第22話 辺境ラスタールの新兵器
「りょ、領主さまぁ~~!」
朝、館の外から響いてきた領民の慌てふためく大声によって、俺は強制的に意識を引きずり戻された。 ゆっくりと寝ぼけた目をこすり、ベッドから上半身を起こす。いつもより、かなり遅めの目覚めだった。
んん……
身体が重い。
それもそのはず、昨日は新兵器開発のため【設計図】に魔力を根こそぎ投入したからだ。体が泥のように重いのはその代償だろう。
だが領主がいつまでも、パジャマ姿でゴロゴロしているわけにはいかない。
俺は素早く顔を洗い身支度を整えて、我が自慢の10LDK領主館の外へと足を運ぶ。
玄関を出ると、そこにはすでに支度を済ませたアクシラ、リナ、ロネ、そしてホトナの四人が、今か今かと俺を待っていた。
「おお、準備万端じゃないか」
「おはようございます、ブラン様。昨夜は随分と魔力を消費されたご様子でしたので、お声をかけるのを躊躇していたのですが……領民の方々もはやくブラン様に来て欲しいと」
アクシラが申し訳なさそうに俺の目を見るが、その瞳の奥には少しばかりのソワソワが混じっていた。
「ブラン様ぁ~早く行きましょう! 小人さんたちが何作ったのか気になりますぅ~~」
「行くです! ご主人様、広場に行くです!」
「ブラン、われもはよう見てみたいのじゃ!」
残る3人が俺の服をグイグイ引っ張る。
うんうん、気持ちはわかるぞ。
そして俺のテンションも上がってくる。
俺は彼女たちを引き連れ、急ぎ足で教会前の中央広場へと向かった。
広場に近づくにつれて、ざわざわとした人々のどよめきが大きくなっていく。
すでにそこには、村のほぼ全員が集まっているのではないかと思えるほどの人だかりができていた。誰もが天を仰ぐようにして広場の中央を凝視している。
「な、なんだべこりゃ……」
「で、でっけぇ~~~」
人だかりを掻き分けて中心部へと進み出た俺は、そこに鎮座する鉄の塊を目にした瞬間、思わず息を呑んだ。
おお……
頑丈さをこれでもかと誇示しつつ、天に向かって真っ直ぐに伸びた一筋の長い鋭利な砲身。その砲身の根本をがっちりと囲うように配置された防盾の装甲板。そして、黒鉄の巨体を支えるために地面へと深く根を下ろすように四方に展開された十字の鋼鉄の脚。
おおおおぉ……!
俺のイメージ、そのまんまじゃないか!
軍服小人さんたちは、俺の脳内妄想をさすがの高クオリティで現物へと昇華させてくれた。
これこそが、我がラスタール領の防空の要。
ラスタール88ミリ高射砲である。
「ふあぁ……なんじゃこれは。でかくて硬そうなのじゃ」
「黒くてゴツゴツしてるです。なんだか、見ているだけで吸い込まれそうな怖さがあるです」
ホトナとロネが、その圧倒的な威容を見上げながら、純粋な恐れと驚嘆の入り混じった感想を漏らす。
でもその気持ちわかる……
無機質な鉄の塊だが、それでいて異様な存在感を感じる。
やべぇ……普通にかっこいい……
こういうの見ると、胸の奥の「男の子スイッチ」が強制的にオンになってしまう。だって、めちゃくちゃ格好いいんだから。前世でプラモデルを眺めていた時の比ではない。本物が、いま俺の目の前にあるのだ。
俺がうっとりとその雄姿に見惚れていると、すぐ隣から「コホン」と咳払いが聞こえてきた。
「……ブラン様。お気持ちは分からなくもありませんが、まずは皆へのご説明をお願いいたします」
「もう~~ブラン様ったら~目がキラキラしすぎて少年のようになってますよぉ~~」
おっと、そうだった。
だけどこれは仕方ないことなんだ。だって、男子ならばみんなこういう巨大な大砲が大大大好きなんだから。
「よし、みんな聞け!」
俺が声を張り上げると、ざわついていた村人たちはスッと口を閉じ一斉に俺の方を向いた。
「これは、ラスタール88ミリ高射砲という飛び道具だ」
「こうしゃほ……?」
「え? 領主様、こんなでっけえ鉄の塊が、空を飛ぶんですかい?」
案の定、村人たちの頭上に大量の疑問符が浮かび上がった。
まあ「砲」という概念がないため、何が飛ぶかもあまりよくわからんのだろう。
「これが飛ぶわけじゃない。この長い筒の根元に弾を込めてぶっ放すと、筒の中から鉄の弾がもの凄い勢いで飛び出して、遥か上空を飛ぶ魔物を撃ち落とすことができるんだ」
「空の魔物を地上から攻撃できる道具……ですか。相変わらず私の知識では理解がまったく追いつきませんが、ブラン様がそうおっしゃるなら、そういった兵器ということですね」
アクシラが黒鉄の塊をマジマジとみながら呟いた。
こいつは前世の第二次世界大戦時に活躍した名砲、通称「アハト・アハト」がベースになっている。
高高度を飛行する敵機を迎撃するために作られた対空砲だ。
その圧倒的な破壊力と発射速度、長距離射程により、当時の連合軍兵士たちから「悪魔の兵器」として恐れられた高性能高射砲なのである。最大射程は実に9000メートルを超える。
「ふへぇ~~歩兵銃の怪物みたいなもんですかい! たしかにこれだけ筒が長くて太けりゃ、遥か遠くまで弾が飛んでいきそうですぜ!」
人だかりの中から、歩兵銃部隊の隊長であるシュルトが長い砲身を見上げて、感心したように声を上げた。
さすがはシュルトだ。毎日ラスタール三八式歩兵銃をいじって訓練しているだけあって、火器の基本概念がしっかりと備わっている。初めて歩兵銃を渡した時「なんだこれ? 棍棒か?」と丸ごと投げつけようとしていた頃が今では本当に懐かしく思える。
「その通りだシュルト。さて、こいつは歩兵銃とは違って、一人で持って撃つことはできない」
「ええ領主さま、こんだけデカいんだ。何人か人手がいるってことでさぁね」
「そうだ。弾を込める係、照準を合わせる係、砲身の角度を調整する係など、扱うにはどうしても人数が必要だ。シュルト、この高射砲部隊の人選と訓練はお前に一任する」
「わかりやした、領主さま……へへ、それにしても間近で見ると、ふほぉ~~でっけぇ~~」
シュルトは鼻息を荒くしながら、さっそく村の男たちを何人か呼び寄せた。
俺は小人さんたちが置いていってくれた、絵付きの運用マニュアルに従って、大まかな運用プロセスを説明していく。
「おお~、なるほど」「ここを回すと横を向くのか!」と、選抜隊は意外にもすんなりと理解していく。
さすが小人さん仕様である。本来なら高度な専門訓練が必要な兵器だろうが、異世界の人間でも直感的にレバーやハンドルを操作できるように、小人さんの力で驚異的な最適化が施されている。
「なんだか楽しそうですね、シュルトさんたち」
「そうだなアクシラ、おそらく新しい火器をいじれるのが嬉しいんだろう」
俺が来た当初のエド村は、武器といえるものもほとんどなかった。
頼れる道具もなく、常に魔物の脅威にさらされていたのだ。
だが新たな武器を手にして、この村は劇的に変化した。
俺の作る道具を使えば、なんとかなるかもしれない。
彼らはそう思うようになった。
村人たち自身が変わっていった。
だからこそ、俺はガンガン妄想して、ガンガン物を作る。
「ブラン様も楽しそうですよ」
「そうだな……楽しいわ」
そんなやり取りをアクシラと交わしていると。シュルトがこちらにやってきた。
88ミリ高射砲の基礎情報をひととり確認し、「さあ、実際に弾を込めてみようか」となったようだ。
「実弾は小人さんが用意してくれている」
「あ、ここに積んであるやつでさぁね」
とりあえず上空に向けて試射しようと準備をしていると……
「領主様ぁ~~魔物だべぇ~! レッドボアの群れが数匹、こっちに向かって猛スピードで走ってくるべ~~」
正門の見張り櫓に立っていた領民が、声を裏返らせながら決死の叫び声を響かせた。
「……よし。ちょうどいい、試し撃ちだ」
「ブラン様、これは空の魔物を攻撃するものではなかったのですか?」
「ああ、それは問題ないぞ」
俺の口元から、不敵な笑みが溢れ出た。
そう、こいつは本来対空用の高射砲ではあるが……悪魔の兵器として恐れられた理由は別にある。
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