裏話1_龍の精霊
私のお仲間が誕生するようですわね。実にめでたいことです。
前の子が死んでからどれくらい経ったでしょうか。私達精霊は1つの種族につき5体までしか存在できないので今まではずっと1体分余ったまま。今回やっと数が揃うわけですわね。
一体どんな子が生まれるのでしょう。まあいずれにせよ、この私がみっちりと教育を施して差し上げますわ。ホーホホホホホホ!!
なんて思っていたら、生まれたばかりのこの子ったら何やらやることがあると言い出し始めましたわ。前世の記憶があるようなことを言っていますけど、にわかには信じられませんね。
輪廻転生があるのは当たり前のことだけれども、こんなにはっきりした記憶を受け継いだまま生まれるなんてことは全く理解出来ませんわ。第一本当かどうかもわからないわけですし、アルトと名付けられたこの子が何をやるにしてもまずはこの私がみっちりと教育を・・・ってあら、何で皆信じちゃっているのかしら?
たしかに嘘をつく理由なんて全くありませんけれど、本当だという確証も全く無いじゃあありませんの。・・・でもまあいいですわ。これが皆の総意だというのならば一先ず教育は諦めましょう。
アルトは人間の街で色々と暴れていたようですけれど、最近は落ち着いてきたみたいですわね。それならば、今こそ教育を施す時!! 今度こそあの子に精霊たるものの在り方を叩きこんであげますわ!!
・・・拒否されましたわ。なんでもなんでもまだまだやらなければならないことがあるのだとか。ふっ、そんなこともう関係ありませんわ。精霊が精霊としてどう生きるかを知らなければあなただけでなく周りまで巻き込んで迷惑をかけてしまいますのよ。それでもなお、あくまで拒否するというのならば実力行使です。さぁ、私の教育的指導をくらいなっさーーーい!!
・・・ボッコボコにされてしまいましたわ。
悔しいですわっ!!
私はこれでも山が削れるくらいの永い間精霊をやって来ましたのよ! それが、その私がまだ生まれたばかりの赤子同然の子に太刀打ち出来ないなんて!!
・・・くっ、まあいいですわ。これも私が未熟な証。しかし、だからと言って諦めるつもりはありませんわ!! アルト、周りの皆はあなたのことを孫か何かを扱うかのように甘やかしすぎていますけれど、私はそのようなことを一切しないと知りなさい!! 私の教育はあなたのためでもあるのですからね!!!
アルトが何やらドレスを着て出かけましたわ。まったく、何て色気のないドレスなんでしょう。おしゃれを知らない子供が気取っているみたいで何だか哀愁を漂わせますわ。
アルトを追って来てみればここは常夜の森。まーあ何かといわくつきの森ですけれど、一体ここに何の用事があるというのでしょう。ま、なんにせよ私のやることは1つですわ。今日こそ、アルトをふんじばってでも教育を施して差し上げましょう。まずは服の着こなしからにしましょうかね。
「さぁ、最近特に激しくなってきた私の教育的指導をくらいなっさーーーい!!!」
私の放った風の槍は一直線に飛んでいって、アルトの体を貫きましたわ!! ・・・あれ?
アルトの体が崩れ落ちます。じょ、冗談ですわよね? いつもなら鼻で笑いながら避けるような攻撃ですのに・・・えと、アルト?
アルトに近づいて見てみると、体から血がどんどん流れ出ています。
や、ややや、やってしまいましたわぁーーーーーーーー!!!!!!!!
ど、どうしましょう。まさかこんなことになるなんて思いもよりませんでしたわ!!
『グオオオオオォォォォァァァァ!!!!!!(何をやっとるかーーー!!!)』
「うわっきゃあ!! ごめんなっさーーい!!」
どこかで見張っていたのでしょうか、ギルニアが飛んできましたわ。
「と、とにかく治療が必要ですわ。直ぐに、龍の里へ連れて行かなくてはなりません!!」
「待って・・・」
アルトから待ったがかかりましたわ。急がなければなりませんのに!! でも、これではもう・・・
「この怪我じゃぁ・・・もう、助からない・・・でしょう・・・?」
この言葉に、私は何も言えませんでした。明らかに致死量を超える怪我。このような怪我を治せる薬も魔法も存在しません。自然治癒を強化する位ならありますけれど、それでも治らないものはどうしようもないのです。
「せっかく・・・ここまで、来たの。この時の、ために・・・私は、ここまで来たの。・・・助からない、のなら、せめ・・・て・・・ヨウちゃんに・・・一目だけでも、会わせて・・・。」
涙声でそこまで言ってアルトは気を失いましたわ。・・・なんということでしょう。この子のこんな一途な想いを汲み取ってあげられなかったなんて、今更ながら私が恥ずかしいですわ。後悔してももう遅いですけれど、それでも今は私に出来る事があります。
アルトに魔力を思いっきり注ぎます。これはあくまで延命措置であって、決して傷が治るようなものではありません。だけど、もし本当にアルトの待ち人が来るのならばその時くらいまではがんばろうじゃありませんの。
ギルニアが心配そうに見ています。ごめんなさい、罰ならば後で如何様にも受けるので今は力を貸してもらえないかしら?
常世の森から1人の人間が姿を表しました。おそらくあの人がアルトの待ち人なのでしょう。
・・・遅いですわっ!!!
一体森のどの辺りにいたのかわかりませんけれど、こっちはもう私もギルニアも魔力が尽きそうですわ!!
文句を垂れていても仕方がありませんわね。私とギルニアは素早く身を隠します。人間から身を隠すなんて私達にとっては簡単なことですわ。
出て来た男子の人はアルトに気づくと、駆け寄って頭を持ち上げます。
ああああぁぁぁぁ、そんな乱暴にしてはいけませんわ!! 2人きりにしてあげようと思ったせいで駆け寄って張っ倒せない自分がもどかしいですわ!!
で、でもまあ、アルトは気づいたようですわ。あの子はこの短い時間の間に一体何を思うのでしょうか。私は、本当に待ち人がいたなんて思っていませんでした。最初からあの子の思うようにやらせていれば、なんて思っても手遅れですわね。
男の人は、アルトに何やら飲ませました。すると、アルトの気力がどんどん戻っていきます。・・・何事でしょう? なにか薬のようなものを飲ませたのはわかりましたけど、あれは一体何なんでしょう?
アルトが完全に気力を取り戻し、男の人にすがりついて泣きだしました。・・・信じられません。あの怪我をこんな一瞬で治してしまうようなものが存在するなんて、あの人は一体何者なのでしょう?
けどまあ、詮索してもしょうがありませんわね。アルトも助かったことですし、後は好きにさせてあげましょう。いつかは私達の力を必要とする時が来るでしょうから、教育はその時まで延期ですわね。
私はアルトに背中を向けて立ち去ります。あなたが何を考えているかはまだわかりませんが、好きにおやりなさい。そして、幸せになりなさいな。
「グルルルルル(帰ったら罰を受けてもらうぞ)」
・・・・・・誤魔化しきれませんでしたわ。
しばらくして様子を見に行ってみるとメガバチなんか退治していましたわ。人間がこういった仕事を行なっていると言う話は聞いたことがありますが、なぜわざわざアルトがやっているのでしょう。
退治しているのは主に連れの男の人。あの人が使っている武器・・・結構渋いですわね。以前似たような武器が出回ったこともありましたけれども、こちらの方がより小型で洗練されているように見えますわ。ただ、1回使っては崩れてまた表れて、と繰り返しているのはあの人の能力か何かなのでしょうか?
まあ、いずれにせよアルトは見たこともないほど穏やかな表情になっていますわ。生まれた時から焦っていたなんて可哀想だとは思いますけれども、結局邪魔をしてしまっていた私がどうこう言えることではありませんわね。
そう、これがあなたの欲しかった時間なのね、アルト。ならば私は何も言いませんことよ。あなたの満足のいくように生きてみるといいですわ。あなたはまだまだ知らなければならないことが沢山ありますけれども、教える時間もタップリとありますからね。今はここを立ち去るとしましょう。
私は龍の里に帰るべく踵を返し
ガンッ!!
・・・痛いですわ。後頭部に何かが当たりました。
振り返ってみると、アルトがほくそ笑んでいましたわ。
あの子は・・・!! けどまあ、いいですわ。一度は殺しかけてしまったのですから、このくらいなら甘んじて受け入れようではありませんの。
ギルニアからアルトの様子を見に行くように頼まれましたわ。何やら様子がおかしいようだと言っていましたけれど、ギルニアったら見張ってでもいるのでしょうか? はしたない。
まあそれはともかくアルトの家にやって来ましたわ。覗いてみると、例の男の人が床に伏せていますわ。風土病にでも罹ったのかもしれませんけれど、アルトの動揺からして何やら違うようですわね。なにしろこの私に全く気づいていないのですから。しかも涙ぐんでいます。アルトは彼がどのような状況なのかわかっているのかしら?
あら、お客さんのようですわね。あれは、カイエル王子ではありませんの。・・・いえ、元王子でしたわね。アルトったらいつの間に仲良くなったのかしら。彼の状況は後で見るとして、今は向こうの話を聞いてみようかしらね。
アルトったらこの短い間に色々やって来たみたいね。悪い行いではないので咎めるつもりはありませんが、彼を巻き込むのはいかがかと思いますわ。カイエル元王子が空気を読まずにお菓子を食べまくっていますが、彼がああなってしまった原因を考えると呆れるよりも哀れに思えてしまいますわね。
話が死の呪いの薬に入った時、アルトの表情が変わりましたわ。カイエル元王子が察知したと言うのならば、彼が伏せている原因は間違いなく死の呪いなのでしょうね。原因はわかりませんけれど。
カイエル元王子が察知を駆使して国を動かしていれば人間の頂点にも立てたでしょうに。中にはそういったことを快く思わないものも多々いるようですけれど、私としては道を間違えなければ構わないと思うのですがね。
それにしても薬のことはあの獣人のメイドが調べたのですか・・・。まあ、どこかにいるとはわかっていましたけれども、こんな所にいたなんてねぇ・・・。
話が終わると、アルトは瓶を集め出しました。あれは、アルトの怪我を治した例の薬ですわね。あのような薬が無造作に並べられているのを見ると目が眩む思いですわ。集め終わると、そのまま何処かへ行って・・・ってあの子まさか!?
私は慌ててアルトの後を追いました。
アルトはやはりジグラタルの所にいました。そして今、魔法をぶつけまくっていますわ。
あああああああああぁぁぁぁぁあの子はなんてことをしているんですの!?
私が止めに入ろうとした時、アルトは何やら奇妙な形の、尋常じゃない力を感じさせる剣を取り出します。・・・なかなか格好いいですわね、あの剣。ってそうではありませんわ!!
アルトは剣を振りかぶって・・・
「やめなさ・・・」
ッガァァァァ!!!
私が止める暇もなく、アルトがふっ飛ばされましたわ。繁る大木をなぎ倒し、土煙をあげながら吹っ飛んでいます。ああもうっ!! 寝ているジグラタルをあんなに間近で起こそうとするからっ!!
そして何やら光るものが当たりに散らばるのを見て、慌ててその1つを取りに行きました。・・・やはり例の薬ですわね。この森には過去にジグラタルに挑んだ者達の、今となっては希少な魔法剣などが散らばっていますが、この希少な薬もその中に加わってしまいましたわね。
私は薬を持ってアルトの吹っ飛んだ方向へ向かいます。いくら攻撃ではないとはいえ、ジグラタルに吹っ飛ばされたのですから生きているかどうか・・・。
いましたわっ!! アルトを見つけて駆け寄ろうとしますが、ジグラタルの顔がこちらに向いているのに気が付きました。
お、おおおぉぉお恐ろしいですわっ!!
なんという威圧感なのでしょう。まるで魂の底まで冷やされている気分ですわ!! 私たたたらを踏んでいると、アルトが起き上がりました。ボロボロの右半身を庇いもせず、しかし闘志はなお尽きぬまま。
・・・私は何を戸惑っていたのでしょう。
アルトに駆け寄ると、その口の中に薬を流し込みました。するとアルトの怪我がどんどん治っていきます。わかってはいましたけれど、凄まじい力ですわね。アルトは気が抜けたのか、気を失ってしまいました。
さて、このまま帰ってもいいのですけれど、私はジグラタルに向き直りました。
恐ろしい、正直言って恐ろしいですわ。私の本能が全力で警告を発しています。しかし、しかしです。私はそのようなものを無視して、このジグラタルの鱗を手に入れなければなりませんわ。
今までアルトの言うことを信じずにさんざん足を引っ張ってきたのですもの。そしてアルトの想いが無に帰そうとしている今、ここで私がなんとかしなければ女がすたるというものですわっ!!!
私は思いっきり胸を張ってジグラタルに言いました。
「う、ううう鱗を渡しなさい。・・・そうすれば、、、、今回の件は、み、見逃して、あげても、よよ、よろしくって、よ。」
情けないですわっ!!
思いっきり根性入れた発言がこんな震え声だなんてっ!!
しかし私の話が通じたのか、ジグラタルは自分の体に顔を寄せ、鱗を1枚剥がして差し出しましたわ。
ああ、怖かったですわ。ジグラタルはいつ見ても恐ろしいですわね。しかしまあ、鱗も手に入ったことですし万事良しとしましょう。
私はアルトと鱗を持って、アルトの家の前にやって来ましたわ。いきなり私が顔を見せても混乱させるだけでしょうから、アルトと鱗を家の前に置きます。
ゴンゴンッ!!
扉を少し強めに叩いて身を隠します。中にはカイエル元王子とメイドがいるのでどうにかなるでしょう。
それにしても、やはりアルトには教育を施すべきですわね。無知のまま世間に出すのがどんなに危険なことか、今回の件でよくわかりましたわ。
ま、今はいいでしょう。色々とやることもあるでしょうし、薬は、まあ向こうが勝手に作るでしょう。
私は踵を返します。アルト、あなたはもっと私達を頼るべきですわよ・・・。
ガチャバタンッ!!
「何者であるか!?」
・・・カイエル元王子ってああでしたわね。もうちょっと見張っていた方がいいかしら?