表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/49

親切を売って運を得、運を払って親切を買う。だが財布が潤うかどうかは……

 まったく、騒がしい。落ち着いて眠れもしない。

 寝不足というわけでもないけども、二度寝とはそれだけで気持ちが良くなるものだ。

 それしか娯楽のなさそうなこのシャバにおいて、そういうことを考慮してもう少し気を遣ってくれてもいいと思わないかねチミタチ?

 などと、真面目な船乗りたちに対して心の中で愚痴をこぼせるほど、航海はおよそ順調だった。

 正直、夜中のあれがなければ退屈で死んでいたかもしれない。

 時計がぞんざいに扱われたことは腹立たしかったが、それでもいい息抜きにはなったし、あのチビッ子には感謝をしてもいいくらいなのだが、やはり許してたまるか。

 あのガキ。夜襲が怖くて眠れなかったんですけど。

 働き者のシンは休憩をもらったらしい。

 汗を拭きながらその辺りを歩き回っていた。

 いつの間にか多くの友達を増やして…………ショウインに見倣ってもらいたい光景だな。

 とくに何かを思ったわけではないのに、水平線を眺めることにした。

 あそこだけ空が少し黒くなってるな。

 火の国だっけ。

 行ったことはないけど、数少ない避暑地の温泉が気持ちいいと専らの噂だ。

 こんな戦乱の世でまだ暇を潰せる場所があるとはな。

 この仕事が終わったら行ってみたい。なんなら今ボイコットしてもいいくらいだが。

 だとすればボートを出さないと。

 借りなきゃいけないのかな。お金いるのかな。

 ボイコットがあまり現実的じゃないことに気づき、とりあえず今回は、大人しく真面目にジッとしていることにした。

 退屈だった…………。

 時刻は太陽の位置からして正午ぐらいだろうか。

 波は静かで天気もいい。

 暇だなぁ…………。

 結局、甲板に腰をおろして、目は直後に横切っていったお姉さんの後ろ姿を追いかけた。

 お姉さんは別段、貴婦人という格好ではないようだけど、その足運びはとても上品で目を惹く。

 洗練された淑女って感じ。

 別にそんな女性に対して詳しいわけでもないけれど。

 ハッキリ言いましょう。腰の動き方が良いです。これであっち向いてホイされたら秒で負ける自信すらある。

 ジャンケンすら必要ないね。それ勝負じゃないね。俺得だね。

 おっと、そんな浅ましくもイヤラシイ視線を女性に送ってはいけない。

 いずれ生涯の伴侶と出会えた時に、見知らぬ他人のお尻を凝視するとは何事だろう。

 往復ビンタであっち向いてホイの嵐だわ。

 ならば俺は紳士であるべきだろう。

 紳士でさえあれば自ずと運命が向こうから歩み寄ってくるのだ、と、いつかどっかの占いサイトに書いてあったような気がするからそれを信じて待てばいい。

 そうそう、運なんてどうせ自動引き落としなんだから俺から動いたってどうにもならない。

 それまでに大きな運命のためにも、運を消費しないよう心がけて寝るとしますか。

 いや正直に言おう。

 10数えるまでに運命出てこい。可愛い女子を連れてこい。降って来させてもおk。


***

 

 …………昨日の夢って何だったんだろうな。

 夢は自分の過去、責任、期待などを写すのみだと思ってのに、その延長線、はたまた例外の才能として予知夢があるらしいけど。

 夢で見た内容が現実と酷似することが時たまあるって話は聞くけれど、デジャヴとも言うし。

 しかし俺にそんなオカルティックな才はないはずだ。

 あれは俺の妄想が膨らみすぎた結果だろう。

 優しいお姉さんを切望してるんだ。

 気にする必要なんてどこにもない。

 そう思ってる矢先に、肩を揺さぶられて起こされた時は不覚にも期待しちゃったんですが、おい。

「もう着くぞ、ハト?」

 結局シンが、ようやく訪れた港へ到着する旨を伝えに来てくれただけだという。

 了解した、と目で訴えて、重い尻を上げることにすると、その時、俺の目を見たシンがなぜか申し訳なさそうにしていた。

 早くしろって?わかり申した。準備します。

 俺、荷物ないから準備オッケーっ!

「なぁ…………そろそろ俺の顔を見る時の表情なんとかならないか?」

「ならない」

 急かしてた目じゃなく、そんな気持ちでそんな目をしてたのか。

 悲しそうなシンは放っておこう。

 手すりに身を預けていると、水平線はいつの間にかなくなって地平線へ様変わりし、岸に近づくのにもうしばらくというところまで、航海は佳境を迎えていた。

 トリルは穏やかなまま波を切っていき、人間でいうとジョギングまで速度を落としつつある。

 やがては歩くように、岸に添いよって、もやい綱で縛られて、この船は安全に役目を果たし終えた。

 おつかれさん。

 降りるため甲板に集結した人々は、手元が軽い者を順に橋渡しされた板を伝って、安定した地面へと逃げるように去っていった。

 俺ものんびりせず、サッサと船を降りた。

 シンが荷物を持ってくるまで、その辺りに腰をかけておくとしよう。

 地面うおっ?揺れない…………だと…………。


***


 うー。暇だなぁ。

 カモメが一匹、カモメが二匹。カモメが…………あれさっき同じやつ数えてなかったっけ?

 ええい、動くな数えにくいっ。

 カモメを数えるのはやめよう。

 次の暇つぶしはどうしようか〜。

 …………ん。

 トリルを降りてくる荷物でも数えるか。

 いーち、にー、さん、しー…………。

 …………。

 俺はどうもシンのお節介が移ったらしい。いや、移ったけど発症はまだしてない。

 荷物を降ろすのに手こずっている女性が目に留まった。

 かなりの大荷物らしく、あの細腕では全部降ろしきるまでに出港されてしまいそうな気がする。

 それを気にかけている人間は、どうやらいない。

 誰も手伝う素振りも見せずに、明らか仕事中のガタイのいいお兄ちゃんや、その他、船乗りっぽい連中が女性を一瞥しても、仕事終わりにどうするか相談しているだけだった。

 まるで彼女に無関心を装い、関心を寄せるつもりもないらしい。むしろ目を背けようとするみたいに。

 なんて不条理な。

 これが世間の有り様か。嘆かわしい。

 やれやれ。

 そう本気で思っているはずもない。

 ていうかそんな客の中にも手伝おうとした人もいるし、でも、みんなあの荷物の重さと多さに根負けして、渋々諦めていっただけだし。

 船乗りたちも別におざなりにしているわけじゃなく、自分の仕事に手一杯というだけで、暇を見れば手伝いに行くはずなんだけど。


 …………。


 こんなところで好感度なんて上げても仕方のないことだ。

 わざわざ好印象を与えて女の子を誘いに行く軟派な人間に憧れてるわけでもあるまいし。

 世のため人のため、損得判断を度外視して手を差し伸べる優等生でもあるまいし。

 悪いがお姉さん、俺よりも他の人の方が断然頼りになります。

 せめて応援だけでも。

 頑張れっ!

「あっ!」

 なんて。思ってる傍から荷物を転がしてしまっている。

 ドジっ子か。俺の中の彼女への萌えポイントが加算された。

 あと1点。あと1点加算されたら助けに行こう。

 途端に、どうしよう…………という困り顔を見せてくれたところで、約束通り助けに行かせてもらいましょう。

 まったく危なっかしくて見てられない。

 ふむふむ。

 どう考えても、手伝えば得ばかりじゃあないか。

 結構かわいいし。

 これを機に、さっきの運命の相手の話のように、ここで好印象を与えて彼女いない歴に確実な終止符をここで打てるかもしれない。

 優しい男が好み、そんな恋愛観を持った女性も数えきれないほどいるだろう。

 親切に対してキュンとしてドキューンも珍しくはない。

 なーに、もし間違っていたとして、断られても、あっさり引き下がってしまえばそれでいいのだ。

 俺はそこまでがっついた男ではない。むしろ女性の要求は大人しく飲むのが紳士というものではないかね?

 ――――何勘違いしてるの?おめでたいやつね。でもその気持ちだけはありがたく受け取っておいてあげるわ。

 そんなことを言われても、悪くない。

 ドMじゃないけど、そういうツンデレもあのメガネが似合う顔で言われれば至上の極み。

 むしろ私情の極み。何とでも言うがいい。うんうん。そうと決まったら、お姉さんが怪我する前に側へ行くとするか。

 ルンルン。

 俺は気持ち軽やかに足を踏み出し、歩く姿勢に注意しながら、彼女に歩み寄った。

 紳士的に。

 俺は生涯初、見知らぬ女性の手助けを致します。

 キューピッド、見てな。

 お前がたがえた矢は最早俺のもん。

 彼女は今までよりもとりわけ大きな荷物を、身体全体を使ってトリルから押し出そうとしていた。

 無茶な子だ。

 ブレーキなんてないんだからここを通る人が事故に遭うかもしれないというのに、全く危ない危ない。

 幸いにも俺がもう目前まで辿り着くに至ったのだから、とりあえず俺は荷物を右手で支えて、こう声をかけるとしよう。

 大丈夫ですか?お手をお貸ししましょう。

 なーに。こんなこと筋トレにもなりませんよ。

 グフフフ。

 ググッ。

 グフ…………グェ?

 ガガガガガガガガッ!

「あー…………おぉぉぉぉっ!?」

 我が落ち度を角度に表すとすれば、およそ40°。

 多分トリルと岸をかける板がそのくらい傾いていたと思う。

 この港ではトリルの昇降口の方が陸よりも高い。

 考えてもみてほしい、たとえ俺の筋力がこんな重さに負けるはずがないとしても、足元が坂道ではたまったものではない。

 踏ん張る角度が明らかに死んでいるし、しかも若干、板が濡れてるという付け合わせ。

 顔面からこけたところを大きな箱に襲い掛かられる光景に出くわしたことがあるだろうか?

 あったらどんな気分か知ってる?

 地獄よ、んなもん。

 さて。

 気前よく親切を振りかざし、紳士という猫を被った俺が手を荷物に添えたその瞬間、彼女の最後の、決死の体当たりがちょうどその時炸裂し、およそ狙い通り荷物が少しだけ動いたとしよう。

 そして荷物の支点が陸に傾いた時、その絶望的な位置にもう辿り着いていた俺が腕に咄嗟に力を込めても、足が滑りやすかった場合において。

 そのまま荷物に轢かれる以外に俺はどうすればよかったのか…………。

 陸に舞い戻ったときにはもう拉ぎ刑である。

 もしこの世界がギャグでできていたとしたら、俺は次のコマから紙のようにペラペラな状態で生存しているはずなのだが。

 如何せん、ここはリアル、現実。

 あぁ、何て残酷な世界。

 ついに俺の生涯は、淑女を助けようとした心意と紳士が本領を全うすることなく無念のまま恥ずかしく逝くというもので、幕を閉じるのだった。


 …………。

 …………。


「重っ!?」


 俺は俺を潰してる物体を力の限り遠くへ投げ飛ばした。

 幸い箱の落下地点に人はおらず、俺の二の舞を踏む者は出さずに済んでよかった。

 なんて目に…………。

 俺なら未だしも道行く人なら…………想像するだけでも恐ろしい。

 いやでもなんで俺がこんな目に…………。

「あのっ、大丈夫ですかっ!?」

 うわっ…………と。

 アワアワとした女性の声がやっと聞こえたのは、少し挙動不審から回復する前だった。

 急に声をかけないで、びっくりするから…………。

「…………うん、大丈夫」

「でぇっ?!なんで大丈夫なんですかっ!?」

 何でだろうね。

 彼女は俺の頑丈さを素直に驚いたようだ。

 俺実は人間じゃないんです。

 だからギャグだろうがリアルだろうが、身体の頑丈さは折り紙つきの太鼓判なのでよろしく。

 妙に勘繰られて詮索されては面倒だ。何かいい言い訳をしたいだが…………。

 あ…………あの…………何かあれですよ。

 何も言い訳思い浮かばねぇよ。

 あれだ。

 あれってなんだ。

「あ、身体強化の魔法をかけてるんですね。いい心がけです、最近は物騒ですから」

 と思ったところで心配ご無用だったらしい。

 なんて都合のいい、失礼、解釈が親切な人だろう。

 惚れる。

「そーなんだよ。物騒だからなぁ…………みんながやってるって聞いて、吊られてやったんだけど」

 ーーーー俺ミーハーだから。

 そんなわけない。

 俺がモンハンやり始めた時にはみんなもう全クリしてたから。

 俺がHR4いく頃にはポケモン流行ってたから。

 俺はミーハーじゃない。

 俺は時代を見つめ直す男さ。

 なんか俺、かっこいい。

「そうなんですか。ほっ…………それにしても、身体強化の魔法に耐えられるなんて、羨ましいです。それができたら、どれだけ過酷な地に行ってもある程度耐えられるのに」

「そうだな。便利だよな」

 身体強化はそういえば、身体に負荷がかかっているのに変わりないらしい。

 …………それと過酷な地?

 こんな美人がそんな土地に用事があるのか?

 旅行好き…………でなければ、え?

 インディアナ…………もしくはクロフト…………探検家って単語が何で先に思い浮かばないんだ。

「あ、本が飛び出しちゃってる。ああっ、大変っ!」

 俺の疑問はよそに、彼女は慌てて濡れた地面にブチ蒔けられた本を拾い始めた。

 なるほど、俺を潰してくれた荷物には大量の本が詰められていたらしい。

 やっぱり重いはずだ。

 それらはすでに海水を吸って濡れ始めていたけど。

「おろおろっ」

 何か挙動が可愛い…………。

 てか、うわぁ…………マズイことしちゃったな。

「…………悪い」

 とりあえず謝っておいて、いっしょに本を拾いにかかった。

 シンに見られたら何て言われるかわかったもんじゃないけれど、この惨状を半ば俺が作ってしまった以上、手を貸すのは当然の義務だ。

 やり直せるもんならやり直したい。

 さっきまでのを、とは言わず人生まで。

 産んでくれてありがとう、母さん。なんか急にお礼が言いたくなった。

「あ、ありがとうございます」

「いいよ。俺のせいだし」

 本がどのように詰められていたのかわからないので、俺は濡れない場所を取り繕い、そこを仮の置き場とすることにして、残りはお姉さんに任せた。

 箱は無残に板切と化している。どうしよう。弁償しなきゃ。お金が…………。

 そのまま成り行きで、トリルに残された彼女の荷物降ろしを手伝ったのは、果たして結果オーライと言うべきか…………。

 なんとも気まずいだけの第一印象を残す出来事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ