話は飽きても最後まで
俺が塔の中にいる間、その外での様子はこうであるとシンは話してくれた。
「最初の2日間で村長はだいぶガッカリしていたな。またダメだったか…………みたいな」
「あっそ」
「でもそこは俺がハトはそんなヘマをする奴じゃない。信じろって言ったらしっかりと信じてくれたんだ。優しい村長だった。やっぱり世の中捨てたもんじゃない」
「さよですけ」
さすが、その辺り口八丁を唱えさせれば右に出る者はいないと謂わしめる(俺談)シンである。
相棒の評判をみすみす貶めるようなヘマはやらかさないであろう。相棒じゃないけど、その辺信頼してるつもりだった。
多分村長は、シンの特に意味のない説得に呆れたんだと思うな。
こうして出てきてやったんだから村長の顔を思い出すとザマァ見ろと言いたくなった。
「女を口説いた場数も半端じゃないって言ってやったりもしたな」
「あー、じゃあお礼をやるから手出してみ」
「いやいやなんのこれしき」
「いいから出せシン…………」
「なんで剣持って手招きしてるんだハト?」
非リアの俺がナンパ上手だと、コラ…………。
それができたら賢者真っしぐらの人生歩んどらんわいこのアホがっ!
こいつ…………最近調子に乗っているんじゃないか。
ここ数日はかなり恩着せがましくうるさいことを言われている始末だ。
ここらで痛い目を合わせておいた方がシンのためになるんじゃないだろうか?お人好しにも代償が伴うことをな。
我ながらいいことを言ったつもりだ。
それがまぁ愉しいと思っていた哀れな自分が俺にもあったのだ。
ほんの少しでも。
振り返れば、今回の慰め程度のサポートに限らず、こいつは戦闘に積極的には参加しなかったとはいえ、助けてくれたことも何度かあった。
それに仇を返すつもりはない。
分別は弁えているつもりだから。
正直それだけの借りをどうやって一括で返そうか悩み始めてすらいるのは、密かに自分でも、薄々ながら、およそミクロ程シンの人柄を認めているからだろう。
返すべきだと、義務感が沸き起こる程に。
そうだ。
シンは優しくて強い。
諦めもしない。
見捨てもしない。
これ程の強い信念を持った人物も中々巡り会えるものでもないわけだから、尊敬してはいたんだ。
憧れてもいた。
だが、時折悲しげな顔で遠くを見るのはやめてほしい。
その眼差しは、俺に見せる困った時の愛想笑いとは違う、裏もないただの憂いだ。
何に対して向けている?
誰に対してか…………。
もしそれが、向こうに帰りたい理由から来るのだとしたら、俺はそれとどう接してやればいいのやら。
野暮なのに訊ねたくなってしまうのだった。
***
村を後にした俺たちは直ぐ様、馬車に乗って最後の目的地であるどこだかに向かっていた。
荷車はいつの間にやら屋根付きにアレンジされ、お寝坊さんのシエルは荷車の毛布にくるまってグッスリしている。
もう夜明けも過ぎた時間だが、起こす必要はさほどなかろう。
ふむ。
そう、シエルの奪還は成功した。
泉と霊獣の関係は結局確かめることもなかったが。
とりあえず扉があった辺りを蹴破って出ることにした。
合図すれば出したのに、とか言い出すシンに石を投げ、特に力を貸してくれることもなく傍観していた村長が俺に懐いているのシエルを見てかなり羨ましげに見られながら、仕方ないので今更ながらこんな言葉を送ろう。
「ざまぁす」
「急にどうしたハト…………?」
結果的に出れただけで不問にしてやることにするが。
馬車はコトコト前に進み続ける。
他にすれ違う馬車も人もない、障害物もない平原に舗装された商用通路をただ一台ごぼう抜きに進んだ。
これからの算段をシンに訊ねていこうと思っている。
「向こうへ帰るには儀式がいるんだよな。それは場所も重要ってことか」
最終地点に着いた時の動き方も知っておこうと思ったのだ。
向こうには帰らないと言うべきタイミングはどこか、見計らうという目的もあったが。
シンは快く応えてくれた。
「儀式ね。そうだな。と言っても大したもんじゃないらしい。燃料容れて、エンジンを点火する程度のものだそうだ」
わかりやすいなぁ。
やけに含みのある言い方だけど、まぁ、こいつのことだ。
シエルの命に関わる扱いなんてわざわざしないだろう。
それだけは信用しているつもりだ。
「ハトはやってくれると信じていた。これでみんなの悲願を果たすことができる。期待通りだぞ」
「悲願って言うほど大袈裟なことでもない気がするけど」
「悲願さ。なんせ、みんな、誰もが一度は諦めたことだ」
「そうなのか」
俺はそうでもない。
帰り道が閉ざされていることなんて、今更でも当時でも大したことはなかった。
俺は向こうに思い出がないから、帰れなくても構わなかったし。
苦しかった一年を越え、次の一年をアカネと旅をしてこの世界がむしろ好きになったんだ。
けれど、そう水を差してしまうのは悪い気がする。
俺と他人は別だ。
他人の夢や希望は俺のものよりずっとマシなものだから。
応援なんてしないけれど、バカにしたりもしない。
シンの言う悲願も、大したものじゃない、だなんてあるわけがない。
馬車がガタリと揺れた。
くぼんだところを通ったのだろう。シエルが起きたかを咄嗟に確認した。
気持ち良さそうな寝息をまだ立てているところを見ると無事らしい。
やはり口がωの字になっているあたり最強だと再確認し、シエルエネルギーを補充しておいた。
やつめ…………今回は許してやろう。だが次は…………。
「ハト」
「んあ?さっきのくぼみを埋めにいく手伝いなら大歓迎だぞ」
「何の献身的な話なのかわからんが…………今のうち話をしておくとするが」
「ん」
「ああ。実は中継地点で仲間と合流する手筈になっている。礼儀正しいとは世辞にも言い難い荒っぽいやつらだが、仲良くしてもらえるはずだ」
「了解」
もしかして人見知りを心配されているのだろうか?
そんなにヤバく見えるのか?
そういえば、あれは19歳の頃だった。
当時同じ大学にいた絶世の美女が俺に声をかけてくれた。
“よろしく”
彼女は礼儀正しく、パッとしない俺とも普通に話をしてくれたのである。
教科書通りに。
英会話の授業だった。
同じペアであり顔を合わせる頻度も少なくはない。
正直その時間がくるのをドキドキ楽しみにしてた。
そして割と言葉を交わすようになった頃、テンション上がってしまった俺は一方的に面白くもなんともない話をしてしまったことがあったのである。
しかしそれも彼女はしっかり聴いてくれていたのだ。
それでも彼女の相槌もなく表情が芳しくないのを悟った俺は、そしてオチを話す前にこう告げた。
「あ、いいわ、ゴメン、別に興味なかったよね」
物凄い嫌な顔をされた。
可愛い顔で。完全に嫌われた。
それ以来、俺は一言多い自覚が芽生え喋らないよう気を遣っている。
故に今は別にコミュ障ではないのだ。
単に一言が多いのだ。
お気遣いどうも、シン。
なんでそんなこと思い出しちゃったんだろう…………。
「ってことはそいつらも」
「ああ、向こうから来た仲間だ」
シンは平然と仲間という言葉を口にした。
同じ場所に帰りたい仲間。同じ目的のために互いに信頼すべき人間たち。
だがシンはそれだけの関係にするつもりが、さらさらないかのように人と接する。
最も深い懐に入り込む。
「仲間と合流、それから先にある目的地に団体で向かうって感じか」
「そういうことだ。ただ、ちゃんと仕事として来てくれている」
「仕事ね」
「傭兵だよ。道中の護衛も兼ねてもらう」
シンは振り向いてシエルの姿を確認した。
馬車は確実に整備のいっていない道に差し掛かり、車輪が地面と噛み合わずにゴトゴトと騒がしくなり始めた 。
「シエルがどうかしたのか?」
「…………まだ危険らしいな。そういう気持ちでいなければいけないことを確認したくてな」
シエルは別に…………いや、俺の見解は大事じゃないのか。
下手すれば間近にいる俺たちは危険。何せ霊獣、しかも7体分の核兵器相当の存在がここにいる。
最早塔の中ではなく、風の当たる外にいる。
国を滅ぼしかけたという。
実際のところ、こんな容姿では国を滅ぼすことができるというポテンシャルを持つ雰囲気はない。
「シン」
「…………」
「向こう曇ってんな」
「…………そ、そうだなっ」
変なやつだ。
遠くを見てウルウルするかと思えばこうして一声かけるだけでいつもの調子を整える。
***
そして現れたのは、前からガラコロと向かってくる行商人らしき一団だった。
シンはそれを見て「おおっ」と声を漏らす。
どうやらその仲間たちらしい。
「ハト、あいつらだっ。しびれを切らして迎えにきてくれたなっ。ハト、お行儀良くするんだぞ?」
いいだろう。全力で人見知ってやるから安心しろ。
あとシエルには指一本触れささんからな…………。
それから一旦停止の夜明かしとなった。
こんな広野での野宿は生まれて初めてかもしれない。
何分、物陰を探してアカネと丸まって寝ていたことが多かったから、こんな風に大勢集まって火を焚いてドンチャンしたことはついぞない。
シンの仲間の一団は、およそ15人程で構成された傭兵だ。
同じ志をもって元の世界への帰還を望む同志たち。
周りはみんな友達で、正直俺の居場所はない。
シンはともかく、急に仲良くパーリーピーポーと唱えて打ち解け合える気兼ねが俺にはないのである。
どうしてこうも彼らに興味が湧かないんだろう。
俺はいつまでこんな風に一匹狼を気取っていればいいんだろうとか。
ここに来て、アカネとの契約を解除したのが悔やまれた気分だ。
シンはみんなの紹介を簡単に済まし、自分はとっとと離れた場所にテントを張って寝ることにしたようだ。
随分と憔悴しきっているんだけど、俺が塔の中にいる間、あいつは何をしてたっていうんだろう。
俺もシエルが寝る馬車から離れない位置でボーっとしていた。
彼ら傭兵たちはというと、二年間の筋トレの賜物だろうか、それとも元々か、丸太のような上腕二頭筋、三頭筋、三角筋を膨らませて腕相撲に夢中になっている。
焚き火のところでは食料に火が通されているはずだ。
ていうかどんだけ鍛えたらあんな岩みたいな筋肉ができるのん…………?
見て俺の二の腕。
スッカラカンよ。
「ムニャムニャ…………」
そう悔しくなっても見る天使シエルの寝顔はやはり最高である。
とてもじゃないが、これが本当にとんでもない危険生物だとは思えない。
それに時刻はおよそ夕方過ぎで空も暗いのにどんだけ寝るのシエル?
多分塔にいる間はやることがなければこうして寝ていたんだろう。
それでも気をしっかり持っていたんだからとても強い子だと思う。
やっぱりそれだけの抑止力があればと思うと、霊獣とか何とか、信じられない。
ぬぅ…………寝る子は育つ。なるほど、道理で。
ご飯まだかなぁ…………。
シエルはともかく俺にも分けてくれるかなぁ。
「それにしても可哀想にな」
「ああ。あんな子に、いくら何でも無茶だと思うんだよな、俺」
「だよなー。でもあの子の命一つで帰れるんだからありがたいもんだぜ。悪い気もするけど」
刹那、後ろで用でも足しに行こうとしたのか、二人ほどの連中が腕相撲組と離れていく折に、俺をそれを耳にした。
この場において可哀想な人間は、境遇で言えばシエルで、頭の出来で言えば俺だろう。
だがどう考えても俺の頭で理解できる単語を聞き逃すことができなかった。
自意識過剰も甚だしいと自分で思うが、それにしても聞き捨てならない。
そして、どうしてご飯時を前にそんな大事なことを偶然聞かせてくれるのか。
「その話、詳しく」
咄嗟に、すれ違いそうになった二人の前に立ちはだかったのは無論、俺だった。
「んな…………おいおい脅かすなよ」
「あぶね…………漏らすとこだった…………」
そんな冗談に、二人はケラケラと笑い出す。
どうやら、この二人は俺の心境なんていざ知らず呑気に構えているらしいが、そう、お前たちの都合なんて今はどうでもよかったんだ。
「もう一回訊く」
「勘弁してくれよ。見ろよ、こいつもう我慢できねぇって」
「どいてくれ。ったく…………こいつアズマの連れだっけ」
「ああ。あとでアズマに何か言っといてもらうか。面倒くせぇな…………」
「いいから聞かせろ」
まるでシエルが————。
だがおかしい。もしそうならシンが黙って手伝ってるはずがない。
あのお人好しなら、自分よりも他人の不幸を見過ごさないはずなのだ。
だからこそ俺は、好きでないシンを疑いたくないと有り得ない自覚をしながら、訊ねずにはいられない。
答えによっちゃあ俺は。
「シエルはこれからどうするって?」
「…………チッ。何も教えられてねぇのかよ。その子はな」
「おい」
「いやもう面倒くさいから。その子に宿ってる霊獣だか何だか?そいつの力使って俺ら向こうに帰りたいんだがよ」
それでシエルが可哀想だと?
俺は話を急かした。
「どうやって…………?」
「霊獣を抜き取らなきゃいけない作業があるらしんだけど、その時————」
シエルは死ぬ。
「なぁ…………わかったらそこどいてくれ————」
残念ながら、もうそいつらの頼みを聞いてやれる余裕はなかった。
人命が関わっておきながらそれだけ手短に話を教えてくれたことには感謝するけど。
ただ単純に、全員 殺らなきゃ、と思ってしまったことが運の尽きだったとしか、言い様がない。




