隠し味にウェネウム
リテリアでは休むことなくノンストップで出立した俺たち一行。
次の目的地、ミルズ村への道のりを、今のところ順調に進んでいた。
どういうわけか大賢士様もご一緒であるが…………。
勿論、下心なしのシンのお人好し炸裂案件なだけなんだが。
「リナちゃんは、本当に頭がいいんだぞ。あの錬成ってかなり不可能って言われてたらしいのに」
「いえいえ、無駄を排斥し素材の質を吟味して、手順をしっかりすれば成り得る当然の結果でしたから。けどあれは気持ちがよかったです。突然ビビッと閃いて、真夜中なのにガバって起き上がって、やってみたら大当たりじゃないですかっ!」
と、隣に座る俺を見て言われても困る。第一、その答えは向こうにいるシンにすべきだろ。
シンが俺のこと人見知りだからって言うからめっちゃ気利かせてくれるじゃんか。
俺、あんま表情に感情とか出ないタチなんだけど、対してあなたはどうしてそんな希望に満ち溢れた目で見てくれるのですか…………?
という感じで、大賢士の目的地が俺たちの旅の道中にあるというので、相乗りはどうかと誘った次第だった。
3人並べば窮屈な馬車だ。
大賢士さまを挟んで俺シンは座ってる。
旅の始めにシンが選んだ馬たちはとてもよく調教されていたようで、荷車を背中に連結されても大人しく、2頭で息ピッタリに引いてくれた。
おかげで代金は車代のみ。シンは倹約家のようだ。
しかし対して、荷台は予期せぬ追加の荷物で溢れてしまい、いつ俺たちに襲いかからんとも限らない高さまで積まれたまま行く道のりは、思ったより命懸けでスリル満載のものとなった。
マジで落ちてこないよな?
たまに心配になり、身体を捻って後ろを向こうとすると、何度も造りの整った笑顔がまず目に入ってしまう。
シンの方から見るのは論外なもので。
「フフンっ…………」
俺の顔になんかついてる、大賢士さま?
溜息ですら我慢している…………。
女性と見つめ合ったことは皆無で、とてもじゃないが賢士様を睨み返すことができない現状だ。
俺は母はメンチ切られたら切り返すプロだったのだが、その才能は俺ではなく妹のトキに委ねられてしまった…………。
話題を振ってシンに拾ってもらおう。
「で、あんたは何の研究するつもりなんだ?聞く限りだと、あんま整った施設とは言い難いんだけど」
別に興味はないのだが、これを訊けばハズレはないだろう。
研究者にとって、研究対象は何より興味のあることに違いない。
彼らは国の援助とかを受けて新技術の開発や発見に勤しんでいると聞く。
その資金が国民の税で賄われていることは、非課税者の俺には関係ないことだ。
だからお金のことは全く訊けない。
質問をした時、大賢士の目元に不満が見えたのは、気のせいか?
「ミルズ村で私はある現象の研究を一任されたのです」
「現象ね」
「はい」
彼女は先ほどまでにない神妙な顔つきで筋を話し始めた。
大賢士とまで言われた錬金術士が、オバケの正体でも突き止めに行くんだろうか。
賢士様は淡々と話してくれた。
「それが生物に与える影響。それを突き止めるのが今の私の仕事なんです。文献では、『それは全ての始まりであり終わりである』」
難しい話だった。
急に頭痛が。
パブ◯ンちょうだい。
「研究対象は、魔物の発生」
「へー」
あいつらの研究ね…………ミルズ村は確かに、魔物の数が多いと聞くから適地だってことなんだな。
女手一つでその研究とは。
「ヌルムっていう、魔物の原因となるある物質なんですけれど。どうも最近発見されたばかりのもののようで。それの原初となる手がかりを調べるんです」
「あー、なんか名前くらいは聞いたことあるけど」
「えっ?もしかして、ハトさんって兵隊さんなんですかっ?」
「は?」
え?
どうしてその発想になるのやら。
「その物質って軍隊の研究機関で発見されたものだったんですっ。まだ公になってないはずなのに…………」
しくった。
まだ全然広まってないことだったのかよ…………。
まぁその知識の露呈は仕方ないとして…………どちらかというと、俺に兵役時代があったと知られる方がマズイ。
これでも脱走兵。言ってなかったかな。
殉職扱いになっているだろうにせよ、足がつくなんて以ての外だ…………。
そんなつまらないことで厄介事に巻き込まれると面倒だからな。
特にこの、シンという男には尚更…………。
「ちなみに、そのヌルムってのはあらゆる魔法の源になってて、だから0番目って意味のヌルムが名付けられたらしいな」
「…………」
「そうなんですっ!シンさんもご存知でしたかっ」
…………。
ああ、その通りだ。
ヌルムとは、所謂『魔力』。
全ての根源的、概念とも呼べるもの。
あろうことか、シンですらそのことを知ってたと?
お陰で、俺たちコンビが軍関係者であるかのような空気にはなったが…………。
助かったやら、あからさまに疑問が残ってしまったような…………。
何でお前が知ってる…………シン?
お前…………ほんとに何者なんだ?
***
その後淡々と話が進み、ついには魔王ネタにまで辿り着いたところで、俺は聞き役を放棄した。
聴く義務はないと感じたので。
俺の耳にはもう念仏以外なにも聴こえない。
ナムナムナムナムナム…………。
そしてどういうわけか。
その後、しばらくは何のトラブルもなく、旅は順風満帆に道を突き進んでいたのだが。
しばらくはーーーーな…………。
一つ目のトラブル。
別れ道を間違える。
気付いたときには別の町に着きかけていた。
二つ目のトラブル。
馬車の重みに耐え兼ねて橋が落ちる。
間一髪で渡り切ることができたが、誰かに見つかる前にばっくれた。
三つ目のトラブル。
検問に当たる。
数少ない旅費が…………っていうか何で交通料?
四つ目のトラブル。
盗賊に囲まれる。
囲まれる前に全速力で、一人を轢きそうになる覚悟も辞さず駆け抜けた。幸い怪我人はなかったものの、大賢士様の荷物を代償として一つ落としてしまったらしい。
五つ目のトラブル。
今――――だ。
「よろしくお願いしますっ、大賢士様っ。どうか村に平穏を――――」
平穏を。
五つ目のトラブル。
ミルズ村に着いた途端、強制的にクエストを受注させられる。
単なる人助けをトラブルに含めるのは如何なものかとな?
それは今度みっちり議論しよう。
クエスト内容は以下の通り。
ミルズ村では最近、行方不明者の続出が相次いでいる。この辺りでは凶暴な魔物が多く生息してるから、それらに襲われた可能性が高い。
なんて恐ろしい村。
今すぐ出ましょう?
ねぇ?
「今まで、軍に頼んだりして問題を解決しようとしたことはないかい?」
シン?
お前は仲間の意見も聞かないか?
大賢士さんだってほら。長旅でお疲れでしょうし。
「あるみたいですね。けれど、大した成果は得られず、原因が掴めないまま撤収されたと…………」
やる気満々だな。
どう思うかねワトスン君?
さっぱりだ、ホームズ。
そんなピッタリ講図が思い浮かぶ。
俺が思うに、こんな危険な地域で、今までに同じことはなかったのかと疑念がよぎった。
どうやらそんなことはなかったそうだが、狩や防衛で鍛えた腕っ節と、自給自足を半分しているだけあって、屈強そうな村人がそう簡単にやられるはずがないと。
何かあっても、常に数人で活動することを義務付けていることから、何かあれば一人でも、一度でも生き残りが帰ってきて、その旨を話してくれるはずだろう。
なのにその生き残りすら帰ってこないとは様子がおかしい。
軍も一旦撤収したものの、流石の不可解さのためにまた編成が終わると帰ってくるという算段らしいが、ここで大賢士さんの力添えもしてもらおうってか。
シンはこの様子である。
「わくわくするな」
腕白坊主か。
いい歳したおっさんのくせに。
シンの好奇心から来た言葉を心の中で切り伏せ、俺たちは荷物を村人に預けて、徒歩で魔物の出没エリアを捜索を試みていた。
とはいえ、たった3人で件の脅威を払えるとは到底思っちゃいない。
何かあれば撤退。
ちなみに大賢士様の戦力は期待してない。
彼女は好奇心から探索についてきてしまったんだが、俺とシンがいるからには、最悪の事態に陥る可能性はかなり低いだろう程度の了見だ。
それに、彼女の知識こそ、何かしら手掛かりや足掛かりとして役に立つかもしれない。
***
その後、歩いても歩いても、目標のモンスターは尻尾すら行方が見つからなかった。
このクエスト、地味に難易度が高い…………。
「フラグすら立たないなんてな」
「フラグって言うなら、フラグ立てる方をどっかで忘れたんじゃないか?」
知らん。
どっかってどこだ。
現実にフラグがあれば俺は今モテモテのはずなんだ。
ラッキースケベもカモンベイべのはずなんだよ。
それがないってことは…………フラグというお膳立てはこの世に存在しないということだ…………。
俺が素敵なお嫁さんを貰うという夢が潰えたのか…………はたまた、運命を諦めるにはまだ早いのか。
神様…………早いとこ空から美少女降らせてくれ。
巨乳でいいよ?
…………なんだこの思考。疲れてきてんのかなぁ?
「ここいらで休憩でもするか、ハト」
「あぁ、そうだな…………」
脅威の存在する超危険地帯で場ピクニックですか…………悪くない。
こちとらジェットコースターでホットドッグ食べ切ったことあるかんな。
やれっつった妹に引かれたけどな。
じゃあなんでやらせた。
「おい…………目据わってるそ…………」
「あ、じゃあ私、食料を持ってきてますのでいっしょに食べましょう」
大賢士さんのその提案に、シンは歓喜した。
「リナちゃんのお弁当かっ」
「オベントー?」
オベントーは文化にないようですね。
弁当、と言うには空しく。
ただ単に干し肉と、こっちでは炭水化物にあたる主食の某という、最低限の栄養補給ができるものでしかない。
質素、素朴。
そう言ってしまえばお世辞にもなるだろう。
だがシンは気にする素振りは見せず、俺も特に文句が出るわけもないので、一番に肉にかぶりついた。
昨日食べたばかりでお腹は減ってないのだが。
「うまいなっ。リナちゃんは料理もできるのか」
「いや、そんなぁ…………」
シンの言葉にお世辞はない。
うまうま。
嗜好としてはもってこいだ。
「これはドゥオデキムの草を隠し味に使って作ったんです。辛味があって、お肉と合うんですよ」
「…………ドゥオデキムって毒」
「多少錬金術で毒素を抜くのに手間がかかりますが、いい風味を出してくれるんですよ、これがっ」
「毒素って言った?」
その草、誰が試したの?
錬金術反則じゃない?
普段のお料理には絶対に使わない味がこれか。
…………半分以上食べちゃった。
シンは話を気にせずに肉を頬張っていた。
まぁ…………シンが大丈夫なら大丈夫か。
もぐもぐ。
お肉うま。
ガサリ。
その時、草むらから音がするまでは、平和な食事会だった。
!
突然のことながら、俺たち3人咄嗟に立ち上がり、襲撃に備えて身構えた。
さっきののんびりした状況からこの切り替え。
俺とシンはともかく大賢士さん。実はいくらか腕に覚えがあるな。
意外に慣れていることだろう。
頼もしい。
俺もしっかりしないとな。
しかし、ならこの男を信頼していいのかが心配だ。
シンの戦いを俺はまだ見たことがない。
まず最優先で目的地に突っ切ってきた。それはこの仕事を最速で成就するためのものだったが、一番肝心なことといえば、俺は真っ先にシンの実力を知るべきだったのではないだろうか。
向こうから、一方的に知られていたのだから。
なら、これがいい機会だろう。
お手並み拝見というやつだ。
茂みにはガサガサと今か今かと飛びかかってきそうな何かがいる。
これに対しシンが、一体どんな動きで証明してみせるのか。
気になって仕方がない。
緊張感は、とてもいい感じじゃないか。
では万難を排して、いざ、尋常に。
いつでもいいぜ。
今の俺たちに、一切の隙はねぇっ!
かかって来いやぁっ!!
…………!!?
「チー」
…………。
まぁ当然、こんな小さい茂みに隠れられる凶悪な魔物がいてたまるかという話ですね。
…………わかってたよ。
さっきのはわざとだよ…………ちょっとくらい大袈裟にさせてもらってもいいかなって。
シンも大賢士さんもビックリはしてたけどすぐ武装解除してたから、俺だって気づいてしましたよ。
たまにはスリル的なものがほしかったんだよ。
はぁーあ、声に出さなくてよかった…………。
「可愛いっ」
真っ先に、女の子である大賢士様が姿を現したネズミに飛びついた。
そう、ネズミである。
知ってる個体より一回りは大きな。
「…………昔俺ん家ハムスター飼ってた」
「へー、ハトにしては意外だな」
「ほぼ妹とおかんが世話してたから触らせてもらえなかったけどな」
「どんまいだな…………」
「かわいいぃ…………っ!」
「チー」
ぶっちゃけ大賢士様がネズミに頬ずりする様子が、かわいいぃ…………っ!
待ち受けにできる。
「この子も魔物でしょうか?確認したいところですね」
…………。
…………解剖して?
俺にはわかる…………大賢士さん。
君が、指でネズミのお腹を撫でている理由がね…………。
別に言わないけど、メスとかそんなのは今持ってないからね。
早まらないでねっ。
「チー」
ネズミと目が合ってしまったので、彼の将来を憂い、小声で励ましてあげることにした。
助けられないことを恨まないでくれ。
俺だって刻まれるのは嫌だっ。
「頑張れ」
「チー?」




