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15話_死地

 俺はアルと居間でお茶を飲んでいた。柑橘系の香りのするほのかに甘い紅茶だ。こっちに来てからこればっかり飲んでるような気がするな。特に飽きることもないからいいけれど。

 なんか街に出ると俺まで注目されるようになって、のんびりと過ごしたいのに視線が気になるわ気になるわ。多分アル絡みなんだろうけど、街ではのんびりできなくなってきたので家にこもっているしかない。

 けどま、これはこれで良いものだ。窓の外を見ると木々がすっかり葉を落としている。ここらへんは雪は降らないらしいけど、この森を抜ければ強い風が吹いて厳しい寒さになるんだとか。


 雪の降る街に行ってみるのも良いかもしれない。少し降っては直ぐに足跡やタイヤでグジャグジャになっていた、俺の知っている雪景色とはかなり違った景色を見ることが出来るだろう。銀世界なんて、一度見てみたいな。後でアルに提案してみようか。

 俺は紅茶を一口すする。柑橘系の香りが鼻の奥を刺激して・・・


 「ゲホッ、エホッ!」


 むせた。

 まったく、しまらないもんだな。

 俺は吐いた血を吹くべく何か拭く物を・・・血?


 頭の中がスーッとしてくる。何とも心地よい快感が全身を包み、力が抜ける。

 アルが近寄ってくるのが見える。何か叫んでいるようだが、生憎と俺には聞こえない。俺の意識はそのまま眠るように沈んでいき・・・





 気がついたら・・・ここは、ベッドの上か? 体がすごくだるい。動かすのも億劫なほどだ。


 「き、気がついた!!?」


 アルが俺の顔を覗き込みながら尋ねる。


 「ああ。俺は一体、どうしたんだ?」


 「わからないんです!! エリクサー飲ませても、顔色全然良くならないし、もう、何が!? 一体何が!!?」


 「アル、少し落ち着いて。」


 相当動揺しているらしい。アルらしからぬ態度ではあると思うが、俺もアルが倒れたらこの位混乱してしまうかもしれないな。

 しかし、エリクサーでもダメか。そう何でもかんでも治せるものだとは思ってなかったけど、怪我や病気くらいなら治せると思ってたけどな。

 俺は自身をスキャンしてみる。何の病気に罹っているかとか、いつものふざけた解説に何か情報が出ているかもしれない。・・・ああ、あった。でも、これは何だろう?


 「アル、今スキャンしてみたんだけどさ、『死の復刻』って何かわかるか?」


 俺が言った途端、アルが驚愕に目を見開いた。これは、なにか知っているな。それもかなりやばそうだ。


 「よ、ヨウちゃ・・・ヨウ様、だ、大丈夫ですよ、大丈夫です。私が今、お薬持ってきますからね。待っていて下さいね。」


 そう言ってアルは部屋を出ようとする。


 「アル。」


 その背中を見て、俺は呼び止める。嘘が下手だな。態度もさることながら、いつもならどういった状況かを説明してくれるのに。それに・・・多分治す方法なんて知らないんだろう。


 「アル、・・・なんとなくだけど、わかるんだよ。治す方法なんて無いんだろう?」


 アルの肩が動揺して動く。どうやら当たっていたらしい。


 「アル、こっちに来てくれ。」


 アルがこちらに振り向くと、正に悲壮と言った感じの表情をしている。その表情を見て、本気でどうにもならないんだと確信する。


 「アル、俺さ、こっちに来てから楽しかったよ。いきなり環境が変わって、辛いことも、色々あったけど、アルがいてくれたから、安心してやってこれた。」


 アルが俺の手を握る。その手が小さく震えているのが分かる。これじゃあ、前と立場が逆だな。


 「本当に感謝している。だからと言うわけじゃあないけど、好きだよ、アル。大好きだ。いつも隣にいてくれてありがとう。でも、もうちょっとだけ・・・」


 ああ、俺は卑怯者だな。こんな時に、アルを悲しませる言葉しか出てこないなんて。告白だって、本当はもっと違う状況でしたかった。


 「最後の時は、俺の側にいてくれないかな・・・?」


 アルの瞳から零れる涙を、俺は何も言えずに見つめていた。



~~side プラム


 コンコン


 リリーティア様宅の扉を叩きます。

 今日ここへ来たのは最近あった事件の経過報告と、顔見せですね。王都の有名店で売っているお菓子を持参して、お茶はこちらでいただきましょう。リリーティア様との交流を深める、と言っておけばお菓子代は経費で落ちますから最高級品を用意しています。


 ガチャリ


 と扉が開きます。扉が動いても何の音も立たないのは凄いですね。一体どのような技術を使っているのでしょうか。

 いつものように、リリーティア様が出迎えてくれました。


 「こんにちは、お話しに来ましたよ。お菓子も持ってきています。」


 「ええ、どうぞ・・・。」


 どうしたんでしょうか、何やら元気がありません。とりあえずカイエル様と一緒におじゃまします。カイエル様を先に入れるのは、メイドの嗜みです。

 居間に通された時、カイエル様がキョロキョロして言いました。


 「ふむ、ヨウヘイはおらぬのか?」


 「えと、ですね。ヨウ様は少しお寝坊さんです。」


 話すことを話せば昼時、という時間ですが、まあこういうこともあるのでしょう。最近何かと疲れることばかりでしたからね。

 私は台所へ行ってお茶を沸かします。勝手知ったるリリーティア様宅、メイドとしてこれくらいはしなければなりません。ここは常に火が出ているので便利ですね。王城でさえ火をおこすのに火打石を使っている現状を見ると、魔法ってやっぱり便利なものだと思います。


 お茶を入れて戻ると、持ってきたお菓子をカイエル様が勝手に食べていました。まったく、こういうことは覚えているのですね。それとも本能ですか。

 私はお茶を配るとリリーティア様の向かい側に座ります。


 「今日は最近リリーティア様とヨウヘイさんが関わった事件の経過報告があります。」


 リリーティア様は何も言わずにお茶を飲みます。なんだか聞いているかどうか怪しい雰囲気ですが、とりあえず言うこと言っちゃいましょう。


 「まず盗賊連中ですが、彼らは西方から来た盗賊団の一軍のようですね。西方にはかなり大きめな盗賊団が幅をきかせているのですが、今回来た盗賊はその偵察部隊の可能性が高いとのことです。」


 向こう側は周辺国の中でも特に治安が悪いですからね。縄張りを広げようとしてこっちに来たということでしょうか。捕えられていた子供達は、さながらおみやげと言ったところでしょう。


 「次にイグ教ですが、教団員からはある程度口を割らせることは出来ています。今はその裏付けを取るための証拠探しを行なっています。」


 売買禁止品を売りさばいていたり、数えきれない程の人を殺していたりと、死刑確定の連中がわんさかいますが直ぐに執行できないのが法というもの。まあ連中には色々を吐いてもらって繋がりのある連中を芋づる式に捕らえるための生贄となってもらおうというのが、司法の方々の意見の大勢です。


 リリーティア様を見ますと、湯のみを両手で持ってお茶をじっと見つめています。本当に大丈夫でしょうか?


 「人形の暴走に関しては、人形師の血が付いた剣がラディウス卿宅から見つかりましたので、おそらくラディウス卿が人形師を殺したのだろうという結論になるでしょう。」


 人形師の家は、少し改築した後開放して人形館みたいにしよう、なんて話もありますがまだ確定事項ではないので言う必要もないでしょう。


 「最後に、これは事件とは関係ないと思うのですが、以前カイエル様がザウムの街へ行かれた時、ヨウヘイさんに対して察知を発動させています。なんでも死の呪いを解く薬を作れ、だとか。」


 この言葉にリリーティア様が反応し、こちらを見ます。


 「死の・・・呪い?」


 「ええ、そうです。死の呪いなんて伝説上の物でしかありえませんし、今使えるとなると魔王か死の王くらいしかいそうにないのですがね。まあそれはともかく、それでも何か意味があるのだろうと思って全私の情報網を駆使して薬の製法を調べ上げました。製法自体はそんなに難しくないのですが、1つだけ、どうしても手に入らない材料があるのですよ。」


 「珍しい物、なんですか?」


 「珍しいと言えば珍しいですね、誰も持っていないという点で。どこにあるかは大半の人が知っているのですが、どうしても手に入りません。ジグラタルの鱗なんて、取ってこれるはずがありませんよ。」


 ジグラタル、かつて人間を滅亡の危機に晒した災厄の蛇。人形劇でも見ましたね。懐かしい思い出です。ディアナちゃん、同じ獣人として仲良くなれると思ってたのに・・・。


 「ジグラタルの鱗があれば、薬は出来るんですか?」


 「ええ、そうです。他の材料は全て揃っていますし、薬師も製法を把握しています。まあ何に使うかわかりませんが、このような薬使わないに越したことはないでしょう。」


 私がそこまで言うと、リリーティア様が不意に立ち上がりました。


 「すみませんが、ちょっと買い物に行って来ますのでヨウ様のことお願いしてよろしいでしょうか?」


 そう言うとリリーティア様は棚に置いてあった、エリクサーなる薬を集めだします。その行動を見て、いい加減気づいてしまいました。


 「リリーティア様!!?」


 私が止める暇もなく、リリーティア様はどこかへ消えてしまいました。

 ・・・迂闊でした。リリーティア様の様子がおかしいのに気づいた時に察するべきでしたのに。


 「プラムよ、リリーティア嬢はどこへ行ったのであろうな?」


 「おそらくは・・・いえ、先にヨウヘイさんの様子を確認しましょう。」


 私達はヨウヘイさんの部屋に向かいます。

 我ながらなんという詰めの甘さなのでしょう。諸々の情報を関連付けることは出来たはずなのに、このような結果になってしまいました。


 ヨウヘイさんの部屋に入ると、ヨウヘイさんはベッドで寝ていました。その顔色は血の気が引いたように悪く、多少痩せているようにも見えます。

 やはりヨウヘイさんは、死の呪いかそれに類するものに侵されているのでしょう。それこそあのエリクサーでも治せないほどの。そしてこうなることを、はっきりとは言わないまでもカイエル様が察知して、リリーティア様は今、死地に赴いている。たしかに、助けるためにはそれしかないのでしょう。私がこの事にもっと早く気付けたとしても、ジグラタルの鱗の事を黙っていられたでしょうか・・・?


 「ふむ、ヨウヘイは病気なのか? 顔色が悪いが。」


 「ええ、そうですね。リリーティア様に任された事ですし、しばらくの間お世話することにしましょう。」


 私も何か出来ないかと考えましたがジグラタルの鱗なんてどこ探してもあるわけがないし、今はヨウヘイさんを1人にするわけにも、カイエル様と2人にするわけにもいきません。

 今はただ、リリーティア様の無事を創造神様に祈りましょう。


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