09話_進む道
盗賊退治から1週間程経って、ディアナちゃんのその後の様子が気になった俺とアルは孤児院に来た。王都が経営するこの孤児院には必要な設備がひと通り揃っているようだった。教育施設もあり、引き取り手の無い子供も将来自立出来るようになっているらしい。よくある話のように、援助資金の着服だとかネグレクトだとかが無いとはわかっていつつも若干ホッとした。
そもそも、この国では一般の兵士に加えてカイエルを慕う兵士が始終目を光らせているのであまり目立った悪事は出来ないのだとか。カイエルは自分でも問題を察知するが、兵士からも報告が上がるらしい。兵士から情報を聞きつけたカイエルが状況を見ては大暴れ。たとえパッと見でわからなくてもプラムさんが相手を追い詰めてカイエルが大暴れ。そんな状況で何かやらかそうとしても、はっきり言って割に合わない、ということらしい。
なのでカイエルは、悪事を働く者にとっては警戒と畏怖の対象であり、一般人からは尊敬の対象となっているのだとか。
「ディアナちゃん、大丈夫でしょうか?」
アルが聞いてくる。
「正直言ってあまり平気ではないだろうな。そんなに簡単に両親を失った痛みは消えないと思う。それに俺なんかと違ってそばに居てくれる人がいるかどうかも問題だな。ただ、そこはアルが補うつもりなんだろう?」
「そうですね、私がどこまで力になれるかはわかりませんが・・・。」
アルなら力になれる。そう思うのはなにも贔屓目や友達だから、というだけではない。アルもカイエルに負けず劣らず・・・いや、より強く尊敬されている存在だからだ。
過去の目に余る悪事を全て破壊しただけでなく、魔物の沈静化や耕作地域の拡大にも貢献したらしい。アルのおかげで生活が良くなった人間は多く、美しくも慈悲深い存在であると認識されている。なので信仰の対象にすらされつつある、というのは先日プラムさんから聞いた話だ。実際精霊なのだから崇められてもおかしくはない存在なのかもしれない。
そんなアルが会いに行くのだから嬉しくないわけがないだろう。ディアナちゃんは友達だし興奮しすぎることもないだろうが、もし俺が一般人だったら興奮して土下座してしまうかもしれない。
盗賊退治から2,3日経った後プラムさんが謝りに来た。盗賊退治を終え王都に戻った時、自分の配慮が足りなくてとんでもないことをしてしまう所だったと。俺自身としてはそんなことを言われても困るのではあるが、俺の状況を察していたアルとカイエルに対して自分だけ何も考えずに行動していた様な感じがして申し訳なくなったらしい。とりあえず、これからもいい関係でいてください、ということで手打ちにしておいた。自分自身も気づかなかったのだから何も謝る必要はないのだ。カイエルとアルの話はその時に聞いた。
さて、俺達は面会のための受付を済ませ、言われた部屋に向かっていた。外見は石造りだったが、中身は何で出来ているかよくわからない。とりあえず通路は板張りだ。壁も触るとあまり固くなく、土のような気はするが、特有の手触りが無い。感触は柔らかいのでぶつかっても怪我をするようなことはないだろう。ホントに何で出来ているのだろうかと考えていると、通路の先から大きな声が響いてきた。
「フハハハハハハ、そうかそうか、ディアナは回復魔法が使えるのか!! プラムよ、回復魔法とは一体何であるか!!?」
カイエルだな。一体何が愉快なのかはわからないが、よく笑う奴だと思う。カイエルもディアナちゃんが心配で来ているのだろうか、それともここ自体によく来ているだろうか。
部屋を覗いてみると、大きな部屋の真ん中でカイエルとディアナちゃんが対面して座っていた。ディアナちゃんは当初のようにカイエルの相手に戸惑ってはいないように見える。プラムさんは周りの子供にお菓子を配って群がられていた。と、カイエルがこちらに気づいたようだ。
「おおおっ!! ヨウヘイとリリーティア嬢ではないか!! こっちだこっち、余はここにおるぞ!! フハハハハハハハハ!!!!」
「わかってる! わかってるから少し落ち着け!」
あいかわらずやかましい奴だ。だけどこの場ではそれが良いのかもしれない。こんな空気を出されては気分が落ち込んでいようと悩む頭は回らないはずだ。
「リリーティア様、ヨウヘイさん、お久しぶりです。」
「ディアナちゃん、元気してた? 怪我とか病気とかしてない?ちゃんと暖かくして寝てる?」
おまいはおふくろさんか! と言いたくなるようなアルの反応。まあ、アルはアルで色々気にしているのだろうが。ツッコミを抑えて俺も話しかける。
「久しぶり。今まで会いに来れなくてゴメンな。ちょっとゴタゴタしてたからさ。」
主に俺が。あの時思い切り泣いて吐き出したからといって、気持ちの整理が一気につくほど簡単には出来ていない。ただ、隠そうとしていた気持ちが表に出せるようになったのはちょっとした進歩であった感じはする。時折憂鬱になる俺に対してずっとそばに居てくれたアルには感謝に絶えないな。
「ううん、会いに来てくれただけで嬉しいです。」
ええ子や。俺も見習わなければ。
「私ね、イグ教に入ることになったんです。」
「イグ教? なんでまた。」
イグ教と言えば、俺が最初に王都に入った時に見つけた教会の所か。2つの3角形の頂点がちょっとだけ重なったような印を掲げており、その重なりが神と人との結びつきを表すのだとか。
「あそこは魔法の研究に力を入れているみたいなんです。私は回復魔法が使えるから、それで誘われたのだとだと思うんですが・・・。」
回復魔法か。この世界には回復魔法というもの自体極めて希少らしい。人間、多種族問わずに使い手が少なく、効果も乏しいのだとか。ちょっとした怪我や病気なら治すことはできるが、大きな傷を完全に回復させようとしても効果が無いらしい。人の回復力の限界を超える治療は出来ないとか、体の組織を弄れるのは神の領域だとか色々言われているらしいが詳細はわかっていない。
回復薬もそんなに劇的な効果があるわけではないらしいので、俺のエリクサーはかなり希少らしい、と言うよりも神の御技と間違えられても仕方がないのでなるべく隠しとけとアルとプラムさんに言われている。うまくやれば一稼ぎどころか億万長者にもなれそうだが、そんなに金があっても使い道がないのでなるべくバレないようにはしている。
そんな回復事情があるのでディアナちゃんの力は研究者からすれば好奇の対象であるのは否めないところではある。
「そうか。けどいいのか? どんなことをするのかちゃんと話を聞いたか?」
「大丈夫だと、思います。イグ教は魔法の研究成果を一般に広めているらしいので、そんな無茶はしないはずです。魔法の仕組みを多少なりとも解明しているとの噂もあるほどです。」
ディアナちゃんが言う。なるほど、そういった立ち位置なら衆人環視の目も集まるというわけか。それならばあまり無茶はしないだろう。
「私、自分の魔法をちゃんと使って人を助けたいんです。怪我をするのはとても痛くて、辛いことです。それを少しでも消し去ることが出来るなら、私がこの世に生まれた意味もあるんじゃないかって・・・。」
決意を込めた表情をしながらなかなかに重い話をする。元奴隷で、毎日のように暴力を振るわれていただろうに。両親を亡くして自棄になってもおかしくない心境だろうに。それすらも人を助けようという動機に繋げているのだからとても・・・とても強い子だ。余程両親の教育が良かったのだろうか。
「でも、一度入るとしばらくは出てこれないみたいなの。修行とか研究とかに慣れなきゃいけないからだって。だから、今日会えて本当によかったです。」
「そうなの? じゃあ私達は落ち着いた頃にまた会いに来ようかな。ふふ、将来は立派な神官さんになるのかな?」
「そうできたら、いいと思います。」
「ふむ、なにやら余の入り込み辛い雰囲気であるのぅ。ずるいではないか! 余も話に入れるが良いぞ!!」
「か・・・カイエルさんには話したばっかりじゃあないですか!?」
ディアナちゃんが驚く。まあ無理もない話だ。ディアナちゃんは普段のカイエルをあまり知らないらしいからな。
「ディアナちゃん、カイエルは普段はこういう奴だからあまり気にしないでくれ。」
「そうですよ。カイエル様とまともに話し合っても疲れるだけですからね。でも、それでもかまってくれると言うのなら疲れた時に殴ってやって下さい。こう、えぐるようにガツンと。」
プラムさんが更に混乱させるようなことを言う。
「え・・・ええと、その、なんて言えばいいのか。」
その気持ちはよくわかる。この連中相手にするにはある程度慣れないと自然な対応なんて出来ないものだ。俺は結構慣れてきたし、アルは元から気にしていないので新鮮な反応が欲しいのだろう・・・プラムさんが。何かと気の付く人だが、その分ストレスでも溜まっているのだろうか?
「ディアナちゃん、これは慣れだよ、慣れ。もしくは徹底的に無視しちゃいなさい。」
「そ、そういうわけにもいかないですよ・・・。」
俺の的確なアドバイスは、ディアナちゃんの優しい心によって阻まれてしまった。向こうもわかってやっているのだから別に気にしないのにな。
「まあそれはそうとカイエル様、そろそろ帰りますよ。」
「なぬ!! 早過ぎるぞ!? まだ日は高いではないか!!?」
「王と食事の約束があることをお忘れで・・・いえ、覚えているわけありませんね。王と食事があるので行きましょう。ただでさえ微妙な立場なのですから親子関係くらいはしっかりしておいてもらわないと困りますよ?」
「ぬぅ・・・、何やらよくわからんがプラムの言う事ならば間違いはあるまい。皆の者、余は帰らなければならぬようだ! また会おうぞ!!」
そうして2人は去っていった。こちらが別れの挨拶を言う暇もなく。
なんだかわからんがカイエルも・・・いや、プラムさんも大変そうだな。目が覚めた時のカイエルの言動を考えてみると、カイエルも何かしら大変そうだが普段大変なのは間違いなくプラムさんだろう。
それにしても、もう食事時か。来て早々だが俺達もお暇しようか。
「ねぇディアナちゃん、お昼は私達と一緒にしない?」
アルが提案してくる。それもいいかもな、もう少ししたら会えない日が続きそうだし。
「いいんですか、リリーティア様?」
「もちろん。私が誘ったんだから遠慮しないで。」
ディアナちゃんがこっちを見たので頷いておく。別に異論のあるはずもない。
「わかりました・・・ありがとうございます。」
ディアナちゃんが軽く微笑むのを見て、俺は安堵した。よかった。今は無理しているだけかもしれないなんて思ってたけど、この子は塞ぎこむような事にはならないだろう。
俺達は施設の人に許可をもらって街へ出た。
食事を何事も無く終え、さてどうしようかという話になった俺達は、再び人形劇場へ来ていた。子供も楽しめる娯楽って食い歩き以外にこれくらいしか無いらしい。娯楽があまりないということは、皆まだまだ生きるのに必死な状況なのかな、とか思う。
今回の舞台は魔法王国。その国はとても栄えていて、テレポートや浮遊の魔法を駆使して外交を発展させたり強力な魔法を駆使して他国を寄せ付けない軍事力を保持していた。地形も良く、片側に海があり両側に人を寄せ付けない高山、他国が攻め入るには必然的のもう一方の道を進まなければならず、攻めづらく守りやすい地形であった。
そんな王国が、ある日突然白い壁に囲まれた。12柱の一角である蟲老が食事のために王国に目をつけたのだった。あらゆる移動系の魔法が阻害されて逃げることも出来ず、壁を乗り越えることも破壊することも出来ずに囚われる人達。そんな王国に攻め入ってくる蟲老の軍勢に対して為す術もなく蹂躙されていく王国。そのとき下した王国の決断と、ある1人と騎士の物語である。
正直言って子供向けかと言われるとそうでもない。前回の時もそうだが、これを子供向けとしているあたりにこの世界の厳しさを感じる。
劇を見終わったディアナちゃんは何やら考えこむような、それでいて暗い顔をしている。
「リリーティア様、強いってどういうことでしょうか?」
「それは、難しい質問だね。強さっていうのは求める人によって違っていたり、見る人によって違っていたりするから特にこれと言うことは出来ないかな。」
「それじゃあ、リリーティア様の思う強さって、どういうことでしょうか?」
「私は・・・、守ることの出来る力が強いんだと思う。」
そんなことディアナちゃんに言ってもいいものかと思う。おそらく両親を目の前で失ったディアナちゃんにとっては自分が弱いと言われているようなものだろう。しかし、アルが何も考えずにそんなことを言うわけもない、と思い黙っていることにする。
「それじゃあ今の劇に出ていた騎士さんは、リリーティア様から見れば弱いということですか?」
「ううん、あれはあれで強いのだと思う。結果だけ見て判断しちゃあダメだよ。」
リリーティアちゃんが考えこむ。どうしてそんなことを聞くのかは、大体想像がつく。しかし俺に力になれるようなことはないし、大した言葉も浮かばない。こんな時カイエルならどう言うのだろうかと思い、自分の未熟さを痛感する。
さらに暗い表情になっていくディアナちゃんを見て、そろそろ何か別のことに目を向けさせたほうがいいかと思った時、ディアナちゃんの口に焼き鳥が突っ込まれた。
「ムグッ!!?」
驚いた表情をするディアナちゃん。俺も驚いたよ。と、そこに声が掛かる。
「いつまでもそんな暗い表情してんじゃないわよ、焼き鳥がまずくなるじゃない。」
決して大きくはないが、自身に満ちたはっきりとした声が聞こえた。焼き鳥を突っ込んでいる手を追ってその主を見ると、銀髪に赤い目、体の割に大きなマントを羽織った女の子がいた。この子は確か前にここに来た時隣に座っていた子だ。
「私はね、そんな暗い表情をされるのが大ッキライなの。この世の生き物は生きていることに感謝して喜ばなければいけないの。だからそれを食べなさい、そして笑いなさい。その焼き鳥は特別なんだからね、せいぜい感謝して味わいなさい。」
女の子はドヤ顔で言い放ち、フフンと鼻を鳴らす。
「えっと、き、君は?」
その子の見た目とは裏腹の貫禄に多少気圧されながらも聞く。
「あらやだ、私のことに興味があるの? まあ仕方ないわね。この私のようにとてもビューティフルでミステリアスで誰が見ても鼻血を出すほど可愛いこの私を見て興味を持たない奴なんて男として失格よね。あなたの反応は当然のことよ、胸を張っていいわ。でもね、残念ながらこの私が誰かなんて教えることは出来ないの。なぜならばっ!! まだ見ぬ焼き鳥がこの私に食べられるのを今か今かと待ち望んで泣き叫んでいるからよっ!!」
彼女は一気にそう言い放ちマントをブワサァッと翻して去って・・・あ、コケた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。そして彼女はコケた状態から匍匐前進で去っていった。
はえぇ・・・あれは普通の人が走るよりも早いぞ。彼女は一体何者・・・。
俺はアルの方を見る。アルも何だかわからないと言うように首を横に振るだけだ。
ディアナちゃんは・・・焼き鳥を食べている。
「美味しいです、これ。」
「そ、そうか。」
もはや何を言えばいいのやら。
「ダメですね、私。あんな見ず知らずの人にまで心配されちゃうほど暗い顔しちゃってたんですね。おふたりもごめんなさい、気を使わせちゃいましたか?」
「う、ううん、そんなことないよ。ただちょっと心配になっちゃっただけっていうか。」
アルがフォローしようとしているがあまりうまくいけてないな。まあ俺も人のことは言えないが。
「うん、私は大丈夫です。優しい人が沢山いるってわかってますから。今度会う時は立派になって、おふたりを驚かせて見せますよ。」
そう言ってディアナちゃんは花のような笑顔を見せてくれた。
ああ、本当に大丈夫そうだな。心配していたこっちが馬鹿みたいだ。
その日はディアナちゃんを送ってから家に戻った。今度会う時はどんな表情を見せてくれるのか楽しみに思いながら。