プロローグ
目を覚ましたら、そこは青い光に包まれていた。
正確に言えば青く輝く草書体のような文字が動き回っているのだが、そんなことはどうでもいいだろう。
まだ眠い体を起こして辺りを見回してみると、青い光はひっきりなしに動いており、その動きを追っていると自分が半径5m程の半円の中心にいるのがわかる。下は、そこらの高校生である自分には何の種類かはわからないが、幅20cm×長さ1m程の板張りになっている。右側を見るとこれまた青い鳥居があり、手元にはその表紙に【説明書】と書かれた小冊子がある。
・・・ああ、これは夢だな
俺は明晰夢をよく見るので、ここを夢だと断言した。したったらした。せっかくだから少し遊んでから起きようか。
夢の中では自分のイメージしたことが大体実現する。そう、例えば自分の体が浮き上がるイメージをすると体が自然と浮き・・・あがらねぇ。
まあいい。おそらく天井が低そうなのが原因だろう。気を取り直して別のことをイメージする。何がいいかと考え、目の前に可愛い子犬がいるようなイメージをする。すると、上目遣いで瞳をうるませながら震えているチワワが出て・・・こねぇ。
どうも今日は調子が悪いらしい。いつもなら美女だろうがドラゴンだろうが出てくるのだが。俺はがっかりして視線を落とす。そこにはその表紙に【説明書】と書かれた小冊子が・・・起きよう。調子が悪いならさっさと起きるに限る。
こうして俺は再び板張りの床に横になる。これが夢から覚める最も簡単な方法である。こうして眠ることを意識すれば自然と現実世界へと目を向けることになる。こうしていれば、俺はこの奇妙な夢から覚めることとなるだろう。
起きた時には幼馴染の侑梨が俺がすでに起きていることも知らずに起こしに来ることだろう。そしていつものように他愛のない話をしながら学校に行って退屈な授業を半分寝ながら聞いて・・・なんて代わり映えのない心穏やかな生活が待っているのだろう。
そんなことを思っているうちに俺の意識はだんだん曖昧になっていく。
目を覚ましたら、そこは青い光に(以下略。
先程と変わらない光景、変わらない小冊子を確認すると俺はため息を付いた。
わかってはいたんだがな、ここが夢じゃあないなんてことは。
なまじ明晰夢なんて見るもんだから夢と現実の区別がはっきりつく自分を少し恨めしく思いながら、現実逃避に失敗したことに己の未熟を感じる。まぁ、いつまでも現実逃避しているわけにはいかないのだが。
ともかく現状を確認しよう。俺のいる所はさっきと同じ。この場を調べてみようにも周りの光やら鳥居やらに触れるのはいささか躊躇ったため、最初から触れている小冊子を開き、とりあえず1ページ目を見てみると俺は苛立ちを募らせた。
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玖珂要平(くが ようへい)は神の計略によりアスモルという世界へ飛ばされた。神は玖珂要平にいくつかの力を与え、自らの目的を達せさせるためにアスモルへと解き放つことにより人々を救い、神が世界を救う者を遣わしたとして信仰を集めようとしたのである。
しかし、神は玖珂要平を送る段階になりとんでもない過ちに気がついた。
すなわち、やってほしいことが特に思い当たらなかったのである。
神は悩んだ。ここまでやってしまった以上送らないわけにもいかない。一度送ってしまったら神の側からサポートすることも出来ないし、目標を持たない人間は精神的に弱くなるであろうことから必要以上の苦難に立たされることが予想された。
そこで神は一計を案じてこの説明書を作った。玖珂要平は何もしなくてもいい世界で何を成すのだろうか・・・
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冒頭の文章を読み終えたところで俺は小冊子を破り捨て・・・られねぇ。破ろうとはしたが小冊子には傷一つ、シワ一つ付いていない。チッ、無駄に高性能な紙使いやがって。
とりあえず先を読み進めることにする。かなりムカつくが今のところ情報源はこれしか無いのだ。ゲームのように、説明書を読まないでいきなり進んで死にながら操作を覚えていく、なんてことは出来ないのだから仕方がない。
説明書を読み終えてわかったことは大体以下のとおりだ。
・元の世界には戻れない。
・この世界は魔物が蔓延っていて非常に危険な場所である。
・神が俺に与えた力は5つ。身体能力強化、スキャン、アイテムボックス、アイテム創造、採取。
・俺がここから出たら説明書は自動的に消滅する。
元の世界に戻れないとは・・・まあ、冒頭読んだところでそうなんじゃあないかと想像はついたよ。
俺項垂れた。勝手に拉致されて勝手に飛ばされた上にこの世界に関する情報が[危険]だけである。こっから出たってもう何すりゃいいかもわからないし何処に行けばいいのかもわからないし・・・。
いつまでも項垂れているわけにもいかないので無理矢理気を持ち直す。続き安全な場所を手に入れてからでも遅くはないと思ったのである。果たしてそんな場所があるかどうかは別として、当面の目標はそれにする。
身体能力強化は文字通り。確かに体が軽くなった感じはするが、こんなところで暴れるわけにもいかないが、片腕で軽々と逆立ちができたのでかなり強化されていることがわかる。
スキャンは対象のステータスを見ることができるのだそうだ。試しに自分にかけてみたら何やら頭の中に思い浮かんできた。
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玖珂 要平(くが ようへい)
種族:人間
属性:無
強さ:Aランク
HP :327
MP :152
ATK:177
DEF:215
MGK:133
SPL:189
神の計略|(笑)によってアスモルに飛ばされた一般人。根は真面目で責任感が強いが、少々流されやすい性格のためにいらぬ苦労を背負い込むこともしばしば。容姿は悪くなく、運動神経もいいがモテたためしがない。
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ステータスの意味ついては、今更何を言うまでもないだろう。数値に関しては、特に鍛えていない成人男性がALL:1らしい。これは何の戦闘能力も無いって意味で、子供レベルの奴ならこれくらいらしい。
ってことは今の俺って結構強い。なんでも平均が100程で一流冒険者レベル(冒険者なんてものがあるんだな)。200程でほぼ人類最強レベル。300程で英雄レベルであり、このあたりになるとドラゴンを1人で倒せるらしい。ということは、今の俺はほぼ人類最強レベル。字面通りに受け取るのは危険だと思うが、魔物がよほど強くない限り速攻で殺されるようなことは無いだろう。
数値に関してもう一つ。例えばATK:10の人がATK:1の人と比べて単純に10倍強いかというと、そうでもないようだ。あくまでも戦闘に関する数値であり、実際にはATK:10の人がATK:1の人に腕相撲で負けるなんてこともありうるらしいので惑わされないように注意しなければならない。
モテたためしがないっていうのは・・・・・・うっせぇ今畜生!!
気を取り直して、アイテムボックスというのは亜空間内に存在する倉庫のことで、この中に入れたものは時間の概念が破壊されることによってどんなものも腐ることもなく永久に保存できるようだ。この中に生き物をいれたら死ぬ。時間の概念が破壊されることにより、時間の概念に囚われない魂と囚われる肉体とが分離することによるものらしい。そして魂はアイテムボックスの中に永遠に囚われる事となる。・・・うん、生き物を入れないように気をつけよう。
アイテム創造は武器、防具、アクセサリー、薬等を創り出す能力のこと。何の材料も必要としないでアイテムを作り出せるのだが、そうして作成したものは非常に脆いらしく、長く使うようなものを創造する際にはそれ相応の材料が必要とのこと。
つまり、使い切りの薬なんかは材料を気にすることなくいくらでも創れるということだ。そして良い物を創り出すにはそれ相応の修練やステータスが必要らしい。ただ、俺は薬に関しては最高のものを創れるようになっているらしい。一応死ににくいようにと、神が頑張ったのかもしれない。
試しに薬を創ってみると、手の上に瓶に入った青色の液体が一瞬で出てきた。なんだかそこらじゅう青ばかりで目が痛くなってきた。
自分の作ったもの故かその効果がよくわかるようになっている。体力、魔力全快。状態異常治癒。怪我に関しても手足が取れたくらいなら治るという、なんとも素敵な薬が出来上がった。
「これは・・・」
思わず頬が引きつったが、怪我や病気を心配しなくてもいいのならそれに越したことはないので気にしないことにした。作った薬|(エリクサーと呼んでおこう)はアイテムボックスに放り込む。
武器に関しては、これまた一瞬でトンカチを創って床を叩いてみたところ、床は凹んだがトンカチ自体が灰のようにボロボロになって消えてしまった。他も似たようなものだったので、薬以外は創っておいても大して意味が無いだろう。防具なんて創って着た日には、いつぶっ壊れるかわからないのだからほとんど露出プレイである。防具は材料をきちんと揃えて創ろう。
最後の採取は、倒した魔物に手をかざすと、取れる材料を自動的にアイテムボックスに収納する能力らしい。これも今試すことはできないから保留である。
さて、これでひと通り情報は揃ったわけだ。ちなみに未だにぐるぐる回っている青い光は結界で、誰もここに入れないようになっている。鳥居はこの結界を出るためのゲートらしい。
いつまでも此処にいるわけにはいかない。此処には食べ物も飲み物もないので表に出ていかなければそのうち餓死してしまう。出るなら早めのほうがいいだろう。
覚悟を決めて鳥居の方に行くと、鳥居の潜る部分が光り出した。いや、これは外の景色が見えているのだろう。森が見える。
近づいたら開くことになっていたのだろうか? ともかく俺は、護身用に日本刀を創った上で危険だという世界に踏み入れていったのだった。