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磨師   作者: 麦巻橙
9/63

九回転目 偽りの夢と

時より聞こえる、あまり好ましくない音に柳沼は落ち着いてはいられなかった…


大変な事態が起こっている。

自分はこうして、待つだけなのだろうか?


行ったところで邪魔になるのは明白だ。

だからといって、なにも出来ずにいるのは、

辛く歯痒い。



(恭一も律子も眠っている…)


ふと、嫌な予感がした。


(眠っている…?)



すぐさま、柳沼は恭一の部屋に向かった。部屋の前に来ると閉めきったドアの向こうから

気配がしない。


「恭一君?」


ドアに触れると力なく開いたのだった。


案の定、中には恭一の存在はなかった。


柳沼は頭に冷や水を浴びせられた様に

なって、立ち尽くしていた…





赤い鎧を纏った巨大な百足は誰の制止も

聞かず暴れていた。


トーナはダッパラティと攻撃を繰り返したが、強靭な身体に傷ひとつすらつかない。


「早く!封印を!」トーナが叫ぶ!


「バカッ!わたりっチが中にいるのよ!」楽珠が叫ぶ!!


楽珠のマネキンが2体、左右から飛びかかるが、無惨にもシュレッダーにかけたかのように、粉々に八百顎朱に粉砕された。



高く持ち上げた身体は博物館の天井では収まることなく、弓なりに曲がった姿で立っている。


博物館の天井までの高さは8メートル、

それ以上だから、ゆうに12メートルはあるように思われた。



八百顎朱が楽珠に攻撃の対象を変えた!


そして、鞭のように身体をしならせて

楽珠に向かって行った!


しかし、八百顎朱の牙が触れる事なく

目の前で止まっている。


八百顎朱がガクガクと小刻みに震えている。


「ヒーロー参上!!八百!risky なマネすんじゃねぇぜ!」


狸赤は太平佐衛門の刀を八百顎朱の首と胴体の関節部分に突き立てていた!


その瞬間!刀が弾け砕けた!


パキャッ!


カキーン…


ホールに響く破片の散らばる音…


八百顎朱の首元にほんの少し傷を追わせただけだった。


「うぉぉぉッ!折れやがった!」


狸赤が無惨に残った柄を投げつけて

その場に立ち尽くした…








(ここは…)


真っ暗な天も地もない空間がただ、広がる中、鏡焔は漂っていた…



(………)



恭一の顔が目の前に現れて消えた…


何かを叫んでいるようだった。


次に律子の顔が現れて消えた…




(私は……いったい…そ、そうだ…八百顎朱の渦柱に飲まれて…)



四肢に力を入れようと全くの無力な感覚だけがあるだけだった。


いや、手足の感覚は最早、遠い昔の記憶のようで、手足、いや、身体全てが溶けて混じり合い、八百顎朱の一部になって

しまっているようだった。



鏡焔の目の前に懐かしい情景が広がる。


母が縁側に座っている。

紫陽花の柄の浴衣。


よく、覚えている。


夏も終わりだ…


もう夕暮れ時。蜩の声が聞こえる…


母の顔は見えない…


「渡、あなた、本当は凄い力を宿しているのよ。でも、あなたがそうしていては…過去の事は忘れなさい。誰もあなたを責めたりしないから…」







「楽珠!封印しろ!」狸赤が叫ぶ!!


楽珠がその言葉に怒りを露にした!

「狸赤!!あんた!!わたりっチはどうなるのよ!やらないわ!!ふざけないで!」



「大丈夫。狸赤には考えがある!最悪、一度封印しても解けばいい。それで、答えがわかる!鏡焔を救う手はこれしかないんだ!」とトーナが叫ぶ!!

彼も何かに気づいたようだ。


「ふっとばされた時、暫く考えたのよ。あの数え唄をよォー。」

そう言って狸赤はニヤリと笑った。


「わたりっチに渡された資料、ちゃんと読んでたんだ。」と楽珠が言う。


「ただ、寝てたわけじゃねぇ!!八百顎朱に刀ぁ突き刺せない次点で確信した事がある!とにかく!!封印だ!」


狸赤は八百顎朱の前に躍り出た!!

「バケモノ!!こっちに来いやッ!!」



八百顎朱が狸赤の方に頭を向けると

一気に攻撃してきた!


狸赤はそれをヒラリと避け、楽珠の用意した封印のサークルの中に入る!


封印は床に特殊な文字や紋様を円形の決められた形に書き、そこへ封じ込めるというもの。


八百顎朱は狸赤に狙いを定めると

もう一撃放った!


ドーンッ!


八百顎朱の牙はサークルの中心に突き刺さる!


床がひび割れ破片が飛び散る!!


「今だ!楽珠!」


狸赤が叫ぶと楽珠は呪文を唱えた!


するとサークルの四方八方から光の線が

中心に集まり重なり結び合う。



八百顎朱がもう一度、首を持ち上げようとするが、光の線がそれを制する!


何度も引き千切れるのではないかと思うほど、光の線が八百顎朱の力で引っ張られた。


「やった!」楽珠が叫ぶ!







「お姉ちゃん!何?あの大きなムカデ!」


「あれが八百顎朱ね…」



恭一と律子は柳沼宅から抜け出し

博物館に来てしまっていた。


扉を少し開け、中の様子を二人で伺っていると突然、律子が後ろから肩をつかまれた!


「うっ!!」力強いその手は冷たく、悪意と恐怖心を一瞬にして感じさせた。


恭一が素早くその存在に気付き

震え、声が出せないでいた。


律子はそのまま持ち上げられ、地面に叩きつけられた!


「ぎゃッ!」


律子はすぐさま立ち上がろうとしたが

身体のダメージが思ったより強く、動く事も声を出す事もできなかった。



そこに立っていたのは、ボロボロの袈裟を着た坊さんだった。


顔の一部が石のように砕け散っていた。


「あ、あう…」恭一はその場から動けなくなっていた。


坊主は恭一の胸ぐらを掴むと、グイグイと締め上げた。


恭一が意識を失いかけたその時!


ドンッ!

鈍い音とともに坊主の手から開放された。坊主はそのまま崩れるように倒れた。


その場にへたり込んで咳を激しくする恭一だったが、眼前にいる人を見て笑顔になった。


「大丈夫か?恭一君、りっちゃん!」


そこに居たのは鞘を抜かない小太刀を構えた柳沼だった。


「叔父さん!!」


柳沼が律子を抱き起こすと同時に坊主も

起き上がりこちらに向いた。


「邪魔するな…もう、時間がない…」


そして、律子に気を取られ無防備な柳沼に坊主が襲いかかる!



恭一が横から体当たりをくらわす!


バランスを崩した坊主は博物館の扉にぶつかり、それによって開いた扉と共に

中へ倒れ込んだ!


狸赤、トーナ、楽珠がこちらをみる!!


瞬間、狸赤が叫ぶ!「やっぱり、ビンゴだ!トーナ!!奴を八百に近づけるな!」


トーナは坊主まで一直線に走る!



柳沼は恭一と律子をぎゅっと抱き寄せた。



「八百顎朱よ!そのまま実を持ち去るな!」


坊主が叫ぶ!


八百顎朱はサークルの中へ半分以上、身体を吸い込まれている。



「そ、宗秋さま!」


八百顎朱が吸い込まれていく力に、抗い始めた!!



楽珠が叫ぶ!「凄い力!!」


「生きていたか宗秋!!貴様のような奴はゆるさん!!」トーナが宗秋の前に立ちはだかり、袖口から大蛇の九堕を出す!!


白い大蛇と黒い大蛇は宗秋の首に食らいつく!



すでに肉体の崩壊が始まっている宗秋には痛みなどないらしく、そのままトーナの九堕を引き剥がしにかかる!!


宗秋が八百顎朱に言った。

「依り代を!」


八百顎朱は最後の力をふりしぼり、口から鏡焔を吐き出した!


鏡焔が落とされた位置はちょうど

狸赤と宗秋の中間あたりだった。


「待ってたぜ!」

狸赤が前傾姿勢で走りだした!


鏡焔は飲み込まれる前と変わらぬ姿で無傷に見えたが、倒れたまま動かない…


宗秋が突然倒れた。

そして、倒れた宗秋の身体は粉々に砕け散った。


しかし、空中を赤い光の玉が浮遊している。これが宗秋の魂だろう。


トーナは九堕を宗秋の魂に放つが、

いとも簡単にそれを交わした。



狸赤は魂を必死に追いかける!


「今、鏡焔の身体に入られたら宗秋に肉体を奪われてしまう!!」狸赤が叫んだ。


狸赤が走るすぐ後ろに、八百顎朱が床の破片をくわえて、投げつけた!


ゴワッ!


破片は砕け散って、狸赤の背中や後頭部にぶつかる!


「うおッ!」足が縺れ倒れる狸赤。



楽珠が封印に込める力を強めた!

「このォ~ッ!わたりっチが開放されたらこっちのもんだーッ!」


八百顎朱は呆気なくサークルの中へ吸い込まれていった…


「そ、宗秋さま~」



宗秋の魂は止まることなく鏡焔に向かう!


トーナが柳沼から小太刀を受けとるとさらに走る!


「それは、御先祖様の刀!もしもの時のために、小太刀はそばに置いていたんだよ!」と柳沼が叫ぶ。



トーナは小太刀の鞘を抜き置いかけるが

どうにも届かない。


トーナの背からダッパラティが飛び出す!そしてトーナから小太刀をひったくると前方に回転し刀を宗秋の魂に降り下ろした!


ザンッ!


「やったか!」

狸赤が起き上がりながら叫ぶ!


確実に仕止めたように見えた。


「いや、浅い!」トーナが叫ぶ!


魂は鏡焔の上にきて静止した!


律子、恭一も身を乗り出して叫ぶ!

「渡さーん!」 「先生!起きてェーッ!」


狸赤も叫ぶ!「鏡焔ァーッ!」


トーナ、楽珠も叫んだ!

「わたりっチ!!」「鏡焔!」


ダッパラティが鏡焔に小太刀を投げつけた!


小太刀は回転して…



鏡焔の顔が上がり、眼鏡が光る!



パシッ!


鏡焔の手に小太刀が輝いていた!


「お待たせしました!その穢れ!磨かせて頂きます!!」


「ヒヤヒヤさせるぜ!」狸赤が溜め息をつきながら笑顔で言う。


楽珠、トーナもホッとした表情をみせる。



宗秋の魂は鏡焔に襲いかかる。

投げつけられたボールのように。


鏡焔は小太刀で宗秋の魂を斬りつける!!


ザシュッ!

閃光と共に、魂が真っ二つになる!



「く、ぐぁ~っ!終わらぬ!!終わらぬぞーッ!」


鏡焔は小太刀を地面に突き刺し

背中から鉄の棒を抜く!


鉄棒の先に羽布をセットすると

動力もないのに回転を始める!!


腰の布袋から煉瓦ほどの白い物を出し、それを回転する羽布に押しあてると

削られた粉が空気中に舞い上がる。

そして羽布の側面が白く染まる。


鏡焔はそれを持ち変えると宗秋の魂に回転する羽布で凪ぎ払うかのようにぶつける!


ギャルギャルギャルギャルッ!


ババババーッ!


音を立てて、羽布は黒い煙を舞い上がらせる!



宗秋の魂は空気に溶け込むように消えて

いった…



光の粉が宗秋の魂が消えたあたりから

パラパラと降り地面に落ちる前に消えてなくなった。




鏡焔はその場にへたり込んでいた。


狸赤も、トーナ、楽珠も同様に長い夜の疲労は隠せなかった。


恭一と律子が鏡焔に走りよる。


「先生ーッ!」「渡さーん!」


鏡焔は二人をギュッ抱き締め

力なく笑った。




楽珠が言う。「なんで数え唄で分かったの?」


狸赤が説明をトーナに促すかのように

人差し指と中指を立てた手をトーナから楽珠の方に流すように移動させ、指をさした。




トーナは軽く溜め息をつき、あの間延びした話し方で説明を始めた。



「あのせこのせ~

あのせこのせと ひとつとせ

ひとのよくはふじよりたかい~


あのせこのせ~

あのせこのせと ふたつとせ

ふしのくすりをくださんせ~


この辺は人々がお話しから~

創作したのかなと思う。あんまり~重要に思えない。


あのせこのせ~

あのせこのせとみっつとせ

みよけるために術かける


【みよける】とは孵化する~とか、

そんな意味。



あのせこのせ~

あのせこのせとよっつとせ

よんだ、よんだと喰らいつく

【よんだ】とは熟したという~ね、意味。


あのせこのせ~

あのせこのせといつつとせ

いつ果てるかなおっさんのいのち


なんで、女なのにおっさんなのか?

方言って笑える~よね。


【おっさん】は坊さんの意味だ~そうだ。

度々、八百顎朱の昔話しには登場するな。

最初は仮の姿だと思っていた。


あのせこのせ~

あのせこのせとむっつとせ

百足にだまされ、そそのかされる


あのせこのせ~

あのせこのせとななつとせ

名のある武士でもはがたたぬ


あれ?太平佐衛門…お話しでは退治したって~


あのせこのせ~

あのせこのせとやっつとせ

八百のお供えいたしましょ


あのせこのせ~

あのせこのせとここのつとせ

九堕の主が恋し、愛し


宗秋の事だね…


あのせこのせ~

あのせこのせととうとせ~

尊い想いは儚き命と消えゆ~



儚い命~?


八百顎朱は不死のはず…


狸赤が刀を八百顎朱に使って~ダメだった。そんなナマクラを柳沼家が代々守るわけが~ない。


だったら~別の目的~


八百だって~

必死にさがして排除しようと

するのは自分のためじゃ~ない。

不死だ、刀なんて眼中にないはず。


苦手なのは、宗秋でしょ。

唯一、自分を苦しめるアイテム…


八百が、鏡焔を飲み込んだとき~

八百は魂を食らい、肉体は食わないはず~。なのに、肉体をも飲み込んだ。


みよけるために術かける…

よんだよんだよんだと…


死泉呪の法だわね~


これ。


いくらかニュアンスが~違うけどね~


食事するだけなら何も坊さんに拘る必要はないし~なにより~襲われてるのは

男ばかり…なら女になって~近づいた方が油断するだろ~


男の依り代ばかり集めるのは~


他ならぬ宗秋のため。




鏡焔の身体ごと封印するのは~なんだ、そら、

狸赤の賭けだったある意味…


困るのは誰か?


くどいよう~だが~


八百は女に生まれ変わりたい。


なら、霊力の高い依り代なんて~要らないよな~。




それから、皆が見た夢、ありゃ宗秋の

術だ~九堕の八戒律の書。

あれに~トラップがある。


何度も言ってるが、言霊だな。

コイツは~使い方は色々。


あえて説明は~しない。


ケツから話すと。つまりは幻覚のように

夢を見せる…


宗秋が優しい言葉を~つけくわえて

八百に八戒律を与えた。


何かつらい事が~ある度に、八百はこれを口にし、唱える~

そのたびに八百は偽りの夢を見せらる。


力でかなわない~宗秋の汚ないやり方だな。」






「俺達が夢を見たのはトーナが八戒律を読みあげた時だ。」と狸赤が言いながら、煙草に火を何度も着けようとするが、ライターのオイルがないらしくまったく火は着かない…



「八百顎朱が八戒律を読みあげた時、嫌がったのは、八百顎朱の記憶と違う夢を何度も見せられ、現実のものと区別出来ず、苦しんでいたんだと思うよ。」

と楽珠がサークルに何かを施しながら、こちらを見ずに言う。



「柳沼さん、博物館のこんな所に封印の結界を作ってすまないな…」


と狸赤は言いながら立ち上がった。


「いえ、博物館は暫く閉鎖いたします。こんな事になってしまいましたし。」

柳沼は少し悲しそうな顔をしていた。


すると、楽珠が誰となく呼んだ。


皆が一斉にそちらを向くとサークルの

真ん中に八百顎朱に身体を奪われた女性が仰向けに倒れていた。


「奇跡ね。彼女、息がある…」

楽珠が少し嬉しそうに驚いたような顔をした。



「奇跡…じゃないかも知れないですよ。八百顎朱の…」


鏡焔が言いかけ、そのまま目を閉じて

フッと軽く溜め息をついた。





突然、博物館の扉が激しい音と共に開く!


ドーンッ!


皆が驚き、身構えると…




「ら、楽珠ちゃ~ん!!助けに来たよ~!」


そこに居たのはBBと呆れ顔の酒天だった。


ついでに鉈彦までいた。



「こんのォッ!バカタレがァッ!」



狸赤はライターを投げつけた!



ライターはBBの額に当たる!


「あ、イテッ!」


不思議そうな顔をするBBをよそに鏡焔は言う。


「さて、行きましょうか?

りっちゃん、恭一君、柳沼さん。」











八百顎朱編 完











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