リハーサルに愛を込めて本番で散る
決行は夕方。
村はシンミリ。
生け贄を捧げる儀式でもこんな空気は微塵もないだろう。
テンションMAX!俺頑張れ!死ぬんじゃねえぞっ!
OKこれで俺のモチベーションは最適化された。
愛すべき我がアイデンティティの一つ。
諦めるとやる気が出る。諦めるまでしつこいけど。
作戦はこう。
村長曰く、姫の精神状態はかなり疲弊しているだろうことは確かだから、じっくりコトコト、可愛い笑顔のためにゆっくり口説いて勝利をもぎ取ってこい!という守備方面に全力を尽くした作戦が最も可能性があるのだと言っていた。
強引に連れ出すことはご法度。
それは霊獣が不安定であろうことだし、加えて非礼も嫌うので正攻法でケリをつける必要がある。
鞭は使わず、飴だけでなんとかしろと。
ふむ。
「生け贄ってこんな気分なんだな」
「縁起でもないこと悟んなよ、ハト…………っ!」
どの道とって食われんのがオチ。
残念ながら、俺の人生はここでジ・エンドを迎えてしまったのだ。
さっきのモチベーションは何処へやら、一転して諦めることを念頭に置いた俺である。
そう、俺、死ぬんだ…………。
「ハト…………」
シンは何やら真剣な面持ちになっている。
心配してくれるとか?
ちょっと待て…………別にお前とはそこまで互いの身を心配する程、気を許した間柄でもないはずだ。
「さすがは名コンビだぜ」と言わしめられる程の修羅場をくぐってきた覚えもないし、最初はライバルとして殺し合っていたがラスボスとの戦闘で共闘しこれを撃破したなんていう覚えも、もちろんない。
やめろ…………頼むから変な台詞だけは吐かないでくれっ。
気持ち悪————。
「俺にも紹介してくれよ。姫助けたら」
掴みかかった。
「やめてっ!ハトっ!」
「うっせぇ無駄な体力使わせんな」
「ごめんごめんごめんってっ!」
「それよか何かいいアイデアないのか?」
「ちょっ!だったら腕っ!考えるからっ!せめてゆっくり考えさせてくれっ!腕下ろせっ!」
閑話休題。
「ハト、つまりは怒らせずに姫を救い出すには、お前の冷たくも温かい言葉遣いで説得するしかないんだ」
「冷たくも温かいってなんだよ?俺はそんな器用な言葉遣いはしたことない」
そもそも『救い出す』とは語弊がある。
あれが監禁ないし軟禁されている理由は、その脅威を封じる為に他ならない。
女一人とはいえ、一人で国を滅ぼしいかける力を秘めた特異点なのだから。
その兵器たる存在を引きずり出すためにコソ泥をするのだ。
勘違いしてはいけない。
シンは胸を張った。
「まぁさっき教えた俺の原稿と話術を余すことなく発揮すれば完全攻略間違いないだろう。原稿は渡したな」
「渡されたけど…………」
君の髪、君の瞳、君の唇…………僕にとってはその全てが宝石のようだ。あぁ、この眼で見ることさえおこがましい。できることならこの眼を焼いてしまいたい。けどもっと君を見ていたい…………。
ビリッ。
「ああっ?!」
「ナンパとかやったことないからわかんないなぁ。歯が浮くセリフでも言えばいいのかなぁ」
「俺の渾身の…………」
お前もナンパしたことないだろ…………実は。
夕方まではまだ少しの時間がある。
じっくり手応えの感じそうな台詞を考えていくことにしよう。
***
狂言回しの練習も切りのいいところでお開きとし、やがて本番はやってきた。
一人の男が塔の入り口と向き合うその画ははまさしく、身命を睹した戦いに挑もうとするものにも、見えなくはない。
いや、見せたい。むしろ魅せている。魅えろ。
実際に命を懸ける手前であり、そんな気なんてさらさらないのに、それを免じてくれないので見た目だけは修羅場を取り繕って魅せることにした。
「どうか姫を、無事、姫を助け出してくれ」
もっと感情込めて欲しかった、村長。
「さぁ、ハト。気をつけて行ってこい」
お前のお陰で俺の人生ヤバイのに。
俺の心中の数多くの恨み節をよそに、シンはサムズアップにて俺を見送る。
なんだか背中に受ける視線が重い…………あいつと村長の二人だけなのに。あいつの視線だけで重い…………っ。
えらく買い被っているな。
俺が生きて、否、死んでも塔から出てくることはもう叶わないというのに。
俺は取っ手に手をかけ、ゆっくりと、音が立てないように扉を引いた。
鍵は村長が教会から預かって開けてもらっている。
蝶番が無気味な声をあげ、果たして俺の運命や如何にと言った雰囲気になってしまった。
…………幸先悪いなぁ。
ドキドキワクワク。
ふと思った。
シンがこの塔に入れない理由。
あいつがもし、誰かの後ろ楯によって動いていたなら。
誰かの差し金で、姫の救出を画策していたなら。
あいつは元の世界へ帰りたさから、この旅に関心がある。
俺も建前上はそうなのだが、本心ではここに残ることを希望しているので最後は裏切るつもりでいるが。
シンはなにがなんでも帰りたがっている。
その身に何かあってはダメだということだ。
俺という身代わりを仕立て上げ、自分を安全地帯に置いたシンの判断は正しいだろう。
なら今回はあいつのミスだ。
俺はもうここから出ることはない。
俺が戻って来なくてもいくらでも代わりはいるということもわかった。
俺は、まんまとあいつの思惑通りに操作されていたんだと、ここでやっと気がついた。
騙された、そう言うのも遅いこの刹那。
扉を閉める寸前に振り返った俺は、僅かに残った隙間から狭まっていく境界から、シンの顔を覗き見た。
申し訳なさそうな慈愛のこもったあの顔は、俺の苦手とするものだ。
頼られているのは嘘じゃないらしい。
そして最後に、誰もいなくなった。
言葉の綾で妙なことを言ってしまったけど、勿論ここからが正念場となる。
前を向くとなんと二段構えの扉とは。
今なら引き返すことができるとでも、忠告しているとつもりか。
もし俺個人でここに来ていたなら帰っていたかもしれないが、もしそうなら、そもそもこんな辺境に訪れる機会もないだろうに。
メンドくさく思いながらさっさと取っ手に手をかけもう一つの扉をそっと開け放った。
***
数十本ある蝋燭に照らされた内装はとても豪奢な造りとなっており、足元に敷かれたラグは俺たちの世界でも多少馴染みある豪華な刺繍がなされているようだ。
壁はレンガ造りか。冷え切った暖炉に、そして天涯付きのキングサイズくらいのベッドと。
適当な説明で終わってしまうただの部屋の内側に
一人。
――――独り。
俺の世辞では到底表現できない麗しき少女はいた。
服の代わりなのか、大きな布を身体に巻きつけただけの無防備な服装と相まって、一目で魅了されてしまう。
彼女は床に座り込んで、人形と戯れるのに夢中であるらしく、微笑を浮かべて、無言のままじゃれ合っていた。
まだ俺がいることに気づいていない。
可愛らしい。
俺としてはそれが一番ピッタリくる。
それ以外にも、冗句が得意な人がひねり出せばピッタリの言葉なんてわんさかと湧き出てきそうなものの、しかし冗談で彼女を語ってしまうには些か、彼女は高貴じみている。
見る影は薄いが、王族なのだから。
いやでも素晴らしい。
顔の部品たちがスッピンのままで、キメが細かい白い美肌に乗っているという奇跡がそこにあった。
身体は全体的に線が細い。触れたら折れてしまうようだ。
あと…………着ているものが危ないですよね。
ただベールを重ねて向こうが透けないようにしただけの服と呼べない代物。
特に、思いの外、育っているところの防御力が低いですよね。
「ゴクリ…………」
不謹慎な唾を飲んだ音は、俺の耳に返ってくる程だから当然彼女の耳にも届くわけである。
はたっと、一瞬で消えた笑みが俺を目に捉えた瞬間、俺はあまり良くない予感を感じ、トラウマを思い出した。
そう、あれは高校二年生の頃だったか————。
長くなるので割愛しよう。
「こんばんわー」
と、時間通りの挨拶で俺は俺からのコミュニケーションを図ることにした。
ふむ、マナーは大事だ。
特に可愛い少女に気に入られたいのならば、尚更、紳士を気取るのも処世術の一つ。
ここでもっとお洒落な挨拶やお辞儀でもできれば、もう少し第一印象に良いものを残せたかもしれない。
「…………」
依然、少女が俺を俺として捉えているのは不安、恐怖に他ならない。
しかし俺はかなりの誠意を持って対面せねばならないだろう。
慎重を欠けばどうなるか。
誰もその実態を知らないのだから、用心するに越したことはない。
ならば、落ち着いた状況を作ってしまおう。
よって第一撃はこれだ。
よもや本場の世界にてこれをするとは夢にも思わなかったが、俺はそれを放つ。
前動作は片膝をつけるのは億劫だったので、右足を後ろに下げ、そして彼女の目は見ないように頭を伏せた。
しかし、これはあなたの顔なんて見たくないわ、という意味ではなく、あなたに敵意はないと無防備な状態を晒しているのである。
故に。
「お迎えにあがりました。姫様、さぁ、おれ————わたくしと共にまいりましょう」
かなり誠実な姿勢を示すことができる。と思う。
決まった…………。
若干詰めが甘かった気はするが及第点だろう。
これに限っては恐らくはシンのお陰だ。
この時間までに用意してくれたあいつの15節に及ぶ恋詞に比べれば俺のセリフなど蚊が止まるほど冷静で的確な一発だったに違いない。
そう、この時間が待ち遠しく思うほど悪寒が取れなかったあいつの詞。
思い出しただけで鳥肌が立ってくる…………そしてそれに耐えたからこそ自分のやったことがマシだったと確信して実行に移すことができたのであるっ。
さぁ、気をつけ。
この俺がここまで出来たのだ。これで失敗するなど到底あり得はしない。
俺はアク抜けたのだっ。怖いものなどありはしないっ!
ちなみに失敗した場合はというと。
「…………誰?」
こんな感じ。これはまぁ、序の口。
うん、そうだね。誰だろうね。
寂しそうに言う姫様の眼差しは、俺よりもずっと冷静だった。
ぶっちゃけ一発で決まるなんて野暮なことは思わなかったさ。
開口一番の「こんにちわー」がいけなかったのかもしれない。
よもや、これでハマらないなんて、なんて育ちのいい美少女なんだまったくもー。
それくらいに彼女への教育が行き届いていると受け取ってよいものか。
せめて知らない輩を信用はせず、距離を取ろうととするところは正しい。
「あなたを助けてほしいと言われて迎えに来た」
「…………そう」
舌がもつれそうになったので、俺の口調はあっさりと元に戻ってしまったが、しかしそれよりも意気消沈している姫様の機嫌を、俺は逆に測ることができない。
そんな様子の理由は俺の態度が悪いなら悪いで済むのだが。
姫が尻込みするのは恐らくもっと別の理由があるからに違いない。
こう見えて、背負っているものが違うのだから。
「ごめんなさい…………」
「…………そこをなんとか」
「だめ」
無理か。
そうですか…………。
姫は今までより強い警戒心を放って一層怯えた。
この不信感は王や王妃の教育の賜物か。
それとも十年の監禁生活で芽生えたものなのか。
俺は、彼女の気持ちを尊重したい。
どうやら、どこを見回しても霊獣が襲ってくる気配はないが。
これでは仕方ないのだ。
彼女の意思で出なければ。
「…………」
それから数分。
少し落ち着けば気が変わってくれるんじゃないかと、壁にもたれかかって姫の様子を見ていたが、姫はただ居心地悪そうにしているだけで、進展というものはついぞなかった。
これじゃあただの不審者である。
埒があかない。
俺はこのままの状態で本当にいいのかわからなくなり、とうとう整えるため一度外に出ようと思った。
出てきた者はいなかったとは言ってたけど、出れなかったとか一言も言ってなかったし、シンや村長に大袈裟なことを言われてしまったもんだ。
この動きで姫はビクリと肩を跳ねさせたのを見てやっぱり俺じゃあダメだと痛感してしまう。
相手の心を汲んで動かそうなんて甚だしい。
それができたら、俺はこの2年間であれだけの辛いことなんてしなくても済んだ。
一人でも助けられたなら、どれほど————。
しかし、俺はここで連中から嵌められたと今更になって気づいたのである。
あまりにも遅すぎる。
思えば不都合があれば出てこいなどとは一度も言われはしなかった。
言う必要がないもんで。
シンに代わってもらおうと思ったその刹那。
ったくもーっ!さっきから扉開けようとしてるのに、何故か取っ手を掴むことができないのっ!
やれやれ。
確かに余所見して手元を見なかった節もあるが、スカスカ5回も取り損ねるはずが…………とずっと心の中で毒付いていても、時すでに遅し、運の尽きだったのである。
………………………………。
取っ手ない?
あぁ、扉は隣か。
まったく俺ってば、うっかりさん。
だがしかし。
俺は事態をまだ甘く見過ぎている…………。
俺どっから入ってきたんだっけ?
「えー…………」
あまつさえそんな弱音が漏れてしまうこの有様。
この塔は、まさに鉄壁を誇るに相応しい造りを為されていたのである。
どうせ閉じ込めるんだから、中に取っ手なんてつけても無駄だよね。
扉の取っ手どころか窓の存在すらあり得ない。
行きはヨイヨイ帰りは怖い。
入る者は拒まず、出ることは叶わない。
なるほど、意味がわからん。
端的に言うと、出口がありません…………。




