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その時、女の子は狂気に目覚める

 産業国家 フォールステリオ 旧首都リテリア。

 午後2時くらい?


「急げっ!あいつもう追いついてきやがったっ!」

「遅刻だっ。馬車はないかっ?」

「ヨーキ様ぁ!ヨーキ様はいらっしゃいますかぁ!」


 船が着港すると同時に、乗客たちはそれぞれの思う目的地へと向かい始めた。

 彼らはどこに行く。

 仕事だの、旅行だの。

 俺はどこに行く?

 俺はどうして、あの男に着いて行ってるんだろう?


 …………視線が痛い。

 クリッとしててむしろ怖い。

 メガネとタレ目の掛け合わせって何故こんなにも素晴らしい効果を生むんだろう。

 柔らか視線の暴力である。

「本当にありがとうございました。ご親切にしていただいて」

 目をキラキラさせてお礼を言う彼女に、ここで初めて、俺は手伝ってよかったと感じることができた。

 でもそれはほんの束の間のよかったであり、すぐ我に返ると、ずっとその視線が俺を穿つ。

 そして極度に自分の気持ちを胸の奥にしまってしまう俺は表情筋も強張って、結局相手の不興を買うのだ。

 好きでやってるんじゃないよ。

 勝手に人となりを期待されても困るだけだ。

 世間話をする分には吝かではない。

 むしろどんと来いってなもんよ。

 俺はついに、およそ初となる初対面の女性と寄り添ってお喋りを交わすのかもしれない、それに怖気付いていた。

 凄まじい威圧感だ。

 アカネは少女なのでカウントしない。

「ずいぶんな大荷物なんだな。旅行じゃなさそうだけど」

 少々皮肉気味になってしまったのは、俺の悪い癖だな。

 もっと語彙力に気を遣えればいいんだけれども。

 けれど彼女は快く答えてくれた。

「そうですね。実は私は錬金術を研究しているので、この本や器材はその関連のものでして」

 錬金術とな。

 この技術は向こうの(いわ)れとほぼ相違ない。

 つまりあの錬金術である。

 この世界では最高の学問の一つとされているはずなんだが、つまり、このお姉さん。

「錬金術士ってことか?」

 錬金術に士ってつけただけの()()()だった…………。

 語彙力。

「はい。まだまだ駆け出しなんですけどねっ。最近博士号を取ったんですっ」

 ウソだろ…………っ?

 これまでの印象で結構ドジッ娘だと思っていたのに、俺が話しかけるのも烏滸がましいほど優秀な女性じゃないかっ。

 本を拾う時も取りこぼしたり、いっしょに運ぼうとした荷物を落とされて俺の足が潰されたり、終いにはなにもないところで滑って転びかけたり。

 え…………ウソだろ?

 世界は広いと痛感させられる。

 いや、案外こんな人に限ってその手の天才だったりするのかも。

「おかげさまで、私はこの先のミルズ村に初めて研究所を持つことになったんですよ。仲間内ではそれが奇跡だとか言われたんですけど。助手を雇うのは禁じられてしまいましたが。火傷では済まなさそうとか言われて」

「へー」

 最早、ドジッ娘よりもタチが悪そうだった。

 今の話で彼女の性格と境遇を確信した。

 この人、左遷されてる。

 ミルズって、家賃は安いし人は胡散臭いし、おまけに危険生物が蔓延る村に、か弱い女一人で研究?

「ミルズねー…………」

「ミルズっていいところだと思いません?雰囲気はまぁまぁですけど…………でも、研究材料タダで採取しまくりじゃないですか」

 見習いたいくらい前向き…………。

 研究者魂が染み付いているわけか。

 誠に僭越ながらマッドサイエンティストの称号を授けよう。

 いや、錬金術士だからマッドアルケミスト。

 助手を取ればそいつが火傷で済まないだろうという、お仲間さんの評価も考慮して、この称号は適切なはずだった。

「……………………」

「あまり話さないんですね」

 怖いの。

 君にとって、取るに足らない人間ほど実験材料に見えてそうで…………。

 なんだか自分の情報を話せば何に興味を持たれるかわからない。そんな危機感が俺の中で芽生えつつあった。

 特に、俺の体質はあまり注目させたい代物ではないのだから。

 とにかく無視するのも変なので、適当に話題を合わせていくことにした。

 俺の話はどうでもいいんだ。

「あんた、その業界はどのくらい?」

 流石に、初めて会う錬金術士に興味がないでもない。

 少しその中身を教えてもらうのもありだろう。

 彼女が本物の錬金術士であるかは、その話の中で判断できるはずだ。

 腕前はともかくとして、人格的な意味でも。

「私は5歳の頃にはすでに基礎を学んでいました」

「へー。小学生より早いんだな」

「え?どういう意味ですか?」

「こっちの話。どうして錬金術を?」

 異世界で下手なシャレを入れるとシャレにならんな。

「家系がそうだったというのが一番ですね。あと父が持っていた本に描かれていた五芒星を見たとき、すごくトキメキまして」

 素晴らしい。

 始めた動機が純粋だ。

「それから11歳で水銀の扱い方を学んだことが大きなキッカケでしょうか」

「水銀…………」

「水銀が生物にどのような症状をもたらすか知ってます?」

「知ってる…………」

「ご存知なんですかっ。あなたも聡明なお方なんですねっ」

 純朴な目で物騒なことをっ!

 聡明とかじゃないよっ!こっちの世界じゃ中毒者が出まくったとか聞いただけなんですけどっ!

 最悪なんですけどこの子っ!?

 変態性がチラホラする子なんですけどっ!

「そして13歳の夏。私はもう慣れてたんですけど、正確な解剖学を初めて教えてもらうことになりまして」

「慣れてたって何?」

 幼気な時分から生物を切り刻んでたってこと?

 正確な刻み方って何っ?!

 マッドアルケミストっ?!

 やだっ?!こっち見ないでっ?!

 さっき荷物を片付けている最中に彼女がハタリと止まったかと思えば、まるで昔のアルバムを感慨深く眺めるように合成素材とでも言うべきか、その気持ち悪い写真集に釘付けだったりするのはマジだったってことっ?!

 他にも、俺の足に落ちた荷物も中身が飛び出したんだが、それがなぜか血塗れの釘だったり、何かの目玉だったり、ついには使い古した枷だったり…………。

 あ、俺死ぬ。

 俺は今すぐこの場を離れる必要があった。いや、こんな危険人物を野放しにしちゃダメだっ!

 おまわりさぁあぁぁんっ!!


「あ、すみません。手伝ってくれたお礼に研究所に招待させてくれませんか?」


「ヒッ…………!」


 すでに目ぇつけられてるっ?

 ウソぉぉぉぉっ?!

「わ…………悪い。誠に申し訳ないんだが、俺、これから用事があって…………」

「そうですか…………じゃあ、それをお手伝いさせてくれませんかっ?」

 地の果てまで追ってくるつもりか!是が非でも逃がしてくれないというのか?!

 やめて誰か助けてっ!?

「いや…………実は俺一人で遂行しなきゃならない用事なんだ…………手伝ってもらうわけにはいかなくて」

「えっ、何か大変な事件でも…………」

「そうなんだ。俺の大切な幼馴染が攫われて、犯人は俺に恨みがあるらしくてな。一人で行かなければ幼馴染がどうなるかわからないとまで言われてしまったんだ」

 危ないんだぜ。

 来ちゃダメなんだぜ。

 そしてこんなのんびり喋ってる暇がないはずの言い訳とかマジないわ。

 俺の妄想力に絶望。脱帽すらしてしまう。

「はぁ…………では引き止めてしまってはダメでしたね…………でもダメなのは一人で無茶をすることです。やっぱり是非私の力を使ってください」

「…………うん、助かるよ」

 健気な瞳に俺のハートが揺れ動き、茶番にお姉さんを巻き込むヘマをやらかした。

 全くもってマズすぎる。誰か適当な悪人は…………。

「ハト~お待たせ~」

「よくも幼馴染をおぉぉぉぉっ!!!!」

「ぐはっ?!!!!」

 覚悟っ!

「何すんだ…………」

「シン…………後でなんか奢ってやるから我慢しろ」

「なんでだ…………」

 これで茶番は幕を閉じた。

 突然見知らぬ人間を殴ったもんだから、その後お姉さんを弛すのに時間がかかったが、ともかくシンの到着によって俺の身は保障されたとだけ言っておこう。

 誘拐の件が冗談だと訂正するのには、かなりかかったが…………。

「どうぞよろしくお願いします。シンさんと言うんですねっ」

「おいおい、なんだよハト。こんな可愛い娘とお喋りとはお前も隅に置けねぇな」

「うっせー。さっさと行くぞ」

「何だよ水くさい。お茶もせずお別れなんて寂しいことするもんじゃないんだぜ。ここでコネを作っておくと人肌恋しくなった時に活きてくる」

「…………」

 閃いた。

 被験体候補をこいつに変えてもらおう。

 それで彼女の趣味の成就と俺の身の安全が完全に保証され、忌々しいこの男を地獄の底に葬ることができる。

 シンも可愛らしい女性の手助けできるんなら本望に違いない。

 誰も不幸にならない。

 みんな幸せ万々歳だ。

 そうと決まれば、今すぐそのプロセスの構築にかかろう。

 まずはシンのウザさを排除して好評価をしつつ、さりげに皮肉を埋め込みお姉さんに興味を持たせる、名付けて――――シン被験体候補化及び腐化(ふか)作戦。

 これで行くぞ。

 お前に恨みはないがシン、ちょっとウザいから適当に犠牲になってくれ。

「見たところ大賢士リナ殿とお見受けするが、人違いじゃないよな?」

 しかしシンが先に口を割ったことによって、俺の目論見は達成することができなくなった。

 強いては大賢士という途方もない、俺には縁もなかっただろうものに耳を疑った。

「…………誰って?」

「私をご存知なんですかっ?」

 大賢士リナと呼ばれた彼女も、驚きの反応を示した。

 大賢士。

「ハト、この方は若輩ながら桁違いな知識と知能を持つ者、稀代の大天才児、大賢士の称号を与えられた数少ない女性だ。だから隅に置けねぇって言ってんのに。挨拶したか?」

 ……………………。

 つまりすごい人ってことですね。

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