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ペガサス競翔  作者: 明日テイア
10/13

収穫祭レース1

 ⑩ 収穫祭レース1


 レース当日。

 その日は晴天で雲ひとつなく、風もふかずに吹き流しも垂れさがったままの絶好のレース日和でした。

 ラクスの地は年に一度のルビオ・ベリー収穫祭に文字通り酔っていました。なぜなら、この祭りの日五つだけで年間のベリー酒の五分の一は飲みほすのです。ラクスに訪れるひとも年間で最大、人口はふだんの五倍にもなりました。街の通りにそって中央に長い長いつくえが置かれ、巨大な宴席が作られました。そして人びとは浴びるほどのベリー酒とごちそうを味わい、大いに歌い踊りました。

 その最後の日に行われる収穫祭記念レースは祭り最大のイベントでした。


 屋敷では伯爵が訪れた王族や貴族の相手に大忙しでした。魔法許可の認可式を終えて帰郷したソムニも母の代わりに接待役をつとめていて、ドクシスも老いを感じさせないほどテキパキとした案内をしていました。

「陛下。どうぞこちらへ」

 屋敷の庭に酒宴が開かれ、国王専用の巨大浮遊船で到着したばかりの北国王グラティアスを伯爵が最上席へと案内しています。

「マジェスタス卿。この日を待ちわびておりましたぞ!今年のレースには何やらおもしろい趣向をかくしているとか。大いに期待しておりますぞ!」

 王みずから乗馬などのスポーツが趣味というだけあって北国王は体格も良く、その見た目どおりに豪快でした。

「いやはや陛下も酔狂でいらっしゃる」

「ははは、しかしマジェスタス卿、レースを盛りあげるのは卿にまかせるとして、最後は、わが愛翔馬ユベンタスがゴールをもらいますぞ。よろしいかな?」

「それだけは陛下のご命令でもお受けしかねます。ゴールの予約はわたしのリベルタにとってありますので」

「言いましたな!マジェスタス卿!はっははは!」

「国王陛下」

「おお、ソムニ嬢!」

 金色の髪をきれいにアップにし、ピンクのシルクオーガンジーパニエドレスの胸もとに赤いバラといった大人っぽさの中にかわいらしさを見せたソムニが王にお辞儀をしました。

「陛下。ようこそおいでくださいました」

「これはまた・・・つい先日の認可式での貴族正装も立派であったが・・・マジェスタス卿!ここにも趣向をかくしておりましたな!はははは!それも、このように愛らしく美しい!」

「おそれいります。陛下」


 放牧地では、いつもの羊が草を食べるだけのような静けさは、まったく想像できないほどの人びとでわいていていました。湖岸から丘までの中央は開けられ、その周囲をおおっています。その斜面になった草の道がコースで、丘の頂上が翔馬たちのスタート地点でした。

 そこには色あざやかな翔馬たちがずらりと並んでいました。

 全部で十頭の出場翔馬は、

一番、国都ベルース所属『ユベンタス』虹馬、山吹翔馬、

二番、ヌツリオ所属『スピラティオ』虹馬、深緑翔馬、

三番、アエリウス所属『ベスティア』嵐馬、紫翔馬、

四番、ノーメン所属『ボウナス』嵐馬、紺翔馬、

五番、イントラ所属『オプタティオ』雲馬、藍色翔馬、

六番、ゲルメン所属『カリバティオ』雲馬、桃色翔馬、

七番、メル所属『インファ』雲馬、栗色翔馬、

八番、ヴェスパ所属『サジータ』雲馬、金翔馬、

九番、クラルス所属『ヴェロックス』風馬、青翔馬、

十番、ラクス所属『リベルタ』風馬、銀翔馬、

 と、なっていました。

 階級はヴェロックスとリベルタだけが最下級の風馬でしたが、これは地元開催のハンディキャップでした。翔馬たちは調教師助手たちに手綱と翼をおさえられ、さかんに翔び立とうとする興奮をおさえていました。


 騎手たちは近くに建てられた控えテントにいました。

「プリタス騎手。翔ぶ前にすまんけどちょっとええかな」

 テントの中には十脚、騎手専用のイスが並んでいました。そのひとつに座り、目をつむって精神集中しているプリタスに南国なまりの声が聞こえてきました。目を開けると目の前にイウベニスが立っています。

「なんだ?その腕は」

 と、プリタスが騎乗鞭で三角巾でつられたイウベニスの右腕を軽く差すと、イウベニスは右腕をふざけて持ち上げて見せました。

「これなあ、まあいろいろあったんや」

「それになんで、おまえのイスにあの娘が座っている?」

 と、次にプリタスはイウベニスの背中越しを差しました。そこには騎手たちの中にイニスが座っていました。その前にラボロリスがひざをついてイニスにアドバイスをしています。

「まあ、それもいろいろあったんや。約束やぶって悪かった。すまん」

 と、イウベニスは頭をさげました。

「がっかりだな」

 と、またプリタスは目を閉じました。あきらめて行くだろう、と思っていたプリタスの耳にイウベニスの声がまたも聞こえました。

「そんなにがっかりすることないで。彼女には天性のもんがある」

 目を閉じたまま、プリタスは言いました。

「天性なんてのは売れ残りの宝くじをさばくときの文句みたいなものだろ」

「いや、そうでもないんや。彼女の母親の名前を聞いたら、ちょっとおもしろいと思うで」

「母親?だれだ?」

「アクテ・コンコルディア」

 ビクッとけいれんを起こしたかのようにプリタスは目を開けました。

「いま・・・おまえ、なんて言った?」

「アクテ・・・」

 と、言いかけてイウベニスは、立ち上がったプリタスに肩をつかまれました。

「おい・・・もしかして、おまえは『西国の人食い人魚シレナ』と呼ばれた女の名前を言ったか?」

 目の前にせまるプリタスの目には異様なかがやきがありました。

「そうや。別の呼び名を『男つぶしのアクテ』。あのアクテ・コンコルディアや。あんたもアクテさんにつぶされた口やろ?」

「ああ、めっためったにな・・・あの女が引退してくれなかったら、おれは完全につぶされていた・・・そうか。あいつがあの娘か・・・」

「どうや。おもしろくなってきたやろ?」

「ああ、おもしろくなってきた。ありがとう。イウベニス。最高の情報をもらったよ」

「そうやけど彼女にも正々堂々とやで」

「ああ、わかっている」

 と、プリタスは右手で握手をもとめ、イウベニスの右手が不自由なのに気づいて左手で握手しました。

「いさましおとこぎ、はつにたて」

 手を離すとプリタスはフッと口の端で笑って言いました。

「しかし、おまえさんも変わった男だな」

「なんで?」

「ぜんぜんレース出場を失った騎手には見えないぜ。まったくくやしそうじゃない。一レースでも落とせば普通の騎手なら相当落ち込むはずだ。だけど、おまえさん、むしろワクワクって感じで、プレゼントをもらったばっかりの子供みたいだぜ」

「あ、そうやな。そう言われれば、おれ、騎手失格かもしれんな」

「そうなのか?」

「ああ、半分冗談で半分ほんまや。たまたま、おれは先生にひろわれて騎手になったけど、レースが好きで騎手になったんやないからな。翔馬が好きで騎手になったんやから」

「じゃあ、だれが乗っても同じってことか?」

「そうかもしれん」

「じゃあ、騎手失格だな」

「そうやな。あははは」

「もっとくやしがれよ」

「ごめん。あははは」

「しょうがないな。ふ、ふふふ・・・」

「あははは・・・」

「ふふふふ・・・」


「ええだか?イニス」

 ラボロリスはイニスの目を見つめ、一語一語、かみしめるように言いました。

「ここのコースは、もうなんべんも翔んだコースだ。な?それが他の翔馬より有利なところだ。な?リベルタもようおぼえとる。んだからリベルタの翔びたいように翔ばせばええだ。な?おまえは手綱を持って鞍に座っとるだけでええだ。な?簡単だべ?」

 騎手姿のイニスはどうにも似合ってはなく、場違いな感じは否定できません。他の騎手たちを見ると、みんな歴戦の勇士という空気を出していて、いかにも強そうでした。それに比べてイニスは・・・それはここにいる全てのひとが思っていました。実の父親のラボロリスもふくめて。

 けれども、イニス自身はちがっていました。

「お父さん」

「ん?」

「リベルタの翔びたいようにすれば勝てるの?」

「ん、あ、そういうわけでねえだが、最後まで翔べることはできるだ」

「じゃあ、どうすれば勝てるの?」

「それにはだな、要所要所、適切な指示を出して・・・あ、おめえ、勝ちてえのか?」

「うん。勝ちたい」

「どうしても勝ちてえだか?」

「うん。どうしても勝ちたい」

「どうしてもか?」

「うん。どうしても」

 ラボロリスは娘の目を見ました。遠い昔に同じ目を見た記憶がよみがえってきます。あの目には何者もよせつけない頑固な、それでいてほおってはおけないような愛らしさを合わせ持つ矛盾した魅力がありました。

「・・・・んだか、どうしても勝ちてえだか・・・」

 と、ラボロリスは少し考えてから言いました。

「よし!イニス。今から、おらの言うことをよおく聞くだ。それを頭にたたき込め。わかっただか?」

「うん。わかった」

「スタートは、そのまま他の翔馬に合わせて助走して翔べ。あせることはねえ。湖の上もそうだ。今いる位置を守れ。つけ根にひじをあてて翼の状態を感じろ。火山を回って湖にもどったら翔馬群の左につけろ。それから滝に降りて川の上に来たら左、右、左、右、右の順に手綱を切れ。カーブを見て曲がってたら間にあわねえ。そんで双頭の岩から上昇する時はリベルタに全部まかせろ。おめえは、これからの勝負にそなえてればええ。浮游船からの降下は、とにかく体重を前にあずけろ。自分が落ちてしまうぐらいにな。心配するな。怖いと思うヒマもねえはずだ。橋塔を回って街の上に来たら大勝負だ!鞭を振れ!思いっきり振れ!リベルタに当てることはねえ!その鞭を振れば音が出る。その音を合図にリベルタはスパートする!そんで、そのままゴールだ!わかったか?」

 ラボロリスの言うことに合わせてイニスも口の中でとなえていました。

 イニスは父の目をしっかりと見て答えました。

「うん。わかった」

「よし!いけ!おめえなら勝てる!おめえはアクテの娘だ。リベルタは伝説の翔馬の転生身だ。だらぜったい勝てる!」

「うん!」


 スタート間近になり、王と貴族たちは伯爵邸の屋上に造られた貴賓席に上がりました。ここからですとスタートの放牧地、コース上のほとんど、そしてゴールが間近で見えます。そして、それもゆったりとしたイスに座り、または会話を楽しめる立ち席で極上のベリー酒と数々のオードブルを楽しみながら観覧できるのです。

 伯爵は王の話相手につきあわされ、他の貴族を接待することができません。そこでソムニが活躍していました。ドクシスの補助もありましたが、なかなかどうして若いながらも立派なホステスを演じていました。

 貴族たちとの会話のあいまにソムニは痛いような視線を感じて後ろを見ました。それはグラスを手にした男爵でした。銀髪も伸び、貴族らしく後ろで編めていて北国貴族の正装もさまになっていました。

「あら、アンビティオス卿。ベリー酒のおかわりはいかが?」

「いえ、まだだいじょうぶです。ところで、あの後どうなりました?」

「え?なんのことでしょう?」

「あの図書館でお話をした後ですよ。ご両親とお話をなさいましたか?」

「ああ、あのことですね。父と母に話しましたわ」

「そうですか・・・それでどうなりました?」

「いいえ。なにも」

「なにも?変わりなく?」

「そうです。変わりなく」

 顔では着ぐるみのように接客用笑顔を保っていましたが内心、ソムニは彼をののしっていました。

 ふん!なによ!よけいなこと言って!うちの家族の仲を悪くさせようとしたんだわ!ホントにイジワルなひと!でも、お父さまもお母さまもわたしも愛しあっておりますから、あなたの思ったとおりにはなりません!おあいにくさま!

「そうですか・・・それは失礼しました」

 と、去っていく男爵の後ろ姿を見てソムニは思いました。

 でも、変わってしまったことがある・・・それはイニスとのこと。むしゃくしゃしていたわたしはイニスに八つ当たりしてひどいことを言ってしまったわ・・・罰を受けて、おまけに男爵にあんなこと言われて、それなのにイニスはリベルタを所有させてもらって騎手にまでなった・・・ジェラシーなんて、わたしの中にもあったなんて思いもしなかった・・・ああ、会ってイニスにあやまりたい・・・でも、イニスは騎手として、わたしは魔法免許の取得と接待の準備で、ふたりともいそがしくて、ずっと会うこともできなかった・・・でも、でも・・・レースが終わればきっと・・・

 けれども、ソムニの思いは貴族夫人たちの無意味な長話の中に溶けてしまいました。

 そんな彼女の美しいドレス姿を遠くから見ながら、ひとり男爵がつぶやきます。

「ふうん・・・ニベウが『図書館の君』なら、さしずめ彼女は『貴賓席の君』かな・・・」


 スタート地点の翔馬たちは、彼らだけにわかる言葉で話し合っていました。

〈同志諸君!同志諸君!〉

 その中で元気に声を出したのはヴェロックスでした。

〈今日のレース、がんばりましょう!最後の導き者に選ばれるためにがんばりましょう!〉

 すると翔馬たちの中から、こんな声がしました。

〈そんなことはわかっている。われらはそのためにレースに挑んでいるのだ〉

〈青の同志。きみはまだ若い。『最後の導き者に選ばれる』などと言う言葉は軽々しく言うものではないと忠告しておこう〉

〈そうだとも。それにレース前は皆、気が立っている〉

〈気のぬけた大声を出さんでくれたまえ〉

〈いいかね?青の同志〉

〈わかりました。すみません〉

 と、ヴェロックスは声を落としてしまいました。

 リベルタは、あの夢の中で見た翔馬のことを考えていました。

 あの翔馬・・・

 『聖なる翔馬』かもしれない翔馬・・・

 ぼくのこと『最後の導き者』って呼んでたけど・・・

 みんなとにかく『最後の導き者』『最後の導き者』って、そればっかり・・・

 なんだかそんなことどうでもいいや・・・

 ぼく、お母さんと翔べるのが楽しくて翔んでたんだから・・・

 だから、このレースもお母さんと一緒に楽しんで翔べればいいんだ。ぼくは・・・


 ようやく待ちに待ったラクス・ルビオ・ベリー収穫祭記念レースのスタートの時間がせまってきました。

 人びとは伯爵邸で、街で、草原で、湖の船で、浮游船で、あらゆる場所で、その時を待っていました。

 テントから出てきた騎手が小走りに自分の翔馬のもとへと散り散りになりました。

 いよいよ時が迫り、思わずスタート地点の観衆から「うおお」と歓声が上がりました。やはり地元、イニスに多くの声援が上がっています。

 イニスは人びとに手をふりました。応援してくれるひとがいる。それがイニスにとってさらなる喜びでした。

 ラボロリスの腕に足をかけてリベルタに騎乗したイニスは、手綱を持つイウベニスに顔を向けました。

「ええか!イニス!」

「はい!イウベニスさん!」

「おれはもうひとつしか言わん!」

「はい!」

「おれらで世界を見に行こう!」

「はい!わかりました!」

 イウベニスは左手の親指をグッと出して笑いました。

 各翔馬の調教師たちが離れました。翔馬は自由になった翼をばたつかせ、前足で地面をかいて「クォルルル」と頭をふりました。どの翔馬も翔びたくてしょうがないと、うなっています。

 イニスはヘルメットとゴーグルの位置をもう一度なおして手綱をにぎりました。グローブの中は汗でグッショリとなっています。ブーツの中もそんな感じがしました。右手の騎乗鞭を落としたりしないかと心配が一瞬よぎりました。いつもより、たてがみの虹色が濃いのはリベルタが緊張の汗をかいているせいかもしれません。

 屋敷屋上貴賓席の伯爵が手を上げました。

 それを見ていたスタート係が呪紋を描いた左手を天に向けました。

 「うおおお!」と観衆がどよめき、ラクスの地がゆれました。


 リベルタの翼をイニスは、つけ根にあてたひじで感じます。

 とても力強くてたのもしい・・・

 翼を動かす筋肉なんてないのが信じられない・・・

 体の中にある天然魔法が翼を動かしているなんて・・・

 でも、もしかして人間の中にも天然魔法があるのかも・・・

 だって・・・

 だって・・・

 今・・・

 わたしを動かしているものはなに?

 リベルタと翔びたいって・・・

 イウベニスさんと一緒に世界に行きたいって動かすものはなに?

 これこそ天然魔法じゃないの?


 その時、スタートの轟音が鳴りました。


 ドウウウン!

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