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経験豊富なおっさんが物語る

 人里離れた何もないただの丘の上だった。

 獣すら寄せ付けない程、ここは静かで不気味で、本来来るべき場所ではないところに来てしまったと思わせてくれる。

 肝試しをする雰囲気としては申し分のないんじゃあないだろうか。

 そして唯一存在する人の痕跡は、小さな塔以外はどこにもない。

 乖離され、十何年も独りぼっちのままだった彼女は、こんなにも、あまりにもちんけな塔に閉じ込められ、誰かを待ち続け、絶望に飽きただろう。

 同情を忌避する俺ですら思える、嫌悪さえしてしまえる処遇。

 これでは拷問だ。

 彼女はまだ笑えるだろうか。

 そもそも、彼女はまだ生きて————。


***


 ミルズ村からその後、紆余曲折を経て数日余り。

 山賊との一悶着で予定より大幅に遅れての到着となった名前もわからない目的の村は、サイレントにクワイエットにひっそりしていた。

 歓迎パーティを期待していたわけはない。

 むしろ、招かざる客に大手を振ってウェルカムパイレーツ!とかされたら、残念ながらウチに三刀流の海賊狩りなど仲間にいないのでその晩に寝首をかかれるだろうことは火を見るよりも明らか、よって用心すべきである。

 …………あれ、どこまでいったのかな?ここにいて一番つまらないことは、お気に入りの漫画の情報が全く入ってこないことである。

 もしかしたらこの世界に来て編集部から逃れた漫画家もいるかもしれない。

 もしかしたらサインもらえるかもしれない。

 来ていればだけども。

 いいな、絵描ける人って。


 ここは廃村というに相応しい。そんな風に思えるが、しっかり人が住んでいることは確かだ。

 なんというか、なんでここに住む気になったのか不思議なくらい、いい言葉で言うと落ち着いている。

 悪い言葉で言うと、無気力ですよね。

 この雰囲気に、さすがのシンも呑まれて得意なおしゃべりを発揮しないだろうと思えば、

「————そこで俺は言ったんだ。“十年早かったな”と。英語でなっ!」

「オーケーアイアムアンダースタンド。塔はどこだ」

 なぜお前はここに来るまで本が一冊はできる程の物語を持っているだよ。ちなみに今ので14話目だよ。

 いい加減、この旅が後悔を通り越して諦めに変わってきている。

 ラジオかよ。

 落語家なのかよ。

 一切、舌のもつれもないのだからどれだけ喋り慣れてるんだ。

 話のシーンが思い浮かんじゃったよ。

 誰かこいつを黙らせて、300円あげるから。

「さてとハト、ここが旅の目的地。おとぎ話の実際の舞台でもあるところだが…………」

 妙なところでシンは口をつぐんだ。

 不自然な位置だ。

「名前は」

「え?」

「村の名前は?」

「えっとなぁ」

 知らないんですか。

 看板もなかったしね。

 最早、それだけ世間からも忘れ去られた村だと言うこともできるだろう。

 情報通のシンが知らないのなら尚のこと。

 それにしても人気がない。

 以前やったことがあるホラーゲームのトラウマが甦るようだ。

 あの時何、度首を跳ねられたことか。

 思わず首を庇ってしまうが、リアルファンタジー世界だからこそ生ける屍が存在するらしいから、ものすごく不安だ。

 ()()()はでも、魔物以外は見たことがないな。

 その後も馬車を停める厩舎を探しながら辺りを見回しても、人っ子一人どころか猫や犬の影すら望めることはなかった。

 人は住んでるはずなんだが。

「なぁシン。もしかしてここはゴーストヴィレッジなのか?」

「いんやぁ、そのはずはないぜ」

「じゃあ場所を間違えたか」

「それこそ論外だな。この俺を誰だと思ってる?」

「三十路に入った中年のおっさん」

「酷っ!」

「おや?」

 やっと第一村人発見。

 馬車を停めて、あの人指差して。

 よし、

「行け、シン。お前の仕事だぞ」

「もうお前のコミュ障については知ってるけども、そこまで潔いのは俺どうかと思うぞ」


***


「こんにちは、いい天気だなっ」

 馬車を一旦停め、気さくに、当たり障りのない定型文から始まったシンの声かけは、しかし灰色の空の下にいることによってあっさりと話が瓦解した。

 もっと捻れ。なんかあるだろう、こう…………「静かで暗い村ですね」とか、「あれは築何年?2000年?」とか、「おじさん最近風呂入ってます?」とか。

 えっと、あれ?自分で思案しながら失礼だなと気づいてしまった。

 シンに行かせて正解だった。

「ああ、そうだな」

 そもそも天気など気にする様子もない村人の投げやりな返答に、シンは辛うじて救われたらしい。

 ではここからが本番だ。

 シンの力量を、今日の寝床と、あわよくば娯楽の確保の為に遺憾無く発揮してくれたまえ。

「報せは入っているはずだな。姫がいる塔に案内してくれ」

 あれ?

 アポ済み?


***


 到着したのは夕刻に入ったころだろう。

 厩舎の場所を教えてもらい、徒歩に移動手段を変え山道山林の獣道を、枝葉を掻き分けて行くことになった。

 なかなか厚い雲によって日光が遮られて、しかももうすぐ日の入りとあって辺りは暗くなるばかり。

 今日中にしないとダメかなぁ…………。

 マジでほんとにお布団入りたいんです。

 どうか、今日はもう終わりにしませんか?

 しませんか。

「いやはやまさか、もう姫様の存在を知るものはいないと思っていました」

 そう語るのは、村と言うの億劫な村の村長だ。

 なんでも、おとぎ話としてもまだマイナーな姫様の恐慌は、あれ程の被害をあげながらほとんどの人が話を信じなかったらしい。

 当然といえば当然か。

 なんせ、霊獣の暴走である。

 姫が召喚さえしなければ、その猛攻はおろか存在すらあやふやな。

 幸か不幸か、姫本人を狙う輩は最初の二、三年で途絶えたらしく、それから外部の音沙汰がないまま約五年後、とうとう俺たちが現れたのだという。

 険しい顔をしたまま語る村長は頑丈な足取りで歩を進めた。

 しかし無口というよりは無関心を装っているとも言うべきか、この村長。

 招かざる客の俺たち、不審者に対してはこれが適切な姿勢なのかもしれないけど、果たして、姫の存在を知り、管理する者としてこんなすんなり通してしまってもいいものだろうか。

「王様と王妃が先立たれ5年。姫様はその事実を知らない。不治の病だった、御二人とも。姫様の解放は王様の判断に任せてたから私らは困りに困ってな。引き取ってくれるというのなら、もう是非もない」

 村長はボソリととんでもないことを言った。

 王と王妃は死んだ?マジかよ。

 シンの情報でそれは聞いていない。ということは、最近のことか?

 そして、その面倒を追っ払おうとする姿勢はなんだ…………。

「なんか重いな」

 堪えかねて前にいたシンに耳打ちする。

「だな…………純真無垢なツンデレちゃん(仮)のことは、もう胡散臭い嫌な輩でも手放したくて仕方ないっていうのか、村長さん?」

「お前の願望を交えて純真無垢なクーデレ(仮)のことを訊くな」

「まぁおおよそ、君らが勘繰ってる通りだがね。純真無垢な姫はこの先だ。もう着く」

 村長の話によると純真無垢は確実らしい。


***


 そして冒頭に帰る。

 ここまで、特に大した様子は全くもってなかった。

 異彩を放つトンガリ帽子の茶色い塔だけがポツンと佇む丘に、俺たち3人以外の生物は木や芝生くらいのものだ。

「本当に塔を護衛するドラゴンもいないなんてな」

 ていうかパっと見は邪悪な魔女の巣か何かだ。

 場所はもう、ぴったりなんだけど。

 考えればわかるだろう。

 全ての霊獣を身に宿した異才。

 しかも幼い頃に親と引き離され、何らかの悪意を芽生えさせてる可能性も、なくはない。

 もしかして俺たちは、今世紀最悪な魔王を世に解き放とうとしているのではないだろうか。

 勇者さん道草食ってる場合じゃないよ。先にここ来てお嬢さん打ち倒さないと、続編持ち越しか、続編。

 めっけもんやないかい。

 羨ましい。

 にしても…………。

 塔は恐らくロマネスクに似た様式を成している為、近くで見れば意外と立派だ。

 小屋にデカい尖ったコック帽を被せただけのようでもあるが、軟禁という意味ではちょうどいい広さでもあるのかもしれない。

 軟禁…………?監禁では決してないらしい。

 しかし、閉じ込めているのはかの霊獣だ。最早これだけ大人しくしているのはおかしい。

 つまり、俺たちが来た時点で塔が崩壊しそうであっても不思議じゃなかった。

 そんな様子が見えないということは、そんなに切羽詰まってないんじゃないか?

 危うい想像をするとしたら、姫はもう、自ら命を————。

「それで…………どっちが姫様を連れ出してくれるんだね?」

「もちろんハトだ」

「は?」

 村長が不意にそう訊ねてきた時、ポケっとしていた俺はシンの言葉に耳を疑って、一瞬聞き違いじゃないかと変な声が漏れ出てしまった。

「王の命令で、塔に二人以上入るのは禁じられている。霊獣を刺激させるかもしれないとな」

 俺の気持ちはさておき、村長は結構大事な情報を提供してくれた。

 いや、俺が行くってまだ決まったわけでは…………。

「注意事項だ」

 村長は俺の険しい顔を無視して話を進行させた。

 この人、性格悪い…………。


 注意事項は大体二つ。

 一、姫には極力触れないこと。

 一、姫の機嫌は損ねない。

 できなければ――――、


「死んでもあの塔から出ることはできない」


 死んでもか…………。

 実際に、ルールを破ったかどうかは知らないが、何人も塔に入り、帰ってこなかった人間もいるとかいないとか。

 辞退します。

 右手をあげて、厳かに俺は申し上げたかった。

 だって死ぬかもしれないんだ。

 誰が好き好んでそんな死地に足を踏み入れるんだよ。

 要請を受け入れられなければ弁護士を呼びます。

 無理だ俺弁護士いないっ。

「ハト、頼む。ルールを破らず、あの塔から姫を救いだしてほしい」

「お前が行った方が適任じゃないか…………?」

「いや、お前がすべきだ」

「…………」

 根拠は?

 なさそうだなぁ…………。

 やだなぁ…………。

「俺には少しやることがある。ハト、姫は頼んだ」

「…………やること?」

 何をしに行くというのか。

 こんな村で出来ることなんて、あまり思いつかないんだけど。

 シンは思わせぶりなことを言ったくせに、それ以上は何も教えてくれなかった。

 準備だけは手伝ってくれるという。

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