12話_温泉旅行
「ヨウ様、温泉に行きましょう!」
アルが突然そんなことを言ってきた。
「温泉か、別に構わないけど突然どうしたんだ?」
「ディアナちゃんがザウムに行きたいと言ったんです。ザウムと言えばディアナちゃんが両親と旅行に行く予定だった所ですね。本来あまり行きたいと思う所ではないかもしれませんが、何か思う所があるのでしょう。」
そっか、ディアナちゃんが・・・。ディアナちゃんが家に来た直後は何だか抜け殻になったような感じで、何を言っても僅かな反応しか示さなかった。こうして自分の意思を示したのだって、こっちに来てから初めてのことだろう。
「ああ、わかった。別に断わるつもりも無かったしね。何か準備する物とかあるかな?」
「そういったものはこちらで用意しますので。それでは明日から行きましょう。ふふ、楽しみですね。」
ディアナちゃんの関連で行くだけかと思ったけど、アルも何だか嬉しそうだな。アルも色々やって来たらしいけど、旅行なんかは行ったことないのかもしれないな。
まあともかく、ザウムに来た。温泉街だと言うだけあってあちこちから湯気が昇っている。この街は火山帯の麓にあって、その熱源を利用した温泉やら食料品やらで栄えているらしい。
建物は全て木造だが、これは石にすると熱を持って危ないからという理由らしい。地下から熱がじわじわと上がってきて焼け石になったりするんだとか。なら木造ならもっと危ないんじゃあないかと思うが、ここら辺の木は熱に強いらしく、火山帯でも熱湯を吸ってたくましく生きている木を使っているから滅多なことでは燃えないんだとか。とにかくそんな状況だから、この街はとにかく暑い。
「ほんっと暑いな。来ただけでサウナ気分ってか。もうちょっと涼しい所に街作りゃあいいんじゃないかって思うよ。ディアナちゃん、大丈夫?」
「あ・・・はい、大丈夫、です。」
どうやら愚問だったようだ。この子は大丈夫としか言わない。我慢強い子なんだとは思うが、もうちょっと頼ってくれてもいいんじゃあないかなと思ったりする。今はそこら辺のことはこっちが気をつけるしかないが。
「とりあえず宿に行きましょう。部屋に入ってから空調を効かせれば涼しくなるでしょう。」
空調なんてこの世界では馴染みのないことだが、アルなら出来るのだろう。家ではそんなに暑かったり寒かったりなんて無かったから必要なかったけど、ここじゃあ気をつけないと体を壊してしまいそうだ。・・・別に壊しても治せるけどさ、壊さないに越したことはないよな。
「ああ、それで頼む。温泉に来て体壊すなんて洒落にならんからな。」
温泉はくつろぐ為に来る所、なんて思いながら宿に向かう道中周りをよく見てみると、あまり体の弱そうな人はいない。むしろ全員健康的である。たしかにこの蒸し風呂のような街にはこういった人じゃなきゃあ近づこうとは思わないんじゃあないだろうとは思えるが。
「アル、何かこの街にいる人達ってやけに健康的なんだけど、湯治客とかそういった類の人はいないのかな?」
「いませんよ。そういった人はここに来るまでの旅に耐えられませんからね。王都からならすぐですけれど、それでも移動には体力を使うんである程度元気な人じゃないと来れませんよ。それに、この環境ですからね。」
まあ、確かにそうだな。ここで湯治なんてやってたら体治す前に壊しちゃうか。
「はふ・・・ふぅ・・・」
やばい、ディアナちゃんが朦朧としてきた。精神的に弱っている状況でこの街の環境はキツイのだろう、足元がふらつき始めている。俺はディアナちゃんを背負いつつ、宿に向ける足を早めていった。
宿の部屋に入った後俺はディアナちゃんを寝かせてアルは空調を効かせる。部屋がどんどん涼しくなっていくのを感じながら一息ついた。
「うう、ごめんなさい・・・。」
ディアナちゃんが項垂れている。大丈夫だと言った手前、背負われたことを気にしているのだろう。
「別に気にする必要はないよ。ここは本当に蒸し風呂みたいな街だからね。」
「蒸し風呂・・・ですか?」
どうやら伝わらなかったようである。考えてみれば、家には風呂があったけどこっちの世界では普通どうなのか知らないな。温泉があるのだから風呂が知られていないということはないと思うけど、あまり種類豊富でもないのかもしれない。
「ああ、まあ、ジメジメしててクソ暑いって感じだ。」
「そうなんですか、それならわかります。」
よかった。これで伝わらなかったらどう言えばいいのかわからなかった。
「アル、そういえばこの宿はどの位取ってあるんだ?」
「1週間ですね。だから今日はのんびりしてても構いませんよ。というか別に急ぐ用事があるわけでもありませんしね。1週間で足りなければ伸ばせばいいでしょう。」
目的から考えれば急いでいいことなんて無いしな。俺もしばらく街に出る気は無いし、飯時までのんびりしてようか。夜になればここら辺も多少は涼しくなって・・・いるのかな?
「じゃあ俺もしばらく休んでるか。さすがにこの街中を歩き回るのは勘弁したいからな。」
俺が備え付けのベッドに腰掛けると、アルも隣に腰掛ける。
「膝枕しましょうか?」
「いや、別にいいよ。普通に休むから。」
ディアナちゃんの目もあるし、それに普段から膝枕なんてしていないのに何でこの場で言うかな。
アルはそのまま ぽすんっ とベッドに倒れ込む。
「抱き枕の方が・・・良かったですか?」
「いや、そういう話じゃないからね!!? 何をさも普段からやってますみたいに言うかな!? ディアナちゃんも、顔赤らめないで!! やらないからね!? やってないからね!!?」
「あうぅ・・・私、お邪魔でしょうか?」
「いやいや、そんなことないからね! 今回の主役はディアナちゃんだからね!!?」
ふとアルの方を見るとお腹を抱えて笑いを堪えている。
「アル、対応に困る冗談はやめてくれ、ホントに。俺は一体どうしたらいいんだ!?」
「ふふ、さてどうすればいいのでしょう?」
わからん。俺にはさっぱりわからん。とりあえず俺はディアナちゃんをアルの上に乗っけて、違うベッドで横になった。
夜になって街へ出る。地面からは相変わらずものすごい熱気が漂ってくるが、上空からは冷たい空気が入ってきているのでさほど苦しい感じはしない。これほどの寒暖の差があるのだから、どこかでカマイタチでも発生しているんじゃあないだろうか、なんて考えてしまう。
そんなことはさて置いて、俺達は飯を食う所を探していた。別に宿で食べても良かったのだが、せっかく来たのだから、ということでこの街の名物を探している。そんなことは人に聞けばいいものだが、自分達で探すのがオツだというアルの言に従って適当にそれっぽいものを探している。
「温泉街だからな。地熱を利用した蒸し料理なんてのが普通に思い浮かぶけど。」
「甘いですね、ヨウ様。確かに蒸し料理も名物ですが、所々で肉の塊が焼いてあるでしょう?」
ああ、そういえばそうだな。頭で考えるばっかりで周りを見てなかったか。でも、なんでこんなに肉を焼いているんだろう?
「私の推測ですが、温泉というだけで蒸し料理というのは無理があったんでしょう。なにせここには人が住んでいますからね。蒸し料理中心の生活なんて嫌になりますし、この環境を耐えぬくにはキツイです。なので、この土地に耐えぬく料理が別に開発されたのでしょう。」
それが所々で焼いている肉の塊か。いや、だったら場所を移せという話だ。街を出てしばらく行くだけで涼しい場所があるんだから。妙な憶測はやめましょう。
「な・・・なるほど、です。すごいです。」
ほら、ディアナちゃんが信じちゃった。信じた所で害はないだろうから別にいいけど。
というわけでアルが肉の塊を買って来て俺らに配る。香辛料がたっぷりかかっているのを見ると、アルの推測もあながち間違いじゃあないような気もしてきたが、この世界では香辛料が全般的に安いからただのサービスかもしれない。
とりあえず一口食べてみて・・・、辛い。こんなに香辛料がかかっているんだから当たり前っちゃあ当たり前だが。
「かはひ・・・れふ・・・」
ここに犠牲者が一人。子供にこの辛さはキツイだろう。ちょっと涙目になっている。
「アル、ちょっと飲み物買ってくるからここで待っててくれ。」
「あ、はい。すみません。」
果物のジュースを買って来た後は、素直に蒸し料理に手を付けることにした。肉と野菜の入った饅頭とか蒸し芋とか、やっぱり無難なものの方が旨いな。アルは諦めずに明日以降も何か探そうとしているらしいが、キツイ味のものは勘弁してもらいたいな。
飯を食った後ようやく温泉に入る。アルが事前に独占・・・もとい予約していたこの温泉には俺達以外誰もいない。何もここまでしなくても、とは思ったが、アルにはアルの考えがあるようだ。
女湯の方では、おそらく2人で何か話しているのだろう。その時に周りに人がいたら話しにくいということだろうか。どんな内容かは気になるが、あえて聞くほど野暮でもないので任せることにする。
それにしても温泉なんて久しぶりだな。木で風呂桶を作った露天風呂だがなかなかに気持ちいい。風呂桶は地面に埋め込む形になっているので視線は低く、しかし眼前には木々に覆われた山が広がっている。おそらくあの木々がこの街を作っているたくましい木なのだろう。
体を寝かせて底に手を付け、力を入れると体が浮き上がる。実にのんびりした気分だ。気を抜くと眠ってしまいそうな程まったりとしてくる。
「ヨウ様っ、来ましたよっ!!」
「ガボホァッ!!」
手が滑って湯の中に潜ってしまった。
慌てて顔を出すと、何故かアルとディアナちゃんがいた。もちろん何も付けないで。
俺は慌てて目を逸らした。
「ちょっ、何でこっちにいるんだよ!!」
「ふっふっふ、何のために独占したと思ってるんですか。」
このためかい!! 真面目に考えて損した!!
アルが俺の隣に入ってくる。その隣にディアナちゃんも入る。ちらっと見たが、なんだかすごく恥ずかしそうだ。俺は別に場所を移動しても構わないのだが、アルがついて来ちゃあ同じ事だろうと思い諦める。
「俺は何か深い考えでも持ってるのかと思ってたよ。」
「私達が考えたってどうしようもないんですよ。それなら色々刺激的な思い出を作る方に持っていったほうがいいじゃないですか。」
嫌な思い出を楽しい思い出で上書きか。わからないでもないがもうちょっと違う方向でやってほしい。
「ディアナちゃん、嫌なら嫌ってはっきり言っていいんだからね。何かこのまま行くとアルが暴走しちゃいそうだ。」
「い・・・いやでは、ないんですが、その・・・あの・・・・・・。」
いやじゃあないならいいんだ。正直言って思春期の女の子の考えてることなんて俺にわかるわけもないのだからアルの行動を信じて受け身になるしかないのだが、もうちょっと意図を伝えてくれてもいいんじゃないかな。これ、絶対楽しんでるよな。
けどまあ、それでもいいんじゃないかとも思う。アルは普段から俺のことを色々気にかけてくれているし、俺が少々戸惑うことで楽しめるんならいくらだってやっていい。あんまりひどくなるようだったらからかい返せばいいわけだし、今の状態の方がディアナちゃんにも気を使わせなくていいだろう。
ため息をつき上を向くと、満天の星空が見える。2つある月の周りは星が目立たないけど、この星空を見るたびに無心になったような気分になる。2つの月が満月の時は魔物の活動が活発になるらしい。逆に2つの月が新月の時は冥府への扉が開くと言われている。開いた扉から魂が登って月になり、満月になるとその魂を求めて魔物が騒ぎ出す。欠ける月は何処へ行くのか、生まれ変わりの道を行ったり天国へ昇ったり魔物に食べられたり・・・そんな話を聞いた。
そういえばディアナちゃんも月を見ていたな。まだ家に来てすぐの頃、抜け殻のような目をしつつ、確かに月を見上げていた。両親の事でも想っていたのだろうか。
なんだか暗い思考に陥っていたら体に何かが乗っかった。見てみると顔を真赤にしたディアナちゃんが・・・。
「アルッ!!」
「怒っちゃいやですよぉ」
そう言って俺とディアナちゃん2人とも巻き込んで抱きついてきた。俺としては嬉し恥ずかしだが、ディアナちゃんを巻き込むのはどうかと思うよ。
翌日は朝の早いうちから街に出ていた。日が昇りきら無いうちは案外普通に過ごせるもんだ。日が昇ったら宿に戻ることになってる。
とりあえず朝昼の飯を確保してそこら辺ブラブラしてみようということになっている。だからあまり時間もかけられないな。いつ暑くなるかわかったものではないのでやることはさっさと済ませよう。
「アル、さっさと買い物を済ませるために二手に分かれよう。アルは何か飲み物頼む。」
「そうですか? さっきそこでちょっと変わったお菓子を見つけたんですけど。」
「・・・いや、まだまだ時間はあるんだからそんな変わったものばっかり集める必要はないよ。普通のを頼む。」
「わかりました。まあ、一度ハズレを引いたから仕方ありませんね。」
内心見透かされてら。いや、さすがにわかるか。それはともかくさっさと買い物を済ませよう。
~~side ディアナ
今私達と別の道に進んでいったのがヨウヘイさん。私の大怪我を直してくれた不思議な人。そして、とてもやさしい人。私のことをずっと気にかけてくれていた。私が何にも言わなくても話しかけてくれていた。その時のことはいつか謝らなくっちゃあって思ってる。
ヨウヘイさんは私のことを強い子だと言ってくれた。泣かずに、強く立ち上がれる子だと。でも、それは違うんだと思う。私はずっと泣いていたんだと思う。ただ、涙は奴隷だった頃に全部流してしまったみたいに流れなかった。
私が塞ぎ込まなかったのは、怖かったから。一度立ち止まると、隣にいてくれた人達が行ってしまうような気がした。一度振り返ると、もう前に向くことが出来ないような気がした。だから私は前に進むしかなかった。
今優しく手をつないでくれているのは、リリーティア様。私の、私達の救世主様。一目見た時はとてもまぶしい人だった。私達を奴隷から開放してくれた、とても力強い人。私はこの人に恩返しをしたかったから、神官なんて目指してみた。立派になれば、いつかきっと恩返しが出来るようになるんじゃあないかと思ったから。
遊びに行こうと誘ってくれた時には本当に嬉しかった。リリーティア様は、あのまぶしい姿からはとても想像出来ない程やさしい人で、恋する人だった。そんなリリーティア様の姿を見た時は驚いたけど、やっぱり改めてこの人にお礼がしたい、感謝し続けようと思った。そのためにはやっぱり、私自身が立派にならなくちゃあって決心した。
でも、何もうまくいかなかった。恩返しがしたいと思っているのに、私は助けられてばかりいる。迷惑なんてかけたくないのに、今も手をつないで守ってもらっている。本当に、私は情けない。
だからか、私は最近よく思う。どうして、私はうまく進めないんだろう?
神官を目指したからだろうか?
ううん、違うと思う。目指しちゃいけないと言うのなら、リリーティア様が私達にくれた自由を否定することになっちゃう。だから、そんなことはない。
邪魔をしてきた人達のせいだろうか?
それはわからない。あの人達がいてもいなくても、普通に生活している人はいるしほとんどの人にとっては関係のないこと。ただ、あの人達に会ったことは1つの原因かもしれない。
じゃあ、運が悪かったのかな?
そうかもしれない。だけど、それだけで終わらせちゃあいけないんだと思う。行動すれば物事は変わるって、リリーティア様が示してくれた。全部が全部、運が悪かったって言っちゃったら、私は何もしなくても同じということになっちゃう。それは、受け入れたくない。
なら力があれば、よかったのかな?
・・・そうかもしれない。行動しようとすると、やっぱりそれに見合った力が必要になるんだと思う。私にはその力が無かった。だから、目指そうとした道を進めなかった。困難にあっても対抗できる力があれば、違った結果になったのかもしれない。でも、ないものは仕方がない。私には私の持っている力しかないんだから。・・・残念だけど。
それなら、力を貸してあげよう。
・・・・・・え?
・
・
・
ガタゴト・・・ゴト・・・ゴト・・・
目が覚めた。ここは・・・馬車の中だったかな。
なんだか夢を見ていたような気がする。とても悲しいような、とてもやさしいような、でもはっきりと思い出せない。
「おやディアナ、目が覚めたかい?」
お母さんが話しかけてきた。そうだ、今はお父さんとお母さんと一緒に温泉に行く途中。よく揺れる馬車だけど、つい眠っちゃったらしい。
「まだ半日ほど時間が掛かるからね、ゆっくりしてればいいんだよ。」
こんどはお父さんが話しかけてくる。そっか、まだそんなにあるのか。
2人に話しかけられて、なんだか懐かしいような、少し嬉しいような気分になった。なんでだろう? いつもこんな感じなのに。
体を起こして、窓から外の景色を見てみる。今は山と山の間に入り込む道にいるみたい。この道を抜けてしばらく行くと目的地に着くんだっけ。
ガタンッ!!
「ひゃっ!?」
馬車が急に止まって尻餅をついちゃった。
「大丈夫かい、ディアナ?」
お母さんが手を差し伸べて起こしてくれる。うぅ、ちょっと痛い。
「盗賊が出やがったぞ!!」「なんたってこんな所に!?」「知るか、ただの馬鹿な連中なんだろ!!」
表で叫ぶ声が聞こえて今の状況が分かる。窓から見ただけじゃあわからない所にいたみたい。
ここらへんはリリーティア様が近くにいるし、王都に近いから他に強い人が沢山いるから盗賊は寄り付かないって聞いたことがある。
護衛をしていた人の1人が馬車に入って状況を知らせてくれる。
「盗賊が出やがった。正直言って数が多い。俺達ももちろん最善を尽くすが、最悪の場合を覚悟しといた方がいいかもな。」
お母さんがギュッと私を抱きしめる。お父さんはナイフを手にとって馬車の外の様子を見ている。
どこかで見たような光景。でも、何かが違う光景。
私はどうすればいいんだろう、なんて思ったら何故かすごい力が湧いてくるのを感じた。
その強さにとても驚いた。どうしてこんな力が湧いてくるのだろう? でも、この力があるのなら、きっと大丈夫。
今度こそ、守ってみせる。
~~side out