八回転目 八の約束
時刻は夜中の2時になろうとしていた。
なんだかんだでバタバタと時間は過ぎていった。
律子を柳沼宅に送り、その時に祓い道具をしっかりと持ってきた。
なぜなら、八百顎朱がここへくるからだ。
八百顎朱の足取りは自分に害になる物の排除が見られた。天上院家への接触と柳沼の親戚関係である芦屋家は偶然としても、おそらく最後は太平佐衛門の刀を求めてくるだろうとの結論だった。
楽珠は柳沼の家に結界をはりに行った。
八百顎朱に対抗する刀はやはり第二資料室にあり、柳沼はそれを鏡焔に手渡した。
村長の指示により、五歌仙の人間が来るまで、鏡焔ですら刀は渡さないようにと
言われていたため、柳沼はそれをまもっていた。
村長に指示したのはマーリンだというから、彼の人脈や力は計りしれない。
程なくすると博物館前に車が到着した。
中から、狸赤とトーナが現れた。
トーナは夜だというのに大きなサングラスをかけて、あの出で立ちに黒のソフト帽をかぶって、煙草をくわえていた。
狸赤が助手席から降りて、ドアを開けたままにしていると、中から目にみえるほど白い煙がモウモウと逃げていった。
すぐに二人は博物館の中に入ってきた。
鏡焔も楽珠から聞いていたので、驚きはしなかった。
「よお!鏡焔!」狸赤が片手をあげて近付いてきた。トーナは一度軽く会釈をするとすぐに、興味深げに展示品を見ていた。
「ときに鏡焔。お前さあ、大人しくしてらんないのか?」
と片眉を上げながら狸赤は言う。
「狸赤さん、はじめからこのつもりですよね。私の性格を知ってますし、天上院家、芦屋家、それから柳沼さん…私が橋渡しを自然とするって踏んでましたよね?楽珠さんの手際が良すぎです。」
鏡焔がまた、あの眼鏡をあげる仕草をした。
「偶然だ。俺はそんなに有能じゃない。」狸赤が視線を反らしながら言う。
「しかも♪優しい、狸赤さんは他の五歌仙のメンバーに鉈彦君を護衛させながら、万が一を思って、八百顎朱から引き離したの。」と、言いながら楽珠が現れた。
「うるせぇッ!」
狸赤は煙草に火をつけた。
「色々と狸赤さんの思う通りだったんだけね。
わたりっチの件も、でも、一つの誤算は子供達が一緒だった事。ま、でも上出来よね♪」
と言うと、狸赤のくわえていた煙草を取り上げ、何処からか持ってきた灰皿で揉み消してしまった。
それを舌打ちをして睨みつける。
続いて鏡焔が「でも、五歌仙で唯一の結界法師の称号を持ってる楽珠さんをここに、呼んでいる時点でやはり計算ずく、誤算なんかじゃありませんね。」
「九堕使いの~俺も、連れて来られった~って理由もね。」と、トーナがサングラスを外しながら言った。
「risky だせ…」
狸赤は頭をぐしゃぐしゃと掻いた…
「誤算も誤算!大誤算!狸赤さんの計算通りってんなら、鉈彦君がバイト辞めるハメになったり、なにより!俺が楽珠ちゃんと一緒じゃなあぁぁぁぁい!」
「BB、うるさい。あきらめなって。」
そんな会話をするお留守番三人は
狸赤によって仕組まれた事だと気付いたようだった…
「あ、それ、そこの棚です。」鉈彦
「あ、はい…」BB
外が白々と明けてくる頃、
皆、連日の疲れもあってか、ウトウトとしはじめていた。
狸赤ですら首を項垂れ、目をつぶっている。
時間は5時くらいだろうか…
鏡焔が少しバランスを崩し、ガクンと椅子にから滑り落ちそうになり、目が覚めた。
あたりを見回すと、その音でトーナと
狸赤がこちらを見ていた。
狸赤は真っ赤に充血した目を細めた。
楽珠だけは少しも目覚める様子はない。
トーナの猿、ダッパラティが何かに気付いて、身体をビクンとさせてトーナの後に隠れた。
すぐに、トーナが立ち上がり、それに反応するように狸赤も立ち上がる。
鏡焔もただならぬ、雰囲気を感じた。
狸赤が一言、「来た…」
次の瞬間!
「御客様!御来店んんんんッー!」
と叫ぶと、あの砂の塊を両手から発射した!
狸赤の攻撃が飛んでいった方にはら見知らぬ女性が立っていた。
顔はダラリと垂れた髪で顔はわからないが、スーツ姿で若い女性だとわかる。
そして狸赤の攻撃を鼻先でギリギリまで引き付けてから避けるかのような避け方をした。
まるで、その余裕さを見せ付けるかの様に。
「八百に間違いねぇ!俺の攻撃を避けるなんて常人じゃ無理だ。」
狸赤は次の攻撃の準備も整っていた。
騒ぎに気付いて、楽珠が目覚めた。
「な、なに?あれ、八百顎朱?
って坊さん?あれ?」
そう言うと、戦闘の仕度に取りかかる。
「いつまでも、同じような姿してるわけねえだろ。奴だって学習するわな。しかし、どおりで見付からねえわけだ!」
二発目の攻撃が飛ぶ!
これも不発に終わる。素早い身のこなしで攻撃を簡単にかわしてしまう。
女、いや八百顎朱は前傾姿勢になり
こちらに滑るように移動し、向かって来る!
鏡焔達が身構えるより早く、トーナが
前に出た!すると八戒律の書を取りだし
、声を出して読み始めた。
「1、お前は私の他に何者も崇めてはならない。」
トーナが一つ目の項目を読み始めた瞬間、八百顎朱の動きが止まる…
「2、経を常に心に唱えよ。」
「3、人を敬え。」
三つ目の項目を読むと八百顎朱が叫び出した!
グォォォォォォォォォォッ!
頭を両手でおさえながら苦しんでいる。
トーナは休む事なく読み続けた。
「4、殺してはならない。 」
「5、姦淫してはならない。 」
「6、盗んではならない。 」
「7、人に嘘をついてはならない。」
「8、隣人のものをむさぼってはならない。」
最後の項目を読み終わった時、鏡焔、狸赤、トーナ、楽珠の頭の中に映像が浮かぶ…まるで、夢の中のように…
宗秋の腹部には大きな石が突き刺さっていた。そこから、おびただしく血が流れる…
あたり一面の地面はえぐれ、足場すらままならないほど荒れていた。
八百顎朱が暴れた結果だ…
飛び跳ねた石が宗秋の身体を貫いたのだ。
「お前のせいじゃない…」
映像は溶け込むように消えて、また違う映像が現れた。
宗秋が大きな影にみえる八百顎朱の頭に
手を置いている。
「宗秋さまの手、あたたかい…」
「1、お前は私の他に何者も崇めてはならない。…お前をたぶらかす輩がいるからな…」
「2、経を常に心に唱えよ。
…気持ちが乱れた時ほど心落ち着けよ。」
「3、人を敬え。
…弱く脆いものだからな…」
「4、殺してはならない。
…お前を認めず、傷つける輩がいようと、
私はお前を信じ、共にある。」
「5、姦淫してはならない。
…欲に溺れる者は身を滅ぼす。」
「6、盗んではならない。
…物欲に溺れるな。」
「7、人に嘘をついてはならない。
…常に真実の心と誠の行に努めよ。」
「8、隣人のものをむさぼってはならない。…他人の物を羨むな。今ある事を大切に。」
「これを以て、我が身、天上院宗秋と契約を完了するものとする。」
そして、映像がゆっくりと消えていき
鏡焔達はまた現実に戻る。
「今のは、八百顎朱が見せたのか…」
と狸赤か言う。
目の前にいる八百顎朱は踞っている。
「こんな場所ですが、封印の準備を!」
鏡焔が言うと、楽珠が走り出した。
その次の瞬間!
「まってくれ!ちょっと~待ってくれ!」トーナが叫ぶ。
皆がトーナの方を見た。
そのまま、トーナは続けて話した。
「八百顎朱、俺の九堕として再契約する!」
皆が驚き、言葉を探していると
狸赤が口を開いた。
「お前、今、なんつった?」
あきらかに怒りの表情である。
「八百顎朱…苦しんでる…後悔してる…だから。」
狸赤の拳がトーナの顔面を叩いた!!
一瞬、衝撃で身体がぐらついたが、その場に耐えるトーナの姿は狸赤に逆らう意思の現れにも見えた。
「人々を苦しめたり、悪事をした分、いや、それ以上、これからずっと人々を救い、善行につくし罪を償えばいい。そうすれば八百顎朱は救われる…」
トーナのその言葉に狸赤が激怒した。
「後悔してる?傷ついてる?
ああッ?ふざけるな!
その穢れたバケモンを許すは選択肢ない!やり直したい?ふざけるな!
犠牲者はやり直せるのか?
被害にあった家族や人々は救われるのか?罪を償うってのは簡単じゃない!
やり直しや、更正なんて加害者側の都合のいい言い訳に過ぎない!!
人間も堕魂も同じで一度血に染まったら拭えないんだよ。
どんなに反省しても元にはもどらない
失った人の悲しみは消えない!!
人の心は薄い半紙と同じで垂らした墨は消えない!
その黒い染みを落とそうとしたら容易に
破れてしまう。
この世の中に反省したと言ってムショから出てきて、被害者に死ぬまで尽くした奴はいるか!いねえ!汚い汚物はダイアにはなれねえんだよ!!
悪は悪!!完全に滅っさなきゃいけねえ!
わからねえなら、てめェごとぶちのめす!
そんな考えで五歌仙が務まると思うな
トォォォォォォッナァァーッ!」
狸赤は叫ぶと同時にあの砂の塊をトーナに浴びせる!!
ぐあッ!
これにはさすがのトーナも体勢を崩した…
「やめてッ!狸赤!」楽珠がトーナに駆け寄り、身体を支えた。
「今度ばかりは狸赤さんの言う通りです。私もトーナさんには賛成できません。」鏡焔は眼鏡の鼻のあたりを押さえ
上にあげる、例の仕草をした。
トーナは黙ったまま、その場に座り込んでいた。
楽珠と狸赤は封印の準備を急いだ。
八戒律の書で動きが鈍くなっていた八百顎朱が立ち上がった!
鏡焔が羽布を構えた!
狸赤が叫ぶ!「鏡焔ァ!!太平佐衛門の刀だ!」
鏡焔はその言葉を無視した。
人間の身体でいる、八百顎朱への攻撃に躊躇いを感じているからだった。
「魂は戻せなくても、出来れば無傷で身体から追い出せれば…」
八百顎朱は鏡焔に一直線に向かっていった!
攻撃の射程範囲に入る瞬間!羽布を降り下ろす!!
ブバァーッ!
羽布は八百顎朱の肩をかすめただけだった。
八百顎朱は左回りに鏡焔の死角に回り込む!!
鏡焔も左の攻撃に備えるも、一呼吸遅れで八百顎朱の攻撃を脇腹に受けてしまった!!
「うぐッ!」鏡焔の顔が苦痛に歪む…
口からは血を吐き出した!!
「鏡焔ァー!」「わたりっチ!!」
狸赤と楽珠がほぼ、同時に叫ぶ!!
鏡焔は今にも飛び込んで来そうな二人を
制した。「大丈夫!続けて下さい…」
鏡焔がまた羽布を構える。
八百顎朱は一瞬にして鏡焔の懐に入ると
もう一撃、腹部に攻撃をした!
ズドン…
鈍い音と共に鏡焔は両膝から崩れ落ちた…
「ぐッ……」
しかし、先ほどの鋭い一撃ではなく
衝撃のわりにダメージは少ないようだった。
八百顎朱を見ると、その背中にトーナが
いた!両手の袖口から白と黒の大蛇を二匹飛び出させ、八百顎朱の首と腕に巻き付いていた!
完全に締め上げられ、さすがの八百顎朱も苦しそうに声を出している。
「トーナさん…」鏡焔が呟く。
狸赤が叫んだ!
「トーナ!そいつを離せ!!」
トーナがその言葉に反応し、八百顎朱から九堕をはなし、袖口に戻した。
そして、反射的か経験からか、横に飛び退き、八百顎朱から距離を取った。
鏡焔は次の攻撃にただならぬ不安を感じていた。
狸赤が鏡焔の方へ走りながら叫ぶ。
「離れろ!鏡焔ァ!!太平佐衛門の刀をこっちによこせ!!」
次に楽珠も叫ぶ。
「封印の準備はできた!あとは弱らせて…な、なに…」
八百顎朱は膝をついたまま、首だけ上を
むいて大きく口を開けている。
「ゴ、ゴァ…ッ」呻き声とも鳴き声ともつかない声を断続的に出していた。
鏡焔は危険を感じ刀を抜いた!
狸赤なら躊躇わず、切ったであろうが鏡焔はそうは出来なかった。
鏡焔の懐に狸赤が飛び込み、刀を奪い突き飛ばした!
「もたもたするなッ!鏡焔ァ!!」
鏡焔はバランスを崩し、尻餅をついたが、すぐさま立ち上がった。
狸赤はそのまま刀を持ち直し、八百顎朱に斬りかかる!!
刀が身体に触れるか触れないかの紙一重のところにきた時、八百顎朱の身体中から無数の閃光がたつ!!
狸赤はそのまま後ろ向きに飛ばされ、壁に背中から激突した!
「グッ!」ドスンと鈍い音と一瞬の声をあげ、そのまま狸赤は動かなくなった。
狸赤の心配をする間もなく、八百顎朱の身体は巨大な赤い柱の様になり、柱は渦をまく!
「まずい!このままでは!」
鏡焔が羽布で赤い柱となった八百顎朱に
一撃!しかし、羽布の回転に赤い煙のような物が絡みつき、回転を邪魔し空回りする。
まるで、泥沼にはまった車のタイヤのように…
ギュラギュラギュラギュラギュキュキュキュキュッッ!!
そして鏡焔は渦の中にそのまま飲み込まれてしまった…
「わたりっチ!!」「鏡焔ーッ!」
トーナと楽珠が走り寄る!!
やがて、柱の回転は止まり
赤い巨大な百足が姿を現した。
鏡焔の姿は何処にもなかった…