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ペガサス競翔  作者: 明日テイア
8/13

翔馬騎手イニス

⑧ 翔馬騎手イニス


 イニスは翔馬騎手になりました。

 けれども、それは望んでなったものではなく、なかば強制されたもの。騎手であった母の血、と言うよりもお母さんの魔法にかけられたような、自分の意志は無視され、おとなたちに人形のようにあつかわれる、そのむなしさ。イニス自身、魂がぬけたようになってしまいました。

 やはり天性のものを持っていたのでしょう。彼女の騎手としての技量はメキメキと上がり、イニスがリベルタの育ての親というのも幸いして、騎手と翔馬との相性もばつぐんでした。けれども、最初にリベルタに乗った時の楽しさは消え、リベルタと同じくイニスも教えられたことを素直にこなすだけの存在になってしまいました。

 それはささやかなお母さんへの抵抗なのかもしれません。

 あれほどお母さんを想像したのに翔馬騎手だったとは思いもしませんでした。

 なんて身勝手なひとなの・・・

 どうしてもイニスは、そう否定的に考えてしまいます。

 苦難を探して出て行ったらしいけど、それに比べて自分の子供を育てるなんて楽だ。だから生まれたばかりのわたしを置いてきた、とでも言うの?

 伯爵もお父さんもイウベニスさんまでお母さんのことを知っているのに、実の子どものわたしだけが何も知らない・・・

 なんだかみんなもお母さんにあやつられてるみたい・・・。

 ああ、さみしい・・・

 リベルタに乗って空の高みに風を受けている時はさみしさもやわらげてもらえる・・・

 だけど、降りたあとは、どうにもさみしい・・・

 こんな時に会いたいと思うのはソムニでした。

 彼女の罰も、もうすぐ終わります。


『皇帝陛下ならびに帝国連邦四国王陛下、女王陛下、そして帝国に住む全ての人びとの繁栄と幸福を祈って、ここに帝国律法を締めくくる』

 帝国律法三十巻の最後の言葉をノートに書き写し、ソムニはイスの背もたれに背中をそらして両手を高く上げました。

「終わった・・・」

 そしてパタンとつくえに両手を落とし、手の間にあるキッチリと文字が書きこまれたノートを見ました。

「はあ・・・」

 図書館の中は夕刻の空気で満たされていて学校が終わった子どもたちが思い思いの本を片手に貸し出しの順番を待っていました。

 もうすぐ閉館の時間です。

「はあ・・・」

 ようやく罰の書き写しが終わったと言うのにソムニのため息は安堵のそれではありませんでした。ずっと文字の再生を続けてはいましたが、彼女の思いはまったく別の疑問で回っていました。その回転が逆に彼女のペンを走らせていたとも言えます。けれども今、それが終わりました。回転の糸が切れて飛び出すようにソムニは立ち上がって本棚に向かうと一直線に一冊の本を手にとりました。

 表紙には古くかすれた文字で『美容理容魔法集』と書かれていました。以前からソムニはその本の存在を確認していて、この時を待っていたのでした。

「アウラム・・・アウラム・・・」

 と、彼女はつぶやきながらページをめくります。

「あった・・・」

 そこに書かれている虫の行列のような文字を少し読んだだけで、すぐにパタリと閉じて本を棚にもどしました。

 恐ろしいものを見た。

 そんな顔です。

 両手を口にあてて下を向き、うつろを見つめています。その手は小きざみにふるえ、開かれた青い目には、しぼまれた戦慄がありました。

 その手の中でソムニは声無き声を出していました。

「『アウラム』は髪を美しくする魔法じゃないわ・・・髪を金色に染める魔法・・・やっぱり、お母さまは・・・」


「ソムニ!」

 赤く色づいて収穫を待つだけのルビオ・ベリー畑の向こうからソムニが歩いてきます。イニスはふたりで会う時に今までそうしていたように『さま』をつけずにソムニを呼びました。

「ソムニ!」

 本好きのイニスが月ひとつの間、図書館に通うのをひかえていたのはソムニの罰のせいもありましたが、同じころに騎手に決まって練習が忙しくなったせいもあります。とうぜん羊の世話などできるはずもなく、年下の女の子に役目を変わってもらっていました。午後学校にも行ってはいません。だから毎日リベルタやイウベニスに会えるのが楽しみでしたが、羊の番をしながら夢あふれる物語を読んだり、ソムニとたわいない話をしたり、学校で新しいことを学んだりするのがなつかしく、それにイニスは飢えていました。

 今日は久しぶりの休日。閉館時間も過ぎたころ、ソムニが図書館から帰ってくるのをイニスは人通りが少なく舗装もされていないこの道で待っていました。ここでならしばらくふたりっきりで話ができるでしょう。

 練習中に起こった驚くこと、イウベニスが話してくれた遠征中のおもしろい体験、リベルタのかわいらしい出来事、たくさん話をしようとイニスはとめどなく考えていました。もちろんソムニの経験したこと感じたこともたくさん聞いてあげます。それが楽しみでイニスは光が照るような笑顔で高く手を上げたのでした。

「ソムニ!」

 三度も呼びましたが返事がありません。

 こっちに気づいていないのかな、と思いましたが、そうではないようです。ちらりとソムニの目を動きました。けれども、いつものように陽気に「イニス!」と答えはしません。こわばったように無表情でした。

「ソムニ!罰が終わったわね。おめでとう!」

 と、目の前まで走ってきてイニスが手をにぎろうとします。けれども、ソムニは一歩さがって、それをよけました。ひややかにソムニはイニスを見おろします。

「ソムニ。どうしたの?」

 やっと会えた親友の意外な態度にイニスはおどろきました。

「イニス」

 表情を変えずにソムニが言いました。

「あなた。何か、かんちがいしているのではなくて?」

「え?」

「立場を考えなさい。イニス」

 ソムニの口調は重いとびらが開く感じがしました。

「あなたは当主である私の父に雇われている身。そしていずれは次期当主の私に雇われるのです。つまり私はあなたの主人。イニス。その立場を考えなさい」

「ソムニ・・・」

 なぜ?と聞く前にソムニがさとすように言いました。その青い目が冬の空のように冷たく感じたのはイニスにとって初めてのことでした。

「『ソムニさま』でしょう?イニス」

 イニスの心に影がおりてくるのを感じました。

 自分が無くなる気分。

 イニスは道のはしにしりぞき、頭を下げ、スカートをつまみ、左足を引いて、腰を落とし、幼いころからやっていて身にしみついたおじぎをしました。

「ソムニさま。長らくのおつとめ、おつかれさまでございます」

「ありがとう。イニス」

 と、そこでソムニは初めてほほえみ、イニスの前を通りました。けれども、その笑みは王族貴族たちがよく見せる儀礼的な、あたたかみのない笑みでした。

「あ、そうそう。イニス・・・」

 つと、その笑みが立ち止まり、振りかえります。

「わたくし今度、魔法本免許をいただきに国都ベルースにまいります。国王陛下御自ら賜るのよ。うれしいわ。この罰のおかげでのびてしまったのですけど、ようやくこれでわたくしも名実ともに魔法貴族マギアビリスの仲間入り。イニス。あなたもよろこんでくれるわね」

「はい。おめでとうございます。ソムニさま」

「ありがとう。イニス。それからわたくし、来る年には帝都に留学いたします。領地経営と植物育成魔法を学びに。早く、お父さまのお役に立ちたいものですからね。それが終了したら月ふたつほどかけて西国、東国を回ってくるつもりよ。いえ、遊びじゃないのよ。あちらではまだラクスのベリー酒を知らない人たちもいるので、まあ、その宣伝ね。でも、今から楽しみだわ。西国の海に沈む夕日の美しさは帝国の大真珠と呼ばれるくらいすばらしいものらしいし、なんと言っても砂漠の国、東国は白金の産出地。帝国内外の商人が集まってとても栄えているらしいわ。だから、イニス」

「はい」

「あなた。お祭りが終わったら騎手も終わりでしょう?そうしたらまたいつもの羊係にもどるのでしょう?わたしがいない間、お仕事がんばって、しっかり留守をお願いね」

「はい。ソムニさま」

「それじゃ、またね」

 イニスはソムニが見えなくなるまで頭を下げておじぎをしていました。

 いつか、この日が来るような気がしていたイニスでしたが、こんなに急だとは思いませんでした。イニスの中で何かの時代が『終わった』と思えました。


「どうしたんだい?イニス嬢や。とても悲しいにおいがするよ」

 サイエンが大きな鎌首をかしげ、木桶に座ったイニスに向けて舌をチロチロと出しました。目の不自由なサイエンでもイニスが落ち込んでいるのがよくわかりました。彼女が翔馬騎手となってから羊を連れてくる係は代わっています。もう彼女が、このベリー酒貯蔵庫に来る理由はないはずです。それなのにいきなり、ひとり、こんな日も暮れたころあいにやってきて何もしゃべらず木桶に座りこんだまま、ろうそくの炎よりも動かないでいます。

「帰らなくていいのかい?ラボロリス坊やが心配するだろう?」

「ずっと貯蔵庫にいてサイエンさまはイヤだって思ったことはないんですか?」

 質問を質問で返す。あのおとなしいイニスがするとは思えない失礼な行いにサイエンは少しおどろきました。それこそ年数十いくつかぶりのおどろき。その瞬きの間にサイエンは考えてもいました。イニスは悩んでいるのだと。

「フウム・・・わたしは・・・そう、ここから出たらたいへんだからね・・・それにちゃんと食事も約束されているし」

「食事が約束されていたら、ずっとこんな中にいられるのですか?ここは暗くて、せまくて、何の楽しいこともない。それにサイエンさま。ほとんどおひとりでしょう?さみしくはないのですか?」

「『さみしい』・・・か。ふふふ・・・ヘビには関係のない感情だね。おおかたのヘビと言うものは卵から出て死ぬまでのほとんどをひとりで暮らすものなのだよ。だからさみしくはない。と・・・言うより『さみしい』と言う意味がよくわからないのだよ。きみたち人間が話しているのを聞いて想像するくらいのことしかできないのだよ」

「そうですか・・・じゃあ、サイエンさまにお話してもしょうがないですね・・・」

 と、まただまりこみました。じっとろうそくを見つめたままです。サイエンは、こんなイニスを見るのは初めてでした。小さくグルッとのどを鳴らすとサイエンは、いつにも増してゆったりとした口調で言いました。

「イニス嬢や。翔馬騎手になったのだろう?」

 イニスがうなづきます。

「でも・・・今度のレースだけです。どうせ、わたしはイウベニスさんのかわりですから・・・これが終わったら、もとの羊係にもどるんです。だからまた、こちらにも来るようになります・・・」

「フム・・・いずれにせよ。今度のレースは楽しみだね。直接、観戦はできないが、わたしは通風口からの風の知らせを舌に感じつつ応援させてもらうとするよ。ところでイニス嬢や。翔馬たちが、なぜレースに出るのか、その理由を知っているかい?」

「え?」

 考えてもみませんでした。

「『理由』って・・・」

 翔馬はレースをするものだ、と思っていました。『理由』と言われてもこまります。でも言われてみてあらためて、どうしてだろう?と思いました。人間のように勝っても得することなんてないのに。どうして人間にされるまま従順に翔馬は一所懸命に翔んでレースをするのだろう?

「イニス嬢や。以前に話した、あの翔馬のことをおぼえているかい。そう、伝説の天馬の話だよ。もう一頭の方の」

「はい・・・えと名前は・・・」

 以前、イニスはサイエンから天馬の名前を聞いたような気がしました。けれども、のどまで出かかっているのに思い出せません。

「ああ、名前はいいのだよ。あの名前は呪われているからね。ただ『天馬』だけでいい」

「え?呪い?そうなんですか?」

 その呪いに自分もかかっているとはイニスは知りません。

「そう、どんな人間でも逃れられない強力な呪いだよ。わたしはヘビだから呪いは利かないがね。人間や翔馬はテキメンに利く」

「どんな呪いですか?」

「自分の存在を隠す呪いだよ。この星に天馬が降り立った時、天馬自身が自分の名前にかけたのだよ」

「この星・・・」

 そんな言い方はイニスは初めて聞きました。『星』と言うのは夜空に輝く無数の光点のこと。自分がいる、この地も『星』だなんて。

「じゃあ、その天馬はどこから来たんですか?」

「『青き星』からだよ。ほら、日の出や日の入りの時、太陽のそばで一等大きく輝く青い星を知っているだろう?あの星だよ」

「『青き星』から・・・」

 日の入り時に太陽を追うように『宵の青明星』、日の出の時は逆に太陽を先導して『明けの青明星』、そう呼ばれる『青き星』。広い天空で蒼青石のように明るく輝き一際めだつその星は、そのふたつの時でしか見られません。あとからイニスは知るのですが、それは、この星よりも『青き星』が太陽の周りを内回りに回っているからでした。

 天空の星から翔馬が降りてくる、なんて突拍子もないできごとでしょう。イニスには想像もできません。ただ、だから『天馬』と言うのだろうか、と思っただけでした。でもそんなことより、もっとサイエンさまの話を聞きたい、とイニスは思いました。

 大きく目を見開き、口をキュッとむすんで、サイエンの言葉を一言でも聞き逃さないようにとイニスが身を乗り出します。ひざの上の両手は無意識に強く握られていました。そのイニスの姿は目の悪いサイエンでも気を良くさせたらしく、彼は満足そうに目を細めました。この老齢の大ヘビは人間を呑むことよりも人間が自分の話に呑まれることの方が好きだったのです。

「『天馬』は白い翔馬なのだよ。混じりっけのないまったくの白。冬のマルティス記念祭に降る雪よりも東国産の高級真綿よりも白い。翔馬は様々な色がある。赤や黄や緑、黒、それに銀色に金色・・・けれども全身が真っ白の翔馬はいない。イニスも見たことはないだろう?」

「そうですね・・・」

 イニスはラクスで行われたレースを思い出していました。色鮮やかな翔馬たちの群れが湖の上を翔んでいきます。

「はい。白い翔馬もいましたけど、たてがみが青色とかで、全身真っ白の翔馬は見たことがありません」

「そう、真っ白の翔馬は『天馬』だけなのだよ」

「サイエンさまは天馬をごらんになられたのですか?」

 それを聞いて一瞬、サイエンは目を開きました。

「はっはっは・・・地を這うだけの卑しいヘビが雄々しく天翔る高貴な天馬を見上げている図と言うのは絵になるがね。わたしは実は天馬を見たことがないのだよ。けれども翔馬たちが言い伝えている天馬の伝説は知っている。いつ、だれに聞いたかは忘れてしまったがね」

 ここでサイエンは大きな頭を持ち上げると本当に大空を翔ぶ『天馬』を見上げているかのように目を細め、もう一度グルとのどを鳴らして語り出しました。

「かつて、この星が『赤き星』と呼ばれ、海も森もなく、一匹の生き物もいない、もちろん人間もいない、赤い不毛の大地が荒涼と広がるだけだった最初のころ、『青き星』から一頭の天馬が翔んできた。それはそれは真っ白の翔馬で、なぜ白いのかというと、天を渡ってくる時、ホウキ星から出る光のシャワーが体に降り注いだ、と言うものと、『青き星』にひとつだけある月の白さが天馬に移った、とかなんとか色々いわれがあるが、ホントのことはわからない。天馬は青き星から渡る時、その背に『ある方』を乗せていた。だれだかわかるかい?イニス嬢や」

 なぜだか、この質問をイニスは昔に聞いたような気がしました。とても不思議な感覚。とうぜん答えも知っています。

「もしかして『神さま』ですか?」

「ホホウ!わたしに肩があれば感激で両肩を上げていただろうね。最近の人間は魔法を使いすぎるあまり、みんな神を忘れてしまった、と思っていたがね。いやはや、うれしいことにイニス嬢やは違っていたね。感心感心」

 ほめられてなんだかうれしい。イニスは、ほほが熱くなるのを感じました。

「『天馬』に乗った『神』は『赤き星』に降り立つと天馬のたてがみを一本引き抜き、大地の低いところに投げた。すると、たてがみから大量の水がほとばしり海となった。それを最初にして神は天馬のたてがみを一本づつ抜いては投げ、抜いては投げして湖や川、森、草原を作った。

 やがて赤い大地は高地の一部をのぞいて水の青さや草木の緑、花の赤や青、麦の穂の黄金に覆いかくされて『赤き星』とは、もう呼べないまでになった。

 神は故郷の『青き星』と同じ、生命の住める星になったことに満足した。そして天を仰ぎ、星々に響くほどの声を出した。

『全ての翼の者たちよ!「青き星」より旅だった者たちよ!おまえたちを迎える準備が整った!さあ、ここへ降りてくるがいい!』

 するとどうだろう。

 ありとあらゆる翼を持った者たちが天から降りてきた。鳥やコウモリ、昆虫、それに竜、いや彼らだけではない。ライオンやトラ、オオカミ、犬、猫、牛、羊、サル、トカゲ、カメ、魚、そう、それからヘビも降りてきた。忘れてはいけない。人間、人魚もだ。もっと他にも。なにかがおかしい?いや、おかしくはないのだよ。最初のころ、すべての生物の背中には翼があったのだからね」

 ハッと気がつきました。イウベニスの言葉を。サイエンへの羊をつれてイニスと歩いていた道すがら、彼も同じことを言っていました。

『普通の馬も犬も猫も全部の動物に翼があったんや。人間にも』

 あらためてイウベニスの見識にびっくりしました。まったく姿形はちがうのにイニスはサイエンとイウベニスが重なって見えてきました。

「翼を持った者たちは星のあらゆるところに降りて住み始めた。そしてほとんどの者が翼を失った。鳥やコウモリのように一度、翼を失って前足が翼になった者もいるがね。

 それから神は自分の仕事を終えて休まれた。今もどこかで眠っていらっしゃるのだろう。

 では天馬はどうしただろう?

 天馬は翔馬、海に住む海馬、陸の馬の先祖になった。

 その中で翔馬たちだけが翼とともに天馬の意志を受けついた。

 年が幾百、千と過ぎ、翔馬たちは、この星のすみずみにまで殖えた。翔馬たちは最初の翔馬『天馬』を『聖なる翔馬』と呼んで崇めた。まあ、本来の名前自体は呪われているのだからしょうがないがね。そしてあるひとつの事を信じた。それは、いつか『聖なる翔馬』が翔馬の中から『最後の導き者』を選び出し、その『最後の導き者』が、この星の翔馬たち全員を率いて、あの『青き星』に帰るというものなのだよ」

「『青き星』に帰る・・・」

 あっけにとられているイニスはサイエンの言葉をオウム返しにつぶやくだけです。

「全員を率いると言うことは『最後の導き者』は全ての翔馬の中で一番速い者でなくてはならない。だから翔馬たちはレースをするのだよ。そして常に一番になろうとする。翔馬がレースをしたがるのを知った人間たちは便乗して騎乗しているだけなんだよ。便乗して騎乗・・・ふふふ・・・」

 サイエンが目を細めて自分のジョークに笑います。けれどもイニスは興奮して質問しました。

「え?じゃあ!人間が翔馬をむりやりレースに出させているんじゃないんですか?」

「その逆だよ。翔馬が人間に自分たちの世話をさせて、レースの管理もさせている。そのかわりに背中に乗せてやっているのだよ。翔馬としても『聖なる翔馬』が『神』を乗せて『赤き星』に来たように、彼らも『神』の代わりの人間を乗せてレースをしないと『最後の導き者』を選ぶ意味が無いからね」

 ほんとうにおどろくことばかりです。ただサイエンはウソを言ってイニスを惑わそうとしているのかもしれません。しかし、あんのじょうイニスは知ることの快感に自分の悩みを忘れかけていました。好奇心の強いイニスの心をサイエンはわかっていたのです。

「しかも、翔馬たちは人間をどんなふうに呼んでいるかわかるかい?」

「わかりません」

「『二本足』だよ」

「え?足が二本だから?」

「そうだよ。では、さしずめヘビは『零本足』かな?はっはっは・・・ああ、誤解せんように。彼らは蔑んで人間をそう呼んでいるのではないのだよ。ただ身体の特徴で呼び分けているにすぎないのだよ。その中でも例えば『騎手』は『負い足』と彼らは呼んでいる。おそらく『自分たちが背負っている二本足』と言う意味なんだろうな。どうだい?おもしろいだろう?」

「はい!とてもおもしろいです!」

 そのまっすぐな目を見てサイエンは安心しました。あの『青き星』のように瞳がキラキラと輝いていて目の悪いヘビにもそれがわかったからでした。

「ぜんぜん知らなかった・・・」

 と、イニスはおなかいっぱいごちそうを食べて満足しているかのように吐息をもらしました。

「イニスだけじゃないよ。他の人間たちも、そのことを知らないのだよ。彼らの話し声は人間には聞こえない音だからね。ほとんどの人間は翔馬の言葉がわからないのだよ。いつも彼らは翔びながら、とても難しい話をしている。話と言うより討論だね。『最後の導き者』についての熱い討論だ。

『最後の導き者は聖なる翔馬の転生身だ』

 と誰かが言えば

『いやいや、わが派は認めてはいない』

 と言い返し、

『聖なる翔馬の白い姿を見た者が最後の導き者になる』

 と言い出せば、

『だれか見た者はいるのか?』

 と質問、

『それはいつだ?』

『ずっと出ていらっしゃらない!永遠に無理だ!』

『泣き言を言うな!きっと聖なる翔馬は我々の前に現れる!』

 と、いやはや、わたしたちヘビのように争いがきらいな者には『お手上げ』な話題だよ。はははは・・・

 おそらく討論は夜の厩舎でもしているのだろうな。あそこでなら人間たちにジャマされずに論じあえるだろうから。そう言えば彼らは自分たちのことをお互いに『同志』と呼んでいたな。ともに競い合い『最後の導き者』になろうという同じ志を持つ、と言うことなんだろうなあ・・・」

 あんなに静かな夜の厩舎・・・ひとつひとつの馬房の中で翔馬たちは息をひそめて休んでいるとイニスは思っていました。けれども実は、その暗闇の中で翔馬たちが熱い討論を飛ばしていようとは・・・おとなしい印象の翔馬の意外な一面をイニスは見たような気がしました。

「翔馬の言葉・・・わかるようになりたいな・・・そうしたらリベルタとお話ができるんですもの」

「フウム・・・もしかすると・・・イニス嬢やもわかるようになるかもしれないよ」

「え?なぜですか?」

「だってアクテ嬢やは翔馬の言葉を話していたのだから」

「わたしのお母さんが翔馬の言葉を?」

「アクテ嬢やが騎乗している翔馬と話しながら、この上を翔んでいたことがあるのだよ。どの翔馬か忘れてしまったが、空気穴から聞こえた会話は何やらアクテ嬢やを敬っている話しぶりだったなあ。翔馬たちの中には、『聖なる翔馬』は今世では翔馬の言葉が解る二本足に生まれ変わっている、という者もいたから、アクテ嬢やをそうだと思っているのかもしれんなあ」

「聖なる翔馬の生まれ変わり・・・」

 それはまったく信じられない途方もない言葉でした。

「ここへも何度かアクテ嬢やが来た事がある。そうそうやって、そこに腰かけて、わたしの話を聞きたいとやってきたのものだよ」

「え?」

「当然、イニス嬢やを生む前だよ。今のイニスと同じ年頃だったかな・・・いや、もっと上・・・いや、下だったか・・・ふふふ、やっぱり人間の年齢はピンとは来ないものだね」

 自分と同じように木桶に座った少女をイニスは思ってみました。けれども姿はどうしてもぼんやりとしています。

「アクテ嬢やの質問は、いつも同じだった。とても古い呪いのことだ。それもあの天馬の名前にかけられた呪いぐらい古く強い。西海に住む人魚の呪いについても聞かれた。けれどもいくら歳を重ねても自分に関係のない人間や翔馬、人魚の呪いのことなどわかりもしない。例えば、木の枝に翼の羽根を引っかけたり、足にできたマメが傷んだり、サメにヒレを食いちぎれたりした苦しみが翼や足やヒレを持たないヘビに理解できないようにね」

 それからサイエンは目を細めて笑って言いました。

「ふふふ・・・翼も足もヒレも無いからヘビが一番『のろい』のにね・・・」

 『呪い』

 なぜだか、いつもどこかで、この言葉がつきまといます。

 『アクテ』と『呪い』

 まるで、この二つの言葉が共通語のようにもイニスには聞こえるのでした。


 暗い緑の光の中で伯爵夫人が編みものをしていました。手なれた感じで二本の編み棒がリズミカルなダンスを踊っています。

 暗闇になれた伯爵夫人でも本当は、このセーターが何色なのかよくわかりません。ベッドもカーテンも、そばに置かれた本や人形や水差しやグラスも、鏡にうつった自分まで、なにもかもが緑色でできている世界。それが伯爵夫人のすべてでした。

 彼女は時どき、色あざやかな夢を見ます。

 それは赤や黄やピンクのいろいろな花が咲いた草原を、少女のころの自分が遊んでいる夢でした。空は青く、遠くに見える国都ベルースは黒壁の都市。茶色の羊が群れ、各地へ飛ぶ浮游船は、うす赤い光を放って自分の上を通りました。自分が着ている服にも色があります。朱色と水色のチェックのスカート、クリーム色のシフォンブラウス、むらさきの花柄のベルベットボレロ、青の中に黄金色を散りばめたラピスラズリのネックレス、花をつみとる自分の手は透きとおるような白色、跳びはねるたびにフワリと目に入る髪は愛らしいほどに金色です。

 草原にひとりの少年がやってきました。銀髪にコハク色の目、手には分厚い本を持っています。彼に花をプレゼントするためにつんでいたのだと思い出します。少年に渡そうとしますが、突風が吹き、花もバラバラに、本もページがほつれて飛ばされてしまいます。

 そこで「ニベウ」と、呼ぶ声にふりかえります。いつも、そこにいる人びとを見ておどろいて目がさめました。夫、娘、ラクスの人びとが立っていますが、全員が緑色でした。

「ニベウ」

 カーテンがゆれて緑色の顔が現れました。

「マジュ」

 ふたりきりの時、伯爵夫人は夫を『伯爵さま』ではなく『マジュ』と呼びます。伯爵夫人は編み物をひざの上に置き、夫にほほえみました。伯爵は真新しい本を手に笑みをかえしました。

「新しい本を持ってきたよ。きみが欲しがっていた本。東国の地下神殿跡から発見された古魔法学書の研究結果だよ」

「ありがとう。マジュ。楽しみだわ」

 と、伯爵夫人が本を受けとると、伯爵はイスに座りました。

「ソムニのセーターを編んでいるのかい?」

「そうよ。去年、あの子に編んで上げたのは小さくなってしまったから。あ、小さくなったんじゃなくて、ソムニが大きくなったんだけど。ふふふ・・・もう、わたしの背もぬいてしまったのよ。どんどん背が高くなるわね、あの子は。マジュに似たのね」

「あの子の美しさはきみに似たんだよ。いや、顔だちは初めて出会ったころのきみにそっくりだね。時どき、ふとしたことできみと同じ顔をしていたりしてドキリとする時があるよ」

「ふふふ。それってどんな時?」

「ドクシスに叱られて、ふてくされている時さ」

「まあ、ひどい。ふふふふ・・・」

「冗談だよ。はははは・・・」

 と、ふたりは秘密を共有する快感を味わう静かな笑いをかわしました。

「ねえ、マジュ。ソムニの罰は終わったの?」

「うん、今日で終わったよ」

「そう、よかった・・・あの子、落ちこんでない?このところ、あの子、ここに来ても、あまり話をしないで髪をすいてもらっているだけで『書き写しで疲れているの?』って聞いても『うん』って生返事するだけなのよ」

「うん、やっぱり疲れているようだね。ノートを見たけど帝国律法全巻、ちゃんと書き写してあった。ソムニはがんばったよ。でも、いずれ当主となるためには律法は頭に入れておかなくてならないからね。ぼくもソムニと同じころに父に書き写しをさせられた。その時は罰じゃないけどね。だからちょうどよかったんだよ。それにソムニも少しおとなっぽく落ちついたように見えるよ。この月ひとつで彼女は大きく成長したんだよ」

「そう、それならいいけど。今日もまだ来ていないのよ。いつもはおつとめのあるあなたより早く来るのだけど」

「お母さま。お父さま」

 突然の声に、ふたりはカーテンを見ました。今まで話題にしていた、その娘が立っています。ふたりは娘を笑顔でむかえました。

「ああ、ソムニ」

「今日はおそかったのね」

 けれども、普通ではない娘の真剣な表情にふたりの笑顔もあやふやになっていきます。

「おふたりにお話があります」

 と、ソムニはもうひとつのイスに座りました。

「お父さま、お母さま。今日でわたしの罰が終わりました」

「そうね。ごくろうさま」

「よくがんばったね。さっきもその話をしていたんだよ」

「でも、お父さま」

 ソムニが緊張しているのがふたりにもわかりました。くちびるがふるえています。

「お母さまの罰は、いつ終わるのですか?」

 予想もしないソムニの言葉にふたりの表情がこわばりました。

「罰?」

 伯爵の口がにぶくなります。

「なんの話をしているんだい?」

 伯爵夫人は口を閉ざして娘を見つめています。

「お母さまの呪いのことです。お父さま」

「ニベウの呪いが罰だって言うのかい?」

「そうです」

「ニベウの呪いは天然呪いだよ。だれかが罰をあたえるために呪ったものじゃない。自然にかかったものだよ」

「うそです。お父さまが罰をあたえるために呪ったのです」

「ぼくがそんなことをするわけがないじゃないか。ソムニの考え過ぎだよ」

「いいえ。お母さまの呪いは罰です」

「もしそうだとして、それはなんの罰だい?」

「図書館係の少年とお母さまがしていたことの罰です」

 衝撃の言葉。

 伯爵夫人は目をふせました。豊かなみどりの髪が顔をかくします。

 伯爵は逆に毅然とした態度でソムニを見ました。

「それは・・・アンビティオス卿から聞いたのかい?」

「そうです。罰を始めた最初の日に図書館で聞きました」

「そうか・・・じゃあ、ソムニがそう思ってもしかたがないな。彼はなぜ、きみにその話をしたのか訊いたかい?」

「訊きました。男爵さまも自分でもわからない、でも、だれかに聞いてほしかった、と言っていました。わたしに話したのは、なつかしくてよってみた図書館にたまたまわたしがいたからでしょう」

「・・・それはちょっとちがうと思うな。きみが罰を受けるのを彼も見ていたから」

「やはり・・・その男爵さまはパルボだったのですね」

 目をふせたまま伯爵夫人が言いました。それは雨のふりしきる森の奥から聞こえてくるような声でした。

 伯爵がそれに答えます。

「そうだよ。彼は爵位をもらって帰ってきた。立派になっていたよ。今じゃクラルスの領主だ」

「そうですか・・・パルボは立派になって帰ってきたのですね・・・よかった」

「お父さま。その少年を帝立大学に留学させたのもラクスから追い出す罰だったのでしょう?」

「それはちがうよ。彼は優秀だったから、天才だったからだよ。ここにいるより大学に留学した方が学べることが多いし、彼のためにも帝国のためにもなると思ったからだよ」

 そう答える伯爵にソムニはまたも思いもしない言葉を口にしました。

「お母さま。わたし今日からお母さまに髪をすいてもらうのを遠慮させてもらいます」

 伯爵夫人が顔をあげました。

「え?」

「今日からわたしは自分ですきます。いつもお母さまがブラシにかける魔法をかけずに」

 伯爵夫人の目に涙がたまります。

「そうするとどうなるのでしょう?お母さま。もしかしてわたしの髪の色が変わってくるのではないでしょうか?もしかして銀色に変わってくるのではないのでしょうか?そしてお父さまもそれを知っていらっしゃるのではないでしょうか?」

 またも伯爵夫人が顔をふせます。編みかけのセーターにポタポタと涙のしずくが落ちて染みました。

「男爵さまから、そのお話を聞いたわたしはお母さまの魔法を調べました。『アウラム』の魔法は髪を美しくする魔法ではなく、髪を金色にする魔法です。お母さまは金色の髪、お父さまも白いものが混じっていらっしゃるとはいえ、もともとは金髪。では、わたしの髪はアウラムをかけなかったら何色なのでしょうか?お母さま」

「ソムニ、もうよしなさい。ニベウの体にさわる」

 と、伯爵がいさめようと立ち上がるのを伯爵夫人が止めて涙ながらに言いました。

「・・・ソムニの言うとおりです。アウラムをかけないとあなたの髪は銀色になります」

 今度はソムニの目に涙があふれてきました。

「やっぱりそうなのですね・・・男爵さまとお母さまは『秘密』を共有する親しい間柄・・・そしてわたしが生まれたのですね。だから、お父さまはふたりに罰をあたえたのね。当主として、するどく、すばやく、しっかりと・・・」

 泣いてはいましたがソムニの誤解を解こうと伯爵夫人は必死に答えました。

「それはちがいますよ。ソムニ。あなたはまちがいなく伯爵さまのお子です」

「うそ、うそです。わたしはお父さまの子ではないのです。わたしの体にラクスの血は流れていないのです。わたしの半分はクラルス人なのです」

「いいえ、よく聞きなさい。ソムニ。あのころ、パルボとわたしはまだまだ子どもでした。伯爵さまはおいそがしく、嫁いだばかりのわたしはこの土地にも不慣れで話し相手がいませんでした。そんな時に出会ったのがパルボでした。同じ本好きということでわたしたちは話があいました。でも、ふたりで会っていると領内で変なうわさがたちはしまいかと文通をするようになったのです。古い本に手紙をはさんで。今思えば、とても子供じみたお遊びのようでしたけど」

「それは恋文でしょう?それをお父さまが偶然、見つけたのでしょう?」

「ちがいますよ。ただ、どんな本がおもしろかったとか、こんな本があるとか、たわいもないものです。それは伯爵さまもご存じでしたよ」

「え?お父さまも?」

「うん。ぼくも読ませてもらっていたよ」

「だから、パルボとわたしの間には何もなかったのです。あなたの髪が銀色なのは、わたしの曾祖母がクラルス人だったから、それが遺伝したものなのです」

「ええ?では、なぜアウラムで金色にしなければいけないの?」

 今度は伯爵が答えました。

「それはもうすでに領内でうわさになっていたからだよ。パルボとニベウが仲よく話をしているのを見ただれかが、かんぐったんだ。その後で生まれた赤ん坊の髪が銀色だったとしたらどうなる?」

「あ」

 それがどうなるかくらいのことはソムニにもわかりました。

「そうなるともう悪いうわさの収拾ができなくなる。そんな状態だと領民に対して示しがつかないと思わないかい?ソムニ」

「はい、わかります」

「だから、あなたの髪をアウラムで金色にすることにしたのです。ごめんなさいね。ソムニ。今まで話さなかったのは、あなたが傷つくと思ったからなの。でも、いつか話さなければ・・・でも、こんな形で、とは思ってもいなかったわ」

 その母の言葉にまちがいはないように思われました。だからソムニは最後の疑問を父にぶつけました。

「でも、でもお父さま。なぜお母さまにこんなひどい呪いがかかったのですか?なぜ?なぜ?お父さまでなかったら、ほんとうに天然呪いなの?ほんとうに自然にかかったものなの?」

「それは・・・」

 すぐに否定してくれると思っていた伯爵夫人は答えのつまった夫の顔に深いものを見ました。

「ぼくにもわからない・・・わからないんだよ・・・」

「マジュ」

 と、うつむく夫の肩に伯爵夫人はやさしく手をかけました。

 それがスイッチになっていたかのように、伯爵は今まで自分のうちにかくしていた思いの箱が開かれるのを感じました。

「あの時、きみとパルボが仲よくしているのを知って、ぼくは嫉妬した。自分は仕事が忙しくて、きみにろくに会うこともできないのに、帰ってきたら、きみは手紙を見せてうれしそうにパルボの話をする。顔では笑っていたけど嫉妬していたんだよ。妬いていた。ぼくも若かったんだ。だから、彼を追い出すように留学させた。そして・・・そして・・・」

「マジュ」

 その夫を呼ぶ声、その夫をつつむ手はどこまでもやさしくやわらかでした。

「きみを外に出したくない、と願った。呪ったんじゃない。願っただけなんだ。ぼくはそんな魔法は知らない。だけど・・・だけど・・・きみは光に弱くなる、外に出られない呪いにかかってしまった。もしかして強く願うことで、まだ解明されていない魔法が働いたかもしれないんだ。だから、きみの呪いは、ぼくがかけたのかもしれないんだ」

 涙を流してはいませんが彼は泣いていました。ひどく泣いていました。

「すまない・・・ニベウ・・・ゆるしてくれ」

「ちがうわ。マジュ。そんなに自分を苦しめないで」

 伯爵夫人は夫を子どものように抱きよせて、ささやきました。

「わたしはこの呪いに感謝しているのよ。ううん、うそじゃないわ。だって、こんなにあなたもソムニも、それからイニスやドクシスも、みんながよくしてくれるのですもの。いつも、ああ、ありがたいと思っているのですよ」

「パルボの薬で治るかもしれないんだ」

「そう、そうね。彼にも感謝しているわ。たぶん彼は、わたしを治したい一心で研究してくださったんですものね。こんなにみんなに思われているわたしは帝国で一番の幸せ者です。ありがとう、マジュ。ありがとう、ソムニ」

「お母さま!お父さま!」

 父と母はあいまに娘を温かく受けいれました。

 そうして抱きあう三人はいつまでもいつまでも泣いていました。


 けれども・・・・


 そうしながらも伯爵夫人は心の中であやまっていました。それは、この十三ヶ年毎日くりかえしていて心の習慣になってしまっていました。


 ごめんなさいね・・・マジュ・・・ソムニ・・・

 わたしのせいでふたりを苦しめるわね・・・

 どうか・・・どうかゆるしてね・・・

 わたしのウソをゆるしてね・・・

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