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 トキの酒場に舞い戻り、俺はカラスに促されるまま、有料個室がある上階へと向かった。

 その際に、カラスはハッキリと軍人とわかる格好をしているからか、トキの「何やらかしたんだあのクズニート」的な視線がとても痛かったが、俺は胸を張ってそれに甘んじていられた。

 何故ならキッパリと主張することができる。

 誤解だ。

 冤罪だ。

 というか、俺は関係者として同行しているに過ぎない。

 お前はいつになったらお兄ちゃんを応援してくれるんだい?


***


「やぁ、久し振りだね、ハトくん」

 個室に入るや否や、何も注文せず頬杖をついて上座に座っていた綺麗なお姉さんが、フランクに手を振って俺とカラスを迎えてくれた。

 でも俺はそんなテンションに合わせることもできずに、苦笑いでしかそれに応えることしかできなかった。

 その女の人は、俺のドストライクお姉さんのはずなのに。

 よりにもよってこの人にバレるとはな…………。

「おやおや、無愛想になったもんだー。前は私の顔を見るなり可愛い笑顔を見せてくれたのに」

 余計なお世話です。

 いや、心から嬉しくてこの人に笑顔を見せたことはないけれど。

「教官は————」

「…………」

「お姉さんは元気そうで何よりです…………」

 お姉さんと呼ぶように義務付けられてもうトラウマですらある。

 見つめるだけで人を殺せそうな威光を放つタレ目のおかげで、俺のハートはづたづたさ。

 髪はまっさら、シュッとした鼻、桜色のプックリ唇、光沢のあるデコルテ、手脚は細長く、しかし白いゆったりした制服に包まれているのはお年をさり気なく感じる柔らかそうなおにゅく。特に存在感が暴力的おっぱいといい、本来なら、こんな立場でなければ、是非この場でお酌していただきたいレディなのだけれども。

 それもこれもただの無粋な評価ではあるが。精神的にも物理的にも柔暖(やわあたたか)かそうな雰囲気に反して、見つめるだけで文字通り人を石にしてしまいそうなお姉さんである。

 まず晩酌をしてあげるのは大抵、俺たちの方であるという逆転の力関係がそれを物語る。

 かなり苦手なお方だ。

 人見知りの俺にとって他人の目を見ることがかなり不得手だというのに、それすら許さぬお姉さんの覇気。

 目を見て話せ、とは言わない心持ち柔いお姉さんなものの、決して余所見をしていいはずがない確かな存在感。

 そして俺は、何故かそんな人に気に入られてしまっていた。

 気に入られたというより、使い勝手のいいパシリとして、昔はよく無茶な任務を押し付けられていた。

「いやぁ、ほんとに会えて嬉しいよ。半年?いや一年ぶりだったかな。思えばその程度しか経ってないんだね〜」

「仰る通りですね〜…………」

 こんな愛想笑いは実に一年ぶりだ。

 一年。そうか。俺は一年しか逃げ切れていなかったってことか。

 そりゃ仕方ない。俺は鬼ごっこやかくれんぼをあまりしたことなかったから。

 誘われたことすらなかったもんで。

 悲しい過去を振り返らせないでくださいよっ!

「本当に久し振り。あの何気に強かったハトくんが、まさか命を落としたなんて報せが来た時は胸のここら辺をくり抜かれた気分だったよ」

 何気に強かったんだ、俺って。

 お姉さんは、グッと胸の中央らへんを掴んで痛ましく痛烈にその当時の表情を再現した。

 グッとね。グッボインッとね。グボイン。

 ボインとしたがそんな悠長なことを考えている場合ではない。

 俺は何よりも、この人に会うことが都合が悪いのだ。

 カラスはまだいい、頭いいのに頭悪いから。

 だがこのお姉さんこそが、俺の当時の上官にして教官。

 何度も注意するが外見のポワリ感に騙されることなかれ。

 彼女は、国王軍の中でも異端視されるほどヤバイ人間の内の一人に数えられる女性なのだ。

 しかもどういったツテなのか、国王とも仲良しという。

 嫌らしい関係ではないとか言ってたけど。

 身持ちは固い方だと豪語していたけどそんなこともどうでもいい。

 その内本性を現すだろう。うん、本性を現す、その時が正真正銘、文字通り腹を切る覚悟を決める瞬間となる。

 手足の自由を奪われるかもしれないので実際は舌を切る覚悟かもしれないが。

 俺は今、運命の岐路に立たされていると言っても、そのどちらの道にも見え見えの罠がある、そんな絶望的選択を迫られていると言っても…………過言ではないのである。

 ————どっちでもいいよ。

 そう逃げ道を立ち塞がれ笑顔で訊ねられている。

 俺はまず、フェイントをかけてそのお姉さんの脇を出し抜けないか見計らうしかできないかった。

 入り口から離れたくない。

「まぁ座りたまえ。お腹空いてない?感動の再会を祝って乾杯でもしようよ」

 マジですかい?奢りですかい?

 やったぁ、さっきトキに散々なものを食べさせられたからありがたい。

 どっこいしょっと。

 …………。

 図られたぁ…………っ。

 まさか食べ物で釣ってくるなんて…………。

 先手を取られるとは不覚…………いや、逃げる選択肢はないって思ってたけども。

 十中八九、悪ノリで窮地に立っちゃったわけだけれど。

 やだなぁ…………帰りたい。帰るってどこに?

 ホームで追い詰められるマヌケってどこのバカだよ…………俺のことのようです。

 俺の帰る場所は最近ここです。

 仕方なく、いや、積極的にお姉さんの()()に従いお姉さんと対面して座ったわけだけども。

 ちなみに掘りごたつ式だ。

 ウケがいいのか、有料の割に人気の席である。

 カラスはお姉さんの側を、入り口から庇う形で正座した。コタツには入らない。

 あくまで最高権力に近いお姉さん。

 そう、戦力や存在価値で言えばお姉さんの方が遥かに重鎮で、カラスはお姉さんにとっての手駒に過ぎない。

 余程のことがない限りあり得ないだろうが、もしもの時の奇襲に備えて、上官を守るため入り口に注意を払う、それが従者であるカラスの今の責務ということか。

 俺も何度かやったことがあります。

 幸い一度でもゲリラに遭ったことがないから役割を全うしたことはなかったけど、まぁでも、敵とは関係ないハプニングは、割と多かったな。

「まぁ君はドジが多かったから決して優秀とは言えなかったけどね。何を隠そう今回は君の力を貸して欲しくてここまで来たわけだけど」

 そう言われる始末。

 いいの?

 俺なんかの力を貸して欲しいだなんて、ドジばかりの俺が仕事なんてして。

 いいわけがない。

「今日ここにこうして、君が生きてるという可能性に賭けて、私はその賭けに勝った。その幸運のまま頼み事をしたいんだ」

 懐かしむ割には過去バナも訊かれない。

 最早、業務の意向を伝える準備が整っていたらしい。心の準備も難なくできていたらしい。

 俺の心の準備は、ついでにそちらで準備されていたらしいけど…………。

 この関係をギャンブルで例えるなら、恐らく俺がディーラーでお姉さんがプレイヤーに当たるのだろうか。

 プレイヤーから徐々に脅されていくディーラーが、身の危険を感じた時に誰のために働くべきか。

 勿論お客様のために。

 商売や勝負はお客様がいなければ成り立たない。チップの追加を強請られれば応えよう。最善手が欲しければいいカードをくれてやろう。

 挙げ句の果てには店を潰しかねないノミの心臓を持った俺は、だからこそ働くべきではない。

 そう言える。うぉっ、めちゃくちゃ正当な理由を思いついてしまったぞ。

 オッケー、断れる。

 このカードが、俺の切り札だぁっ!

「仮にも死んだことにされてるって話なら…………俺は逆に軍に戻るとマズイんじゃ…………?」

 怖ぃ…………ギャンブルに例えて納得してもらおうとか何だよそのつまらん理由。ディーラー、切り札関係ないし。

 もう帰りたい…………。

「その心配ならいらないよハトくん。名無しの傭兵と通しておけば君の殉職扱いも変わりはしないし、例え妙な勘繰りをされても私のお墨付きがあればどうにでもなる。動きやすくはなるだろう。つまり軍に戻って来て欲しいというわけではないから、安心してね」

 お姉さんの後ろ盾はありがたいが、そうじゃない。

 そうじゃないんですよ…………。

 むしろお姉さんが後ろにいるとやりづらいったらないんですよ。

 何がダメって、ずっと目光らせてるところが怖いんです。

 メデューサっぽくて。

 カラスに何か言って欲しいが、あいつは俺の方を見向きもしないという。

 これで見納める顔がそれなら、いつかシメてやるからなっ。

「実際、駐屯地やらに入り浸る必要もないんだから安心してくれたまえ」

 …………。

 知り合いなんてどうせもういないんだからそこは心配してないけどね。

 俺の真意なんて気づいてくれない。というか気づいていても無視するだろ、この人の場合。

 俺が仕事嫌いな事はカラスの他にこの人の知るところ。お姉さんが苦手なことも。

 傭兵って。

 使い捨てる気満々じゃありゃしませんか。

「さてハトくん。内容の話だが書類は用意できなくてね。名誉に思って欲しいんだが内緒の頼み事だ」


「お断りします」


 そう言えたら最高だった。

 言ってません。言えなかったよ。言えませんよ。

 俺が何も言えない内にどんどん話が進んでいくんだから…………っ。

 おいカラス、庇って!俺とお前の仲なんだから無視すんじゃあねぇよ…………っ!

「何、これはここに住む誰もが関心を向けていることで、君にはその収拾を図ってもらいたいんだよ」

「なんか騒いでましたっけ…………?」

「世間知らずなところは相変わらずか。人攫いが横行しているのは知っているだろうと思っていたけどね」

 あーそれか。

 巷では年頃の娘が神隠しに遭うという噂が広まっていた。

 神隠しっていうか。


 年頃の娘の失踪後、訳の分からないところで見つかるテレポーテーション現象。


 ファンタジー世界とはいえ、現実味と論理的を帯びてなかったからデマかと思ってた。

 だからなのか、俺の中ではちっとも心配に思っていなかった事例なんだが。

「実際はか弱い娘だけじゃなくて、大人もターゲットにされているらしいけどね。総じて健康な連中だ。この街は我ら国王軍が魔王軍に対抗する重要な基点の一つとなっている。安定した経済で戦いに支援してもらうためには、そんな物騒な噂を野放しにするわけにはいかない。わかるよね?」

 わかります。

 思わず頷いてしまった…………。

 そっか。

 俺は国王軍のテリトリーで生活してたから見つかったのか。そりゃ見つかるわけですよ。

 やっちまったな。

 前線から一番遠いとはいえやっちまったな。駐屯地ある時点で気付けってか。

 お姉さんの話はできるだけ聴いているフリをしておきたいこの頃である。

「これはハトくんにとっても無視できないだろ?君の親しい女の子が攫われでもされたら、と考えればね」

「いや…………親しい女の子いないですし」

 なんか胸にデュクシってきた。

 女の子の知り合いはいないでもないが、トキは妹でお店切り盛りしてるし、大賢士さんはかなり遠いところでサイエンス、エクスペリエンスしてるし。

 他に女の子の知り合いいただろうか?

 いないな。以上。俺に親しい女の子はいない。

 強いて言うならシエル。シエルだけは指一本触れさせねぇ。大事な大事な妹分だ。

 俺と入籍(仮)するまでにキズモノにしてくれてみろ?2度とリア充になれないくらいのトラウマをくれてやる。

「カラス、何か食べるかい?」

「磯辺揚げ」

 カラスは論外。こう見えて強いし。うるさいし。

 てか君そこは断るところでしょ?

 嬉しそうにしてんな。ていうかこの店そんなつまみあるの?人気出るわけですわ…………。

「全く、もう少し愛想良くてもいいのにね、カラスは。ハトくんは何か食べたいかな?」

「いや、俺は何も…………」

 早くこの場から逃げ…………失礼したい。

 よく考えたらトキにもらったご飯でお腹はいっぱいだったのだ。

 見た目はともかく味は普通だったし。

「腹が減っては戦はできぬって言うじゃない?」

「さっき食べてきたところなんで…………」

 もう仕事受けてる前提なんだ。

「なぁんだ。じゃあ私はプリンん♪」

 こうして見る限りでは、やっぱり子供っぽいところのある可愛いお姉さんなのだが。

 プリンも人気だなこの店。

 ていうか乾杯どころか注文する前に仕事の話終わっちゃってるみたいなんですけど。

 酒が入ってないからこんなシリアスなのか?

 お姉さんはこっちの生まれだから、ここの酒なら数杯でベロンチョしちゃうんじゃ?

 もしかしたら、イケるかもっ。

 お酒を頼んでおこう。そして酔った勢いで俺が切実に頼めば、この話をなかったことに…………別にエッチとかも期待はしてないけどね。

「お姉さん…………」

「あ、待ってね。今注文するから。すみませーん」

 人呼んじゃうの…………?この集まりって人目につくとヤバイんじゃないのかよ。

 そして注文を受け取りに来たのがトキという。

 こうして数分ほど、俺の覚悟を磨耗するには十分過ぎる時間が注文に向けられた。

 トキがかなり訝しむ顔をしながらお姉さんとカラスの欲しいものを全てメモすると、もう俺には一瞥もせずに個室をあとにしていった。

 結局俺は、妹に何か頼むということができなかった。

 妹の仕事姿を、何気に初めて見たかもしれない。立派になっちゃって。その横で毎日のように一席潰してものすごく申し訳ない気分になってくる。

 そのお陰でお酒作戦は遂行されなかったし、よく見たら二人とも制服で、勤務中に怠慢を冒す人たちでもないことに気がついた。

「ニヤニヤ」

 お姉さん…………まさかさっきの従業員が妹とは思っていないだろうが、見透かしたようにあざとい笑顔はやめて欲しい。

 別に妹を人質に取ったわけでもあるまいに。

 しかしこの人にとって、それはもう道理というものだろう。

 トキが親類であることをここに来て知らなかったというほど、この情報通を侮るわけにはいかない。

 つまり、妹を、人命さえ駆け引きに引き出すことを憚る人ではない。

 だってほら。

「知っての通り我らが国王は少々過激なお方でね。どっちが魔王かわかりゃしないよねぇ」

 久しぶりに口を開いたかと思えば、聞きたくもない人物の話題とは。

 俺は再びそれを弁えなきゃいけない。

 また、どんな人物が従える尖兵として働かなくてはいけないのかを。

「ここは重要な街だとは言ったけど、少しでも不安分子があるならそれを見過ごすほど、あの人は怠けていないのだよ」

 お姉さんはあらゆる意味を込めて言う。

 ————あのジジイが、戦争やメリットのためにリスクを冒すことを恐れない。

 ストイックな性格をしてるじゃないか。

 それこそが、愚王と陰で愚痴られてる一面なんだけど。本人に自覚はあるのだろうか。

「頑固ジジイ…………」

「それは聞こえなかったことにするよ。つまるところハトくん。君の親切心に漬け込んで申し訳ないけど、今一度訊かせてほしい。私に、力を貸してくれないかな?」

 そうやって。

 本当に悪気のなさそうな顔をするから、あなたはタチが悪い。

 ————君なら出来るよね?

 そういう期待に応えたがる俺は見事にチョロい。

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