PROLOGUE
薄暗い廃ビルの階段を、小柄な人影が上って行く。
全身を黒い外套で包み込み、顔もフードで隠れていてよく分からない。
影は、何かに怯えるかのように駆け足で階段を上り切り、開けたフロアに出ると、壁伝いに窓に寄ってそっと外の様子を伺った。
――あの低い太陽は夕焼けか、朝焼けか。既に時間の感覚が無くなっている。
紅い陽光に照らされた町並みはどれも同じ。崩れ落ちそうな建物が数十も、数百も並び、巨大な共同墓地を思わせた。墓碑が並ぶ死の街と。
「地球上の火種が瞬く間に弾けて、数え切れない銃弾と、沢山の兵器と爆弾と、ほんの少しの核が降り注いで、それが終わった時はこの有様…だったわ」
影は、遠い記憶、誰かの言葉を思い出していた。
墓碑の群れの彼方、かすかに墓標以外のものが見えた。白く新しい、巨大な建物群だ。
その空間だけは周囲とは違う、清浄な世界としてはっきりと見えた。そして影はその世界に背を向けて、再び闇へ足を進める。
影の足元が、ぐらりと揺れて壁にもたれかかった。不意に、疲労が頭痛となって押し寄せてきた。脳を直接叩かれるような鈍い痛みが響く。
最後にまともに寝たのはいつだったろうか。少なくともこの二日間、二十分以上寝てはいない。
この場所は安全だが、休むのはやるべきことをやってから。『せんせい』の教えを思い出しながら、影は重い身体を引きずり、階段に向った。