10話_イグ教(前)
「おうっ、来たな!! 随分と久しぶりじゃねえか、おお!!?」
ギルドに入った途端にマスゲさんに叫ばれるのももはや慣れた。いつもの如く仁王立ちでカウンターに立っているマスゲさんを見て、ずっとこの姿勢だなとは思うが気にしない事にする。
「なんだなんだ、最近来ねぇからもう飽きちまったと思ってたぜ!!」
「すいません、ちょっと色々とありまして。」
マスゲさんは、別に誰彼かまわず叫んでるってわけでもないんだよな。俺が新入りだから気にかけてくれているのだろうか。そう思うと何だかありがたい叫びに聞こえる。
それにしてもキツくなった、ではなくて飽きたというあたり、実力的には信用されているということだろうか。
「がはは!! 盗賊退治したっていうじゃねえか、大したもんだ!! でもそれだけじゃあねえだろう? 何だか前よりすっきりした顔してるぜ! ははぁん、さてはヨウヘイ、お前もとうとう男に・・・いや、なんでもないです。」
アルの視線を感じてあっさり引き下がる。特に睨んでもいないとは思うが、自分でおかしなこと言っていると自覚したゆえだろうか。アルも、ここは怒るところだろうに。
「あーまぁ、それはいいとして、何か適当な仕事ありませんかね?」
正直言ってヤル気のないセリフではあるが、ここではこう言う他にない。どんな仕事が来ているのかもわからないし、身の丈に合わない仕事を探そうとすると拘束されて説教されるらしい。しかしその拘束を見事抜け出せば実力が見直されるとかなんとか。
「ふむ、昨日までならロックゴーレムの退治でも頼もうかと思ったんだろうが、生憎とそっちはもう解決しちまってなぁ。」
と、マスゲさんが部屋の一角を見る。俺もそっちに目をやると、盗賊らしき男の人がロックゴーレム退治の話をしているのが見えた。
「ククク・・・我があのような石塊に遅れを取ることなどないわ。あの鈍重な動きなぞ見極めるに要する時間なぞ必要ない。そもそも奴の可動範囲は・・・」
口調は変だがあれでも貴重なAクラスのギルド員らしい。話だけ聞いていると思い上がった三下がカッコつけてるみたいに聞こえるが、その実力はアルにしてなかなかやると言わしめるほど。素早い動きで敵に自身の姿を見失わせることから陽炎の二つ名を持っている実力者だ。でも力自体は弱かったはずだよな。どうやってロックゴーレムなんか倒したのだろうか?
「ククク・・・奴は所詮鈍重な石塊よ。我が足で持って撹乱し、一度倒してしまえば奴は起き上がれない。そこをツルハシで削っていったのだ・・・。」
うんまあ、方法をどうこう言うつもりはないけど、あの人がツルハシ持ってロックゴーレムを削っている様子を想像するとちょっと吹き出しそうになる。一度見てみたい気もする。
「あっちはほっといてだ、そんなわけで今渡せる仕事といやぁ、」
「フハハハハハハ、2人ともこんな所におったか!!!」
「誰だやかましい!!! って王子じゃねぇか!!!?」
カイエルがプラムさんを伴ってやって来た。実にやかましい。ただでさえでかい2人の声が建物の中に響いて反響する。俺は思わず耳を塞いだが、アルはいたって平気なようだ。色々と鍛えている所が違うらしい。
「ヨウヘイ、リリーティア嬢、探したぞ!!」
「なんだヨウヘイ、王子を知り合いだったのか!!?」
「うむ、ヨウヘイは我が友であるぞ!!!」
「おうおうヨウヘイ、いつの間に知り合ったんだ!!!?」
「フハハハハ、余がイノシシ退治をしている時に出会ったのだ!!!!」
「ひょっとして、最近倒されたアイアンボアのことか!!!!?」
「いいかげんやかましいわ!!」
俺が怒鳴ると2人とも黙る。どこかで一喝入れとかないとどんどんやかましくなる気がした。いや、確実にやかましくなっていた。
「はあ・・・まあいいや。それでカイエルはどうしたんだ、何か用でもあるのか?」
カイエルは何かを思い出すような仕草をする。
「ふむ、なんだったかのう・・・。おお、そうだそうだ、今度父上と温泉とやらに行く事になってのう。」
「そうか、それは楽しみだな。」
カイエルのお父さん、要するに国王か。アルの話だと結構真面目でいい人で苦労人みたいだ。どんな人なのだろうか、一度会ってみたいもんだな。
「うむ、余は今まで温泉のことを食べ物だと思っていたが、先日プラムにさんざん教えられて」
ゴキンッ!!
プラムさんの繰り出した拳がカイエルを黙らせる。しかし顔色一つ変えないのがカイエルだ。
「そうではありません。ヨウヘイさん、リリーティア様、急ぎ力を貸してほしいことがあるのです。」
いつに無く真剣な表情で言うプラムさん。普段の何考えているかわからない飄々とした顔とは大違いだ。
「実は先程カイエル様の察知能力が発揮されたのですが、イグ教の教会を指して悪党の巣窟だと言ったのです。」
「えっ!? イグ教って、ディアナちゃんが行ったあの?」
プラムさんが頷く。
「とりあえず私達は兵を動かすために許可を貰いに行きます。カイエル様が察知したと言えば余程のことが無い限り動かせるのですが、少々時間が掛かってしまいます。なのでお二人は先行して潜入調査してもらいたいのです。」
「あ、ああわかった。アルもそれでいいよね?」
「もちろんです!!」
張り切った声で言う。やはりアルもディアナちゃんが心配だろうからな。入ったばかりなのであまり変なことはされていないとは思うが、行動は早いに越したことはない。
そしてプラムさんはマスゲさんを見ていう。
「それと、ギルドにも依頼をかけます。可能な限りの範囲でいいのでイグ教徒の動向を監視していて下さい。全ての教徒が関わっているとは思えませんが、何をやらかすかわからないので。」
「がはははは、兵隊さんは身が重くていけねぇな!! 野郎ども、緊急依頼だ!! きっちり働いてもらうぞ!! 嫌がる腰抜けは家かえってさっさと寝ろ!!」
ギルド内が俄然盛り上がってくる。プラムさんが依頼をかけたということは、すなわち国からの依頼と捉えることが出来るのだ。報酬もそれなりだろう。
しかし解せないのはプラムさんがやたら焦っているということだ。ひょっとしたら今回のことに関して何かしら知っているのかもしれないが、今は追求している時間はない。
「プラムさん、場所は?」
「ここの近くの教会です。あそこは人の出入りが結構あるので目の付く場所には何もないでしょう。ひょっとしたら隠し部屋か何かあるのかもしれません。」
「はっ!! ギルドの近くでやらかそうたぁいい度胸してやがる!!! てめぇら、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!!」
俺とアルは盛り上がるギルド内を一足先に出ていった。
着いたのはごく普通の教会。ごく普通と言っても俺が今まで見てきた教会とは全くの別物だが、この外見を詳細に語る言葉も余裕もない。もどかしい事である。
今はアルが教会に探りを入れていた。風を操って教会の人員配置や内部構造を探るとか言っていたけど、一体どういう原理なのだろうか。ひょっとしたらテレポートのように物理現象を無視している感じの魔法かもしれないな。
「終わりました。」
「お疲れ様、どんな感じだった?」
「教会自体に怪しい構造はありませんでしたが、裏手の方に地下へ通じる通路があるみたいですね。中を探ろうとしましたが、密閉がかなりしっかりしているみたいなので詳しいことは全くわかりません。ついでに内部で風を動かした魔法が使用されているみたいなので少々ぼやけてる所もあります。」
風を使った魔法か。こっちに来てからというものの、アル以外の人が魔法を使っている所なんてあまり見ていない。それほど人間の間では魔法はマイナーな存在らしいから、この教会が使っている魔法は一般人にはとても難しいものなのだろう。はたして地下で風を操って一体何をしているのだろうか。
「とりあえず探るなら地下の方か。罠とかあるかもしれないけど、大丈夫だよね?」
「ヨウ様なら剣を刺そうとしても刺さらないでしょう。もっとも、私がそんなことさせませんが。毒系ならば私がどうとでもできます。」
あまり問題は無さそうだな。さて、バレて目立つ前にさっさと行くとしよう。
教会の裏手にあった蓋を開け、梯子を下ること5m程。降り立った先は一直線の通路と、側にはドアが1つだけ。通路にはかすかな明かりが点っており、地下だからといって真っ暗というわけではないが奥の方は暗くなっていて見えない。
「通路の奥のほうが怪しいだろうけど、とりあえずこのドアの向こうを調べてみようか。」
俺とアルは扉をくぐると、そこは倉庫のようだった。あったのは木箱に蓋を打ち付けたものや陶器に蓋をくっつけたものや・・・とりあえずパッと見では中身がわからない。
さてはて、このまま入れ物を壊して中を見ていいものかと考えていると、アルが木箱の蓋を持ち上げた。開き方からして蓋の部分を切り取ったのだろう。そんなことして大丈夫かと思ったが、まあいいや。何かあればプラムさんが何とかしてくれるだろう。中身を覗いてみると、そこにあったのは大量のキノコ。
「これは幻覚を見せる類のキノコですね。最近取り締まりがきつくなったので隠しておいたのでしょう。」
「俗に言う麻薬か。こんな始めっから見つかるとは思ってなかったな。でも確かにこの教会はきな臭くなったわけだけど、ひょっとしたら関係のない人間がかってに使っているなんてことはないかな?」
「それはないでしょう。でなければプラムさんが教徒を見張るようなことを依頼はしないはずです。向こうは向こうでまた別の情報を掴んでいるのでしょう。何せ向こうは国が持つ情報に通じることが出来るわけですから。」
それもそうか。いくらなんでも国に怪しまれずに麻薬を集めるのは難しいはずだ。今まではあまり確定的な情報が無かったけと、カイエルが断定することで動けるようになったわけか。
他も調べていくと出るわ出るわ。麻薬の類、希少鉱物、毒物劇物に禁書なんて言うものもあった。俺が見ただけでは何かわからないので全てアルから教えてもらったものだが。アルがこんなことを知っているというのも昔の活躍か苦労かが伺える話しだ。
それにしてもここは教会というよりギャングのアジトみたいだな。よくぞ今までバレなかったものだ。
「この部屋はこの位でいいでしょう。どのみち黒と確定したわけですから。それよりもこの通路の奥にいきましょう。重要な事はこんな近くの部屋には無いはずです。」
全くだな。こんな場所は下手すれば一般人にも見つかりかねない。俺達は部屋を出て通路の奥の方へと向かっていった。
「・・・行き止まりだな。」
通路の奥へ向かって直ぐ、俺達は行き止まりに当たった。はて、途中に分かれ道やドアは無かったはずだがな。
「おそらく隠し扉でもあるのでしょう。壁に這うようにして風が流れていますし、こんな通路を作っておいてあの部屋だけなんで不自然ですからね。」
俺達は通路を調べていく。壁を触っていくと妙に感触が軽い場所があったので、色々動かそうとしたら壁が奥へ向かって動いた。
「なるほど、こういった類の通路なのか。」
「気をつけて進まなければなりませんね。少なくとも、先程の部屋で見つけたものより重要なものがあるということには間違いなさそうです。」
さっきのは見つけやすい所にあったからな。つまりは囮か。あんな大量の違法物品見つければ他への注意が薄くなるかもしれない、なんてことを狙ったのだろうか。
「わかった。慎重に行こう。」
俺達は再び通路を進む。壁も床も天井も調べながら進んでいくが、先程のような隠し扉はない。索敵も使っているが、何ら反応はない。
そうそう、この索敵のアクセサリーは先日創りなおした。範囲が10m程広がっていたので何かしらの要素で力が強くなったのだと思われるが、別系統のアクセサリーは未だ創れない。まだまだ何かしら強くなったりしなければいけないのだろうか、などと壁を叩きながらどうでもいいことを考える。
通路はまだまだ長そうだ。というかどれ位続くかなんてわからない。黒と出たことだし、兵士を引き連れたカイエル達を待って人海戦術で探したほうがいいのではないだろうか。
「ヨウ様、何か聞こえませんか?」
アルが聞いてくる。俺は壁を叩く手を止め、しばらく耳をすますが何も聞こえない。
「俺には何も聞こえないな。アルは何か通路以外の場所を見つけることはできるか?」
「いえ、風を動かしてみても通路以外には何も見つかりません。本当に何も無いのか密閉されているのかはわかりませんが。」
ふむ、そうか。と俺はふと思いつき索敵の強度を強める。こいつを創った当初は虫も感知する程感度が強かったので、感度を弱めていたことを思い出した。ただこの場に虫でもいるならば、隠し部屋か何かを発見できるのではないだろうか。
ビンゴ!! 俺は右手の壁の奥に何かの反応を見つけた。
「アル、そっちの方向に何かいる。5m程先かな。反応が弱いから危険なものではないと思うけど、部屋があるかもしれない。」
と俺は反応のあった方向を指さしてアルに言う。
「わかりました。壁を切って見ましょう。」
と言って横に動くと、壁が倒れこんだ。あいかわらず行動が早いな。
俺達は壁の向こうに現れた部屋の中を覗くと、血の匂いが漂ってきた。いや、血の匂いなんて生易しいものじゃあない。腐臭がする。何か不快なものを焼いた匂いがする。ここで何人もの人が死んだ、そんな匂いがする。
恐る恐る部屋に入ると、色々な死体があった。目をくりぬかれて舌を切り裂かれた死体。手足だけを焼かれた死体。首を引き裂かれた様な死体。まともなものなど1つもなく、おそらく様々な拷問の果てに果てたであろう死体が沢山転がっていた。
「なん・・・なんだ・・・?」
まともに言葉が出てこない。一体何なんだろうこれは。一体どういった目的があってこんな死体を量産しているのだろうか。そしてこの部屋は一体なんなんだろうか。
混乱しそうになる頭を必死で押さえつけ、反応のあった方向に目を向けると、首をロープで繋がれた人が目に入る。手足は潰れ、まるで煎餅のようにまっ平らになっている。あたりに血が広がっているが、今はもう流れていないようだ。崩れる体を首にかかったロープで支え、それでもかすかに口が動いている。この子は・・・。
「ディアナちゃん!!?」
アルの叫びで正気に戻り、創りだしたエリクサーをあわててディアナちゃんの口に突っ込む。すると手足が胴体側からボコボコと膨らむように治っていく。その様子を見て、この力の凄さを改めて思い知る。そして少し安心したのもあって怒りがこみ上げてきた。
アルは首にかかったロープを切り、崩れる体を支える。完全に直ったのを見計らってアルがディアナちゃんに抱きつく。
「どうして、どうしてこんなことに!!」
アルが泣きそうな顔をしながら叫ぶ。ディアナちゃんはそのまま気絶したようだ。
本当に、どうしてこんなことになったのだろう。この子は人を救おうとしていただけだ。この優しい子は、強く生きようとしていただけなのに、どうしてこうも運命というものは邪魔をするのだろう。
理不尽だ。世の中実に理不尽にできている。
「アル、アルはディアナちゃんを連れてプラムさんの所に行ってくれ。ここを調べきるには明らかに人出が足りないからさっさと来るように急かしてきてくれ。あと、ディアナちゃんを安全な所に移してくれ。多少強引でも家に連れて行くのがいいだろう。」
「・・・わかった。ヨウちゃんは大丈夫?」
口調が戻っているのに気づいていないのか。相当動揺しているようだ。
「大丈夫だよ。ここに俺をどうにかできるやつがいると思うか?」
アルは首を横に振ると、そのままディアナちゃんを連れてテレポートした。
俺はこの部屋に生き残りがいないことを確認してから通路を進む。索敵の強度は上げたままだ。ちょっとでも反応があれば調べ、壁をハンマーでぶっ壊して生き残った人間を見つけたらエリクサーを飲ましてまた進む事を繰り返す。
生き残りなんて、死体の数が埋め尽くしてしまうほどに少ない。まだ片手で数えられる程度だ。それなのに進む距離はどんどん伸びていく。途中に隠し部屋があるのに違いは無いだろうに、強度を上げた索敵に引っかからなければどんどん進む。進まなければ、まだ助かるかもしれない人を見殺しにしてしまうかもしれないと思って。
また通路の行き止まりに当たった。向こう側からは何の反応も見られないが、念のためハンマーを作ってぶっ叩く。すると壁が崩れ落ち、1つの大きな部屋に繋がった。
そこは、今まで以上に強い血の匂いに満ちていた。
その部屋の中でまず目についたのは4つの血のプール。これだけの量を集めるには、一体どれだけの命を犠牲にすればいいのだろう。4つあるということは、こちらにも血液型があるのだろう。固まらずに微かに波打っている様子から、血が固まらないでも使っているだろうことがわかる。
よく見るとその中に何かが沈んでいることがわかった。一体なんだろうと思い、おぞましい物であることが確定的なその正体を確かめる。
そこには、人の顔があった。内蔵があった。手足が沈んでいた。目玉だけが、離れて沈んでいた。
俺は思わず手で口をおさえる。
これをやった連中は、一体何を考えているのだろう。いや、そんなことは知りたくもない。1つだけ言えるのは、これをやった連中をのさばらせてはいけない。表に出してはいけない。確実に・・・そう、確実に敵だからだ。
不快な気分を抑えるために入ってきた通路に戻った時、部屋から何か音が聞こえた。覗いてみると、3人の人、どいつも教徒だろうが、そいつらが眠っているのか死んでいるのかわからない子供を運びながら部屋に入ってきた。その内の1人はククリのような刃物を携えており、その後何が行われるかを確実に示しているわけで・・・。
ゴガァッ!!!
俺はククリを持った1人を思い切り殴りつけた。首が限界まで引っ張られたまますっ飛んだそいつは、壁にぶつかって崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
他の2人はその様子と俺を見て驚愕している。
バカだな。そんなことしている暇があったら逃げればいいのに。
俺はハンマーを創り出しながら思った。