関わりがあればもう少し簡単だっただろうし。

 実際のところ、それこそカラスの方がこういった捜し物が得意だ。

 あいつに頼ろうなんてあまりに嫌なんだが、あの子のためにそんな悠長なことを考えてる場合じゃない。

 今からでもトキの店に戻ってカラスに事情を話すか…………?

 土地勘のないカラスを果たして野に放ってしまっていいものかそれも判断に迷うのだが、でもシエルこそこの街をあまり知らない。

 まだあまり外へ連れ出してやっていないからだ。

 それにプラス十年間も外の世界を知らないだけに、どんなところへ足を踏み入れてしまうかわかったもんじゃない。

 だから、時間を無駄にするくらいならこのまま走り回っていた方が賢明だろうか。

 下手な判断だったとしても、手がかりを、早く見つけておきたいところだが、果たしてどうすべきか…………。

「ちょっ…………良い加減無視すんなぁっ!!!」

「あぶなっ」

 突然繰り出された美脚が俺のデコに当たるは何とか避けられた。

 それはいいが、そもそも、さっきから何故何度も何度も俺は殺気のこもる美しい曲線を描くような蹴りなどを受けていると思いますか?

 確か、見覚えのある丁字路で凄まじい速度を伴った人間が突っ込んできたところから。

 そのあとから屋根に登っていれば下方から石を投げられたり、やがて見事な通せんぼを低姿勢で脇を抜けさせてもらって。

 多分23回くらい身の危険を感じ、そして最後に、未だ走り続けていた俺に追いついて強烈な回し蹴りを放ってきたのがこの女。

 そして会心の一撃、上段回し蹴りをギリギリ掠めたことによってついに俺は足を止めてしまうことになった。

 なんだこいつ…………。

 袖触れ合う縁も何とやらとは言ったものの、ただすれ違っただけでされる筋合いのない所業なんだが。

「やっと止まりやがったわね…………っ!ていうかいい加減にしなさいよ…………っ!」

「良い加減にして欲しいのはこっちのセリフなんだけど。特に用がないんなら行かしてほしいんだけど」

「あんたに用があるの!」

 どうせ肩が当たったとか、足を踏んでしまったとか、横切った時の風が気に食わなかったとかそんなことを言うんだろう。

 実際何度か経験のあるイチャもんだ。

 今更ビビるほどのことではない。

 そう、俺は最早何度も修羅場を潜り抜けてきた猛者であるからしてこんなヤンキーに絡まれたところで動じる肝っ玉ではあるまい。

 ははっ!思い出したら胃が痛くなってきた!

「用があるんなら普通に声かけてほしかったな」

「くっ…………かけたから…………ちゃんと声かけたからねっ!」

 彼女はそう、まるで悔しそうに言った。

 どうしてそんなに必死なんだろう。

 もし俺に良心が少しでもあるなら、彼女の抑圧された感情を開放してあげたい。

 そんなことよりタピオカ?

 多分こんな感じでいけるはずだ。

 今は早くシエルを探すのを優先したいんだが。

 なんだろう。

 まるでこの女と初めて会った気がしない。

「たくっ…………あなたに用があるからこうして追いかけてきたんでしょう…………3回も無視されればそりゃあムカつくと思わない?」

 思わない。

 俺は寛大なのだ。一回目で諦めるからな。

 それで24回の襲撃や如何に。

 凡そ8倍返しされそうになった俺の気持ちは評判の悪い先輩のカツアゲから逃げたい、そんなドストレートな感じだ。


***


「これ見て!」

 何ぞや。

「この紙に見覚えがあるでしょ!これが今、あなたが探してる‘モノ’!間違いないわね!」

「こ…………これはっ」

 お金だった。

 …………どうして?

 なんだこの女。

 何故今そんな喉から手が出るほどほしいものをくれるというんです?

 逆に怖い…………一体何を企んでいるのかわからない。

「ごめん…………俺は別にいいからそれは貧しい子供たちのために使ってやってくれ」

「いや…………あなたに返したいだけなんだけど」

 返される覚えがないっ。

 こう見えてお金の貸し借りは奨学金を含めて一度もないんだから、ましてや異世界においてあるわけがない。

 なんか大事なことを忘れてるきもするけど、やっぱり何か企んでいるとしか思えない…………。

「…………くっ!」

「あっ!待て!」

 何!

 俺の全速力に追いついてきやがったぞ、この女っ!?、執念がやばい。

「止まってってば!」


***


 確かに、シエルは危うく街を出てしまいそうな端っこのベンチに座っていた。

 何やら元気なさげなのは、もう心当たりがあるので早速抱き締めに行かなくてはならない。

 その前に。

「助かった…………悪いな、道案内」

「いいわよ別に。私も、あの子独りだったし、気になってたから。見つかってよかったわ」

 なんていい人なんだ。

 せっかくだからもっとお礼言っとこう。

 こういう親切な方は今後大切にしておかなくてはならないと思う今日この頃だ。

「また今度なんか奢らせてくれ」

「なんか、そんなに大事な子なのね、あの子」

「身寄りないからな、あいつ。引き取った手前放ったらかしにするのも何だろ、ってだけだ」

 身寄りのない。

 見捨てられたわけではないのに、だ。

 改めてシエルがどんな境遇だったのかを思い出した。

「優しいんだ…………」

「…………」

 褒め殺してくるなこの人。

 俺が黙ってしまったからか、親切な方は居心地が悪そうな様子を見せた。

「じゃあ。また覚えてたら声かけてくれ」

「待ちなさいよ」

 ちょっと…………せっかくいい言葉でシメたと思ったのに。

 呼び止めたはずなのにそっぽを向いていた親切な方は、おざなりに手を出して何かを押し付けていた。

 紙?

 いや、金?

 紙幣である。

「…………これは何のマネで」

「いや、だからあんたの何だってば!前に丁字路でぶつかったことがあったでしょっ?その時に落としてったの!」

 何のことだ?

 俺とシエルへ同情してくれる小遣いじゃないのだろうか?

 さすがにそれを受け取ることはできないが、しかしつまり、俺のってこと?

「…………あ、ああ、そんなこともあったっけ?じゃあそれで奢るからまた会う時まで持っててもらっても」

 なんか、出どころがわからない金を受け取るのも怖い。

 話だけ合わせて、後々再会したときにそれで奢ってもらおう。

 優しいご婦人のための俺のお財布に優しい御断りであった。

「だ、か、ら、あんたのだから持って行きなさいよ!」

「しつこいな…………また今度でいいっつってんだろ…………」


 そんなつまらない問答と並行して、シエルはというと。

「ハトの場所知ってるの…………?」

「そうだよー。ハトさんはね、お嬢ちゃんを置いて出てってしまったことを、それはそれはもう大いに反省して、お嬢ちゃんを迎えに来るよう俺たちに言いつけたんだよー」

「へー」

「ああ。おじさんたちはハトさんの居場所を知ってる。さぁ元気出しなお嬢さん。俺たちについて来ればハトさんに合わせてやるぜ」

「…………そうする」

「そう来なくちゃな。じゃあこの馬車に乗ってくれ」

「わかった」

「全く『ハトさん』って奴も人が悪いよな。こんな可愛い子を放っぽり出して出て行くなんて」

「あとで怒ってやりなぁ」

「うん。なんかそう思うと怒らなきゃって気がしてきた」

「…………この子大丈夫か」

 シエルは、俺と()()()()()()()人たちに手招きされ、あっさりと馬車という密室へ連れ込まれていった。

 俺がそれに気づいたのは、親切なしつこい方が先に気づいたので指で示されてから。

 おじさんたちは俺たちに気づいているらしく、よもやシエルの保護者だと気づいたわけではなかっただろうけど、目撃者の目から早く遠ざかるためか、素早い動作で出発の準備を整え、のちに御者は馬に鞭を打って出発していった。

 それをしばらく受け入れることができない俺は、親切なしつこい方と共に呆然と立ち尽くす。

 そして辛うじて言葉を絞り出すことができた。

「シエルさん、その人たち誰?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ