11話_イグ教(後)
~~side プラム
ギルドに依頼を出してから急いで私はカイエル様と城まで戻りました。本当はギルドに依頼を出すだけのつもりでしたけど、リリーティア様とヨウヘイさんがいたのは僥倖と言えますね。
今回は本当に手痛い失態です。城の方ではイグ教の動向を少なからず把握していたのに、私は何も知らずにディアナちゃんを送り出してしまいました。あいも変わらずの詰めの甘さに嫌気が差します。なぜ、イグ教の事を調べていなかったのでしょうか、なんて今更思ってもどうしようもないことなのはわかっているのですが自分自身に辟易してしまいます。
リリーティア様とヨウヘイさんがいなければ、ギルドから何人か先行してもらうつもりでした。結果的に最高の戦力が向かったわけですけど、リリーティア様はともかくヨウヘイさんは大丈夫でしょうか。
とある筋から異世界の人間だと知らされた時には少々信じられないという想いと、異世界ってどんな所なのだろう、なんて想いが湧き上がって来ました。異世界、興味はありますがもう戻れない場所のことを聞くというのも野暮というものです。
向こうでどのような生活をしていたのかはわかりませんが、ヨウヘイさんは精神的に少々弱い所があります。それに気づかなかった時はひどく後悔したものです。カイエル様とリリーティア様はわかっていた、と気づいた時には特に。
でも今は気にしても仕方がありません。城で手早く兵士を動かす手続きを済ませた後、許可が降りるのを待ちながら集まった兵士達とカイエル様を眺めています。
許可が降りる前に嗅ぎつけて待ってくれるようなこの優秀な兵士達は、カイエル様を慕って集まった精鋭達。守る為に戦う以外の、いわゆる上下関係とか政治的策略とかに嫌気が差した時に、正義の為だけに動くようなカイエル様を見て同調した人達。そんな人達がカイエル様の直属となり、何に縛られることなく騎士をやっていけるのは王の配慮でもあります。
なので基本的に正義感の強かったり真面目な人達なのですが、少々正確が雑な所があるのは直して欲しいものです。今もカイエル様と駄弁っています。
「カイエル様、最近ご無沙汰じゃあないっすか。盗賊退治、俺も行きたかったっすよ。」「フハハハハ、そんなこともあったかのう!!」「俺達が集まることすら滅多にないじゃあないですか。まあ、召集が掛かる前に解決するのはいいんですがね。」「それにしても今回は多いですね。こんだけ集まったのはいつ以来でしったっけ?」「リリーティア様と一緒に麻薬組織潰しに行った時はもうちょっとあつまってたかな。」「リリーティア様可愛いっすよね。でも今は彼氏持ちだとか。」「おい・・・なんつった? それ本当のことか? カイエル様、どうなんすか!!?」「うむ、リリーティア嬢はヨウヘイといつも一緒におるぞ!!」
会話がどんどん騒がしくなります。そろそろ止めたほうがいいかなと思った時、文官の人が許可が降りた旨を知らせてくれました。
「カイエル様、許可が降りましたよ。」
「許可? はて、何の事だったかのう?」
いつもどおりのカイエル様は無視して、私は兵士達の方へと向き直ります。
「みなさん、どこで聞きつけたのかはわかりませんが集まっていただいてありがとうございます。今回の討伐目標はイグ教です。最近誘拐事件や闇商人の斡旋など、きな臭い情報が上がっていたのをご存知でしょうか? 私は知りませんでした。そしてそのせいで、カイエル様のご友人をイグ教の元へと送り出してしまったことを本当に申し訳なく思います。現在はリリーティア様と、カイエル様のご友人であるヨウヘイさんに先行して調査に入ってもらっていますが、どのような結果が返ってくるかはわかりません。ギルドにも依頼を投げて、怪しい動きをするものがいないか見張ってもらっています。ですから私達は早急に教会へと赴き、制圧することを第一目標とします。」
説明が開始された途端黙る兵士達はいつものことです。私が取り仕切るのもいつものことです。カイエル様は目覚めでもしない限り取り仕切るなんてことは出来ないので仕方のない事です。始めは兵士の代表の方が隊長役をやっていたのですが、私の方が強いと知るやあっさりと役目を渡してきたのは苦い思い出です。弱いフリしていればよかった。
「むっ!?」
カイエル様が唸って後ろの方を向きました。その視線の先を追ってみると、リリーティア様がいて、そしてその腕の中には、血にまみれた服を着たディアナちゃんを抱えていました。
「だ、大丈夫か!!? 血まみれではないか!!」
カイエル様が慌てて聞いて、リリーティア様が頷く。よかった。私は立場上、普段から平静を装うようにしていますが、内心気が気でなりませんでした。
「怪我自体はヨウ様に直してもらいました。ただ・・・その時の事はあまり話したくないです。」
「そうか。ヨウヘイの薬はよく効くからな。それで大丈夫だと言うのならそうなのだろう。」
カイエル様はそう言っていますが、その時の怪我が原因であんなに血まみれになったということは簡単に想像できます。あんなに血を流して、幼いあの子はよく耐えてくれました。そしてロクに調べもせずにイグ教に送り出してしまった軽率な私を、ディアナちゃんは許してくれるのでしょうか。いえ、今は無事を喜びましょう。
「申し訳ありません。私が至らぬばかりにつらい思いをさせてしまいました。」
「・・・私も気づかなかったんです。もっと慎重になっていれば守れたのに・・・」
「う・・・・・・あぁ・・・」
ディアナちゃんが目を覚ましたようです。とりあえず一安心しました。やっぱり寝ている時に無事だと言われても起きている姿を見たいものですね。
・・・何か様子がおかしいです。目は確かに覚めているというのに焦点がまるで定まっていません。まるで右目と左目で別々のものを見ているような、不安にさせる雰囲気があります。
「イグ・・・しんは・・・・・・われらに・・・、えい・ちを、ささげ・・・ます・・・」
「ディアナちゃん?」
ディアナちゃんが何か祈りのような言葉をつぶやきます。これは、洗脳されている!? いや、そんなことはない。そんなことをするなら大怪我などさせないはず。一体何のためにこのようなことを言わせるように仕向けたのか、目的が全くわかりません。
ただ言えることは、ディアナちゃんをこのようになるまで徹底的に追い込んだと言うこと。このような短期間に一体何をしたと言うのでしょうか。イグ神に祈らなければならないという脅迫観念でも刷り込んだのでしょうか・・・。
「えいち・・・は、は、われらとともに、あ、あ・・・」
「ディアナちゃん! ディアナちゃん!! もう、もうそんなこと言わなくて大丈夫だから!!」
リリーティア様が叫びますが、ディアナちゃんには聞こえていない様子です。
「あな・・・たの、え、いち、、、お・・・を、われら・・・に・・、・・」
私はディアナちゃんの首筋に手刀を打ち込みました。するとディアナちゃんは力なく項垂れて気絶します。
「もう少し、寝かせておいた方がいいです。」
「ええ、ありがとうございます。・・・教会の裏手に地下へ通じる通路があります。ヨウ様もいますから、向かって下さい。私はディアナちゃんの様子を見なければならないので、今回はこれ以上参加出来ません。」
「わかりました。ご助力、感謝いたします。」
私が頭を下げるとリリーティア様とディアナちゃんが消えました。家に向かったのでしょう。私も付いて行きたかったのですが、この場を取り仕切る必要があるのと、失敗した私が付いて行っていいものかという迷いもありました。
後ろの雰囲気が変わったのを感じて見てみると、カイエル様が怒り心頭といった様子で剣の柄を握りしめています。いえ、カイエル様だけでなく兵士達もこれ以上なく怒っています。誰もが今の状況を理解して、イグ教への怒りを露わにしています。そして、カイエル様が俯きながら言います。
「余は・・・、余は友の1人もロクに救えぬ弱き人間だ・・・。普段の余は何も考えることが出来ぬ。何も成すことが出来ぬ。何も、守ることが出来ぬ・・・。」
そんなことはない。カイエル様は沢山の人を救っている。沢山の人を助けている。それは私がよく知ることです。しかしカイエル様は自分を認めることが出来ないでいる。なぜならば、カイエル様は本当に大切な人をもう守れないから。人格が分かれてしまったカイエル様ではもう守ることは出来ないから。
「この国の事にしてもそうだ。リリーティア嬢がいなければ、この国は何も変わることがなかったであろう。余は何もすることが出来ぬ。肝心なことはいつも人に任せてばかりだ。何のために・・・一体何のためにこのような力を持たされたと言うのだ・・・。」
カイエル様もわかってはいるのです。この言葉が、今まで助けた人に対する侮辱になるということを。カイエル様の力がなければ助からなかった人がいる。ディアナちゃんだって、今頃どうなっていたかわからない。
だけどカイエル様はそれで納得は出来ないのです。カイエル様は為政者には成り得ないから、自分の手で直接救う立場だから、誰かに任せきりのままではいられない。なのに大切な人はいつも自分から離れた所で傷ついている。
自分で何とかしたい、なんてただの我侭に聞こえるかもしれないけど、カイエル様は不安なんだと思います。大切な人が自分から離れていくのがとても恐ろしいのだと思います。だから最近はヨウヘイさんを、ディアナちゃんをよく訪ねていた。別れたくないという不安が無意識のうちに行動に出ていたのかもしれません。
「しかし・・・しかしだ、こんな余でも何か出来る事があるのではないかと思っておる。成すべきことを成そうとしていれば、いつかこの状況を打破することが出来るのではないかと信じておる。だからこそ今は・・・」
カイエル様が城の外に向かって進む。兵士達も一歩も遅れることなく追随する。
「邪教徒共を討伐するぞ・・・!!」
教会の裏には確かに地下への通路がありました。穴が開いていて、そこを梯子で下ることになるので兵士達は多少苦労していました。
私達に気づいたイグ教徒は止めようとしましたが、そんなこと私達に通用するはずもなく即捕縛。今は逃げ道を塞ぐように兵士達が教会を囲んでいます。そして余った10人程を引き連れて地下へと降り立ちました。
「よくここまで集めたものですね。」
地下に降りて直ぐの部屋の中にあった物品を見て思わずつぶやきました。取り締まりを受けている数々の品、もちろん撲滅出来たなんて考えていたわけではありませんけれど、こんなに大量に運び込まれているとは思いませんでした。
「うむ、ここも凄いが本命はどう考えても奥だろう。ヨウヘイもいないしな。しかしこのようなことを見過ごすわけにもいかぬ。」
カイエル様が兵士のうちの1人に振り向く。
「お主は城へ行ってこの事を報告してくれ。本格的に兵を動かすぞ。」
言われた兵は敬礼をして元きた道を戻っていく。ここも気がかりではありますが、私達は奥へと進むことにしました。
部屋へ出て直ぐのところに脇道が開いています。どうも不自然な作りに見えましたので、よく見ると仕掛けが施してあるようです。どうやら隠し扉の類のようですね。
そのまましばらく進んでいきますが、誰も居ないのがなんとも不気味な感じがします。それにこの通路、これだけ掘るだけでも目立ってしょうがないはずなのに誰にもバレていない、ということは遺跡を利用したものなのでしょう。
この国の歴史から見ればこのようなものがあっても不思議ではありません。作られた当時は知っている人も多かったものでも100年も見られないようになれば誰もが忘れてしまう。そういったものが偶に発見されては調査が行われています。それだけ記録が不確かなものばかりだというのはなんとも情けない話ではあります。
壁に穴が開いているのを見つけました。扉を開けた感じではなく、明らかに破壊されています。私達は無言でその中を覗きこみ・・・・・・何ですか、これは!?
まさに地獄としか言い用のない光景。死屍累々。これをやった人は悪魔にでも取り憑かれているのではないでしょうか。
「このような所に・・・ディアナはおったのだな・・・。」
「カイエル様、まずはヨウヘイさんを見つけましょう。彼なら助けられる人は助けているはずです。今私達がここにいても、何も出来ません。」
「うむ、そうだな。状況も聞かなくてはならぬし、我らが止まっていていいことなど1つも無いな。」
兵士達の中には祈りを捧げている者もいましたが、そのまま進みます。果たして神の僕を語る輩に殺された者達に、祈りがどれだけの慰めになるのでしょうか・・・。
ゴォォォォン・・・・・
「何でしょうか、この音は? 奥の方から聞こえてきますね。」
「うむ、ヨウヘイがいるやも知れぬ。急ぐぞ。」
私達が走りだしてすぐ、イグ教徒と思われる人が走って来ました。そして私達を見つけるとそのまま疲れた様子で壁にもたれかかります。
「た、助け」
ゴガァアアアァッ!!
おそらく助けを求めてきたであろうその人の頭が巨大な金槌に置き換わりました。金槌は半分ほど壁にめり込み、首から下の体が血を吹き出しながら崩れ落ちます。あの壁の中には、形はどうなっているかわかりませんがあの人の頭が入り込んでいるのでしょう。
巨大な金槌が灰のように崩れて消えていきます。そしてその光景を作ったのは・・・ヨウヘイさん。いつもとは違うその様子に私は思わず息を呑んでしまいました。ヨウヘイさんから伝わってくるのが怒気なのか、鬼気なのか、その正体不明の迫力に完全に気圧されてしまいました。
体が、動かない。動いてはいけない。まるで怒れるドラゴンの群れに対峙しているような、そんな絶望的な状況に陥ったかのような空気にその場全体が支配されていました。私達はその圧倒的な空気の中で何も言えず、立ちすくむばかりでした。そう、ただ1人を除いては。
「すまぬなヨウヘイ、遅れてしまった。」
「・・・カイエル。」
「うむ、先行調査ご苦労であったな。この後は我らに任せて休むが良いぞ。まあ、薬は用意してもらわねばならぬだろうがな。あまりお主が無茶をすると、リリーティア嬢が心配してしまうぞ。」
「アルが・・・そっか、そうだよな・・・。」
今まで場を支配していた空気が戻っていくのを感じて、冷や汗が一気に吹き出しました。兵士の中には安堵の溜息をついている者もいます。無理もありません、命が助かったと本気で思うとこんな感じになるのでしょうか。
それにしても、やっぱりカイエル様はすごい。ヨウヘイさんを本気で信じているからこそ、声を掛けることが出来たのでしょう。それに加えて持ち前の度胸や掛ける言葉など、色々必要な物があったでしょうに、何事も無かったかのように振舞えてしまう。こんなにも凄い人なのに、唯一自分自身を信じきれていないでいるのはとても悲しいことです。
「カイエル、俺は大丈夫だから一緒に行こう。ここは隠し扉が多すぎるし、あまり時間を取ってもいられないからね。俺なら気配を読んで誰かがいる場所を把握することが出来る。」
「ふむ、そうか。確かに我らでは時間がかかってしまうな。だが言ったように、あまり無理をするでないぞ。」
こうして私達はヨウヘイさんと共に更に調査を進めることになりました。ヨウヘイさんが助けた人達がいると言うので、兵士達の何人かは引き返させました。途中で見た血の池は・・・、なるほど、確かにヨウヘイさんが逆上するに足る光景でした。兵士の中にも怒り出す者がいましたが、カイエル様が一喝すると大人しくなります。今は怒っている時間など無いのです。
「こっちだ。反応がかなり強い。」
ヨウヘイさんが駆け出します。ここが建物の中でなければ兵士達は全員置いていかれたでしょう、そんな凄い早さです。ヨウヘイさんは通路の途中で立ち止まり、先程の巨大な金槌を出現させて振りかぶります。
ドゴァァッ!!
壁が派手に粉砕され、隠されていた部屋が露わになります。そしてその中には1人イグ教徒と、手足を縛り付けられて肩口を切り裂かれている人がいました。その光景を見てヨウヘイさんが片手を前へ突き出して・・・
「殺すなっ!!」
ガオァァン!!
カイエル様が叫ぶと同時にすごい音がしてイグ教徒の片足が吹き飛びました。
「うぐあああぁあぁあぁあぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
絶叫を上げて倒れこむイグ教徒を見て、縛られていた人に向かうヨウヘイさんにカイエル様が言います。
「それで良い。こやつらには聞かなければならぬことが沢山あるからな。簡単に死なせてやろうなどと思わぬことだ、それはただの慈悲にしかならぬ。」
殺すなと叫んだのはヨウヘイさんに対してだったのでしょうか、それともイグ教徒に対してだったのでしょうか。両方に言ったのかもしれません。
「ほら、これ飲んで。怪我が治るから。」
そう言ってヨウヘイさんが薬を飲ませると怪我が瞬く間に治っていきます。相変わらずすごい効き目です。というか、このようなものを薬と呼んでいいのでしょうか?
そしてその光景を見たイグ教徒が体を無理矢理起こしながら言います。
「お、おぉ・・・これぞ、これぞ我らが求めた叡智・・・神の力・・・・・・これこそが・・・」
ドガッ!!
ヨウヘイさんの一蹴りがイグ教徒を黙らせます。今までヨウヘイさんの薬の効果に呆気に取られていた兵士達もようやく動き出し、イグ教徒の捕縛と救助者の世話を始めます。やはりヨウヘイさんの力は隠しておいた方がいいようですね。この力が世に出れば、影響が大きすぎるでしょう。
そして、私達はまだまだ捜査を行なっていきます。
~~side out
今日は本当に疲れた。いや、今日もと言うべきか。こっちに来てから短期間で色々な事が起こっているような気がするが、これが日常ではないと信じたい。
アルが先に帰ったのでテレポート頼りに帰るなんてことは出来ない。カイエルとプラムさんには城に泊まるよう勧められたが、今は一番落ち着ける所でゆっくりしたいので帰ることにした。なにせ大した距離ではない。王都を出て20分程走ればもう着いた。家の明かりがこんなに嬉しいと思ったことはないだろう。
家に入ると、アルが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ヨウ様。迎えに行けなくて申し訳ありません。」
「ただいま、別に構わないよ。・・・ディアナちゃんの様子はどう?」
「今は寝ています。起きてもあまり刺激しない方がいいでしょう。」
そっか、あそこはひどい所だったからな。ひと通り調べ終わった後はもう兵士達に任せることになったものの、行く末が気にならないわけではない。正直言ってあんなことをした連中が何を考えていたかとかどうでもいいが、のうのうと生き残るような事だけは許せない気持ちだ。もちろん、関わっていない人達もいるだろうし、そこらへんは今後の調査結果次第ということになるが。
でも今はそんなことを考えたくはなかった。
俺はアルを抱きしめる。
「ごめん、しばらくこうしてていいかな・・・?」
アルが俺を抱きしめ返して言う。
「もちろんですよ。落ち着くまで、ずっとこうしてて下さい。」
俺は今、ただアルの温もりだけを感じていた。




