帰りましょうか
そして目的のモンスターらしきものは見つからなかった。
「とても人懐こい子ですね」
「だな」
賢い。
ネズミだけども。
ネズミなのに…………。
「チー」
さっきから俺たちの話に相槌を打っているような気がする…………。
気のせいか。
「このまま帰っていいんでしょうか…………?」
大賢士は結局不甲斐ない結果となったこのクエストに、やはり不手際であったかもしれないと責任を感じたらしい。
確かに村人は納得しないだろうけど、元凶が現れないんじゃ何をしても意味がない。
煙のないところに火はないのだ。
どうしてもと言われても、俺やシンが急いでいないということにはならないからな。
シンが彼女を慰めるのを任せて、俺は一度後ろを振り返り、何の変哲もない静かな森を一瞥してから、また視線を前へ戻した。
大したことないだろう。
どうせ、次にここへ来た勇者やらが解決してくれるはずだ。
***
村へ戻ると案の定、村人がかなり芳しくない表情で俺たちを出迎えてくれたが、労いのつもりなのか一晩の宿代を安くしてくれた。
これはありがたい。
さすがに馬2頭の世話はしてくれなかったが、大したこともできなかったのだからそこまでは求むまい。
むしろ高待遇とも言える。
さて。
この件に関して言えば今回の手柄といえば、このピカ○ューだろう。
ピカ◯ューは今、大賢士様の太ももの上に居座り、くつろいでいた。
なんて気持ちよさそうな顔だろう。
女子の太ももという境内はそんなにいいところなのだろうか?
代わってほしい。
なぁピカチュ◯。
代わって?
すると、俺の心中を察したはずがないだろうに、ネズミは口の端を少しだけ釣り上げて見せ、プイッとそっぽを向いてしまった。
チッ…………ん?
「…………今そいつ笑わなかった?」
俺の指摘は誰にも汲んでもらえなかった。
疲れてるんでしょうかね?
***
次は晩飯だ。
しかし今のところは栄養を必要としない身。
さっきお昼をもらったし、お腹いっぱいだ。
だからと言って、控えめに言っても美人である大賢士様のご招待を蔑ろにするのは、些か紳士的と度し難い行為なのだろう。
シンに言われて、村人の面子とやらも汲んで、とりあえず席には座った。
しかし飯が済んで仕舞えばもう用はない。
長旅で疲れたと俺は断りをいれて、その場を後にさせてもらった。
まだ眠くはなかったので若干の嘘は入ったけど、すっかり暗くなったミルズ村を抜け出し人気のない丘でひっそりと哀愁に暮れることにしたのである。
ネズミとの晩餐が気味悪かったわけではない。
強いていえば、一人になるのが単に好きなだけなのだ。
「あの、ハトさんの出身はどこなんですか?」
因みに、目論見は叶わず、あっさりと大賢士様に居場所を見つけられたという。
ネズミは置いてきたらしいけど、まさかこんな真っ暗闇ですぐ見つけちゃうなんて。
ドジっ子じゃなかったのかな。あれは気のせいだったのか。
そしてそんな単刀直入な質問をぶつけられた。
「…………それがどうかしたか?」
「いえ…………その、シンさんとハトさんとの会話の中に私の知らない言葉があったような気がしました。それで気になって…………」
俺たち余所者の存在は、この世界のネイティブにとっても衆知だったはず。
あまり歓迎されたわけでもなかったが。
最初はさすがに信じてくれない。
だが明らかに違う知識や体質、それらが証拠として固定概念を解く既成事実となり、やがては色目や差別の対象にもなったりしたわけである。
たった2年でその反響が収まったのは、俺たちが兵士として力を得たからなのか。
はたまた、この世界は人柄がいいのか。
どちらにせよ、俺はろくな目に合わなかった。
これに便乗して、わざわざそんな不幸自慢を口にするつもりはないけども。
「そうだな。俺は、多分シンもあの世界の生まれで」
「どんなところなんですか、ハトさんの故郷は?」
そうだなぁ…………。
色々教えてあげた。
どれだけの情報が開示されようと、ここの人間にとってはやはり未知の存在であることに変わりはないのか、その後も問いがいくつも投げこまれてくる。
俺のような口下手な人間が、こんなに喋れるなんて驚いてしまったが、途端に舌がもつれて、限界がきてしまった。
「…………シンに訊けば、もっと嬉しそうに語ってくれるんじゃないか?」
気恥ずかしさからそう言ってみたのだが。
俺のその言葉に、大賢士様は首を横に振った。
「あの人は…………失礼かと思いますけど、多くを語ってはくれないような気がして」
「そうなのか…………?」
そうは思えない感じはするけど、確かに言われてみるとそうも思える。
あいつはまだ何かを隠している気がするのは、勘違いじゃないかもしれない。
シンに何か、違和感があるのは、どうやら誰から見てもそうらしい。
どのあたりでそう思えたのか、半日もなくそれを看破した大賢士の観察眼はまるで本物だ。
世界的称号を持った女の子は、そんなにも優秀だ。
「はい…………でも、とてもいい笑顔をされる方だとは思います」
おいおい…………急にデレですか?
いいなぁ。俺も笑おうかな。
いつから笑ってないんだっけ…………。
「そうかな。あいつはただのおっさんだ」
「ただの…………とは」
違うんだよ。
これは、あいつがただ帰りたくてここにいるただのおっさんであってほしいってことかも。
まだ1日や2日の付き合いだけど、今まであんな人種に関わったことがないだけに、果たして信用を託していいものか。
「まぁ、あいつはさておき、俺の世界について知ってもガッカリしかしないと思うぞ」
「酷い言い草ですね」
「そうでもない。うちは空気が澱んでて、空は狭くて」
確実に人を再起不能にできる技術が満載だ。
無論、こちらの拷問器具もかなりのもんだけど。
人間というだけあって、考えることにあまり大差はないらしい。
だから、この世界が辿る道も、あるいは目に見えているのかもしれない。
「でも、故郷はいつしか大切な場所だと思える日がくるんですよ。私はそうでした。ハトさんの言う世界だって、きっと」
「…………」
どうだろうね…………。
…………。
それ以上、会話が続くことがなかった。
俺のぶっきらぼうな態度に愛想を尽かされてしまったか、ともかく切りの悪い沈黙が最後にこの場を支配したのだ。
そこまで大仰な空気ではなかったにせよ。
この後、13分ほどの沈黙を守り、それを破った大賢士の提案で平和なミルズ村戻って、それぞえれ自分の寝床に入り、やがて一晩が過ぎました。
***
明朝には出発の準備が整いでは再出発を果たす。
がしかし、シンは村人たちとの別れを惜しまれ、中々出立する気配がない…………。
一晩の内にどれだけ好感度を上げてきたのやら…………。
俺の「にんげんきょうど」がグンと上がったよう気がした。
どうしてくれるんだ。
見てこのポツン感。
「ハトさんも、また研究所に遊びに来てくださいね」
大賢士さんは、いつか俺を客として迎えてくれる気満々でいてくれている。
ありがとう。
昨日の晩は長い間付き合ってくれて。
多分、村人は俺を忘れているだろうから、こっそりと研究所にお邪魔するとしよう。
…………大賢士さんも、忘れないでねっ。
「その内お邪魔する。お前の飯旨いし」
「嫁入り準備はバッチリですっ」
自信があるのはいいことだ…………。
さて、そろそろのんびりしてるのやつのケツを叩きに行こう。
いや、多分それには及ばないだろう。
行こうか、馬たち。
「シンさんっ!あんたのツレが行っちまってるよっ!」
「え?ぁぁ…………ああっ?!嘘だろっ!待ってくれっ!?」
おお…………馬車って普通に馬操るのと違う感覚があるな。
手綱をバシッとすればいいのか?
グダグダやっていると、シンに追いつかれて荷車にに乗り込まれてしまった。
チッ。
「達者でなーっ」
「みんなもっ!リナちゃんもっ!」
すごい見送り…………。
俺も大賢士さんに手を振っておくが。
「ハトもみんなと握手ぐらいしてくればいいのにな」
「別に知り合いじゃないし」
「知り合いになろうとしたけりゃ、押しも大切なんだぜ」
「あっそ」
「リナちゃんとは上手くいってたみたいだな。どうよ進展は?」
「…………」
「…………しつこかったです、はい」
結局、馬車は手慣れないのでシンに手綱を任せることにした。
案外、言うことは聞いてくれてたけど、痒いところに手が届かない感じが残ると言うか。
シンにやらせると、普通にぱっからぱっからと馬は歩く。
…………くっ、おのれ。
やがてはミルズ村の建物が見えなくなり、最近は真新しい土地も、珍しいと思うこともなくなった。
いつ着くのかなぁ。
…………そういえば。
一つだけ腑に落ちないことがあるんだけども。
結局、あのネズミは一体…………。
***
「さて。研究所を拝見させていただくとしましょうか」
「チー」




