13話_不幸なディアナ
さて、何を買っていこうか。やっぱり昨日とは違うものがいいだろうし、あまり重そうなものはおすすめしないな。昨日は買わなかったけど色々な果物が売ってるから試してみようかな。食べ歩きには不向きかもしれないけど、氷の魔法で凍らしてから食べたら美味しいかもしれない。
ただ、やっぱり無難なのも買っておこう。別に朝食だけじゃあないわけだし、どんな味かわからないものを買いだめして全部ハズレだったら目も当てられない。
とりあえずそこの店にでも入ってみようかな。なんだか柑橘系の甘い匂いが漂ってくる。果物はこっちで買えるかもしれない。
ッゴガアアアァアァァァァァ!!!!
「うどわっ!!?」
突然の爆風に背中を押されてつんのめる。一体何だ!!? どっかで噴火でもしたのか!? 火山帯だというからありえる話ではないだろうか。
振り向いてみると土煙が空まで伸びている。本気で噴火かとも思ったが、火山灰とはなんか違うような気がする。それはともかく、あっちは2人がいた方向だ。この突然の異変の中、はたして無事だろうか?
逃げ惑う人の中をかき分けて元来た道を戻る。さして離れていなかった道を元の場所まで戻ると、アルが吹き飛ばしたのだろう、土煙が晴れていた。そしてそこにはアルと・・・なんだあれは?
なにか人のような形をした生き物が佇んでいた。ただ、全身は灰色で頭には歪んだつのが何本か生えており、目は赤く、鋭い牙が生えている。全身を覆う筋肉は太くはないが、とても頑強そうで見ただけで分かるものすごい力強さを表していた。しかし全身が歪んでおり、そこはかとない気色悪さを感じさせる。人とも鬼とも獣人とも取れないその姿を見ていると全身がチリチリするような敵意が放たれているのが分かる。
あれは一体なんだろうか。その正体を探るべくスキャンをかけてみる。
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ディアナ=マートン
種族:??
属性:無
強さ:SSSランク
HP :3788
MP :2903
ATK:3819
DEF:3582
MGK:2671
SPL:3909
夢の主の力によって変質した獣人の女の子。幸せを求めた彼女は、夢の中で戦い続ける。
スキル:
魔法超耐性
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・・・・・・え? ディアナ・・・ちゃん?
そんな、嘘だろ!? いや、でも・・・え? なんで?
「ヨウ様!!」
俺が混乱していると、アルが声をかけてきた。そうだ、アルに聞けばいい。そしたらこの変な出来事に説明がつくかもしれない。
「アル、あいつは一体何なんだ!?」
「そ・・・それは・・・・・・、それが・・・」
その言いにくそうな態度に、俺は確信を持ってしまった。
「アル、あいつは・・・ディアナちゃんなのか?」
アルは・・・頷いた。
一体、何だって言うんだろう。一体、どうしてこんなことが起こるのだろう。ディアナちゃんが何をした? なぜ、彼女の身にはとんでもない事ばかり起こるのだろう。
俺に力をくれたのが神様だって言うのなら、聞いてみたい。一体どんな因果で彼女がこんな目に合わなければならないのか。
「ヨウ様、・・・ディアナちゃんが何故こうなってしまったのかはわかりません。しかしもう、元に戻ることはないのでしょう?」
俺は・・・頷くしか無かった。ディアナちゃんはもう変質してしまっている。そんな彼女を元に戻すことなど俺には出来やしない。もし、どこかにそれが出来る存在がいるとしても、俺達はその存在を知らないし、ここに来るなんて楽観視は出来ない。
「ディアナちゃんはもう戻りません。そして、敵意に満ちた存在になってしまいました。このまま放っておいたらどうなるかわかりません。・・・ならば、せめて私達の手で討ちましょう。」
そう言うとアルは手の中に剣を出現させる。テレポートの応用で、どこに何があるのかわかっていれば出来るらしい。
討たなければ、ならないのか。俺達にディアナちゃんは救えないのだろうか。こうなってしまった以上、もう何を考えても無駄だというのはわかっている。考えれば考えるほど自体が悪化するのも目に見えている。そして、討つと決めたアルの心中は如何程のものだろうか。そう思うと俺も、覚悟を決めなければならない。
「アル、今のディアナちゃんは・・・強いよ。アルよりも強い。それに魔法に凄い耐性があるみたいだ。俺もできる限り加勢するけど、気をつけて。」
アルが頷く。そしてディアナちゃんもこちらに気づいたようだ。ものすごい敵意に後ずさりそうになりながらも、なんとか踏ん張り手の中に銃を創り出す。どこまで通用するかわからないけど、気を逸らすくらいは出来るだろう。
アルがディアナちゃんに突っ込んでいった。正に弾丸のような早さだ。俺も早くなったと思っていたけど、とても追いつけるような早さじゃあない。
ディアナちゃんもそれに合わせて突っ込んでいき、アルと交差してそのまま俺に向かってきた。
「!!!?」
完全に油断していた。俺がとっさにファイティングポーズのように腕を出して防御を行った時にはディアナちゃんは腕を振りかざしていて・・・
ゴメギャァッ!!!
防いだ左腕が砕ける音を出しながらふっ飛ばされる。ふっ飛ばされたまま建物を1件ぶち抜き、2件、3件ぶち抜いたところでようやく地面に落下し、4件目に入ったところで止まった。
「・・・・・・あがっ!! っくうぅ!!!」
腕が、痛い。そして熱い。まるで血が腕の中で暴れているような感じがする。腕が完全にぶっ壊れた。そして胴体にもかなりの衝撃が伝わっている。
俺は慌ててエリクサーを作り出し、飲み込んだ。体の中で骨が移動しているような不快な感じはするが、そんなことを気にもしていられない。
一瞬で直った腕を確認した後、俺は建物の外に出る。ぶち抜いた建物越しに見えたディアナちゃんと目が合う。その赤い目を見て先程の攻撃を思い出した俺は・・・
「うあああああああああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
ディアナちゃん目掛けて鉛玉を連射した。
恐い、恐い恐い。叫ばなければ腰が抜けてしまうくらい恐かった。
思えばこっちに来てから怪我らしい怪我なんてしたことが無かった。この世界にはものすごく強い存在がいるというのは聞いていたけれど、敵対することはまず無いと聞いていた。それでも俺に怪我させるような存在が向かって来ないと思う程楽観視もしていなかったし、いつか戦うことになるのかもしれないと覚悟はしているつもりだった。
でも・・・でも、それでもその相手がディアナちゃんだなんて、一体どういう皮肉なのだろうか。
俺が撃ち続けていると、目の前にディアナちゃんが現れた。いつの間に!? 全く見えなかった。ディアナちゃんは既に拳を振りかざしており、
ゴアァ!!
俺は真横にふっ飛ばされたが、痛みは感じない。元いた方向を見るとアルが向かってきていた。どうやらふっ飛ばして守ってくれたようだ。
アルが近づくと、ディアナちゃんの周りが大きく陥没した。およそ10m程の深さでゆるいすり鉢状に陥没している。おそらく重力を増大させたのだろう。そしてそのままディアナちゃんに斬りかかる。ディアナちゃんの足元から更に大きく陥没するが、当のディアナちゃんは右手の甲で剣を受け止めている。
アルはすぐさま離れると、凄まじい風音を立てながらディアナちゃんの左腕が唸る。あのまま少しでも留まっていたら簡単に餌食になっていただろう。
ディアナちゃんはヘコんだ地面から飛び出して、そのままグングン上昇していって空中の一点で止まる。
「・・・なんだ?」
「ヨウ様、攻撃して下さい!!」
なるほど、アルが空中に留めているらしい。確かにどんなに強い力があってもあの状態じゃあ何も出来ないだろう。何だかハメ技みたいな気もするが、その事を気にしていられる状況でもない。
俺は銃を連射する。果たして効いているのかどうかわからないが、今の俺にはこれしか出来ない。今の俺にはディアナちゃんを止める手立てが無く、こうして凶器を向けることしか出来ないのだ。ほんと、何故俺は彼女を救えないのだろうか。
アルも何かしら攻撃しているようだが、俺の銃弾もアルの攻撃も全く効いている様子がない。このままでは彼女を討つことなど出来やしないのではないか。と考えた時、ディアナちゃんの体が震えているのに気がついた。何かしら効いているのか? と思った次の瞬間、ディアナちゃんの背中から羽が生えた。コウモリの羽を溶かした鉛で大雑把にコーティングしたようなその羽根を広げた時、俺は嫌な予感がしてその場から飛び退いた。
ズゴァッ!!
地が砕ける音が響き、俺の元いた場所を見るとディアナちゃんが大地にヒビを走らせながら降り立っていた。・・・あそこから飛び退いて無ければ完全に潰されていたな。
アルがすぐさまディアナちゃんに向かって行き、首に剣を叩きつける。しかしその剣はディアナちゃんの首を傷つけることは出来ないでいた。そしてアルがすぐさま飛び退くと、ディアナちゃんは少し身をかがめる。
「おおおおおおおおぁぁぁぁあああああああああぁああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
「・・・・・・!!!」
ものすごい声と共に放たれた衝撃波に俺はまたもやふっ飛ばされる。そして、変質する前とあまり変わらないディアナちゃんの声に、戦う意志が挫かれる想いがした。
放たれた衝撃波は俺とアルだけでなく、周りの建物をことごとくふっ飛ばし辺りを更地にしていく。
声と衝撃波が収まったのを見計らい、俺は身を起こして、驚愕する。あのクソ暑かったけど活気のあった街はもう、見る影もない。俺は更地の端っこから、更地の中心にいるディアナちゃんを見る。彼女は、本当に理性を失ってしまったのだろうか? 先程の声を聞いて少し感傷的になっているのかもしれない。だけど、スキャンの結果が本当ならば彼女の意識は夢の中にあるのだと思う。それがどのような夢かはわからないし、意識が表に出るなんてことは期待出来ないだろう。でも、彼女の意識はちゃんとあそこにあるのだと思う。
衝撃波を放った余韻からか、少しじっとしていたディアナちゃんだが、ついに動き出した。やばい、少し感傷的になりすぎていたかもしれない。ディアナちゃんがこっちを見ると、その瞬間には俺の目の前にいて拳を振りかざしていた。
ゴガァン!!
とっさに防御を行った俺の腕とディアナちゃんの拳がものすごい音を出して俺はふっ飛ばされる。そしてまたもや腕が・・・何ともない?
一体どういうことなのだろうか? 俺は着地しつつディアナちゃんの方を見る。彼女は剣を構えて向かってくるアルを迎え撃つ。アルの最初の一撃は簡単に防がれ、距離を取ろうとするアルに追いすがる。
ディアナちゃんの2撃、3撃を防いでいたアルだが、とうとう剣を折られてそのままふっ飛ばされる。体勢を崩したまま吹っ飛ぶアルに更に追いすがるディアナちゃんを見て・・・俺は、自然と2人の間に向かっていた。
かつて無いほどのスピードで移動した俺は、ディアナちゃんがアルの所に辿り着く前に2人の間に割って入った。そして手の中に刀を創り出すと、その刀から吹き上げるようなものすごい力を感じる。
迫り来るディアナちゃんに向かって俺は刀を横薙ぎに振る。刀はその動きを増幅するように超加速し、振りぬいたその先には何の手応えもなく・・・・・・・・・ディアナちゃんの体を、真っ二つに斬り裂いていた。
ディアナちゃんの体が、崩れていく。少しずつ、ボロボロと砂山が崩れるように朽ちていく。結局俺は、殺すことしか出来なかったのか。
「あああああぁぁぁぁああぁぁぁぁ」
ディアナちゃんが、泣いている。変質してしまったその瞳から、涙が流れ落ちている。崩れゆく体から振り絞るその声は、今までの人生を嘆いてのことだろうか、俺に斬られたことに対する怨嗟の嘆きだろうか、それともただそういう風に見えるだけなのかもしれない。
しかし、両親を殺されても、自らが惨殺されそうになっても泣かなかったディアナちゃんが、確かに泣いていた。
俺は刀の柄を握りしめ思う。本当に、本当にこうするしか無かったのだろうか。わかってはいる、こうしなければ自分達が殺されていたのであろうことは。ディアナちゃんを斬った一撃だって、不意をつかなければうまく斬れたかどうかわからない。だけど、それでも思わずにはいられない。ひょっとしたらディアナちゃんを救う方法があって、自分はそれに気がついていないだけだったんじゃあないかって。
「ぁぁ・・・ぁ・・ぉ・・」
とうとうディアナちゃんの声も出なくなってきた。ごめんなさい。君を斬った俺を恨んでくれて構わない。助けられなかった俺を、罵ってくれて構わない。だから一言、謝らせて欲しい。
「ディアナちゃん、ごめんなさい。俺には君を救う事が出来なかった・・・。」
ディアナちゃんの体が完全に崩れると、紫色の光りに包まれて完全に消えてしまった。
~~side カイエル
余は今馬車の中で座っておる。隣にはプラムがいて、正面には父上がおる。馬車といえば遠出をする時に用いるものであったか。はて、余は一体どこへ向かっていたのだったか?
「プラムよ、余は今どこへ向かっているのだったか?」
「今は温泉へ向かっているのですよ。ちなみにこの質問は馬車に入ってから5度目です。」
「ふはははは、そうであったか!! 何とも楽しみなことよのう!!」
そうであった、温泉とやらへ行くのであったな。はて、なぜ行く事になったのであろうか?
「カイエルよ、あまりプラムを困らせるでないぞ。」
「もちろんわかっておりますとも。父上は心配性でありますなぁ。」
うむ、余はプラムを困らせた覚えなぞ無いぞ。何かと世話になっている気はするが、どのような事かと問われれば具体的には思い浮かばん。
行く手を見ると山が見えた。うむ、王都から見るのと違ってやけにでかく見える。馬車はあの山が分かれているような道を行くのだな。そしてその先からは白いものが登っておる。うむ、温泉なるものはああいったものがあると聞いた。
そして何やら白いものやら茶色いものやらが一気に立ち上ってキノコのような形を作る。うむ、あれは一体何であろうな?
「プラムや、あのキノコのようなものは一体何であるか?」
余が聞くと同時に馬車が止まる。なるほど、皆でじっくりあれを見ようということか。
「あれは・・・」
プラムが驚愕の表情でキノコのようなものを見る。プラムが驚くくらいだ、さぞかし珍しいものなのであろう。
「王、ここから先は危険です。私は様子を見てきますので、お戻りください。」
「・・・いや、ここにいよう。あのような事が出来るものがもし攻めてくるのだとしたら、逃げても無駄であろう。それよりも、一刻も早くこの事を王都に知らせるべきであろう。儂は移動の枷にしかならぬ。」
父上はそう言うと表にいた兵士に話しかける。その表情は何やら真剣だ。一体何が起こったのであろうな?
「プラムよ、よくわからんがお主が行くというのなら余も行くぞ。よもや置いては行くまいな?」
「駄目と言ってもついて来るのでしょうね。王、構いませんか?」
「ああ、連れて行って、護衛としてしっかり活用してやってくれ。情けない話ではあるが、儂にカイエルを止めることは出来ん。」
どうやら行ってもいいようであるな。まあ、ダメと言われても行くつもりではあったがな、フハハハハハハ!!
「わかりました。行きますよ、カイエル様。」
フハハハハ、望むところである!!
しばらく走った後目的地についた余は・・・驚愕した。
なんだこの瓦礫の山は。かつて街があったであろうこの地に一体どんな災害が起こればこのような光景が作られるのであろうか。
よく見ると瓦礫は特定の方向から吹き飛んだように広がっている。余でさえ持ち上げるのが困難であろうでかい瓦礫がガラクタのように飛び散っているさまは、ここで起きたことの脅威をまざまざと示しているかのようだ。
そうか、先程のキノコは凄まじい衝撃波の余韻か。しかし一体誰がこのようなことをしたのか。このようなことが出来るものはこの世界に多々いるが、人前に出るなどということは極めて稀なはず。まさかこの街を滅ぼすために現れたわけでもないだろう。
余とプラムは何がいるかわからない、街であった所を衝撃波の中心に向かって慎重に進んでいく。そしてそこにいたのは、ヨウヘイとリリーティア嬢であった。何やら座り込んでいるヨウヘイをリリーティア嬢が遠巻きに見守っている。2人が関わっているのは間違いなかろうが、一体何があったと言うのか。
「プラムよ、リリーティア嬢から話を聞いてきてくれ。余はヨウヘイの方へ行く。」
「わかりました。とりあえず、危険は無さそうで何よりです。」
余はヨウヘイに近づいていく。ヨウヘイからは、今までにないものすごい力を感じる。そして握り締めている刀と呼ばれる剣からも。
しかし、余は気づいた。ヨウヘイは、泣いておる。べつに涙を流しているわけでも声を上げているわけでもないが、とても悲しそうな雰囲気が漂ってくる。
話を聞くべきなのであろうか? いや、聞かねばならぬのであろう。しかし、余に話してくれるかどうかいささか不安である。そして、余は力になれるのであろうか? なにせあのリリーティア嬢が遠巻きに見ているだけなのである。余に一体何ができるのであろうか。
「フハハハハハハ、ヨウヘイよ、何をそんなところで項垂れておるのだ!!」
結局余は普段の様な振る舞いをすることにした。この方が話しやすかろうと思ったのもあるが、結局は話してくれなかった時にどのような顔をすればいいのかわからないという、余の逃げでもある。情けないことに。
「カイエル・・・? どうしてここに?」
「ふむ、何でであったかのう? まあそのようなことどうでもよいではないか!!」
ヨウヘイは少し困ったような顔をしたが、以前として悲しみをたたえたままである。
「どうしたヨウヘイ、何かあったのか? 余に話してみるがいい。なぁに、余は人に言われたことなど直ぐに忘れてしまうでな、遠慮をするでないぞ、フハハハハハハ!!!」
ヨウヘイは、今度は少し呆れたような表情をしたが、事の顛末をポツポツと話してくれた。
どうやらここへはリリーティア嬢とディアナと3人で旅行に来ていたらしい。ディアナの望みだったとか。
しかし突然ディアナが夢の主の力で化物に変わってしまい、戦うことになったという。この街の状況はその余韻らしい。そして・・・ヨウヘイがディアナを討ったと。ディアナは崩れて消えてしまったと。
夢の主・・・12柱の一角を司る、夢の世界の支配者だと聞いている。人の無意識に介入し、一度に何百万もの人を操ることが出来るという。その力故に、どこかの国は夢の主に操られている、なんてうわさ話まで飛び交うほどである。
12柱とは、それほどの存在。一角でも動けば世界を滅ぼすなどたやすく行なってしまう存在。故に敵対してはならぬ、逆らってはならぬと、誰もが幼少の頃より教えられるものだ。
どこにいるかもわからぬ圧倒的な存在に歯向かうなど愚か者のすることだと、ヨウヘイは実感が無いかもしれぬがこの世界の人間ならば誰でも知っている。
しかし、そのような当たり前のことが・・・
そのような世界の不文律とも言えることが・・・
こんなにも悔しいものだとは思わなんだ・・・・・・!!!
ヨウヘイよ、すまぬ。余にはどうしてやることも出来ん。敵を討つとも、夢の主をぶん殴ってやるとも言ってやることが出来ぬ。今の余には、お主の話を聞いて白痴のように頷くことしか出来ん。お主が苦しんでいる時に余は何もしてやる事が出来んのだ。
そしてディアナよ、許して欲しい。余がもっとしっかりしていればお主を助けることが出来たのであろうか? お主とはもっと話をしてみたかった。お主の頑張る姿に励まされていたのは、何も我らだけでないということを伝えてやりたかった。
余が必死に平静を取り繕っているとヨウヘイが立ち上がり、ありがとうな、と言ってリリーティア嬢の元へと向かっていった。お礼など言うでない。余は・・・余は何も出来なんだ。
おそらく余が演技をしていたのもバレていたのであろう。そんな感じを抱きながらヨウヘイを見送る。話してくれないかもしれないなどと考えた余が恥ずかしい。そして、あることが思い浮かんだ。
ふむ、おそらくヨウヘイ絡みのことなのであろうが、なぜこのようなことが浮かぶのか。考えるまでもなく察知のスキルが発動したのであろうが、関連性が全く掴めん。
とりあえず書き留めておくか。余は直ぐに忘れてしまうからな!!
報告の為に余とプラムは一旦父上の元へと戻る。とりあえずこれから先心配するようなことは無いとだけ言っておくべきだろうか。何せ相手が相手だ、攻め入るつもりなら気づかないうちに滅ぼされているであろう。
「カイエル、戻ったか・・・目が覚めているようだな。何があった? 浮かない顔をしているが。」
やはり父上に隠し事は出来んか。
「父上・・・・・・友が、死んだようです。」
「・・・そうか。続きはプラムから聞くことにしよう。何かやり残している事があるのなら行ってくるといい。」
「よろしいので?」
「もちろんだとも。儂にはカイエルを縛るつもりなど無い。好きにするがいい。・・・また今度、どこかに旅行にでも出かけよう。」
父上はこの時のために忙しい中わざわざ暇を作ってくれたのであるな。普段の余など相手にしてても疲れるだけであろうに、なんともありがたい心遣いである。
余は父上に礼を言うと、再びヨウヘイ達の元へと駆け出した。
~~side out
翌日、家の前にカイエルとプラムさんが来ていた。ディアナちゃんを弔うためである。
家の前に簡素な墓を急ごしらえし、今は形だけの葬儀を行なっている。そのうちちゃんとしたものをつくらなきゃあな。
アルが巫女の姿で祈りの言葉を捧げている。墓の前には、俺が創った・・・ディアナちゃんを斬った刀が鎮座している。
なぜ刀が残っているのか、おそらく俺の能力が向上したためだろうと、アルは言っていた。アルでさえまともに戦えなかったディアナちゃんを倒すくらいの向上なんていくらなんでもおかしいと思い、スキャンしてみるととんでもない事が起こっていた。
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玖珂 要平
種族:人間
属性:無
強さ:SSSランク
HP :378(+2000)
MP :219(+2000)
ATK:199(+2000)
DEF:235(+3500)
MGK:171(+2000)
SPL:223(+2000)
最近度胸がついてきた異世界人。力の在り方に疑問を感じている様子。
称号:
カオスドラゴンの守護
魔王の加護
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何故魔王が出てくるのだろうか。今回の出来事に、何か関係しているのだろうか。この事は誰にもわからなかった。プラムさんが調べてみるとは言ってくれたが、あまり期待しないほうがいいらしい。12柱の情報は基本的に集めることが出来ないのだそうだ。
短く逸れた思考を切り替え、前を向く。果たして俺に祈る権利があるのだろうか。ディアナちゃんを斬った俺に、祈る権利があるのだろうか。迷いながらも手を合わせる。
アルに言わせればディアナちゃんは魂も残らない状態だったらしいので、祈りを捧げる対象は、もういない。葬儀なんてものは残された者のためにある、なんて聞いたことがあるけれど、今は正にそんな感じなのだろう。今の俺はただ一人よがりに祈っているのだろう。
そしてここで何を想っても届くことはない、なんてわかってはいるけれど、それでも祈らずにはいられない。
カイエルもプラムさんも俺の後ろで祈りを捧げているのだろうか。こっちの世界ではどのように弔うのかわからないけど、想いは同じなのだろう。
祈りを捧げるアルの後ろ姿が滲んでくる。今更、涙が流れてきた。
伝わらないのはわかっている。無駄かもしれないとも思っている。伝わったとしても、迷惑に思われるかもしれない。だけど、・・・だけどもし、ディアナちゃんが何らかの形でどこかにいるのなら、今度こそ、幸せな道を歩めますように。
本編はもうちょっとだけ続くんじゃ