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06

 陽が落ち、明かりの絶えた地上は、完全な真暗闇となっていた。

 その中をルウ・志柚・阿依の三人が駆けて行く。

 敵に悟られぬよう最低限のライトで足元を照らし、狭い路地を縫うように進む。

 先頭はアサルトライフルを持った志柚。殿は阿依。その間で感覚を尖らせ、索敵を行いながら付いていくルウ。

 そのルウが正面を見上げた瞬間、前を進む志柚の背を掴み脇の路地へと引き込んだ。

 「うわっ!」

 突然の行動に志柚はたじろぐが、すぐにフラッシュライトを路地の奥に向け、ハンドガンを構えて警戒する。

 「敵なの?」

 志柚とルウに追いついた阿依が尋ねる。暗闇の中でルウが頷く。

 「正面、四百メートル先、ビルの七階に狙撃手だ」

 ルウの夜目は猛禽類のそれに匹敵する程良く見える。四分の一も満ちた月明かりさえあれば、これ程の距離でも人の姿を確認することは可能である。

 「了解…志柚、見える?」

 「ああ。狙撃手と観測手の二人組だ」

 志柚が建物の角からライフルを構え、スコープを覗く。

 ナイトビジョン付属の高倍率スコープの中に、確かにルウの見た敵の姿を捉える。

 大口径のアサルトライフルであれば、撃って当らない距離ではないが、射撃は出来ない。

 「チッ…せめてコイツが撃てればな」

 このライフルはC分隊との交戦後、道中で亡霊中隊の兵士から奪ったものだったが、彼らの使う装備・小火器には生体認証を用いたロックシステムが組み込まれており、中隊以外の人間が持ってもセーフティを解除できない仕様になっていた。

 それがわかっているからこそ、相対した狙撃手もルウ達を捉えながら攻撃はしてこないらしい。

 実質的なルウ達の武装はハンドガンのみ。ここまでの移動中にも志柚と阿依が装備を隠した場所があり、その回収を試みたが、すべて亡霊中隊の制圧下にあり不可能であった。

 ライフルを構えたままの志柚の肩にルウが手を置き合図する。振り向いた志柚に、路地の奥を見ろと指差して合図する。

 再びスコープで覗くと、その方向にもやはり敵が居た。数百メートル先の、建物の陰からこちらを警戒している。

 「どんどん囲まれている。早く動くべきだ」

 「わかってる…阿依!」

 「こっちよ」

 錠前を銃で壊して扉をこじ開け、身を隠すように中へ滑り込む。

 入った場所は、どうやらレストランの厨房のようだった。そのまま突っ切り、店内フロアを抜けて再び広い通りへ出る。

 「右、クリア」ルウが叫び、

 「左…敵影!」志柚が叫ぶ。

 通りを塞いでいる敵はかなり近く、五十メートルと離れていない。志柚はスコープを覗いたままハンドガンを抜いて構えるが、その動きを見取った敵はすぐに身を引き、姿を消す。

 舌打ちしてハンドガンを納め、ルウと阿依に続き正面のショッピングモールへ駆け込む。

 「どうだった?」

 追いついてきた志柚に、阿依が尋ねた。

 「やっぱりまだ、ヤる気は無いみたいだな。交戦距離までは入ってこない」

 話ながらそのまま走り続け、カラフルな服飾が並ぶアパレルショップに入り、奥の扉を蹴破り従業員用スペースへ押し入る。

 「だがこのままだと、いずれ囲みを狭められて、動けなくなる」

 「ンなことはわかってんだよクソガキ。いいから付いて来い」

 従業員用の廊下はショッピングモールの各部へ血管のように張り巡らされているが、先を行く志柚が選んだのは、外へ繋がる通用口への廊下だった。

 「このまま裏口から出て、もう一度奴らを撒く。駅を越えれば逃げ切れる」

 扉に手をかけて、そう言う志柚を阿依が止めた

 「それはかなり厳しいわ。既に駅ビルも陣取られ、周辺一帯は見張られている可能性が高い。一旦ここに身を隠して迎え打ちましょう」

 「奴らとの火力差と兵力差が解っていてもか?警戒されてもう最初の家みたいなハメは狙えない。さっさと逃げるべきだ」

 志柚と阿依が、真っ直ぐ互いを見て対峙する。

 二人の見解と作戦はどちらも概ね正しく、間違いでもある。どちらを採っても失敗し、デッドエンドとなる確率が高すぎる。

 身も蓋も無く言うならば、このような選択肢しか存在しない、この状況に踏み込んでいること自体、既にどこかで間違えているのだ。

 合間のルウが沈黙を破る。

 「時間が無い。どちらかにできなきゃ死ぬぞ」

 両方の意見を採っての折衷案、などというのはそれこそ最悪の選択肢だ。それはルウに言われるまでもなく二人も理解していた。

 今この場ではっきりとした策を出す必要がある。だからこそ譲らずに、互いの意思を確かめたのだ。

 「そうね…コインで決める?」

 「いいや」

 志柚はルウに向き直って

 「多数決って訳じゃないが。お前は、どう考える?」

 「ちょっと待って志柚、その子は」

 言いかけた阿依を、志柚は視線で制した。『コインよりはマシだ』と。

 「……チームプレーは、専門外だ。通用するかは運次第だが」

 ルウは口を開き、策を二人に話した。その策を聞いて、志柚は正気を疑うような顔をし、阿依は口元に手を当て熟慮に入る。

 「決定権はあんたらにある。乗るか、降りる…か?」

 更に少しの時間の後、志柚が扉を蹴飛ばす音が、暗闇の廊下に響いた。

 

 暗闇の中の僅かな光を、ナイトヴィジョンスコープが捉え、狙い撃つに十分に足る景色を映す。

 スコープを覗いているのは亡霊中隊・D分隊の狙撃手、カルラだった。

 駅ビルの一室の崩れかけた壁に固定用のマットを置き、その上にスナイパーライフルの銃身を乗せて固定し、いつでも精密射撃を行えるようスタンバイしている。

 「ショッピングモールの東側、大通りに面した通用口に動きだ」

 隣で双眼鏡を覗いている観測手が指示を出す。カルラとはチームを組んで長い相棒だ。

 指示のポイントへスコープを、スナイパーライフルを向けると、扉を蹴破り、一人の人間が出てきた。

 「ターゲットの一人だな」

 「ああ。ディアス達が追い込んだ場所だ…待て、様子がおかしい」

 観測手が言うとおり、異変はすぐに解った。扉から出た人間は、扉の中へ向かって、手振りを交えて何事か叫び出した。それが済むとそのまま通りを渡って走り始める。

 後を追う者は、居ない。

 「三人組という情報だったが」

 「それは間違いない。恐らく話していた相手が残りの二人だろう」

 「だとすると…」

 仲間割れか?

 この荒れた世界を歩くのに、仲間を必要とする者は決して少なくはない。

 だがしかし、仲間を選ぶのには誰も細心の注意を払う。旅の仲間として気は合うか。健全な人間関係を構築できるのか。信頼できる実力を持つ者であるか。

 全てを見極めた上でチームを組むプロならば、仲間割れを起こすような相手と行動を共にすること事態ありえないのだ。

 「星屑を持ち去ったという、単独の不明勢力が合流していたはずだが、それが抜けたのでは?」

 「いや、背格好があまりに違う。こちらに渡された研究所の映像では子供のようだったが…あれはどう見ても成人だ」

 「では、やはりポリスの先遣部隊の内の一人が」

 カルラは少し黙考し、通信機を取った。

 『こちらD一号。ポリス先遣部隊の片割れと思われる人間が、他二人と離れ、別行動に移った模様。現在ショッピングモールを出て東へ向かっている。こちらの追跡はD分隊が引き受ける』

 一拍、呼吸を置いて、カルラは続けた。

 『状況から見て罠の可能性が高い。A分隊が到着するまで、可能な限り戦闘は避け、距離を保って追跡のみ実行しろ』

 コールと共に通信を切り、再びスコープに写る世界に集中する。

 「まだここからが長いぞカルラ。チョコレートバー、食うか?」

 「いや、遠慮しておこう。ゼリーをくれ」

 志柚の追跡は別の狙撃部隊に見張らせ、栄養を補給したカルラはモールの屋上と周囲へ、再びスコープを戻した。

 

 「今この場で一人を切り離して、別行動とする。ヤツらは――プロだ。プロだからこそ、一分隊を三人で制圧したこちらの戦闘力も理解しているはずだ。ならばこう考える。『ただ何もなく一人を切り離す訳が無い』『恐らくは罠』…爆薬や手榴弾を抱えているとか、そういったリスクを考えれば、単独行動をしていても迂闊に近づくことはしないはずだ。かといってすぐに殺さなくてはいけない程の脅威でもない。できれば捕虜として情報が欲しい。いざとなれば殺せる。だからこそ、その考えがある限り…具体的には援軍と合流して、十分な兵力で一人を制圧できるようになるまでは、単独行動中でも、その一人がすぐに手を出されることは無い」

 「スジは悪くないかしら」

 「それで、誰を切り離す」

 「……」

 「……」

 「……アタシか?」

 「まず俺は論外だ。この三人が、二人と一人の同盟である以上、俺が離れることは同盟の解消と同義だ。あんたらにしてみれば、まだ俺を捕虜としてでも見ているかもしれないが…なら尚更。俺は離れられない」

 「じゃあ、阿依は」

 「志柚、あなた彼と二人で、まともに作戦をこなせるかしら?」

 「無理だ」

 「そういう訳で決まりだ」

 「まあ…それはいいだろう…それで。肝心の作戦は?」

 

 『……報告を了解した。作戦を続行しろ』

 「二手に分かれた、か…」

 「どう思われますか、大尉」

 通信器を置いて思索に入ったアダムに、副官が尋ねる。

 「恐らく罠だろう。迂闊な接敵・戦闘を避けたカルラの判断は間違っていない」

 ルウ達に殲滅されたC分隊の戦闘の後に、逃走中のルウ達を深追いした二名が戦闘で手傷を負い、その際にアサルトライフルを一丁奪われている。慎重になるのも当然だ、とアダムは考える。

 ライフルは中隊の兵士以外には使用出来ない生体認証が掛かっているため、それ自体は大した脅威では無いが、迂闊に手を出せば噛み付かれる。それどころか喉を食い破られかねないと、その戦闘結果が如実に語っている。

 だがしかし、アダムの頭の隅で何かが引っかかっている。

 カルラの判断は間違ってはいない。そう、正しいという保証はどこにもない。

 彼らは、いやアダム自身も、敵の何かを見誤っているのではないか。そんな考えが頭から離れない。

 こと戦争において、アダムがこの様な思いを巡らせるのは、まず滅多に無いことであった。

 逡巡の後、アダムは通信機に手を伸ばしかけたが、その手を引いた。

 「二手に分かれた両方を見失わぬ様、重に警戒して追跡しろと、B・D両分隊に伝えろ」

 「了解です、大尉」

 副官が代わりに通信機を取り、隊に指示を伝える。

 今は、これでいい。余計な不安まで兵に伝えることはない。それがアダムの最終判断だった。

 亡霊中隊主力戦闘部隊・A分隊を乗せた車両の列は、既に繁華街の外周、ショッピングモールの近くまで差し掛かっていた。


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