05話_ゴブリン退治
ギルドを出た俺達は、昼飯を食べる場所を探すことにする。
「どこで食べる? そこら辺の屋台でも利用するか?」
アルの好きにすればいいとは思う。俺は金持ってないから払うのはアルだし・・・ってしまった、毛皮とか牙とか換金すんの忘れた。こんなヒモ的思考が定着する前に戻って換金してくるべきか。
「どうせならどっかお店に入りましょう。お金は気にしなくていいですよ、腐るほどありますし。」
顔に出ていたのだろうか、見事に俺の思考を読んできた。アル的にはそれでいいのだろうが、俺的にはこのままではヤバイという予感めいた警鐘が聞こえてくるので戻るとしよう。
「いや、換金してくるよ。払えるのに払わないってのはどうかと思うしね。」
「さあ、行きましょう。」
俺の意見を無視して手を引っ張る。しかたがない、後で食った分だけ渡しとくか。
俺達が入ったのはとある食堂である。客はまばらだが綺麗な白い石造りの建物に木目の入った椅子が並べてある、これといった工夫もないような内装をしている。
と、俺達に近づいてきた店員さんが驚いたような表情をした。街で時々見かける、耳まで覆われた帽子をかぶった中年の女性だ。
「あらあら、リリーティア様じゃありませんか! こんな所でどうなさいましたか?」
「ただ食事をとりに来ただけですよ。」
アルがそう返すと店員さんは嬉しさを隠し切れない様子だ。
「光栄ですわ、リリーティア様。この店で出せる最高の食事を用意しましょう。お連れ様も、ゆっくりしていって下さいね。」
俺達は店の中でも比較的明るい席へ案内される。メニューに関しては任せてくれと言われたので任せることにした。
「有名人なんだな。」
「色々とありましたからね仕方のない事です。」
「そうなのか、どんなことがあったか興味はあるな。ああ、そういえばさ、俺のステータス見たら称号ってのが増えてたんだが何か知らないか?」
「称号、ですか? どのようなものでしょう。」
アルが首をかしげながら聞く。
「カオスドラゴンの守護ってので、防御力がやたらと上がってたんだが。」
「・・・ああ、なるほど。それは私を助けてくれたからですね。」
「どういうことだ?」
「まずは・・・そうですね、この前この世界には魔王がいるとお話しましたよね。その魔王を筆頭として、この世界にいる最高の実力者12名を12柱と呼んでいるのですが、カオスドラゴンはその一角を担う者なんです。」
つまりやたら強い奴の目に留まったというわけか。
「そのカオスドラゴンは龍族の筆頭となっています。称号というのは、そのカオスドラゴンが龍の精霊である私を助けたヨウ様に、感謝の意を示して力を与えた結果ではないでしょうか。」
「そうなのか、そんなことも出来るんだな。」
「私も初めて知りました。防御力が増えるというのは良い事ですね。これでヨウ様の身の安全が一層保証されるということになります。」
「これから魔物退治していく上では貴重ってことか。」
だとすれば、ありがたく使わせてもらうことにしよう。とは言ってもステータスに上乗せされている形みたいだから意識してどうこう、というわけでもないが。
「おまちどうさまです。」
料理が出来たらしい。随分と早いな。
料理を持ってきたのは、これまた例の変な帽子をかぶった女の子。その後ろに最初の店員さんもいる。出された料理は・・・豚みたいな動物の丸焼きとサラダが少々、それと蒸かした芋が湯気を立てている。豚みたいな、と言ったが実際にそこまで大きいわけではない。そうだな、でかい鯉ぐらいの大きさか。
「ウナェミェンヤィンの丸焼きだよ。滅多に取れない貴重品さ!!」
今なんと!?
「珍しいですね。ヨウ様、いただきましょう。」
「お・・・おう。」
なんて名前か聞き取れなかったが、こんな時こそスキャンの出番・・・見えねぇ。どうやら死んでるものには効かないようだ。いいや、とりあえず食おう。
ちなみにこの肉はトロけるように旨かった。
食べ終わると、アルとさっきの女の子が話していた。この女の子の名前はディアナというらしい。最初の店員さんはお母さんでアイナさんと言うんだとか。ディアナちゃんは多少回復魔法が使えるとかで、将来神官になりたいとか今度温泉地に旅行に行くとか他愛のない事を話していた。
ちなみに回復魔法は独特の才能というか、体が癒されていく感覚を鋭敏に感じる人でないと使うことが出来ないらしい。
途中からディアナちゃんのお父さん(ディルさん)も入ってきて、アルの手を握って泣いてお礼を言ったりしていた。ほんと、アルは何をやったのだろうか。
会計を済ませようとした時にも一悶着あった。
「リリーティア様からお代なんていただけませんよ! どうぞお気になさらないでくださいな!」
アイナさんがそんなことを行ってきたのだ。
「いえ、もらってくれないと意味が無いので。」
「私達はまだロクにお礼も出来てないんですよ! どうかここは私達の気持ちと思ってくださいな!」
「うーん・・・それじゃあ今回だけご馳走になります。」
「ありがとうございます。でも、いつかちゃんとしたお礼を用意するのでその時は受け取って下さいね。」
「おいアイナ、あんまり言うとリリーティア様が困っちまうぞ。」
ディルさんがたしなめる。たしかにこの調子だと今後来づらくなるのは確かだな。それを察したかどうかはわからないが、アイナさんは素直に引いた。もう言うこと言ったからかもしれないが。
「わかったよ、ディル。リリーティア様、また来て下さいね。」
俺達は親子3人に見送られて店を出た。
「なあアル、お前あの人達とどういった関係なんだ? あの態度はちょっと普通じゃないぞ。」
ギルドへ行く道すがら俺が聞くと、アルが逆に聞いてきた。
「ヨウ様、あの親子を見てどう思いますか?」
「どうって、仲の良さそうな親子だよね。一家で店を経営してるとか。」
アルは頷いてから俺の気になっていた事に触れる。
「ええ、それはそうなんですけど、問題はあの帽子です。」
「ああ、あの耳まで隠してる帽子ね。あれがどうかしたのか?」
「あの人達は獣人なんです。この国は以前、奴隷制度が蔓延っていました。その当時の人権問題はひどいものでして、特に獣人となるとほとんどが奴隷で、生き物として見られないことも多々ありました。あの帽子は、切り取られた耳の傷跡を隠すためのものなのです。」
えっ、耳を・・・って、あの帽子かぶってる人結構いるんだけど。
「獣人は生命力が強いから耳を切り取られても大怪我につながることはありません。同じ理由で尻尾を切り取られたりもしていました。尻尾は簡単に隠せますが、耳はそうもいきません。あの帽子が傷跡を隠すため、というのは周知の事実ですが、だれもその事に触れたりはしません。」
なんかいきなり重い話になってしまったものだ。俺は黙って耳を傾ける。
「当時の人達はそうやって獣人の痛がる姿を見て喜んでいたんですね。元気な獣人なんてホントに稀で、ほとんどは生きる気力を無くしていました。体中傷だらけで、道端に死体が捨てられているのも珍しくありませんでした。もちろん、その状況を良しとしない人達もいましたが、上流階級に行くほど奴隷を欲している人が多くなっていたので誰にもどうにもできませんでした。奴隷はそれなりに高価でもあったので、買って助けようなんて人も多くはありませんでした。」
「そうだったのか・・・。でも、今そんな光景が無いってことは、」
「ええ、私が潰しました。」
なんとも豪快な事である。いや、思わず笑ってしまう程に。
「この国の王も状況を良く思っていないうちの1人でした。ですが多数の貴族の反対によって状況を打破出来なかったのですね。なので5年程前、私は多数の龍を召喚して城を取り囲んでから奴隷を開放して法律を改正するよう脅したのです。言うこと聞かなければ国を滅ぼすって言って。王はこれに飛びつきました。なにせ従わなければ国が滅びるのですから、反対意見を言う者は国を滅ぼそうとする逆賊として捕らえる事が出来るのです。」
なるほど、単純だが効果的だ。ここでキモなのは王が善政を敷こうとしていたことだな。もし悪政を敷こうとしていたのなら、アルは国を滅ぼすまではいかなくとも城を壊すくらいはしていたかもしれない。
「このパターンで私と王は幾つも改革を行なって行きました。王が法律を施工して、私が悪人共を容赦なく潰す。王が被害者の受け入れ先を用意して、その被害者の希望の象徴として私を利用する。もちろん、王のアイデアには私もちゃんと口出ししてきましたが。そんな感じで色々と変えていった結果、子供でも歩き回れるくらい平和な街が出来ました。」
アルが周りを見て優しい表情になる。確かにそこまでやったならこの街にもかなりの愛着があるのだろう。
「ヨウ様、ヨウ様の薬で切られた耳とか尻尾とか元に戻りませんか?」
それが出来れば沢山の人を救えるだろう。しかし・・・
「無理だな。切られたばかりならともかく、切られた状態で安定しちゃってたらもう変化したと認識されちゃうみたいだ。」
「そうですか・・・」
その答えにシュンとする。俺の薬もこの辺が限界か。万能薬だなんて思ってたけど出来ないことは色々ありそうだな。
「それにしても・・・頑張ったんだな、アル。」
「ふふん、もっと褒めてもいいんですよ?」
そう言われて俺はアルの頭をなでると、気持ちよさそうにして擦り寄ってくる。ああもう、なんでこの子はこんな空気に持って行こうとするのだろうか。意識してみると周りの連中がチラチラとこちらを見ている。ひょっとしたら街に入った時からこうだったのだろうか。アルに声をかけたいけどかけづらい、といったところか。わからんでもない。
「おう、待ってたぜ!!」
俺達がギルドに入った途端、マスゲさんが声をかけてきた。受付から。
結構距離があるんだから、すぐ近くにいるように話しかけられても困る。
受付の前に行くと、マスゲさんが幾つかの紙を出してきた。
「依頼を選んどいたぜ! ヨウヘイは強いが素人らしいからな、そこまで難しそうなのは選んでないから安心しろ!」
ありがたいことである。マスゲさんは結構気の利くいい男だ。ただ、声が異様にでかいが。
依頼の内容を確認してみる。アルも見ているようだ。ちゃんと選んだかを見ているのだろうか、マスゲさんがプレッシャーに押されて冷や汗をかいている。
俺が手に取って見たものには幽霊退治が書かれてあった。魔法を使えば簡単に倒せるらしいということも書かれているので、アルがいれば大丈夫だと踏んだのだろう。
幽霊退治か、魔法が通用すると言うのなら俺でもなんとか大丈夫かもしれないな。幽霊を見てみたくもあるし、取り憑かれたりしないよう気をつければ大丈夫だろう。
アルも俺の手元を覗きこんで内容を確認すると、俺にそっと耳打ちをしてきた。
「お化けは、こわいです・・・」
よし、やめよう。別に無理してお化けと対峙する必要はないのである。なにせ不確定要素の多い相手だ。俺の攻撃が効くとも限らないし、ここは慎重になるべきだろう。
「アル、そっちは何かあったか?」
「これが適当ではないかと。」
そう言って俺に差し出された紙にはゴブリン退治の依頼が書かれてあった。
「ゴブリン退治です。基本ですね。そして王道ですね。」
「おう、ゴブリン退治か! やってくれるならありがてえけど、いいのか?」
マスゲさんが確認してくる。何だか今の言い方だと他より面倒くさい要素が含まれているように聞こえるな。
「ええ、これで構いませんよ。訓練にはこれが適切です。いいですよね、ヨウ様。」
何だかよくわからんが、アルが適切というのなら文句はない。
「ああ、構わないよ。でもなんかあるの?」
「それは現地に行ってから説明します。さあ、行きましょう。」
「頑張れよ、ヨウヘイ! 気をしっかりな!!」
ホントに大丈夫だろうか、とても心配になってきた。
今俺は草原のまっただ中にいる。少し先に上り坂があって、そこにゴブリンの住む洞窟があるらしい。どうやらここは盆地の端っこ辺りのようだ。
この近くの村が頻繁に襲われるようになったらしい。相手がさほど強くはないので守るには守れるが、不定期に、頻繁に襲われたのではたまったものではない。なおかつ、攻め入るには戦力が無さすぎるというわけで依頼にこぎつけたらしい。
「ほら、あそこにいますよ。」
と、アルが指を指した先には身長が1m程で、緑色の猫背をした汚いおっちゃんを醜くしたみたいな生物が棍棒を持ってうろついていた。今回はなるべく俺だけで戦うことになっている。俺の訓練の為だから当然か。
「あれがゴブリンか・・・」
思ったより醜悪な生き物である。緑色でなければここまで思わなかったかもしれないが。どのような強さかと、俺はスキャンしてみる。
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ゴブリン
種族:狂猿
属性:土
強さ:Dランク
HP :19
MP :1
ATK:15
DEF:13
MGK:2
SPL:16
ゴブゴブゴブブブブブゴゴブブブゴゴゴゴゴブブブブブブブブブブ
*----------------------------
なんだこれ、バグったか?
「なあアル、ゴブリンってどんな奴なんだ? 強さはわかったが、どんな奴かはバグっててよくわからん。」
「バグってますか・・・? まあ、気にしないでおきましょう。ゴブリンですが、よく群れて人や家畜を襲う害獣レベルの魔物ですね。個々では弱いですが、殲滅しようとするとなると住処としている洞窟に入って集団と戦わなければならないので、厄介な相手になってきます。」
あんなのが沢山いる所に入らないといけないのか。そりゃ、村人じゃあどうしようもないかな。
「さらに厄介なのはゴブリンの外見ですね。奴らは臭い、汚い、気持ち悪いの3Kを見事に体現した魔物です。武器に血が付くのが嫌だからと戦いを回避したがる者も珍しくありません。ゴキブリとどっちが嫌いか、と問われると意見の別れるところですね。」
ゴキブリ並みか、こいつらは。そう思えば確かにゴキブリの巣に入ろうなどどいう奴はまずいないな。それと同じようにゴブリンの巣には入りたくない、というところか。
「ゴブリンは右手の小指を回収すれば討伐したと見做されます。指の回収は私がやりますので、ヨウ様は退治に専念して下さい。」
「了解。」
まずは少し先でうろついている奴を倒すことにする。俺は例によって銃を創りだし、狙いを定める。弾は普通の鉛弾。ガオン! と音が響いたと同時にゴブリン頭が爆ぜる。さすがに気持ちのいい光景ではないが、獣を捌いてきただけあって吐き気をもよおす程ではなくなっている。
しかしここでおかしなことに気づく。ゴブリンの爆ぜた頭から血が出ていない。いや、なんだか緑色のドロドロしたものがゆっくりと流れ出ている。こちらが風下だったのか、血とヘドロを混ぜたような頭の痛くなる匂いが漂ってきた。
「な・・・なあアル、ひょっとしてあれがゴブリンの血なのか?」
「ええ、そのとおりです。ゴブリン退治が敬遠される最大の理由があれですね。ゴブリンの血はとても粘着質なのです。空気に触れるとそうなる、なんて言われていますが。あれが武器につくと落としづらい上にものすごく臭いんです。さらにほうっておいたら病気を運んでくる厄介なシロモノです。」
なるほど、確かにそりゃ嫌になるわ。
「外に出ているゴブリンはもういないようですね。指を回収してから洞窟に行きましょう。」
気は進まないが仕方ない。このままにしてゴブリンが増えまくる、なんて自体は避けねばなるまい。
「それと、洞窟の中では銃は使わないで下さいね。あんな音が響くとゴブリンがなだれ込んでくる可能性がありますので。」
すいません、帰っていいですか?
などという事を言えるはずもなく、俺達は洞窟の中に入っていく。アルだって頑張っているんだから俺がやらなくてどうする、と自分に言い聞かせつつ進む。
索敵には既にゴブリンらしき生き物が引っかかっている。俺のわかる範囲で十数匹程度だろうか、思ったより多い。銃を使ってはいけないので、投げナイフ中心に戦っていくつもりだ。
しかしここは臭い。ゴブリンの匂いが蔓延しているのだろうが、俺はマスクを用意していなかった事を後悔した。
進路上にゴブリンが現れた。俺は早速ナイフを投げ、見事頭に命中させる。ナイフには念のために、刺さった後刃が軽く弾けるような仕掛けを仕込んでいる。ゴブリンはそのまま倒れて動かなくなり、それを見て異変を察知した他のゴブリン共が突っ込んできた。その醜悪な顔は、俺が子供だったら泣きわめいて逃げていたであろうほどだ。
「・・・・・・っ!!」
俺はなんとか声をこらえ、ナイフを同じように3匹に命中させたところで残り4匹に間合いを詰められた。そのうち1匹を出した刀で切りつけ、残りの攻撃を後ろに下がって避けつつ1匹を重力の魔法で足を止める。残り2匹を軽く仕留めてから足止めしていた1匹にとどめを刺す。
「び、ビックリした。」
言うやいなや、例の悪臭が襲いかかってきた。思わず息を止めて後ずさる。
「ヨウ様、先に進まないと終わりませんよ。」
いや、わかってはいるんだがこの匂いは耐え難いものがある。だからといってこのまま怯んでいるわけにもいかないのだが。
「そ・・・そうだな。あと何匹位いるかわかるか?」
俺のわかる範囲であと10匹程度か。出来ればあまり多くあってほしくない。しかしアルの言葉は俺の僅かな希望を打ち砕くものだった。
「あと100匹程度ですかね。」
俺はどんどん奥に進んでいく。進むほどに濃くなる匂いは口の臭さと体の臭さを合わせたようなとてつもない匂いだ。次第に暗くなっていく道はアルが照らしてくれたが、それに導かれるようにゴブリンが湧いてくる。ゴブリンを切りつけ、ゴブリンの攻撃を避け、吐き気をこらえる。ナイフを投げ、ゴブリンが放ってくる矢を時には避け、時には盾を創りだして防ぎながら先に進む。
頭がクラクラしてきた。目がチカチカしてきた。それでも着実に進めているのは例の守護とやらが俺を守ってくれている結果だろうか。
洞窟は分かれ道に差し掛かる。左の道のほうが右の道よりも通路が大きい。しかしどちらにもゴブリンはいるようで、バレたら挟み撃ちになってしまうか。
「ヨウ様、私が右の道を掃除してきますので、先に進んで下さい。」
そう言ってアルは右の道に進んでいく。さっさと片付けられるのは良いことだ。俺も左の道へ進んでいく。細々と襲ってくるゴブリンを倒していくと、開けた空間に出た。そこには30匹程のゴブリンが群れていて・・・、こっちに気づいた。一斉にこっちを向く醜悪な面に多少怯むも、もういっぱいいっぱいの俺はさっさと終わらそうとナイフを大量に創り出す。
「はっ・・・・・・はっ・・・」
殲滅はたやすく完了したが、疲れた。さっさと呼吸を整えたいところだが、周りに転がっている悪臭の源がそれを許さない。このまま大きく息を吸ってしまったら、そのまま倒れて血の海にダイブしそうだ。それだけは避けなければならない。
膝を掴み必死に堪えていると、突然匂いが無くなった。
「お疲れ様です、ヨウ様。」
アルだ。アルが何かしてこの匂いを消したのだろう。
「もっと早くこういうことやってくれないか・・・?」
「それでは訓練にならないでしょう?」
ごもっともだがもうちょっと手加減してくれ。
「指の回収も終わったし、帰りましょう。」
言われて見ると、いつの間にかゴブリンの右手の小指がなくなっている。一体いつの間に回収したのだろうか。
「オウオウ、顔色悪いぞヨウヘイ!!」
洞窟から出た後、俺に付いていた血やら匂いやらをアルが消し去ってからギルドに入った。どうやって消したのだろうか、後で聞いてみようかな。
「初めてだからこんなものですよ。」
俺の代わりにアルが答える。
「はっはっは、何回やっても慣れない奴は多いんだがな!!」
アルが指の入った袋を渡して報酬を受け取る。その間俺は椅子に持たれてぐったりしていた。我ながら情けないものである。と、エリクサーを飲んでいなかったことに思い至りさっさと創って飲み込んだ。吐き気が嘘のように引いてく。まったく、何でもっと早く思い出さなかったのか。
「おう、気分が良くなったようだなヨウヘイ! 実はだな、実害は当分出ないと踏んでいるんだがゴブリンの集落がまだあってだな・・・」
「お断りします。」
俺はキッパリと断った。
次回、少し視点が変わります。