三回転目 決戦!
さまよえる魂は
やがて悪霊と化す…
とり残され
堕落し、様々な害を及ぼす
我々はそれらの魂を堕魂と呼ぶ…
先祖代々、受け継がれた職業
祓い屋…
13代目として
天上院鉈彦が生まれた。
父は偉大な祓い屋として
霊力を持っていたが、鉈彦が七歳の誕生日を迎える前にこの世を去った。
母の静が一人で大切に育てたのだ。
しかしながら、鉈彦は才に恵まれなかった…
父と母の力をまったく受け継ぐ事なく。
「鉈彦、ここからは私が話すよ…」
そう言って天上院は諦めたかのように
話し始めたのだった。
「この子はね、私と父、緑英の間に生まれた一人息子なのさ。少しも霊力を発揮しないでね。でもね、緑英と二人で鉈彦には普通に生きてもらってもいいと思ってたのさ。あんたも解ると思うけど
この商売は楽じゃない。
可愛いい子に辛い思いなんてさせたくないのが親心だろ?」
天上院は目頭を片手でギュッと摘まむ様に押さえると、溜め息をひとつつき
また話し始めようとした時、鉈彦が
それを遮り、続いて話し出した。
「全てが嫌になった…
ずっと母の優しさすら、哀れみに
感じ辛く思えた…
自暴自棄になって荒んでいった…
自分の能力や、家系、存在理由すら
考え悩んでいた…」
「ある時、街で不良連中と喧嘩になり、滅茶苦茶にやられ、フラフラと
さ迷い歩いていたんだ。
そんな時だった西方の僧、
八百顎朱と名乗る
人に出会った。何処からともなく現れた八百顎朱は僕に能力を与えてくれると言ったんだ。」
「奴の元で修行に励んだ…
馬鹿みたいに信じて…」
そう言うと鉈彦は声なく
俯き泣き出した…
皆だまって、鉈彦を見つめていた。
鉈彦は涙を袖口で乱暴に拭うと更に続けた。
「僕は堕魂、邪魅にとり憑かれて
いるんだ。放って置いたら何れ死ぬ…
それを抑えるために全霊力をつかい
母はその悪霊を無力化している。
全ての霊力を使って、抑えるだけが
精一杯なほど巨大な呪いをかけられて
しまった。
死からは逃れたものの
母の力は失う事になった。
色々な方法を試した。
払えるなら手段は選ばなかった。
そのうちに母は変わった…
僕が消えれば全て済む事だったのに…」
鏡焔が背中の鉄棒を抜いて何やら
いじくりながら話す。
「で、天上院静さんはこの恭一君一家に堕魂をうつしてしまおうと考えた…
その儀式ですよね?このセット…。」
天上院は深い溜め息をついた。
恭一も、律子も恭一の母も黙っていた。
沈黙が長く感じられた…
鏡焔が布の束を幾重にも重ね、ディスク状にカットされた羽布という道具を
片手の指先で器用にくるくると回転させ
始めた。
やがて回転が少しずつ早くなり
始めるとそれを鉄棒の先にセットした。
「あなた達のやり方はハッキリいって
虫酸が走ります…けれど、事情はわかりました。」
鏡焔は眼鏡をくいっと上に押し上げると
先程とは違う、真剣な眼差しになった。
「八百屋さんとかいう怪しい僧は
何れ見付けなくてはいけませんね。」
ブーンと音をたて、鉄棒の先に羽布をつけたあの道具が回り始めた!
鏡焔は白いレンガのようなものを
腰にある小さな巾着袋から取りだし
それを回転する羽布に擦りつけた。
ガガガ…と音をたて
そのレンガのような物が削り取られる
ように見えた。
更に回転は強くなる。
ブオッーン!!
鏡焔はニヤリと笑うと
羽布のついた棒を横向きに構えた。
「その穢れ!!磨かせて頂きます!」
鏡焔は鉈彦めがけて棒を打ち下ろした!!
鉈彦は悲鳴をあげて身をすくめた。
しかし棒の所在は彼の身体ではなく
頭上にあった。
回転する羽布から粉塵のようなものが
飛び散る!
ジャリジャリッ!と何かを削る様な
音が響いた。
確かに何もない鉈彦の頭上の空間に
鏡焔の羽布は食い込むように
ぶつかり、時に空回り回転をしながら
回り続けていた。
皆が固唾を飲んで見つめていた。
恭一が鏡焔の後ろから独り言の様に
つぶやいた。「渡さん、そこ何かあるの…いや、いるの…」
鏡焔は標的を捕らえたまま応えた。
「居りますよ!目には見えなくとも
ここに!念が強い霊なら何れ見えるかと…」
鉈彦が続いて叫んだ。
「僕に力があれば!!」
その言葉を打ち消す様に鏡焔が言う。
「才能って言ってましたよね?
私もね、鏡焔の25代の当主なんですよ。
でもね、全く霊なんて見えないんですよ…でね、こんな私にピッタリのご先祖様が残してくれたアイテム。魔眼鏡、この眼鏡をかける事ではじめて見えるんですよ。まあ、もっとも、現代風に私がアレンジしましたけどね♪」
さらに深く踏み込みながら鏡焔はつづけた。
「1409年(応永16年)室町時代から
続いている名門の当主が霊力、まったく
無いんですから。」
その言葉に鉈彦は
はじめて笑顔を見せて言う。
「努力ってわけね!」
恭一の母と律子は尻餅をついた
姿勢のまま、鉈彦の方を見つめている。
すかさず、天上院が叫ぶ。
「私の霊力が限界にある!最早、抑える事が出来ぬ!!鏡焔!貴様に後は頼んだぞ!」
長年、鉈彦の堕魂を抑えていた
天上院による封印が尽きようとしていた。
強い風が突然、鉈彦の方から吹き抜け
天井に音をたてぶつかり恭一の母の
すぐ後ろの壁に跳ね返り、床に落ちて
止まった…
皆、落ちたその姿なき者をみつめた。
その場所だけが周りより
幾分か暗く澱んで見えた。
鏡焔の攻撃が効いたのか、それは
その場所から動くような気配はなかった。
鏡焔が叫んだ。「仕上げです!皆さん、部屋から出て下さい!」
鉈彦が真っ先に立ち上がり走ると
それに律子、恭一と続いた!
恭一の母はその場に座ったままだった。
天上院が叫んだ。
「早くするんだよ!」そう言って
恭一の母の手を掴んでその場所を離れた。
攻撃を受けて止まっていた堕魂が
うっすらと姿を現す…
ウゴゴ…ゲ…
そして堕魂は人の形に少しづつ変わる。
「恭一…た、すけ…て」
その声に恭一が立ち止まった。
鏡焔がもう一度、羽布で打ちすえようと
降り下ろしたが恭一の行動にほんの僅か
気を反らされタイミングを逃し
避けられてしまった!
「恭一君!逃げて!!」鏡焔が叫ぶ!
堕魂は一直線に恭一の方向へ
滑るように近づいていった。
「恭一!!律子!」堕魂が叫ぶ!
亡き父の声色で…
「とうさん!!とうさんなの?」
恭一と堕魂が重なりそうになった!
「うわああっー!」その瞬間、律子が恭一を体当たりで、撥ね飛ばす!
律子もバランスが取れずに部屋の棚に激突した!ガラスの扉が音をたてて砕け散った!
「律子!恭一!」恭一の母が
走り寄ろうとするのを天上院が後ろから
羽交い締めにして止めた。
「お待ち!今、行ったら危ない!」
天上院がそう言い終わらないうちに
恭一の母が叫ぶ!
「離して!律子!恭一!」
所在をなくした堕魂は上に舞い上がり
天井にへばりついた。
鏡焔の攻撃を警戒したのだろう。
やがて堕魂は恭一の父の姿を形どる…
「と、とうさん!!やっぱりとうさんだよ!」倒れていた恭一は興奮で痛みも忘れて立ち上がる!
棚に激突した律子が倒れた所に血だまりが
出来ていた。
身体のいたるところをガラスで
傷つきながら目は恭一をしっかりと
見つめていた。
苦痛に顔を歪めながら精一杯、声を
絞り出し、叫んだ!!
「恭一!ソイツはとうさんじゃない!」
「嘘だ!」恭一が首を左右に降り、
姉の言葉を振り払うかのように言った。
さらに律子は続けた。
「とうさんなら、律子とはよばない!騙されないで!」
恭一の顔がハッと気づいたような顔をしたと同時にスルスルと天井を移動した
堕魂は恭一の頭の上まで来ると
そのまま落下した!
「しまった!間に合わない!!」
鏡焔は羽布を構えるも、今一歩
届かない…
その次の瞬間、恭一に憑依しようとした
堕魂をしっかりと捕まえる姿があった。
なんとそれは恭一の祖母だった。
恭一、律子、恭一の母はその姿を見て
三人、ほぼ同時に叫んだ。
「おばあちゃん!!」
全体は薄く透けて、胸から下の体は
そこには存在していなかった。
恭一の祖母は険しい顔をして堕魂を抑えている。
鏡焔は羽布を堕魂にむけて降り下ろす!
ガガガ…ジャリジャリ…
音をたてて堕魂が削れるように崩れていく!!
「浄!」鏡焔がそう叫ぶと堕魂はキラキラと光の中を散る雪の様に粉々になって
床下に落ちる前に消えてなくなった。
祖母の幽体も煙の様にゆらゆらと消えていった。
それから、一ヶ月が経った。
恭一の祖母はやはりあの時、
最期の時を迎えていた。
孫や家族を想う一念が奇蹟を起こしたのだろう。
この道のプロである鏡焔にもこればかりは
予想すらできない。
鏡焔は自分の未熟さゆえの顛末を
深く詫びた。
そして、恭一の祖母は磨羽鏡寺で葬儀し、埋葬された。
せめてもの御詫びとして鏡焔が申し出たのだった。
その後、恭一はまだ学校にはまだ
行かないものの、鏡焔の寺にはちょくちょく
顔を出した。
姉の律子は怪我は見た目よりは浅かった。
今はまたアルバイトに復帰して
以前の生活に戻っていった。
ただ、夜遊びは控え目になり
家にいる時間が多くなった。
彼女なりの家族を思う心境の変化なのかもしれない。
母は、自分の行いを深く反省し
また、忙しい日々をおくっているが
夕飯時間までには帰り、三人で食事を
するように心掛けている。
そして、天上院静はすっかりと霊力を
失った。恭一達は天上院を咎める事もなく、今までの行いを謝罪した彼女を
許したのだった。
天上院は思う所があると言い、暫く旅に
出ると消えていった。
一方の鉈彦は…
「芦屋さん!芦屋さん!」
そう呼ばれて恭一の母が振り返った。
ショッピングモールに買い物に来ていた所だった。
鉈彦は黄色の派手な上着とスカイブルーのズボンに黄緑色のエプロン、そして
頭には紙で出来た小判帽をかぶっていた。
胸には【バーガープリンセス見習い 天上院 】と
書かれたバッジをつけていた。
恭一の母がその出で立ちに少し吹き出した。
彼女の中では建前などではなく
本当に恨みや憎しみなどはなかった。
むしろ今は晴れやかな気分だった。
「ひどいなあ~芦屋さん…笑うなんて!僕はこれから真面目に頑張ろうと思ってるんですから!!」
鉈彦の表情も緩く以前の重く暗い
印象は微塵にも感じられなかった。