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03

 時間は数十分程下り、ルウ達は装備を隠してあるという家に到着していた。

 大戦以前は大勢の家族が暮らしていたであろう、大型の集合住宅街の一角にあるその家は、見かけは他の家とほとんど変らないものだった。

 戦時下においても、この地域は爆撃を受けずに済んだ為か、建物はそのままの形を保っており、ただ人の姿の絶えたゴーストタウンと化していた。


 「待ちな、そっちじゃねえ」

 小奇麗な玄関に向かって行くルウを志柚が呼び止めた。

 「正面はトラップがある。こっちから入るぞ」

 志柚と阿依に続いてルウは家の脇のガレージへと入る。

 ガレージにはいかにも家庭用という風の赤いボックスカーが停めてある。ルウは中をチラリと覗いたが、当然ながらこの車は動かない。

 過去に、この街で行われた大規模な爆撃と、度重なる市街戦やゲリラ戦と電子戦により、ほぼ全ての電子機器は機能を破壊され、この街で役に立つ機械類はまず無いと言っていい。

 もっともこういった乗用車の場合、そのものが無事であっても、ガソリンや燃料電池を抜かれて稼動不能のことが多いのだが。


 ガレージ奥の勝手口を開けると、家の中のダイニングキッチンへと繋がっていた。

 キッチン中央のテーブルの下を覗くと、確かに装備品が入っているらしい、黒い鞄が置いてある。

 鞄を開けて中身を調べている阿依にルウが訪ねる。

 「ライフルはあるか?それから四五口径のカートリッジを――」

 「黙ってろクソガキ、てめーにくれてやる銃や弾薬は無い。その辺に立って聞き耳でも立ててな」

 志柚の返答を承諾した訳では無かったが、ルウは言葉に従った。聴覚を開放して周囲を警戒する。

 音がこもってしまう屋内で正確な判別は難しいが、まずは先程車両を『感じた』辺りを探る。

 しかし車は無い。少なくともあの独特のエンジン音が聴こえない。

 ――移動したのか?範囲を変えて探るが、やはり周囲に車の気配は感じない。

 ――では乗員は?レベルを上げて更に深く探る。車とは違う、何かの音を聴く。

 ――これ…この音は?葉の擦れる音。砂利を踏む音。距離は数十メートルか…十。

 ――位置は、非常に近い――敵だ。

 『カチン』

 この音は知っている。特に警戒せねばならない音だと、強く教えられた、ピンを抜く音だ。

 「グレネード!敵だ!」

 ルウが叫んだ瞬間、三人はそれぞれの銃を抜き、構え、戦闘態勢を取る。

 同時にガラスを割って手榴弾が部屋に転がり込んだ。数は二つと、更にもう一つ。

 かつてこの家で暮らしていたであろう、主婦の夢、高性能システムキッチンを、激しい音と閃光、そして煙幕が包み込んだ。

 

 「突入」

 ルウ達の家からぴたり十メートル離れた別の家の陰から、手榴弾の炸裂を確認すると、兵士達の動きは素早かった。

 分隊長の掛け声と共に、マスクと特殊戦闘服に身を包んだ亡霊中隊・C分隊の八人全員が駆け出した。

 勝手口の扉の蝶番を散弾で撃ち抜いて破壊し、扉を踏み抜いてキッチンへ突入する。

 煙幕の中、床でうずくまっているはずの人間を探す。しかし、銃口を向けた足元に人影は無かった。

 そのまま部屋の中を見回すが、やはり姿は無い。ハンドシグナルを後続に示して、一番手の兵士が慎重に奥へ進む。

 彼に油断は無かった。少なくとも彼自身はそう思っていた。

 ダイニングから一歩出た瞬間、その喉に深々とナイフが刺さった。扉のすぐ脇に潜んでいた志柚が、一番手を音も無く仕留めた。

 志柚の抱えた死体を盾に、後ろから阿依がハンドガンを撃つ。二発の連射で兵士の一人を確実に仕留める。

 「……っ!この野郎っ」

 後続の一人が反応し、扉へアサルトライフルによる射撃を行う。二人はすぐ退き、ライフル弾は仲間の死体を撃ち抜いただけだった。

 二人を狙い、壁越しに向けて更に撃つも、その射撃は壁際に置かれていた冷蔵庫に阻まれた。

 「スタングレネード!」

 一人が叫び、扉の隙間へ閃光手榴弾を放り投げる。数秒置いて、廊下から炸裂音が響く。

 呼吸を合わせて、一人が廊下への扉を蹴飛ばし、二人がそこへ突入。二方向をカバーし合い、クリアリングを行いながら先へ進む。

 一人は右手の階段へ。続く一人は左手のリビングへ。一人、また一人と後へ続き、キッチンの外で待機していた最後の一人も中へと入ってゆく。

 屋外を警戒する目が消えたその時、庭へと伸びたひさしから、小さな影が蛇のように滑り降りた。


 その影、ルウは衣擦れの音も無く一番後ろの兵士の背にまとわりつくように、組み付き、口を塞ぎ、喉にナイフを突き立てた。微かな呻き声を漏らして兵士は絶命する。

 つかの間、力を失った兵士の腕が、テーブルの上のグラスを倒した。転がり落ちたグラスが割れ、前を進んでいた兵士が反応する。

 「後ろだっ!」

 兵士の叫びと同時に、複数の銃声が家の中に響く。

 叫んで振り向いた兵士が、銃口を上げて狙いを付ける一瞬に、ルウは死んだ兵士のポケットから小型の投げナイフを抜き取り、投擲した。

 兵士の指がトリガーを引ききるより先に、小さな刃はその喉に届き、即死させた。

 ナイフを引き抜いて再び構えをとると、姿勢を低くして廊下への扉に近づく。

 静かに扉へにじり寄り、扉を押し開けて様子をうかがう。

 廊下へ出た瞬間、再び銃声が響く。ガンファイアの明かりに照らされた階段から、黒い兵士の死体が倒れて、転げ落ちてくる。

 死体から回収した投げナイフを、いつでも階段に向けて投げられるように構えつつ、壁に沿ってリビングへ近づく。

 リビングの扉に着いた瞬間、開いた扉から銃口が現われた。その持ち主の喉を狙ってナイフを振り上げる。

 扉から飛び出た銃口は、狙いを変えて下方のルウへ。

 二階に居た人間は、一足で階段を飛び降り、廊下の反対に居る二人へ狙いを定める。

 ルウはナイフの狙いを定めつつ、階段へ向けて投げナイフを振りかぶる。

 「止まれ!」

 三人が同時に発声した。

 リビングから出て来たのは阿依。

 階段から降りて来たのは志柚。

 狭間で両者にナイフを向けたルウ。

 一瞬のアイコンタクトの後、階段を降りて志柚がキッチンへ、リビングを出て阿依が玄関へ、ルウは阿依の出てきたリビングへ移動してゆく。それぞれが持ち場を確認してクリアリングする。

 「全部で八人…分隊一つってところか」

 「何か…妙に焦った様子があったわね」

 「………四五口径を…持った奴は…居なかったか……?」

 壁に寄って、頭を押さえて荒く息をしているルウを見て、二人は違和感を覚えた。

 「見たところ全員九ミリね。残念だけれどあなたの分の弾薬は無いわ」

 「反撃でも食らったか?撃たれちゃいないみたいだが」

 「……俺の相手は…持っていなかったが……指揮官クラスが居れば、持っているかも……」

 様子を見に近づいた志柚に、ルウが絶え絶えの声で繰り返す。

 「だから、ねーっつってんだろうが!聞こえねえのか!?」

 志柚がルウの胸倉を掴んで引き寄せる。目の前で叫ぶが、ルウの反応は明らかに異常だった。

 「…なん、だよ…いきなり……」

 「……お前、まさか」

 「本当に聞こえてないの?」

 阿依がはっとする。

 最初のスタングレネードの炸裂時、とっさに廊下に退き、扉を盾にして直撃を避けたとはいえ、感覚を集中していたルウの、聴覚へのダメージは深かった。

 ハンドシグナルとアイコンタクトで意思の疎通を行い、二階に上がって裏からの奇襲と掃討。そこまでは上手くことが運んだが、この後はそうは行かない。

 三人はこの先、亡霊中隊から逃げ切るための武器である、強化聴覚を失った。

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