その六
夏は暑かった。当時は未だ、冷房も完備していなかったから、窓を開けて風を入れ紛らわしていたが、それでも暑いことに変わりはなかった。ただ、看護師詰め所の裏の廊下の突き当たりが非常口で、辺りは一日中日蔭になっているところなので、そこの扉を開けると気持ちのいい風が、昼間も暗い洗面所の前へ向かって涼しげに入ってきた。
昼間寝転んでいる人が多くなった。薬の加減か、かったるいのである。何をする気も起こらない。TVを見るのにも飽きた。寝ているのがいちばん。だから隣の、蒲団を積み上げてある大部屋は、昼寝の患者でいっぱいになり看護婦さんによく叱られた。
「皆さん、寝てないで外へ出ましょう」。外へ出てどうするの。立ったり歩いたりが疲れると座りたくなる。座るのが疲れると寝転びたくなる。
その夏の暑い盛りに病院の有志を集めて、と言っても半ば強引に、であったが、茶畑の草むしりに出かけた。休憩の時にお菓子が食べられる。それをエサにされてついて行った。何しろいつもお腹を空かせている。食べることだけが楽しみなのである。
茶畑は某という建設会社の駐車場の川を隔てた西隣、歩いて一〇分か一五分のところにあった。
茶畑というから、もっとすっきりしていると思いきや、呆れた。何だ、これは。畑の中に雑草が生えているというよりも、雑草の海に茶の木が埋まっている。十人ばかりで来たけれど、鎌は使用出来ないので、ただひたすら草を引っこ抜くのである。屈んでいるので首の後ろが焼けて暑い。緑の中に埋まって僕らは黙々と草を抜き続けた。南と西は小さな林になっていて、油蝉だの、みんみん蝉だのが鈴なりである。いつまでやれば終わるのかと思っていたくらい、草はぼうぼうだったけれど、一時間ほどやって、休憩して、また一時間近くやったら、だんだんすっきりして来た。ここのお茶の葉を毎年摘んで、それを製茶工場へ持ってゆき、精製して、病院で毎朝毎食後飲むお茶になるのだ。しかし運動不足だろうか、さすがに草臥れた。
体重が増えはじめた。月に一度体重測定をやるのだが、七月から八月にかけて体重がぐんと増えた。せいぜい五二、三㎏しかなかった僕の体重が、八月にはとうとう六〇㎏の大台を超え、六二.五㎏まで増えた。痩せていていつも太りたい、太りたいと思っていたけれど、この肉は筋肉ではない。運動してついた肉ではないただの贅肉である。お蔭で今まで穿いていたGパンが穿けなくなった。二七インチのを穿いていたのが、この体重増加で三一インチになった。歎くべきだ。髀肉の嘆である。
何かと言うとムカッ腹を立てていたと、僕の事を看護婦さんが言っていたけれど、この頃は顔つきが優しくなったと言われるようになった。自分では全然判らないのである。無理してにこにこしているつもりもないし、かと言ってむかむか腹も立たない。自覚はまるでないのだが、そう言われるのは悪い気持ちではないし、やはりいい事なのだろう。そういえばこの頃思いっきり怒った事もストレスのたまる事もなかったなあ。
精神科病院というと、鉄格子のついた、と色眼鏡で評されるが、実際にはそんなに窮屈な場所ではない。脱走防止の為に鉄格子があるというが、実際には鉄格子などないし、脱走も患者全員が逃げようと思っているわけではなく、自分たちのことを病人だと認識できる自覚もあるので、ほとんどの患者はこの病気を少しでもよくしようと頑張っているのである。まあ、脱走しようと思えば出来ないこともない。脱走してそのまま戻らなかった患者を幾人か僕も知っているが、そういう患者を待っている未来とは、病気の進行の果てにある、人格崩壊への道しかない。つまり人間でありながら、人間でなくなるのだ。
話を元に戻すが、精神科病院で、患者が身柄を拘束されていると感ずる事は、余程の重症患者で、他の患者に危害を加える恐れのある者、器物を破損したり、看護師に大変な暴力を振るったりした者(そういう者が過去に存在したか、僕自身は誰ひとり知らないが)、そういう患者は保護室に入れられ、脚を帯で縛られるが、それ以外の患者は朝から夕方まで大方自由な時間を与えられていた。正確に言うと、朝のうちや、薬の時間や午後や夜以外、つまり午前中は自由に広い庭に出られる。そこは広葉樹に囲まれ、色んな鉢植えがあって、白いベンチやテーブルの並んでいる、とても居心地のいい場所である。午後も看護師がいれば出ていい。俳句短歌教室とか書道教室、絵画教室の時は講堂を自由に使える。大体当時の大部屋は部屋と廊下を区切る壁がなかった。どの部屋もコの字型をしていて、よって見晴らしがいい。開放的なのである。
また、看護師さんや看護婦さんの同伴がある場合、いつでも病院の外へ出られるし、特別の許可が下りた時は患者だけでも外へ出る事が出来る。現に僕は入院中、院長先生の絵の個展を見る為に、バス代を貰って、他の患者二人と市民文化会館まで先生の絵を見に行った。その時買った絵葉書が今も手元にある。どうやら、僕が絵を見る事が好きなのを院長先生が知っていた為にこういう運びになったらしい。別に僕が特に希望して許可され見に行ったわけではないが、どっちでも大した違いはないように思われた。あの日は暑かったから、駄菓子屋で飲んだラムネが美味しかったのを覚えている。