六回転目 饅頭と瓜と姫
あのせこのせ~
あのせこのせと ひとつとせ
ひとのよくはふじよりたかい~
あのせこのせ~
あのせこのせと ふたつとせ
ふしのくすりをくださんせ~
あのせこのせ~
あのせこのせとみっつとせ
みよけるために術かける
あのせこのせ~
あのせこのせとよっつとせ
よんだ、よんだと喰らいつく
あのせこのせ~
あのせこのせといつつとせ
いつ果てるかなおっさんのいのち
あのせこのせ~
あのせこのせとむっつとせ
百足にだまされ、そそのかされる
あのせこのせ~
あのせこのせとななつとせ
名のある武士でもはがたたぬ
あのせこのせ~
あのせこのせとやっつとせ
八百のお供えいたしましょ
「と、まあ~こんな感じかな?」
柳沼は夕飯の後、あの数え唄を
教えてくれた。
鏡焔はここへは何度も来ていたが
こんな唄を聞いたのは始めてだった。
いや、八百顎朱の事がない限り
誰かが歌っていても気にも止めなかっただろう。
恭一は旅の疲れか先に寝てしまい。
律子は別室でテレビを見ている。
「でも、この唄、気になる点が二つ…
9番と10番がない。普通数え唄は10までありますよね。それから、方言が滅茶苦茶ですよね?」
鏡焔はテーブルのお茶を一口飲んで
はっと息をついた。
柳沼は立ち上がると戸棚から
かりんとうの袋を出し、それを菓子皿に
開けた。
「どうぞ?」
「ああ、どうも。」
ひとつ、かりんとうをボリボリと食べ
終えると柳沼は話し始めた。
「そう、それなのよ。私もね、初めて聞いた時はあれっ?ってね。
あのせ、このせは福島の方言で、みよけるは新潟、その他もなんか違和感あるでしょ?まあ、私なりの考えだけど…」
そう言い終える前にまた、かりんとうを
またひとつ口に入れると、モゴモゴと
口を動かしながら話した。
「長い年月で変わっていったんだろうね。たとえば最初は福島で唄われて、福島の人が新潟の人に伝えて、新潟の人の中で歌いやすく変わりながら人から人へ…」
鏡焔が言葉を遮るかの様に
「まってください。じゃあ、いくつも
この唄が存在する可能性もありますよね。それによっては歌詞自体が違ったりする場合もあり得ますよね。」
「はは…鏡さんらしいな~私が知ってるのは残念ながらそれだけ。もしかしたら、博物館にその手の本があるかもしれない。どうせ、明日と言っても聞かないだろうから、ほれっ♪」
そう言って柳沼は博物館の鍵を鏡焔に渡した。
そこへ律子がタイミング良くか?悪くか?
入ってきた。「あれ?先生、こんな時間に博物館に行くの?」
子供の様にはしゃぐ律子に鏡焔は
「止めても無駄?なんでしょ。」
困ったような顔をする鏡焔をよそに
「あったり~!なんか夜の博物館!
ドキドキじゃない?」
柳沼が言う。
「どうでもいいけど、あんまり遅くならないで。それから、第2資料室には入らないでくれ。それだけ頼むよ。」
「第2資料室って何があるんだろ~?」
律子は好奇心を抑えられない様子…
すかさず、柳沼は「こらっ!りっちゃん!!ダメだと言ってるそばから!」
そして、二人は博物館に向かった。
周りが木々の生い茂る場所にあるため
考え方ひとつで不気味に見える。
まあ、この人は凄くはしゃいでいますが…
「うわ~!先生ー!なんか不気味じゃない~!?」
「りっちゃん、静かに。柳沼さんに怒られますよ…」
garbage collector academy
(ガーベージコレクターアカデミー)
マーリン・サルバドル会長がここにいた。
彼の輝かしい功績やその力や才能は
また、別の機会に紹介するとしよう。
まあ、話しを進めるにあたり
軽く特徴を話すと
年齢は56歳、身長は185㎝ほどあり
筋肉質。髪は茶色のウェーブある癖毛で肩のあたりまである。
ヒスパニック系アメリカ人で性格は厳しく、曲がった事が嫌いな厳格な面と陽気でいい加減さがある面が混雑した性格を
していた。
彼の大きな顔の特長はその瞳がオッドアイな事だった。片方の瞳は茶色く、もう一方の瞳は金色をしている。
これは魔神を閉じ込めている事によるものだと本人は語る。
詳しい事はこれもいつか話すとしよう。
「久しぶりだな天上院静。」
マーリンは低く、重厚さのある声で威圧的に話す。天上院に好意的でない事は
明らかだ。
「ふんッ!私は会いたくなかったけどね!オッドアイ!」
天上院が悪態をつきながら焦りの色を隠せない。
一部の人間はマーリンをオッドアイと
呼ぶ。これは親しい間柄か、敵対して憎むべき相手かが、限定して呼ぶ呼び名である。
「これ以上は好きにさせるわけには
いかないんでな。まあ、最後に八百顎朱を封じる策を調べ歩いていたのは情状酌量の余地はあるのかもな。」
マーリンはそう言って溜め息をついた。
「よく言うよ!この脳無しが!今の今まで八百顎朱が人を食い歩いていたのに
ここの連中は気付く事すらなかったクセに!私があの化け物の力を手に入れてたら、あんたなんか…」
天上院は、まくし立てて話し続けたが
マーリンの鋭い色違いの眼光に口ごもる…
「責任転嫁か、君の揚げ足に答えるならば、確かに我が協会は八百顎朱の出現に気付かなかった…それは確かに間抜けな話しだ。じつに20年以上、あの、不死身の化け物をほったらかしだ…」
「芦屋家の事がなければ、まだ気付く事はなかったかもな。ヤツもただ、生きるために食べるだけ。派手に殺しまわるって、わけじゃないから、犠牲者も自然死に近いしな。緑英の死すら疑問に思わなかった。」
天上院はうつむいたまま言う。
「私はとんでもない事をしでかしたね…オッドアイ…いやさ、マーリン・サルバドル…何とかしてくれ…」
そして天上院は膝から崩れるように
倒れた…
すぐに側にいたトーナが支え起こす。
マーリンは目を閉じて一言だけ
「連れていけ…」
トーナも黙ってそれに従う。
部屋の扉の所でトーナが振り返り
「八百顎朱…そんなに~害とも思えないんですけどね~。何十年もほったらかしで、犠牲者も沢山いるわけじゃない。
人間なんて~遥かに多くの動物や
同じ人間を殺しているじゃないですか~?八百顎朱は病気、みたいなもんです。俺はそう思えて~ならないんですよ。」
マーリンは穏やかな表情のまま
「人が死んでいい事なんてないってのは綺麗事だからあえて言わない。正義のためって言うなら、犯罪者や戦争やってる奴等を片付けた方が効果的に死ぬ人間は救える。だがな、俺達は祓い屋だ。
政治屋さんや警察や戦隊ヒーローをやっても、正しい答えはない。」
「本当の害は人間だ。なんてどっかの
宗教でもあるまいて。トーナ…おまえさん、気を付けないと八百顎朱の好みのタイプだせ?」
マーリンはニヤリと笑った。
トーナは頭をペコリと下げると
そのまま出て行った。
博物館の中は昼と違い、なぜか少し
うすぼけて見えた。
人の気配がなく、空気の動きが感じられないせいか…
律子の期待するようなオドロオドロした
イメージはなく、明かりをつけると
拍子抜けするくらいに狭く、こじんまりしていた。
入り口の真正面に1409年(応永16年)位の農業風景と書かれたプレートのついた一畳ほどの小さなジオラマが置かれていて、その後に2体の農業スタイルのマネキンが鍬や鎌を持って、
何やら自衛隊のポスターのようなポーズをとっている。
「以前来た時はジオラマだけだったのに…」鏡焔は苦笑した。
まあ、館内はここいら一帯の昔の人々の暮らしなどを展示していた。
古くは出土した土器から、最近の物は
昭和30年あたりまで、所狭しと展示されている。
ふと、律子が「先生ー!つまんない!
昔来た時はもっと、こう…」
鏡焔はフッと笑い含みの溜め息をつくと
「さあ、私は調べ物がありますから
資料室に行ってますので。」
鏡焔は明らかに、律子との別行動の意思を見せた。
「資料室って?第2?もしかして?」
「だから、第2はダメですっ!」
沢山鍵がぶら下がる鍵束の中から
資料室の鍵を見つけ、扉を開けた。
中は資料室とは言っても散らかり
放題でほとんど物置の様になっていた。
うっすらと黴と埃の臭いが鼻に感じられた。
律子はあからさまに、嫌そうな口ぶりで
「うわっ~おじさん、だらしなぁ~い…」というと口を両手で覆った。
「さて、この中から探し物が見つかりますやら…ねえ、りっちゃん、時間かかると思いますし、埃っぽいのでその辺で遊んでいていただけます?」
そう言って資料室の中に入ろうとすると
律子は不機嫌そうに言う。
「遊んでてって…。子供じゃあるまいし…なんか手伝うわよ。」
「では、ちょっと大変ですけど、本や書類の類いはこちらのテーブルに、あとの箱入の荷物はこの端にでも。」
鏡焔はそう言いながら、同じように
行動してみせた。
「ああ、来るんじゃなかったわ…」
暫く、そんな地道な作業が続くと
すっかり部屋内はなんとなく、まとまりがついたように見えた。
「ああ…疲れた~汗と埃まみれだわ…」
そう言って、律子はその場に座り込んだ。
「助かりました。ありがとうございます。」
鏡焔はそう言いながら、目線は重ねられた本に向いていた。
鏡焔は少し、考えるような顔をして
その中から、この辺りの昔話や民話をまとめた本と他、何冊かを手に取ったのだった。
「長者と饅頭」
むかし、むかし
歳をとった村の長者が病気になりました。
もう、そこまでお迎えがきて
いよいよという時
偉いお坊様が現れました。
お坊様は不老長寿の方法を知っていると
長者にいいました。
長者はよろこび、その方法をためす
ことにしました。
長者は言われた通り八個の饅頭を用意しました。そして、その中のひとつを
抱えて10日間過ごすというものでした。
それから神様の現れる場所で待ち
神様が七個食べ終えた後に最後のひとつを渡すというもの。
長者は10日をうまくすごしました。
さて、神様と会える日になりました。
饅頭を持って長い間、長者は待ちました。
しかし、いざ神様が現れると
そのあまりにも、恐ろしい姿に
供えた饅頭の篭に隠れてしまう。
そして長者は饅頭と間違われて
食べられてしまいました。
これに似た話し
「太平佐衛門と瓜」
昔、豪傑無双な武士の太平佐衛門
という男がおったそうな。
どんなに手柄を
たてても一石の城も任されず
やがて、歳ばかりとってしまいました。
太平佐衛門は殿様になる
夢を捨てきれず悩み苦しんでいると
西方から偉い僧があらわれ
僧は太平佐衛門に願いを叶える方法を
教えたそうな。
八個の瓜の実を神様に供え
そのうちのひとつに、自分の顔に似せた絵を描くというもの。
ひとつずつ瓜を神様が食べていきました。
最後に顔のかかれた瓜を神様が食べるとき
神様に「これはお前の頭ではないか?」
と聞かれました。
「そうでございます。」と太平佐衛門が答えると、神様は最後の瓜をバリバリたべました。
「自らの頭を捧げるとは
見上げた心掛けだ。褒美をやる」
と神様は言いましたが、太平佐衛門は
これは神様ではなく、悪い妖し物だと
刀で切りつけ、退治してしまいました。
鏡焔は何種類かの昔話を読んだ。
儀式めいた話しが書かれているものが
多く存在し、この手のパターンだけでも
16個も語られていた…
中で異色なのは八百姫伝という話し
人に育てられた虫の姫がおりました。
あるとき
自分を育ててくれた人間の優しさに、恋をしてしまいます。
姫は思い悩み、人間になりたいと願いました。
すると、神様が現れ八個の約束を守れば
人間になれるといいました。
喜んだ姫は約束を守るべく、
がんばりましたが、自分の恋しい人は
病に倒れ、そしてそのまま死んでしまったのです。
悲しみにくれた姫は八の約束を全て破り、神様を怒らせてしまい、山に閉じ込められてしまいました。
鏡焔が本を貪るように読んでいると
律子が突然叫んだ。
「先生!これ、先生の気にしてた唄じゃない?」
そう言って律子は古く、今にも崩れそうな本を手渡した。
「ありがとう!どれ?」
八百姫の数え唄
あのせこのせ~
あのせこのせと ひとつとせ
ひとのよくはふじよりたかい~
あのせこのせ~
あのせこのせと ふたつとせ
ふしのくすりをくださんせ~
あのせこのせ~
あのせこのせとみっつとせ
みよけるために術かける
あのせこのせ~
あのせこのせとよっつとせ
よんだ、よんだと喰らいつく
あのせこのせ~
あのせこのせといつつとせ
いつ果てるかなおっさんのいのち
あのせこのせ~
あのせこのせとむっつとせ
百足にだまされ、そそのかされる
あのせこのせ~
あのせこのせとななつとせ
名のある武士でもはがたたぬ
あのせこのせ~
あのせこのせとやっつとせ
八百のお供えいたしましょ
あのせこのせ~
あのせこのせとここのつとせ
九堕の主が恋し、愛し
あのせこのせ~
あのせこのせととうとせ~
尊い想いは儚き命と消えゆ~
「なんだか悲しい唄ですね…あ、りっちゃん、ありがとう。」
律子は子供の様な無邪気な笑顔で頷くと
「先生が何してるか、さっぱりだけど
協力するよ!」
「それは有り難い!では早速ですが
この16個の昔話の結末をノートにまとめてください。例えば、【武士、退治した。】とか簡単で構いません。」
そう言って律子にノートを手渡した。
「まかせて!」そう、力強く言う律子の顔を見た鏡焔は優しい笑顔で微笑んだのであった。