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08

 時は少し戻り、志柚がショッピングモールを出てからしばしの後、亡霊中隊・E分隊の車両隊がショッピングモール正面玄関に到着した。

 車両が停まり、兵士達が降りてくると、すぐに周りから他の兵士が現れ、合図を交わして移動を始める。

 「来たな。タンバ」

 「ディアス。状況はどうだ」

 車両から降りたE分隊の指揮官タンバに、B分隊指揮官のディアスが近づき声をかけた。

 「十分前に建物の包囲を完了した。…その前に一人を抜けさせてしまったのは、失態だったが」

 「そちらはD分隊が追跡中だ。もうすぐA分隊が追いついて合流するだろう」

 「大尉が直々に出るか。ならば問題は無いだろう。問題はこちらだな」

 二人は肩を並べ、ガラス扉の並ぶ正面出入り口を見据えた。

 兵士達の持つライトの明かりを反射してきらきらと輝きを放っている。

 「この正面玄関の他に、南側に出入り口が二つ、北と東側にそれぞれ一つの搬出口を抑えている。残った二人は脱出していない、それは上の狙撃班からも確認されている」

 「D分隊のカルラ達だな、良し。中へは俺達が行こう」

 「任せる。サポートは要るか」

 「いや、包囲に集中してれ」

 包囲。その言葉を言って、タンバは気付いた。

 「ディアス。確認するが出入り口は今言った五つだけだな」

 「ん?ああ、上に出るものはあるが、屋上は狙撃班が警戒しているから問題ない。その他には無いはずだ」

 「地下はどうだ」

 「無い。アーカイブに見取り図があって確認が取れた。地下には倉庫と従業員用スペースがあるが、外には繋がっていない」

 「了解した。外は任せたぞ」

 「ああ。鼠を逃がすようなドジは踏むなよ」

 拳を合わせて互いを鼓舞し、二人はそれぞれ自分の隊の傍へ戻った。

 タンバは部下に作戦を伝え、すぐに部隊を率いてガラス扉の奥へ、常闇の魔窟へ踏み込んだ。

 

 タンバの率いるE分隊は、速やかな動きで暗闇を進み、すぐに中央部の大ホールへ出た。

 ホールの円周部には人の居ない店が並び、中央にはかつては華やかであったろう花壇とベンチがあった。ベンチの反対には四列並んだエスカレーターがあり、その奥には先へ続く中央通路がある。

 ベンチの側まで進み、ホールをぐるりと一望して見るが、敵の気配は感じられない。

 まずホールを回るか、一階を先に進むか、エスカレーターを上るか。その結論を出す前に、銃声が響き、タンバの思考は中断された。発砲音と、床に着弾した音がほぼ同時に聞こえた。

 敵は、かなり近い。全員が遮蔽物に身を寄せる。

 「どこからだ!」

 「二階、エスカレーターの先からです!」

 「良し!」

 影から顔を出して二階を窺うが、敵の姿は見えない。

 「二階へ行くには?」

 「エスカレーターの他には、ホールの南北に階段が。通路の奥、五十メートル先の西ホールにもエスカレーターと階段が二つ」

 「階段は避ける。このままエスカレーターを行くぞ。カリヤ!」

 列の奥に向かってタンバが小さく声をかけると、一人の男がタンバの元に寄ってきた。

 カリヤと呼ばれた男は、浅黒い肌の青年だった。中隊の中では若い方だが、才覚を見取られてE分隊の副指揮官を務めている。

 「俺が半分を連れて先に行く、お前は半分を指揮して援護しろ。二階を制圧したら交代で援護する。半分を連れて上がって来い」

 「了解」

 カリヤは小さく頷いて返した。

 「それから…周囲の警戒も、怠るな」

 「了解」

 カリヤはまた小さく返した。

 タンバは、言わずともカリヤがそれを理解していると知っていたが、それでも言葉にした。カリヤもそれを解っていた。

 タンバが分隊の半分を連れて、ハンドシグナルの合図で一気にエスカレーターを上る。脇の援護はカリヤ達に任せ、自分達は正面だけに集中する。

 上りきった所はホールに架かる三つの広いブリッジの交点に当たる場所で、また花壇やベンチの置かれた休憩所のようだった。

 ちょっとした広場の向こうに、また店が並んでいる。再び銃声。今度ははっきりと聞こえた。

 ハンドシグナルで全員に伝える。『敵は正面の本屋だ』と。

 花壇とベンチに、各々身を隠し、同時に二階の全方向を警戒する。このショッピングモールは四階まであるが、吹き抜けになっているのはこのホールの二階までだ。ひとまず、上から撃たれる心配は無い。

 「良し」クリアを確認すると、下のカリヤへ合図を送る。程なくしてブリッジの中央に全員が再び集まった。

 「銃声はあの本屋からだ」

 すぐにタンバの元に来たカリヤに、タンバが説明する。

 「敵影は」

 「確認できていない。恐らく誘っている」

 「どっちにしますか」

 カリヤはこう尋ねた。『踏み込むのか回るのか』と。

 再び選択を迫られる。こういったことは珍しくはない。現場では各自の判断が求められるのが常である。

 「良し」タンバが決断するのに、そう時間はかからなかった。「踏み込もう。正面だ」

 「了解」

 カリヤが頷く。話を聞いていた兵士達も同じ表情をしていた。彼らは、指揮官を信頼し、付き従うと決めている。

 『B一号へ、こちらE一号。これより敵が潜伏していると思しき二階本屋へ突入する』

 『こちらB一号。了解した。……幸運を祈る』

 ディアスとタンバは、中隊の中でも付き合いは長い方だった。

 タンバが罠を承知で踏み込むであろうことも、察しているだろうが、それでも判断に口を挟むようなことはしなかった。

 タンバが逆の立場でもそうしただろう。例えC分隊を室内戦で殲滅した相手であろうとも、やると決めたのなら戦うと、タンバには覚悟があった。

 「このまま二隊編成で突入する。俺が入った後、カリヤは時間差で突入しろ。トラップの警戒と、カバーリングを損なうな」

 一息に言い切り、ゴーグルを下ろし、すぐに合図を送ると、隊の全員は一つの生き物のように淀み無く動き始めた。

 配置に付いたのを確認し、再びハンドシグナルを送る。まずはタンバの隊が店の扉を破壊し、雑誌売り場へ足を踏み入れる。

 棚の間、足元、頭上、その全てに気を配りながら慎重に進む。合図で隊から二人を切り離し、右手の壁に沿って進ませる。

 その後を進むカリヤは通路を曲がり、タンバ隊と棚を挟んだ反対側を進む。カリヤ隊もまた半分を切り離し、反対の壁を進ませる。

 それぞれが歩幅を揃えて進み、先頭が店の中央部に差し掛かった時、再び銃声が店に響いた。

 今度は確認するまでも無かった。店の奥の開け放れた扉の奥で、ガンファイアが散ったのが確認できた。

 このタイミングでの発砲はやはり出来すぎている。誘いであることは間違いない、とタンバは思ったが、それでも退くことは考えなかった。

 「中央奥の従業員用スペースだ。他に扉は見えるか?」

 「無い。あの扉だけだ」

 「良し」

 合図で散っていた兵士達が二箇所で集まり、フォーメーションを組んで扉へ近づく。

 扉を挟んで合流したタンバとカリヤ。アイコンタクトだけで息を合わせ、タンバが中へ踏み込む。

 続いてカリヤが、そして兵士達が続く。だが、中に人影は全く無い。気配すら感じられない。

 タンバが更に奥へ進もうとした時、カリヤがその背に触れて止めさせた。

 振り向いたタンバに、カリヤは黙って手に持った物を見せた。それは小さな円筒型の、弾丸射出装置だった。カリヤが後部のスライドを引くと、一発分の薬莢が排出された。

 粘着テープが貼られ、何かに固定されていた痕がある。あらかじめここにセットし、任意のタイミングで射出されるようにしておいた物だろう。

 つまり、ここに敵は居ない。しかし、そう見せかけるための罠という可能性もある。

 すぐにフォーメーションを組んで、全方向からの攻撃に備える。そのまま十秒…二十、三十秒が過ぎるが、何も起こらない。

 『こちらE一号。……本屋をクリアしたが、標的は居ない。こちらは囮らしい』

 『こちらB一号。どういうことだ。時間稼ぎか?』

 『そうらしい。確認するが、全ての出入り口に異常は無いな?』

 『封鎖に異常は無い。まだ中に居るはずだ』

 そう、二人はまだこのショッピングモールのどこかに居るはずなのだ。この本屋に居ないのならば別の場所に身を潜めているのだろう。

 だがしかし、細かいトラップを仕掛けてこの場へ誘ったことが、身を隠している間の単なる時間稼ぎだとも思えなかった。

 屋外への脱出手段が無い以上、いずれ戦闘が発生するのは避けられない。突入隊を一時的に避けたところで、根本的な解決策にはならないのだ。

 この囮には他に意味がある。我々の足を遅らせたことには、時間を稼いだ意味がある。何かが。

 タンバの思考は手掛かりを求めて、視線を泳がせる。棚、机、床、壁、そして、窓。

 切り取られた景色の中にはビルがあった。

 ――あの駅ビルは確か、D分隊のカルラが張っている場所だ。駅ビル。そう、駅がある。『地下鉄の駅』だ。

 『……もう一つ、確認するが、地下に出口は無いんだな』

 『地下か?アーカイブの見取り図には何も無かった。倉庫と通路があるだけで、外には出られない』

 タンバの問いに、ディアスが答える。突入前に実際に確認した見取り図では、確かにそうなっていた。

 だがその見取り図を見た時、タンバは記憶に引っかかるものを感じたのを思い出した。あの地下の見取り図を、前にもどこかで見たことがあった。

 そしてあの駅の、あの路線はこの建物に向けて走っている。

 「地下だ」

 「えっ?」

 タンバの呟きに、カリヤが疑問符を出す。

 「地下へ向かうぞ」

 それだけ言うとすぐにタンバは外に出た。兵士もそれに続き、間もなく店を出て地下へ降りる階段を下ってゆく。

 道中、カリヤは常に奇襲を警戒していたが、ついに銃声の一発も響くことは無かった。

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