16話_ここに来た理由
これがホントのプロローグ、的な
~~side アルト
私がまだ日本にいた頃のこと。ヨウちゃんとは家が隣同士で、昔からよく遊んでいた。小さい頃はただのお友達だったけど、異性として惹かれていったのはいつの頃からだっただろうか。
私の家が神社を管理している関係で、私は小さい頃から巫女なんてやっていた。世間一般で増えているその場雇いの巫女とは違い、ちゃんと修行を積んで幽霊やら妖怪やらと戦う巫女だ。そんなことがあるなんて一般の人はまず知らないけれど、そういった戦う人というのは全国に色々といるものだ。
私の家には両親と、神様(名前は知らない。1人前になったら教えてくれるらしい)がいて、早朝から修行をするのが日課になっていた。私はせっかく朝早く起きるのだからと、ヨウちゃんを起こして朝ごはんを一緒に食べて、一緒に登校するというのも日課になっていた。
私がヨウちゃんのことを好きだということは、本人以外は皆知っていて応援してくれていた。ただ、お付き合いとかそういうのは私が1人前になってからじゃなきゃいけない、なんていう決まりがあったので、私の想いは秘めたまま。
私が1人前になる前にヨウちゃんが誰かと付き合ったりしたらどうしよう、なんて言ったら神様がヨウちゃんにモテなくなる呪いをかけてしまった。おかげでヨウちゃんは少々口下手になってしまったけど、本気で止めなかった私も共犯、かな。
その日も私はいつもの通りヨウちゃんを起こしに行った。起こしに行った、とは言ってもヨウちゃんは既に起きている。ただ寝ているふりをしてるだけだ。私とじゃれ合う為にそうしているのかな、なんて思うと少し嬉しくなってくる。
私はヨウちゃんに近づいて一言叫ぶ。
「ヨウちゃん、起きなさい!!」
私が叫ぶとヨウちゃんが寝返りをうつ。
「むぅ・・・むむ、」
何だかとっても幸せな気分。こういうちっちゃいやり取りでも、2人だけの時間だと思うとまだまだ引き伸ばしたくなる。だけどそれはダメ。今の私とヨウちゃんはあくまでも幼馴染なのだから。
さて、今日はどうやって起こそうかな・・・決めた!
「起きなさい!!」
ベシッとヨウちゃんの顔に軽くチョップを入れる。
「うぐぁっ!!」
ヨウちゃんが大げさに反応する。これこそ起きている証拠だ。本当に寝ている時はチョップを入れようが抱きしめようが何の反応も示さないんだから。
「あー・・・おはよ。」
「ほら、シャンとしなさい、朝ごはん出来てるからね!」
いつものヨウちゃんの姿に思わず笑みが零れる。大抵の人は変化しない日常に飽きてしまうみたいだけど、私はいつものこの時間が好き。こうしてヨウちゃんと戯れる時間が好き。ヨウちゃんを好きなのも、こうして日常の一部だからかな、なんて考えたこともあるけれど、やっぱりそれはちょっと違う。
ヨウちゃんのどこが好きか、なんて言われても答えづらいところではあるけれど、あえて言うのなら・・・優しい所が、好き。いつも頑張っている所が好き。いつも側にいて笑ってくれる所が好き。透き通ったような青い魂の色が好き。私の魂は赤いから、くっつくとピッタリだと思うんだ。
ヨウちゃんの部屋を出て台所へ行く。大体済ませておいた朝食の準備を終わらせてヨウちゃんが来るのを待つ。ヨウちゃんの両親はもう仕事に行って家にはいないから、今の時間は私が取り仕切っている。今日の朝食は目玉焼きとベーコンに少々のサラダ、それに焼いた食パンにマーガリンを塗っておく。少し大きめのコップに入れた牛乳を、ヨウちゃんはいつも最初に一気飲みする。その方が食べやすくなるんだとか。
ヨウちゃんが来た。少々寝ぼけているように見えるが、これは本当だ。どうやら布団の中にいる方が目が冴えているみたい。布団から出ると一気に頭がぼやけるとか、いつも演技してますよ、という自白染みた話を聞いたことがあるけれど、いつも日が出る前から起きている私にはわからない感覚だ。
「ヨウちゃん、早く食べちゃお。」
「ああ、そうだな・・・ふあぁ・・・。」
いつものごとく、いつもの時間。こんな時間が私は好きだった。
学校に着いた。正直言って授業はつまらないし、ついていけなくなっている感じはする。今度ヨウちゃんに教えてもらおうかな。私とヨウちゃんは別のクラスだけど、隣同士だからそのまま2人並んで一緒に歩く。教室に着いたらしばしのお別れだけど、こればっかりは仕方がない。
そこでふと、気がついた。屋上の方に強力な霊がいる。しかも悪霊の類だ。本来ならばこのまま放っておくか誰かしら呼んで協力して退治する所だけど、もし私がこの場で倒したら、ひょっとしたら1人前と認められるんじゃあないかって思った。
私は自分が言うのもなんだけど結構強くて、これまでに何度か強敵を討ち取ってきた実績がある。もし1人前と認められたら、ヨウちゃんとのこの微妙な距離をすっきりさせることが出来るんじゃないかって思った。そうと決まれば、私は早速屋上へ向かうことにする。
「ヨウちゃん、私ちょっと用事があるから先行ってて。」
「用事? こんな時間に何があるんだ?」
「ふふ、ナイショ。」
私はヨウちゃんを曖昧に誤魔化し、屋上へ向かった。ここまで強力な霊は滅多にいないから、退治したら本当に認められるんじゃあないかと思って力が入る。今日の私はいつもよりやる気に満ちていた。
・・・でも、そんなに甘い相手ではなかったことを直ぐに実感することになる。
この霊は、コレクターと呼ばれるとても強力な霊で、自分の趣味にあった魂を奪ってどこかに保管する、といういわば趣味に走ったような奴だ。
私が意気揚々と屋上に突っ込んでいった時にはもう、私の体は乗っ取られていた。とても警戒心が強く、とても狡猾なのにとても強力。私はその事を失念していて、あっさりと敗北してしまった。
そして今、私の足は屋上の端の方へと向かっている。もちろん私の意思じゃあなく、コレクターが私を殺そうとしているのだろう。抵抗はしているが、全く効果を上げる様子がない。
体の自由が効かない状態で屋上から落ちれば確実に死ねることだろう。ああ、私が調子に乗ってしまったばっかりにこんなことになってしまった。
私の頭にヨウちゃんの事が過ぎる。結局、想いを告げることは出来なかった。私が死んだ後は呪いを解かれて本来あったはずの生活の戻るのだろう。でもそこに私がいないことがとても悲しかった。せめて、もうちょっとマシなお別れがしたかったな。
と、誰かが私の腕をつかむ感触がした。つかまれた腕の方をなんとか目で見ると・・・
「ヨウちゃん・・・?」
ヨウちゃんがいた。私の腕を両手で掴んで、私を屋上の端から遠ざけようとしているけれど、一緒に引きずられてしまっている。
「侑梨・・・これは一体・・・?」
「ヨウちゃん、ダメ、逃げて!!」
そして私の中にいるコレクターが、ヨウちゃんに目をつけたのを、感じた。そして私の手が、ヨウちゃんを掴む。
「ダメ、ヨウちゃんは関係ないの!! ヨウちゃん、逃げて!! お願いだから!!!」
「・・・っの、侑梨を・・・はな・・・せ・・・!!」
私達の抵抗も虚しく屋上の端へ行った後、浮遊感に包まれた私は・・・
目が、覚めた。とても青い空が見える。そして私の下には何か柔らかい物が・・・ヨウちゃん、だ。
私は慌ててヨウちゃんの状態を調べる。呼吸は・・・無い。脈も無い。あの青く透き通った魂も無い。そして、頭から広がる血が見える。
「あ・・・あぁぁ・・・」
私のせいで、ヨウちゃんが死んだ。
私のせいで、ヨウちゃんの魂が持っていかれた。
私のせいで・・・私が・・・。
「侑梨!」
声を掛けられた。そちらに振り向くと・・・神様がいた。
「すまんな侑梨・・・遅れてしまった。」
神様の姿を見て、私は手をついて頭を下げた。
「神様・・・どうか、どうかヨウちゃん、を、助けて、下さい・・・私は、どうなっても構いませんからぁぁぁ・・・。」
「侑梨・・・しかしそれは・・・。」
神様が何か言おうとしたらしいが、私は頭を下げ続けた。
「・・・わかった。ただ、要平はもう死んでおるからこの世界での復活は叶わん。別の世界への転生となってしまう。まあ、それも魂を取り返してからの話になるがの。」
そう、まずは魂を取り返さなきゃあ。あのコレクターを、倒さなくちゃ。
「侑梨よ、お主は一足早く転生してもらう。要平に関しては私が責任を持つゆえ心配するな。お主には向こうの世界に慣れてもらって、案内人としての役割を持ってもらわねばならぬ。」
「わかり・・・ました。ヨウちゃんのこと、よろしくお願いします。」
「すまんな、侑梨。全てはお主を縛っていたわたしらに責任がある。要平が着いた時にはわかるようにしておこう。・・・向こうの世界では、どうか幸せになっておくれ。」
そうして私はこの世界にやって来た。両親には、神様から事情を話してくれるらしい。嫌な役割を任せてしまって本当に申し訳なく思っている。
私は龍の精霊として転生した。なんでも世界に5体しかいない貴重な存在らしく、戦闘能力もかなりの高水準であった。私は龍に囲まれて生まれ、そしてその場でお願いした。迎えなければいけない人がいるので力を貸して欲しい、と。
皆ビックリしていたが、一部を除いては積極的に協力してくれたことには感謝が絶えない。
私はまず王都の近くに家を作ってもらい、内装は自分で色々と改造した。龍の里に迎えればいいという案も出たけれど、龍の皆は人とはかなり違った容姿だったから居心地が悪くなるかもしれないので人のいる環境で住めるようにしようと思った。
そして王都がどんなものか見に行った時・・・酷い有様だった。道に死体は転がっているし、首輪をつけた奴隷のような人達が虐げられている。危ない顔してフラフラしている人もいるし、建物は壁があちこちで崩れており、いかにも怪しそうな店が所々にあったりした。他にも色々と危なそうな雰囲気があって、こんな所にヨウちゃんを迎えるわけにはいかない、なんとかしなくっちゃあと思いこの街を改革することにした。
街全体を改革するにはやっぱり中央から変えていかなくちゃいけないと思い、政治の中枢であるであろうお城に忍び込んだ。王様を脅してでも話を聞いて、どうすればいいのか考えるつもりだったけど、私を見た王様は案外動じずに私を迎え入れた。私を暗殺者だと思ったみたいだけど、自分はいつ殺されてもおかしくないからと笑っていた。街の状態を見て、そう思わないわけがないと。
王様から話を聞いてみると、結構単純なことだとわかった。悪徳貴族がのさばって、王様でももう手がつけられない状態らしかった。王様の身辺警護をする兵士でさえ、街の治安維持に繰り出さなければならないほど混沌としたこの街を、それでもどうにかしたいと思っている人がここにいた。
私としては、この街の治安を回復させるのにどれほどの時間が取れるかわからないので、王様と共謀して力で訴えることにした。
突然龍の大群を引き連れて現れた私が王様の前に行き、この街の支配を宣言する。従わなければ滅ぼすとも。龍の大群を見た王様は、街を滅ぼすくらいならと素直に渡しの話に応じる。反対する人達は、国を滅ぼそうとしたとして牢屋行き。
実質街の支配者となった私は裏で王様が考えた様々な法律を施行させて街の回復を図り、頃合いを見て王様に街を返上する。その後の情報操作によって私は英雄となり、街を支配していたなんて事実は消し去った。街を支配していたなんて、貴族連中しか知らないことだから、そこらへんは簡単だった。
もちろん反対する連中も出たし、私を殺そうとする輩もいた。そういった連中に対して私は全て力で答えた。街の一角・・・貴族の館が密集する辺りを吹き飛ばしたこともあったし、沢山の人を殺したりもした。龍の皆を召喚して恐怖心を植え付けるようなこともした。
時々、こんなことをしている私にヨウちゃんを迎える権利があるのだろうかと考えた。でも私は、償わなければいけない。ヨウちゃんが笑顔で過ごせるような、そんな街を作らなければいけない。それが今、私に出来る唯一の罪滅ぼし。
ヨウちゃんが来たのは、街が落ち着いてから3年程経った後の事だった。
ヨウちゃんが来たのを感じて、私は浮かれていた。やっと会える。あぁ、どんな風に声を掛けようか。自分で言うのもなんだけど、今の私は結構かわいい見た目をしているから誘惑してみるのもいいかもしれない。ドレスを買ってはみたけれど、あまりかわいいものじゃない。日本にいて目の肥えていた私だから思うのかもしれないけれど、こっちの世界ではあまりかわいい服がない。けどまあ、鎧とか着て行くよりはマシだろう。
私はとある森の前に来ていた。常夜の森と呼ばれるこの森は、奥の方に入ると日の差す隙間も無い程密集した木々によってまるで星明りのない夜のように真っ暗になる。そして沢山のナイトウルフがいることでも有名だ。
ヨウちゃんが襲われちゃったらどうしよう。やっぱり迎えに行った方がいいよね? でも、どんな顔して会えばいいんだろう。私のこと、侑梨だってちゃんと信じてくれるかな? 信じてくれたら、まず謝らなくっちゃ。なんて色々考えていたら・・・、何かが体を貫いた。
「が・・・ふ、・・・」
体から力が抜けて、倒れる。完全に油断していた。本当に、私ってなんで肝心なところで失敗してしまうのか。
『グオオオオオォォォォァァァァ!!!!!!』
意識が朦朧とする中、龍族のギルニアさんの咆哮が響き渡る。龍族のまとめ役みたいな存在で、私が一番お世話になった龍だ。
薄れゆく意識の中、声が聞こえる。
「・・・直ぐに、龍の里へ連れて行かなくては」
「待って・・・」
ここから運びだされようとするのを察して、は待ったをかける。
「この怪我じゃぁ・・・もう、助からない・・・でしょう・・・?」
私の問に対して、無言の答えが返ってくる。
「せっかく・・・ここまで、来たの。この時の、ために・・・私は、ここまで来たの。・・・助からない、のなら、せめ・・・て・・・ヨウちゃんに・・・一目だけでも、会わせて・・・。」
そこまで言って、私の意識は沈んでいった。
ふと、気がつくとヨウちゃんが目の前にいた。朧気にしか見ることは出来ないけれど、とても懐かしい、とても愛しい顔。ずっと待っていたけれど、もう私はあなたの側にいることは出来ない。
ヨウちゃん、ごめんなさい。
謝ろうとしたけれど、もう声にならない。耳もあまり聞こえない。ただ、抱きかかえられている温もりだけは感じることが出来た。このまま死ねるのも、ある意味幸せなのかもしれないな・・・。
私が体の力を抜こうとした時、口の中に何かが入ってきた。何かと思ったら、痛みがどんどん引いてくる。全身の感覚が、戻ってくる。なんだろうこれは? 体が・・・軽い。私は、助かったのだろうか?
「えっと・・・、大丈夫か?」
ヨウちゃんの声が聞こえる。とても懐かしい声。とても安心する声。その声を聞いて、私は涙を流してしまった。
「えっ! ちょっと・・・ほんとに大丈夫か?」
ヨウちゃんには心配させてしまったけど、私はすがりついて泣いてしまった。あぁ、この温もりが欲しかった。この人の側にいたかった。そしてその人が今、ここにいるのだ。
少し落ち着いて、少々気恥ずかしくなったので離れた。改めてヨウちゃんを見てみると、やはり確かにここにいる。そんな事実に嬉しくなる。コレクターに囚われていた、透き通るような青い魂も確かにここにあって揺らいで・・・あれ? いくらなんでも揺らぎ過ぎている。これは一体どういうことなのだろう?
かわいい服をもらったりして、とりあえず家に招待して話を聞くことにする。どういう事かはっきりするまでは、こっちで使っている名前で自己紹介をしておく。
話を聞いてみると、やっぱりヨウちゃんは自分が死んだことを知らない。なら、今は魂が安定するまで昔のことはなるべく思い出させない方がいいだろう。自分が死んだ、なんて自覚した途端に魂が離れていってしまう危険性がある。人間、思い込みでも死ねるのだ。ヨウちゃんの今の状況ではそれが顕著に出かねない。
それにしてもヨウちゃんがここに来た理由として、神様はもうちょっとマシな言い訳を考えることが出来なかったのかと考えたが、私も似たようなものか。ヨウちゃんを引き止めるために、別の世界へ行ってしまうだとか契約だとかありもしないことを吹き込んだのだから。
それと、私はヨウちゃんに強くなってもらうことにした。このまま放っといても魂は安定するだろうけれど、精神的に強くなれば安定は早まる。これはただ、早く本当のことを言って謝りたいという私のワガママ。だけどこの世界に馴染むためにも必要なこと、と言い訳しつつ私とヨウちゃんの生活は始まった。
そして今私はここにいる。災厄の森と呼ばれるここは、世界中から最重要警戒地区と認定され、常に監視の対象となっている森。しかし私にとって、そのような監視の目を潜ることなど容易いこと。ここはジグラタルのいる森。人類を滅ぼしかけた災厄の蛇が、今私の目の前にいる。
・・・なんて大きいんだろう。そして、なんて恐ろしいんだろう。見た目はただの白い蛇なのに、その大きさが尋常じゃない。鱗1つだけでも私の身長くらいある。とぐろを巻く蛇を見上げるなど、そうそう出来る体験ではないだろう。全長は一体どれくらいになるのやら。ここが森でなければ距離感を見失っていたに違いない。
ジグラタルが動いたという情報を私は聞かない。今は寝ているのか、呼吸をするような動きを見せてはいるけれど、この蛇が一度動けば大騒ぎになることは明白だ。ジグラタルの周りに生えている木が、ジグラタルを避けるように曲がって伸びているのを見ると、とても長い時間動いていないのがわかる。
結界は確かにそこにあったけど、なぜかすんなりと入れた。ひょっとしたらジグラタルにのみ効くように出来ているのかもしれない。
私は、この蛇の鱗を持って帰らなければならない。ヨウちゃんを救う手立てがあるのなら、私はどこにでも行こう。どんな相手だって、敵に回して見せよう。ただ今は、争う必要など無いのかもしれないけれど。
私はジグラタルの鱗に手を掛ける。寝ていてもなお、圧倒的なプレッシャーを出しているこの蛇には、近づくだけで冷や汗がにじみ出る。しかしそのようなことを気にはしていられない。私は思いっきり、鱗を引っ張った。しかし、取れない。どんなに力を入れても、この頑強な鱗はピクリとも動かない。魔法をぶつけてみても駄目。傷一つ付きやしない。
今度は刀に頼ることにする。この刀はヨウちゃんが創り出し、・・・ディアナちゃんを斬った、あの刀だ。ヨウちゃんの魂が確実に安定に向かっていることを示す証拠でもあり、おそらく、この世界でもトップクラスを威力を誇る武器。神刀などと呼ばれてもおかしくのない一品。
ヨウちゃんの魂は安定に向かっていたけれど、人形が見せた死の瞬間のせいだろう、魂が一気に乖離に向かってしまった。それに気がついたのは、いや、その影響が出たのがヨウちゃんが血を吐いた時だ。あそこから一気に崩れ去ってしまった。まったくなんでこう、上手くいかないのだろう。
私は刀を構える。私の右手にジグラタルがいる格好で、鱗を少しでも削げれば成功だ。刀を上段に構え、振り下ろす。振り下ろした刀は私の動作を増幅するように超加速し・・・
「ヨウちゃんヨウちゃん、聞いて聞いて!!」
こっちの世界に来てから、気づいたことがある。
「私ね、巫女やることになったんだよ!!」
「巫女? お家が神社だから?」
私が小さい頃、巫女になる前の日のこと。
「そう!! し・か・も、幽霊とか妖怪とかを倒すバトル巫女なのだー!!」
「そう。がんばって、ゆーりなら出来るよ。」
あの日の言葉をヨウちゃんはずっと信じていたのだろう。屋上で、離せと言った対象のことを、朧気にでもわかっていたのだろう。だからこそ、ヨウちゃんは無理矢理にでも私を助けようとしたに違いない。
目が、覚めた。体が動かない、というより右半身の感覚がない。どうなっているのだろうと視線を向け、直ぐに逸らした。これ以上見たくはない惨状になっている。エリクサーは、ない。どこに行ったのだろうか。
遠くの方でジグラタルがこちらを見ているのがわかる。ああ、起きてしまった。いや、私が起こしてしまったのかもしれない。私がジグラタルを起こして、いつの間にか攻撃を受けたのだろうか。
ジグラタルの視線を受けるだけで、全身に死の恐怖が過ぎる。感覚のない右半身にも戦慄が走るようだ。
失敗だ。こうなってしまってはもうどうしようもない。テレポートも、大怪我をしているためか魔力が上手く練れない。
結局、私では無理だったのだろうか。思えばヨウちゃんをまともに守れたことなど一度もない。私では、ヨウちゃんを守れなかった。なんて役立たずな女だろう。
でも・・・それでも、私はヨウちゃんの側にいたい。麻痺している右半身なんか無視して無理矢理立ち上がる。立ち上がったからといってどうなるわけでもない。私はこれから殺されるのだろう。しかし、最後に意地だけは見せておきたかった。
ジグラタルがシューシュー言っているのは、一体何を思ってのことか。ゆっくりと、こちらに顔を近づけてくる。意識が朦朧とし、覚悟を決めた時、目の前にウェーブのかかった長いブロンドの女性が現れた。あぁ、あなたは、なぜここに・・・。