「──その刀、」
「ちょいといいかい、お嬢ちゃん。この道は有料なんだ。
通りたければおじさんの心許ない路銀に協力してもらおうか」
宿場町と宿場町を結ぶ、旅人たちによって少しずつ踏み固められた道。北へ北へと進んでいけば、半島一の有力候が居を構える松風城へと辿り着く。
まだ肌寒さを感じる早朝でなければ、商人や旅人たちで賑わっていたことだろう。この馬車すら悠々と通れるだろう広い街道に、少女と男の二人きりではもの寂しさを感じるほどだ。
うぐいす色の着流しに傘を目深にかぶった男と大切そうに抜き身の竹刀を抱えた少女。少女の方はどうやら道を急ぐ旅のようで、着物の裾に泥が跳ねるのも構わずに歩いていく。しかし、男の方はそういうわけではないらしい。
男は鼻歌を歌いながら、通行を邪魔するように布に包まれた棒を道の方に投げ出して、たまにそれを転がしている。形状からして恐らく、それに包まれているのは刀だろう。
「……」
「おいおい、黙らないでくれよ。おじさん、いわゆる破落戸なんだけど」
「──その刀、」
「は?」
刀は武士の魂であり、なんとやら。
おじさんと自称した男が実行しているように、こういう道で通行人にいちゃもんを付け金を巻き上げるのは、大戦乱が終わり職にあぶれた武士のたしなみのようなものだった。
今回もたまたま通りかかった少女に目を付けたらしい。護衛も供もいない、身を守れそうな物といったら、その細腕で大事そうに抱えた一本の竹刀しかない。なんとも与し易そうな相手ではないか。
もしかしたら少女には多少の剣の心得があるのかもしれないが、それでも壮年といっても差し支えない男とまだ子供と呼べそうな少女の体格差をひっくり返せるとは思えない。
しかし、少女の顔に焦りや恐怖の色は見えない。自分の腕に絶対の自信があるという様子ではなかった。どこか夢遊病者のように歪なバランスで、ぼんやりと声をかけてきた男の刀を眺めている。
予想外の反応に、荒事には長けている男も動けずにいた。
「その刀──……?
ええと、この刀が……あれ?
あの、そこの人、私が言おうとしていたことを知らない?」
「いや、おじさんに聞かれても」
これが、武士だった男・柄松灯次と記憶のない少女・明日香の出会いだった。
武士は、血路の果てに何を見る?