この怨み晴らさでおくべきか
「…………………………………………っ!」
ああああああああああっ!
開け、このっ!
おらぁぁぁぁっ!
なんて仕打ち。
話を聴かなかった俺のせい?
なんなの?どうせ死んでも出れないんだから言う必要ないってことっ?
ふざけんなこのスットコドッコイがぁっ!
詐欺だ!詐称だ!ペテンだ!
騙された…………。
まさか本当に騙されるなんて思わなかった。
上手い話だとは多少なりとも思ったけども、まさかこう来るとは思わないじゃんっ!
手口が鮮やか過ぎる…………いや、俺がそういうのに免疫がなさ過ぎる…………だからしょーもない手に引っかかるんだコンチクショーっ。
で結局俺は徐々に焦りを見出だし、せめてもの抵抗に壁をパンパン手のひらで叩くのだった。
より大袈裟に壁をえぐり抜いてやるというのもないではないけど、姫を驚かせることは極力避けた方がいいのかも、とそう思ったのでやめておいた。
思ってみただけで、多分そんな芸当もできるわけがないわけで。
この塔が、どれだけ魔力によって保護されているのか。
俺そんなスピリチュアルな防壁の攻略法はまだ知らないからね…………。
これが詰みヤツ。
まさに下衆の極み。
将棋やチェスはおろかババ抜きやオセロでさえ勝ち知らず、黒星のエースになんてことを。
絶対に許さん。
これで死んだら16代祟ってやろうと思う。
死ぬ気で入っていったのだからこのくらいの恨みができても当然だと思わない?
「…………」
思いませんか。
むしろ自分は道連れなんて性に合わないってクチだと思ってたけど…………。
姫がとても静かに俺を見ながら人形と戯れている姿を見て、冷静にならなければと思い直すことができた。
なんて純粋な瞳。
俺は一体なんて野蛮な人間だったのだろう…………。
囁きかけるように窘めてくるこの視線に刺されれば、どんな悪事も罪悪感に蝕まれること請け合い間違いなしだ。
やめて…………そんな哀れみのこもった目で見ないで…………。
思いが通じたのか、飽きられたのか、思っていた以上の早く姫はそっぽを向いてしまったけども。
人形と遊んで、俺をいない者にでもするつもりか。
ヘコむからやめておくれ。
ここ最近で一番メンタルにくるな、この仕事。
しかし、かなり重圧感のある時間を過ごしてきたにしては、随分と穏やかだな、この子。
挙動はまだ子供っぽいが、十年間教育が止まったままなんだったか。
人見知りも仕方ないことだろうけど。
想像してみると、想像以上にキツイ時間なんじゃないだろうか。
十年。
何をしていればそんな長い時間を潰すことなんてできるんだよ…………。
「…………」
「…………」
身体はしっかりしている。
痩せてはいながら健康的で、正直一番心配したところに不備はない。
特に、線の細さから逸脱する胸部が優秀である。
まさか霊獣は宿主を養うことに抵抗はないのだろうか。
ツンデレ風…………?
いや、有り余る霊力が姫様に浸透しているだけだろう。
いい仕事します。
神聖なる成長に、乾杯。
「…………っ」
「…………あ、いや、違うんだけど」
少女を舐めるように眺めておいて違うとは何事か。
女性が男性の視線がどこに向かっているかわかるそうだけど、この子もその例に漏れないらしい。
凄いつまらなさそうな目で見られた…………。
せめてもっと嫌そうな目で見てもらってもよかったのだが。
いややっぱり勘弁してください。
俺がもし女で小学生でも、俺みたいなこんな男に見られたら軽蔑と侮蔑に塗れた視線を刺すだろうな。
家に帰ってPTAにチクる。そして不審者を社会的に葬ったことで、英雄として同級生の頂に君臨するのだ。
夢にまで見た人気者の座をこの手に。
この人気者は、目の前の人見知りの少女に対して大した第一印象を残せそうにないけど。
残念なことに、かなりガッカリされちゃったけれど…………。
何から間違ったのかな…………。
一先ず目を余所に向けることで、敵意はないとだけは示しておいた。
野良猫もこのようにすれば逃げられることがなくなるらしい。
臆病者にというのは失礼かもしれないが、効果的な手段のはずだ。
ふぅ、まったく、危うく不審者扱いされるところだった。
やれやれ、そんなことがあったら首を吊ってしまいそうになるよ。
俺の豆腐メンタルは料理に使えるほどの固さもないからね。
気をつけて。
…………まるで憶病者は俺だった。
姫様が人形をぎゅっと引き寄せて、この後、俺が変な行動を起こさないか見張って、身構えて、結局信用してはくれなかったというのがこのオチである。
手遅れだった。
まぁこの程度で首を吊るほど落ちぶれてはいないので、これで俺が臆病者だという証拠はないということにしよう。
まずはこれからどうするかを知りたい。
にしても、やだなぁ、可愛い子に嫌われるって…………。
「…………」
「…………」
これ以上、事態の停滞を許すのはまずマズイ。
突破口をなんとか見つけないと。
未だ姿を見せない霊獣どもが、いついかなる時に機嫌を損ねて襲いかかってくるかわかったものではないのだから。
シンや村長はヒントでも言ってくれなかったっけか?
この塔を出る鍵を。
もし姫が握っており、それを開示してもらうことこそが姫を連れ出すキッカケになるということなら、それこそが一番の難関だと苦言を呈したいところだが。
どの道、こんな状況下では唯一彼女の持っている情報こそが、一番信用できる切り札となるだろう。
彼女が出ようと思えば出られるはず。
でなければ、例えば、霊獣を追い払ったと自覚した時、事態が好転した時に、姫がどういう方法で塔を出るつもりなのか。
聞かされているはずなのだ。
「なぁ」
それができないほど切羽詰まった状態であれば、もう何の手もなくなってしまうのだが。
「…………っ?!」
めちゃくちゃびっくりされた。
当然の反応とはいえヘコむなぁ。
踏ん張れ俺。
せめて麻婆豆腐作れるくらいのメンタル豆腐を。
「ここから出る気はないのか?」
「…………ん」
「あの…………」
「…………」
「その…………」
ギャルゲーを忌避していたことが悔やまれる。
好感度が上がらない。
むしろ若干下がったか…………。
どういうフラグ立てをしていけば、このような子を攻略できるのだろう。
大体、この年頃の女の子ってどんな話が好きなのっ?
俺の知る限り、大体はファッションに精通していれば女の子は食いついてくるはずだ。
よし、行くぞ。
俺ファッションのことも知らないんだった…………この子もファッション興味あるか怪しい…………。
「…………」
「…………煙突?」
こちらの信頼は足りなかったが、俺を蔑ろにする理由も特にないようで何より。
果たして姫は、片手で人形を抱きしめたまま、反対の手を火の灯っていない暖炉へ向けてくれて、ヒントを無造作に教えてくれたのだった。
警戒心を緩めては、いただけてないようで何より。
でも別にそれでいい。
知らない人は我先にと親しくなってはならない。
見知らぬ他人とは、どこまで言っても信用するに値しないのだ。
例え今まで一番お世話になった人だろうと、そんな彼らにも下心はある。
嫌味になるけど、そういう利害の一致でしか、俺は誰も信用できないクチなわけで。
ぶっちゃけ…………。
俺は自分自身の信用さえできないのだが。
誰かに説教されそうな性分だ。
というわけでお達者で。お兄さんはサンタのごとく煙突からお暇するよ。
この世界はキリスト教がないからサンタとかクリスマスとかないと思うんだけど、俺たちの文化が流入しているのだから、その繁栄も時間の問題かもしれない。
そんな余計なことを考えながら、俺は足早に暖炉に寄り、手や身体が煤だらけになるだろうことは了承して身を屈めて頭をその穴に突っ込んだ。
少し、こんな俺でも人情があったというのか。
少女が心配になって振り向くと、彼女は寂しそうに、冷たい気持ちのまま俺を見送ってくれようとしていた。
健気だな。そして儚い。
仕打ちの度合いでいうなら、この子のは俺の想像を絶す————痛っ?!
***
おやすみ、我が人生。
おはよう、NEWGAME。
…………NEWLIFE?で、でもっ、今世も一生、が、頑張るぞいっ!
我ながらなんて寝起きだ。シッペしたい。
真っ暗闇の視界の中、この世へせめてもの礼を尽くさんと、俺は思いつく罵詈雑言のような言葉を思い述べ連ねた。
ズバリ、走馬灯。
とはいえ、その内容を覚えているようなら、まだ脳が無事だと言っても差し支えないだろう。
つまり来世を頑張る気兼ねはあまり必要なかった。
痛い…………でも丈夫な身体をありがとう。
キャババァもとい母さんにも感謝を尽くし、さらに骨すら折れていない我が身体に礼を尽くさんと色々スリスリしてやると、俺まだ生きてた、と確認した途端に死にかけたという実感を久しぶりに感じたことを思い出し、身体がブルリと震えた。
めちゃくちゃ怖かった…………。
頭から地面に向かって落ちるなんて、思い出したくないから以下割愛するが…………。
地味にヒリヒリする脳天に、タンコブができていないことを確かめて身体を起こすと、目を開けたつもりでも真っ暗だったのでもう一度ビックリする二重のトラップを食らった。
何これ酷い。
目を凝らせば光を感じないでもないらしく、どうやらしっかり石で補強された洞窟みたいな場所に、俺は今いるらしい。
壁はどこだ〜、と手探りで感触を確かめてみると、強度に関してはもう何年かすれば心許ないといったところか。
井戸か?
三途の川ならぬ三途の井戸じゃなければいいのだが。斬新ですね。誰か作家さんに使ってもらおう。
そんな名案もここを出なければ意味がないので、必死に状況を整理するこの頃であるが。
井戸にしても、この奥へ続く道は一体何なのか?水はないが湿気は感じられる。
ならほぼ井戸で間違いないらしい。
胡散臭い場所だということだけで、さらに不安が煽られてくる。
そして、俺は何故ここに?
確か、煙突を抜けようとして、お見苦しいところ我が頭を打ち、足を滑らせてしまったところまで覚えている。
つまり本来なら盛大に灰を被り、もしかしたら、それによって姫の笑顔が見れたかもしれないというのにこの体たらく、このザマとは。
何故暖炉で足滑らせると秘密空間に放り出されるのか、謎現象にも程がある。
バグだろうか。いや、まさか魔法学校への入り口がここに…………魔法の町の方かなっ。
あれを観てフクロウをねだったあの頃が懐かしい。
小説は全部読んだけど、今思えば素晴らしい作品だったって、そんなこと思ってる場合じゃない。
俺は今何処へ?
「あー…………なるほど」
画して、解答に迫る真実は頭上にあった。
まだ希望的観測でしかないけど。
ここは暖炉と思わせて地下通路への入り口になっていたのかもしれない。
唯一の光源であるあそこから埃が舞っているのが見える。
少女がいた部屋と、ここは暖炉の縦穴で繋がっているのだ。
…………。
何のために?
結構な深さなんだけど、光が必要とされないみたいなこの通路は、予想できるとすれば何のためにある?
何を目的として掘られたのか。
血迷った設計だ。
建築家のセンスを疑う。
「出口…………か?いや、扉があるんだからそんなもの…………ハッ!?」
この先にいるドラゴンを倒せば出口が開くのだ。
早速ぶちのめして来るとしよう。
***
こうジメジメしたところを歩いていると、何かデジャヴな気分になってくる。
何故か。
最近似たような場所で走り回ったからか、身体がその名残を覚えているのかもしれない。
アカネとの最後の思い出だ。
環境は比べるもなく、こっちの歩き易さといったらないが、天井が低いのでどっこいどっこいだろう。
多分作った人の身長が低かったのだ。
まったくもー。
良い加減な仕事すると後で罰を食らいますからね。実体験に基づいたる俺が言うのだから間違いない。
そんな俺が言う資格はないけどね…………
今俺が妙な思考回路していると、哀れに思われても構わない。
存外、寂しがり屋である俺はこうしてふざけていないと心細さで発狂するのだ。
地元でも2日に一度は何気に何でも揃っている大型スーパーに足を運んでいたほどなのだが。
雑貨屋の店員さんと仲良くなりたかったけど、「また来たのかよ」みたいな目が怖かったからそんな店員さんの知り合いはゼロさ。
ピチョン、と水が滴り落ちる音が聞こえるまで、どうでもいい後悔を思い出して苛まれた。
俺が自身たっぷりな大人になれる日はいつ訪れるのやら。
どうやらこの先に水溜りでもあるらしい。
もしや水竜がここの主なのか。
それでも火を噴く竜もいるにはいるが。
もしかすると、あの音は竜の涎が水に落ちた音で、連中は惰眠を貪っているに違いない。
よし今がチャンスだ。
寝込みを襲って楽に仕事を終わらせてもらうとしよう。
俺泳げないからできれば足場多めでお願いしたいところなんだけど、いよいよこの旅におけるボス戦デビューを果たす時がきた。
ミルズ村のイベントは拍子抜けだったし、トリルではコソ泥と追いかけっこしかしてないし、山賊はシンしか活躍してないし…………。
俺の幸先が未だ良すぎる。
もっとスリルが落ちてきても、これで姫の好感度アップへの道程となってもいいのに。
だからこそ、この戦いは堅実な期待をさせていただく。
竜を相手取ることになるとは、シンの口車に乗ってからずっと騙されていた気が紛れるかはわからないけど、それでも、ここ数日の退屈さを鬱憤できればもうそれでいい。
存分に。
「覚悟するがいい」
魔王軍幹部が勇者と相対した瞬間の気持ちを悟りながら竜の待つ(仮)空間へ足を繰り出した。
***
で。
確かに水溜りがあるらしい空間へ抜け出ることができましたが。
その空間に、まごうことなき邪竜、及び巧妙な出口への鍵となる仕掛け、アイテム。
そういったありがたい代物が暗い暗い洞窟の池の真ん中にドンと据えられて、いなかったわけであるが。
いないのかい。いないのか。
何でだ。
「マジか」
何もない。
ついに一人きりになって軽くなった口が余計動いてしまうほどに。
いや、確かにこの洞窟の中に25メートルプール程度の水溜りはあるけども。
暗闇でも結構利く俺の目に狂いがなければ、泳ぐ心配のない浅い浅い澱みの少ない綺麗な水面が、広がってはいた。
聞き間違いかと思い始めていた水滴が落ちる音もここならまたよく聞こえるし、でも。
だからどうすればいいのやら。
こんな場所にどんな仕掛けがあるというのか。
水でも飲めばいいのかしら?
水を飲んで効果が切れる前に入り口へ戻ると塔を出れるとか?
苦手なジャンルだ…………。
姫のための貯水槽?たまに降りてきて喉を潤すとか、水浴びでもするとか?
じゃあどっかに隠れていればいずれ、なんて幼気な女の子に対して俺が思うわけないじゃないか。ははは。覗きだなんて。
というかあり得ない。
仮に貯水槽なら水道を繋げたりすれば確実だ。
水道の仕組みを理解しているわけじゃないけど。
わざわざ塔の位置をズラしてまで、こんな横穴で繋げるのはとてもじゃないが無駄である。
水浴びもない。
ここと繋げられたあの縦穴、便宜上暖炉とするが、あれは降りることができても、俺なら未だしも、姫の細腕で登れるとは思えない。
つまり、どういう意図でこんなものがあるというのか。
アカネちゃんの知恵袋にヒントはなかっただろうか?
…………。
ぴこん!
ありました。
お喋りなアカネは、よく独り言だと言いながら様々なことを教えてくれた。幸いこれは、辛うじて教わっていることだった。
「なんたらの泉ってのがあったな。なんか、謂く付きの場所だっけ」
なんたらの泉。
伝承、史実にて、禊や祭、儀式にて扱われた聖なる水源があったそうな。
俺らの故郷ならミネラルが豊富だとか、その程度で済む水溜りでしかないのだが、ことこのファンタジー世界においては俺らの常識を遥かに凌駕する。
実際に、この水を飲んだら病気が治ったとか、この水に浸かったら子宝に恵まれましたとか、この水に斧を落としたら金と銀の新しい斧を持って現れた別嬪女神と仲良くなれましただとか、枚挙いい話に暇がない。
全部聞いただけの話だけど。
これを中心に都市を建てると末代栄えるといった話も、実はリテリアなどの例があったりと信憑性にお墨付きさえあるのだ。
アカネが俺と会うまで住み着いてた場所にもこれがあったくらいだし、あの齢数千年龍っ子の話にデマなどあろうはずもない。
ということで、これはその泉と仮定させてもらうと。
次に姫との関連性だな。
霊獣との関連性でもあるけど。
特に霊獣は、清い場所を好むなどと聞いたことがあったような、なかったような。
だから、霊獣の機嫌を少しでも長くよくするためのため池が、ここにあるということだ。
ていうか、これがあるって、娘御一人のためにその聖なる水蒸気が繋げられているって。
「あの子の話って、そんなにガチ?」
思わず声に出してしまった。
多少の尾ひれがついたり、誇張表現は噂ができたあとの基本だが。
まさか、存在しないはずの霊獣7体が————って、どこの「ぼくがかんがえたえぐいはなし」だよって疑ってたくらいなのだが。
この泉に縋るくらいなら、姫はまさに最終鬼畜兵器なのか信じるべきなんだろう。
俺が今ヤバイ場所にいることが、これで証明されちゃったということなのかしらん…………。
国王も苦労したのだろうなぁ。
娘を生かすために閉じ込めたはいいが、なるたけ長い期間、霊獣を大人しくさせるために貴重な聖地を確保する手間と労力。
そして再会は未だ叶わず。二度とか。
当の娘は最早出るのを憚る始末。
これから先、俺にどうしろと…………?
もう手詰みじゃありゃしませんか。
何をすればいいんだ。
***
…………。
窓がないから、それからどれくらい経ったのかがわからない。
めっちゃ酷い夢を見たような気はするが、果たして今俺は、目を開けているのか閉じているのか。
そういえば俺って今、縦穴の底にいることを思い出し、真っ暗な地下空間で寝ていたことを思い出し、目を開けたと仮定して、もう目を開けているのか閉じているのかわからなくなっているのを思い出し。
食う寝るところに住むところじゃない場所で二度寝を敢行することにした。
お腹は減りそうだけど、二度寝サイコー。この幸福感を日光ですら誰にも邪魔されずにいれるなんて、なんて上質空間なんだ、ここは。
ここ住めるな。
住める住める。
目下不便さといえば食うところに住むところもとい、食料とトイレと風呂であるが、そこはしばらく我慢すればいい。
危なくなってから考えればそれでいいのだ。
いやはや落ち着くなぁ。
そう、これが自由。自由とはこうも清々しい。
なんだか余計なことを忘れているような気がするが、それはそれ。これはこれ。
この訪れた幸福を逃すわけにはいかない。
今まで散々な目に遭ってきたのだから、これくらいのんびりさせてもらってもいいだろう。
邪魔をしないでほしいね。
というか一体誰に邪魔できよう。
こんな場所にいる俺を、見つけられるものなら見つけてみたまえ諸君っ!
そういうわけで、おやすみなさーい。
コトリッ。
なんて、まさか石ころが睡眠を邪魔するとはいい度胸である。
だが俺は今寛容に石ころを許すことができる。
何、多少の物音ぐらいただの誤差の範疇でしかない。
睡眠という至福の時がそう思わせてくれる。
だからそれを蔑ろにするわけにもいかない。眠りの女神様に失礼と言えるのではないだろうか。
言えたとしても女神様にいい迷惑かもしれないが。
つまり大きな心で石ころを無視し、再びお花畑でお茶会をするのだ。
御機嫌よう。
あら、いいドレスね。
————カチャリ。
と、さすがに不自然に連続した石の音を無視するわけにはいかない。
変な夢を見かけた気もするし、そこを引き止めてくれたことは感謝する。
とりあえず誰が石を落としているのか。
容易く想像できないでもないのだが。
————ゴツっ!
「痛って?!」
3球目は俺のコメカミに見事なジャストミートを遂げた。
俺でなければ気絶してる。
こんな危ないことは流石にやめさせなくてはならない。覚えてしまうと、朝ご飯だから人を起こしに行けと頼み辛くなってしまう。
堪らず上を見上げると、縦穴の入り口にひょっこり可愛らしい顔と、4球目を持った手とを出し、今にも4球目から手を離さんとしているところで俺と彼女の目が合った。
申し訳なさそうな目を見るに、どうやら俺の頭蓋を割って中身を見てやろうという気は無かったらしい。
姫は俺の様子を見て慌てて石を脇にしまおうとした。
したが、慌て過ぎて指を滑らし、遂に4球目が俺の鼻先を掠めてカツーンと音を上げ向こうにバウンドしていくのだった。
…………危ない、何してんの?
今のやつ、結構デカくありませんでした?
どこに置いてあったんだよ…………。
「殺す気か…………」
恐らく、穴の底でくたびれているお兄さんの生存確認をしたかっただけなのだろうけど、それにしたってやり方が野蛮です。
俺に何の恨みがあってこんなことをするんだい…………?
「姫様…………」
おはようございます。とは、気恥ずかしさ言葉にはならなかったが。
光が差し込まないこの場所では彼女と話ができない。
コクリと姫の頷きを見とって脳の寝惚け発散させ、さてと。
とりあえず上に戻ることは急務だ。
穴の壁に両の手足を付いて徐々に登った次第だが、それがどれだけ無様な姿だったか。
えっさーほいっさーえっさーほいっさー。
降りる時は造作もないことだけど、登る時のこの苦労。
果たしてこの塔を建てた建築家の真意がわからない。
いやわかる。
アカネさんの話では、幸い泉は効果を蒸発して拡散するので、水が汚れない位置からこのような立地にしたかったと思えば、多少は頷くことができる。
そして循環用の穴だけを開けた。
えっさーほいっさー。
慣れたものである。
あのロリは狭いところ好きだから絶対に通れない隙間も通らされたからね。アカネさんにね。
身体がどこかに密着すると落ち着く性格だったらしいが、Gさんかよ。いやバーさんなんだけど。アカネさんなんだけど。何だか急に寒気が。冗談ですよ、まったくアカネさんはそういうの通じないんですから…………いや一人で何考えてんだか、俺。
そして姫様との距離が若干近くなったこと以外、昨日とは変化がない部屋に戻った。
一晩経って見直すと、割と物が充実した部屋だなと感じる。
主にオモチャと絵本か。
事前に用意されたそれらのもの以外で、外と関係のあるものはなさそうだ。
それがわかると、やっぱりこの部屋は出ることを考えて造られたのか疑問が湧く。
姫を退屈させないようにと気遣いが見受けられるが、十年も放ったらかしでは、さしもの子供心でも飽きがくるだろ。
飽きで不安定になった姫の心理が、中身を暴走させないとも限らなかったはずだが。
とにかくその矛盾点は村長に問い詰めるとして、また脱出する為の突破口を探すか。
見たところ、それっぽいのはもう上の細い窓くらいか。
「…………」
どうしたもんかね。
石を落とされて、その罪悪感につけ込んだ感じでも、姫との距離が若干近くなったのは進展だが、しかしそれでも首の皮一枚繋がったと言うには乏しい。
まず姫の好感度が今どの程度であるのか。
そういえば、好感度最大の状態でキッスすると精霊を封印させることのできるというアニメがあったけど、もしかして通用しないだろうか?
あかんわ。別の突破口はないだろうか。
「…………」
「ん?」
俺は試行錯誤する人間なので深い思案状態に陥っていると周りを蔑ろにする。
不意に、グイグイっと服が引っ張られる違和感を感じた。
見ると、俺のすぐ側で天女様の燦々とした眼差しが容赦なく投げかけられており、その賛美たるや、まさにこの世の全てを平和へと導く為に選ばれた唯一無二の――――。
…………はっ!
「うぉっ!」
「うにゃっ?!」
めちゃくちゃ可愛すぎて思わず見蕩れてしまった。
というか「うにゃっ(*^ω^*)?!」は反則である。
だから、俺の豆腐メンタルを試さないでほしい、あっさり瓦解するから。
可愛くって愛くるしくってキュートな姫さまが、まさか俺の半径2メートル35センチのパーソナルスペースに気配なく侵入しようとは、やりおる。
俺のパーソナルスペース広い割りに役に立たないな。
姫の潜伏スキルも大したもんだが。
そして、先に冷静さを取り戻し、ちょっとした質問を口にしたのは、無論姫様の方だったのでその話を聞いた。
「…………どうして入ってきたの?」
「ぅぇ…………?いや、仕事だから」
姫は子犬が唸るような声を出して言葉を紡いだ。
それに聞き惚れて質問の意味を取り落としそうになるが。
どうして入ってきたって、そりゃもう帰りたいよ。
でもね、…………。
大人の世知辛い事実をここで言っても仕方あるまい。
何かいい理由はないものか。
「どうして?」
「いや…………えっと」
助けて。
近い。可愛い。可哀想。可愛い。
今姫が一体何故、何に憤っているのかがわからない。
怒り始めてる?
姫は怒り始めてるのか?
もしヤバそうなら、霊獣の状態が気になる…………。
「どうして…………?」
「…………」
どう返したものか。
「どうせわたしは出ちゃダメなの…………出たらまたお父様やお母様を傷つけちゃうから…………みんなをまた怖がらせちゃうから…………なのに、どうして…………」
やめてくれよ…………。
そんなこと俺に言われても仕方ない。
俺をここに入れた連中に言うべきだ。
だが、あいつらは果たして反省するか?
なんで俺が今、彼女の想いを聞いて罪悪感に苛まれているんだ。
俺に、何を言っても無駄だ。
知らない人だからこそ、出て外の連中に言ってきてほしいみたいなことだろうが。
それはことごとく懺悔のようにも聞こえた。
彼女がこの言葉を振り絞るために、一体、何度希望を抱いて、何度絶望に打ちひしがれたか。
十年とはそれだけ長い。
俺の服を力強く握りしめて、悔しそうに俯くその姿から、この年では重かろう責任が見える。
逃げることもできずに、背負ってきたつもりなんだ。
怖くても、独りぼっちで。
俺は思う。
このまま外に出さず、ソッとしてあげる方がこの子のためになるんじゃないか?
俺だけどうにか脱出して、姫は気の済むまでこの場に残ればいい。
不安定な霊獣が外に解き放たれるのは俺もどうかと思うし、シンには特に借りもない。
向こうに帰りたいわけでもない。
俺に義務なんてものはない。
「…………姫さま」
子供の扱いは苦手だが、子供みたいなバカな知り合いが、女の子はこうしてやると落ち着くと言っていた。
同時に頼り甲斐のない奴にされると迷惑とかも抜かしてたが。
姫の頭に、手を添えて、撫でてやれば少しくらい元気になってくれるかな。
「姫さまは割と良い子なんだ————」
————な。
辛うじてほぼ全てのセリフを言うまでに、俺は寒気を覚えた。
俯いていた姫が顔をあげたと思ったその時だ。
彼女がまるで、殺意の篭った視線で俺を見る。
それが実際は、別人どころか、野生動物でさえしない。
生き物じゃない目つきであると、疑ってしいそうな恨みの篭った目に、俺の指先は怯んでしまった。




