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第1話 追放された九男坊

「おまえには失望した! この家から出て行くがいい!」


 鼓膜を震わせるような怒声。


 俺の名はブラン。アイザス伯爵家の九男坊だ。そして前世の記憶を持つ転生者でもある。俺は前世でトラックにひかれて死んだ。小さい子を助けるために飛びだしたわけだが、その子が無事だったかはもはや分からない。ひかれた次に目を開けたら「おぎゃ~」って言ってたからな。

 前世では日本で36歳のサラリーマンをやっていた。趣味は日用品あさりにプラモデル作り、たまに確保できた休日にはホームセンターやプラモ屋に行くのがおれのささやかな幸せだった。 


 そして大理石の床に響き渡った罵声の主は俺の父親、グリンザレス・フォン・アイザス伯爵である。


「えっと……父上、いま出て行けって言いました?」


 俺は耳をほじりたい衝動を抑え、努めて冷静に聞き返した。


「そうだ! 聞こえなかったのか! 代々武を重んじる我がアイザス家において、剣も満足に振るえず、あまつさえ使える魔法は紙切れ一枚出すだけだと!? これ以上おまえのような恥さらしを我が家に置いておくわけにはいかん!」


 父の背後に控える兄たちや親族、取り巻きの家臣たちが一斉にクスクスと鼻で笑う気配がした。


 ……やれやれ。やっぱりこうなったか。


 まあなんとなくはわかる。

 もともと武功によりその地位を築いてきたアイザス家。そんななか、俺の剣の腕は中の下。何の期待もされていなかった。


 が、魔法の属性が良ければ話は別。ここまではならなかっただろう。

 魔法は火属性や風属性など主要な属性を持っていると有能とされている。そもそも魔法を使える人はそう多くはない。そして強力な攻撃魔法を使えるようになった者は戦局を変える力がある。


 10歳になって魔力鑑定をうけた俺は、魔力があることが判明した。


 魔力があった。

 うむ、やったぜ~~とワクワクしたものだ。前世含めて魔法なんか使えんかったしな。

 お次は属性検査だが、なぜかこれがなかなか判明しなかった。父もまだかと苛立ちを募らせていく日々。

 そして19歳になったつい先月の事、ついに俺の属性がわかった。


「え、えっと……ブランさまの属性はせ、せっけーず?……です……」


 神官の人すら「?」がでる属性だった。

 てかセッケーズってなんだ? それ属性なん?


 とにかく使用してみると、紙切れが一枚ピラっとでてきた。

 なんか意味不明な象形文字だが模様だかみたいなやつが書かれた。


「なんだぁああ……この紙切れ一枚しか出せん魔法は!」


 怒りに震える父。だが俺に言われてもなぁ……俺だってなんだこれ?状態だよ。


 その後も火魔法や氷魔法を使おうと詠唱したが、なにをやっても紙切れ一枚が出るだけだった。意味不明の模様が刻まれたペラ紙一枚がむなしく舞う。

 そして紙切れ1枚しか出せない俺は、今日この大広間に呼び出された。


「で……俺はどこに行けばいいんです?」


 俺の問いに、父は冷酷な笑みを浮かべた。


「ふん、せめてもの情けだ。我が領地の最果てにあるラスタールの領地を貴様にくれてやる」


 ラスタールだって?


 その名が出た瞬間、広間にどよめきが走った。


「おいおい……あそこは村がひとつあるだけのほぼ無法地帯で、とても領地なんて言えたもんじゃないぞ」

「近くには魔の森があるし。魔物はわんさかいるし、九男坊ごときが行ったところで即日魔物のエサだぞ」

「あ~あ、無能坊ちゃんもこれでおわりか~~」


 こいつら、俺に聞こえるように言ってやがる。  


 もともと俺は父から好かれていなかった。俺は戯れで父が孕ませた町娘の子で、母は俺を産むとすぐに亡くなってしまった。遊びで出来てしまった子だから仕方なく家にいさせてやるという雰囲気。はじめから俺のことなど視界にすら入っていなかった。しかも9番目の男児だ。跡継ぎに困っているわけでもない。


 この人にとっては、どうでもいい存在。


 それが俺だった。


「国王陛下もかの地の安定化をご所望だ! 貴様のような無能な九男には、過ぎたる褒美だと思え!」


 なにが褒美だ。

 父の言葉は建前すら突き抜けて、もはやギャグに近い。安定ってなんだよ。  


 これは事実上の縁切り。追放だ。

 不安しかないが、この家にだけは戻りたくない。


「父上。ラスタールを平定すれば、今後は領主として居座って構いませんか?」


「……平定だと? クハハハハ! ああ、もちろんだとも! 未来永劫、貴様の土地にしてやるわ!」


 父は口角を吊り上げ、腹の底から馬鹿にするように笑った。そしてその周囲も同じく。


「しっかり開拓してくるんだな、この紙切れ愚息が!」


 俺は無言で一礼し、広間を後にした。  


 背中で鳴り響く嘲笑の嵐を俺は一生忘れないだろう。




 ◇◇◇




「ブラン様~~このマクラも持っていきましょう。これ、ブラン様のお気に入りなんですから!」


 追放を言い渡された翌日、俺の自室では戦場のような光景が広がっていた。  

 俺の専属メイドであるリナが巨大な荷物と格闘しているのだ。


「リナ。そんなに詰め込まなくてもいいぞ。どうせほとんど持っていけないんだから」


「ああ~~そうだ櫛も持ってかなきゃ! ブラン様の綺麗な黒髪はこの櫛がないと~」


 まったく聞いちゃいない。

 でもこの子の声にはいつも元気をもらう。


 俺の唯一のメイド、リナ。

 ハズレくじの九男坊のメイドになど誰もつきたがらないが、この子は違った。


「紙が出せる魔法なんて見たことないですよ!」

「だれも出来ない魔法を使えるブラン様はすごいです♪」


 セッケーズなんてよくわからんハズレ魔法と蔑まれた俺を彼女だけは肯定してくれた。


 ずっと傍にいてくれたリナ。


 リナは俺の一個下の18歳の美少女。綺麗にゆわれた栗色の長い髪とその豊かな胸を揺らして、今日も元気な声を出してくれる。


「リナ……俺は追放されるんだぞ」


「それは昨日お聞きしましたから。あ、あとブラン様がいつも作っている木彫りの像も持っていきましょう。ほら、これなんか凄くいい出来ですよ~~パカパカ開く四角い棚♪」


 ああ、懐かしい。それ冷蔵庫のミニチュアだ。

 前世の知識を活かして趣味で作っていたミニチュア。

 といってもこの剣と魔法のファンタジー世界の住人にとっては、ただの蓋つき棚に見えるだろうがな。


 そんな昔のものまで取っておいてくれたのか……


 リナは本当に優しい。


 ダメだ……


 こんないい子を未来のない辺境の果てに連れて行くことはできない。


 俺は自身の荷造りをはじめた優しいメイドに口をひらいた。


「リナ。これは最後の命令だ……俺についてくるな」


 俺はあえて突き放すように言い、彼女に背を向ける。  


 小さな息を呑む音が聞こえたが、俺は振り返らなかった。そのまま、わずかな私物だけを手に取り屋敷の城門をくぐった。




 ◇◇◇




「さてさて、どうしたもんか……」


 馬車もなく辺境のラスタールへ向かえとか、目的地に着けるかすらあやしい。

 このままバックレるという手段もあるが、そうなるとこの伯爵領から出なければならない。あの父の事だ、おそらく各関所に今回のラスタール行きの事を触れ回っているだろう。


 そう簡単には逃げられない。

 一人寂しく野垂れ死にか……。


 途方に暮れて一時間ほどトボトボと歩いていると。


 後ろからガタゴトと、明らかに整備不良な車輪の音が聞こえてきた。



「ブラン様ぁぁーー! 待ってくださ~~~い!!」



 そこには御者台に座り、必死に手綱を引くリナの姿が。


「……なんで来ちゃったんだよ」


 俺の呆れ顔に、リナは満面の笑みで答えた。


「だって~~ブラン様の行くところにリナあり、ですから! さあ、乗ってください! 出発ですよ~~♪」


 元気のかたまりだな……たく。


「……はぁ。わかったよ、俺の負けだ」


 俺は苦笑いしながら、彼女の差し出した手を取った。  


 どうやら俺の二度目の人生、一人寂しく野垂れ死ぬ……という予定は早くも変更になったらしい。



 数日後。

 俺たちは荒れた街道の脇に止めた馬車の中で夜を迎えていた。  


「ブラン様~~寒くないですかぁ♪」

「ああ、大丈夫だ」


 金はわずかばかりしか与えられなかったので、無駄にはできない。


「マクラ……俺のを使え」


 リナは自身で持って来た年季の入ったマクラに抱き着いている。が、もはやしわしわのヨレヨレだ。

 俺の差し出したマクラをグイっと退けた。


「いいんですよ~リナはどこでも寝れますから~♪ えへへ」


 強がってはいるが、彼女の目の下には少しくまができている。馬車泊が続いているからな……せめて、安眠できる道具の一つでもあれば。


 フカフカの柔らかいマクラ……そういえば前世で使っていた低反発のやつ、あれは快適だったな。


 構造を思い浮かべる。頭を包み込むような曲線に通気性の良いカバー、内部には衝撃を吸収するウレタン素材……。俺は無意識に指先に魔力を込めた。


 ―――ふわり


 一枚の紙が、俺の手の中から零れ落ちた。


「わぁ~~ブラン様の魔法だぁ~~♪」


 リナが暗い馬車の中で目を輝かせる。  


「あれ? でも、今までの紙とは少し違いますね。これ完全にマクラの絵ですよ?」


 たしかにリナの言う通りだ。

 今まで俺が出してきたセッケーズはどこか抽象的で、わけのわからない模様が描かれているだけだった。だが今回は違う。そこにはマクラの側面図、断面図、内部の素材配合、そして完成予想図が完璧なパースで描かれていた。

 凄いな、ある程度は勝手な想像なんだがなんかそれっぽくなってる。


「ああ……今回は、俺が知っているものをある程度具体的にイメージしたからかな」


 しばらく、その紙を二人で見つめていた。  


 すると、紙の表面が淡い光を放ち始める。



 むくり、ぴょこ。  


 ぴょこぴょこ。


 ぴょこぴょこぴょこ。



 なんか出てきた!?


 これなんだ!


 小人みたなんいっぱい出たきた!?



 なんと紙の中から、身長十センチほどの透き通った小人さんたちが数人でてきたではないか。小人たちはリナのマクラの周りに集まり出して、なにやらゴニョごにょと会議を始めだした。


「わぁ~~かわいい♪」


 リナがキャッキャはしゃいでいる。

 まあたしかにかわいらしい。


 だがそれだけだ。


 小人たちはあぐらをかいて熱心に何かを話し合っているだけ。


 ……ふう。


 こんなでもリナが喜んでくれたならいいか。


 今までの疲れが出たのか、俺はリナの顔を見ながらゆっくり瞼が閉じていった。



 翌朝。差し込む朝日に目を覚ますと、隣でリナが幸せそうな寝ぼけ声を上げた。


「ふぁあああ~おはようございますブランしゃまぁ~~あぁあ~~気持ち良かったぁあ♪」


「お、おい、リナそれはなんだ?」


「あれ、あたしなんかフワフワでぐっすり寝れて~~♪」


 そこには信じられない光景があった。真っ白で見るからに柔らかそうで極上の安眠枕がリナの横に鎮座していたのだ。


 リナがボスんっとマクラに頭を乗せると、モチふわっと彼女の顔が埋まる。


 ちょっとまて! あきらかに昨日のマクラと違うんだが!?


「わぁ~~マクラふかふか~~♪」


 俺は自分の手を見た。


 そうか……これはそういう魔法だったんだ。



 セッケーズじゃない―――【設計図】じゃねぇか!!



 俺の魔法【設計図】はただの紙を出す魔法じゃない。俺がある程度具体的な設計図イメージを描き魔力を注げば、その製作プロセスを小人さんたちが代行してくれる―――いわば万能工作魔法。

 はじめは火魔法とか風魔法を出そうとしてたから、魔法の使ったことのない俺には具体的なイメージができなかった。だから意味不明な設計図が出来上がってたんだ。


 ってことは、生活用品や武器などをしっかりイメージできれば……小人さんたちが作ってくれるってことか。


 あのクソ親父も威張り散らした兄たちも、誰も気づかなかった。この魔法があれば、何もない最果ての地だって……。


「リナ。こいつは面白くなってきたぞ」


「はい! ブラン様はもとから面白いですよ~♪」


 俺の胸には屋敷を出た時のような絶望感は微塵もなかった。  

 あるのは前世で趣味に没頭していた時のような、ワクワクする高揚感だけだ。


 俺は馬車の窓を開け、遠くに見える「魔の森」のシルエットを見据えた。  


 待ってろよ、最果ての領地。


 そこを世界で一番快適で最高な場所に作り替えてやる!


【読者のみなさまへ】


読んで頂きありがとうございます!

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※本作はカクヨムにて先行公開中です。


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