04
「大尉。…C分隊、カシナ達が」
「わかっている」
移動中の車内で、助手席に座るアダムに、副官が後部座席から話しかける。
アダムはただ頷き、座席横の通信機を取った。
『A一号から全隊へ。二分前にC分隊が南西のチェックポイントRにて敵勢力と交戦――全滅した』
兵士達に表立った動揺は無い。個人携行用通信機器によって、隊員全員の生体情報は全員が共有して把握することが出来る。生存か死亡か。
「敵勢力のいる屋内へ突入」の通信の二分後に全員のバイタルサインが途絶えたことが、既に全ての状況を、余りにもあっけない程に物語っていた
『C分隊の補足した勢力は三人組。恐らくはポリスの先遣隊と『星屑』を持った不明勢力が合流したものであるが、これが現戦域における、唯一の敵勢力である』
『既にB分隊が該当戦域に到着し、敵勢力を追跡中だ。全隊へ命令。屋内での近接戦闘は避け、必ずスリーマンセル単位での戦闘を実行。可能であれば、生かして確保しろ。以上だ』
通信を終えたアダムは深い息をついて、こめかみを押さえた。
「また、仲間を失ったか」
「カシナは…今回の作戦は、『星屑』をなんとしても手に入れなくては、と言っていました」
心情を抑え、副官が漏らすように言った。
「無理も無いことだが…一歩、急いたな」
「我々の目的の為に。我々を拡大するために。星屑は必ず手に入れます」
「当然だ。彼らの分まで進まなくてはならない」
死者の魂を連れて進軍する。故に彼らは亡霊の軍隊。
路地を右折した車は大通りに入り、更に速度を上げた。南へ。ルウ達へ向かって。
聴覚を失ったルウと、その事実を飲みこもうとしていた志柚と阿依。三人の止まった時間を再び動かしたのは、家の外から響いた軍用車両の駆動音だった。
「来たっ!?…一息吐く間もナシか!」
「撤退するわよ志柚!…ちょっと!その子を置いていかないで!」
「なんだ…?どうしたって……!うわっ!」
混乱を解くより早く、家の外に横付けされた車両から新たな敵が現れる。しかし恐ろしいのはその兵士達ではなく、車両後部に備え付けられた車載重機関銃の制圧砲火であった。
外壁を削り、家そのものを喰らい尽くすかのような掃射から逃れ、三人はキッチンを抜けて勝手口から住宅街へ走る。塀を乗り越え、門を蹴り開け、また家の中を通って更に南へ逃げる。
そしてそれを狙い、獣の群の如く殺意に眼を滾らせた黒い兵士達、亡霊中隊・B分隊が追う。
追跡劇は、まだ終わらない。
「肝心な時に使えねえな!このクソガキは!」
ようやく兵士達の追跡を撒き、逃げ込んだ建物の中で志柚が毒づく。
「俺が気づかなきゃ…グレネードだって避けられなかっただろ、文句があるのかよ」
「聞こえてんのか!?」
「読唇だよ」
ルウはまだ頭を押さえて、うつむいている。そのルウの髪が乱暴に掴まれ、頭が強引に上げさせられた。
「さて…これからあなたはどうする訳かしら」
上げさせたのは、阿依だった。流石に驚いたのか、ルウが目を見開く。
「唇は読める?」
「あ…ああ」
「じゃあ答えてちょうだい。今のあなたに何ができるの?」
問いは明確だった。自身の価値を、同盟を張るメリットを、再び示して見せろと阿依は言っている。
それが出来ないならば、ルウはここで殺される。
ルウはほんの数秒目を閉じて、口を開いた。
「耳は、三時間あれば回復する…それまでは、眼と鼻で索敵をする」
「視覚と嗅覚。範囲はどの程度?」
「兵士の臭いは独特だ。風下なら嗅覚で二百メートル先まで感知できる。広範囲を、遠くまで見渡せるこの眼なら、狙撃にも対応できる」
「…ふぅん」
見定めるように言って、阿依はルウから手を離した。
「風はしばらく北からだ。それと…南の駅前は狙撃に向いた通りが多い。使えるんじゃないか」
「肩を持つのね志柚」
「そんなんじゃねえけどよ。対抗手段は必要だと思っただけさ」
阿依はふん、とまた何かを思うように息を漏らし、息を吸い込む。
次の瞬間、素早い動きでハンドガンを抜いてルウの頭に突き付けた。
ルウは咄嗟に反応し、ビクリとルウの右腕が何かを出そうと動き、しまった、という顔をした。
「投げナイフね。いくつ取ってきた?」
「……四つだ」
腿のレッグポーチから小型ナイフを取り出す。あの家で倒した兵士から奪い取り、隠し持っていた物だ。
「抜け目の無い、クソガキだ…」
「いいでしょう。自分の身はそれで守りなさい」
阿依はそれだけ言い、とハンドガンをホルスターに戻した。
同盟は継続する。今、この場で、ルウは生き延びた。