【第二場面】ルシアン vs マリエル
夜の新聞部室は、昼とは別の顔をしていた。
窓の外は群青。
机上にはランプの火が揺れ、原稿用紙の影を長く引き延ばしている。
印刷機の金属が低く軋む。
まだ刷られていない紙束が、静かに出番を待っていた。
机の中央に置かれた原稿。
見出し——
『薔薇庭園に咲く倒錯の美』
「……本気なの?」
マリエルが口を開く。
声は穏やかだが、その奥に明確な拒絶があった。
ルシアンは椅子に深く腰掛け、指先でペンを回す。
「何がだい?」
「人間関係を、芸術扱いすることよ」
部室の空気が張り詰める。
「誰かが傷ついているかもしれない。私たちは娯楽として消費する立場じゃない」
ルシアンは小さく笑った。
「消費? 違う。観測だ」
「言葉を変えても同じよ」
マリエルは一歩、机へ近づく。
「当人が本当は苦しんでいたらどうするの? あの記事は“美しい構図”として固定してしまう。学園全体がそれを称賛したら——」
「何が問題だ?」
静かな問い。
マリエルの眉がわずかに寄る。
ルシアンは立ち上がり、窓辺へ歩く。
遠くに薔薇庭園の輪郭が見える。
「あの場にいた者の証言は一致している」
彼は振り返る。
「彼女は泣かなかった。震えていたが、目は逸らさなかった。」
部室に沈黙が落ちる。
「それは事実だ。私はそれを書くだけだ」
マリエルは即座に返す。
「それは強さではなく、何か別のものでは?」
ルシアンの瞳が、わずかに細められる。
「別のもの?」
「恐怖の麻痺かもしれない。期待かもしれない。混乱かもしれない。私たちは彼女の内面を知らない」
「だからこそ書くんだ」
ルシアンは低く言う。
「傷がないからこそ異様だ」
彼は原稿を手に取る。
「被害者が被害者として機能しない。加害者が優雅に振る舞う。調停者が物語を整える」
ゆっくりと言い切る。
「この歪みは、記録すべきだ」
マリエルは沈黙する。
怒っているわけではない。
だが納得もしていない。
「あなたは、美しいかどうかしか見ていない」
「君は、善悪しか見ていない」
視線が交錯する。
平行線。
やがて、部室の隅で見守っていた部員が小さく言う。
「……部長、掲載は?」
ルシアンは迷わない。
「掲載する」
マリエルは深く息を吐く。
止められない。
ならば——
彼女はペンを取る。
原稿の下部、空白に書き加える。
副題:感情の所在は未確認
ルシアンがそれを見て、ふっと微笑む。
「予防線かい?」
「確認不足の明示よ」
「面白い」
「面白くない」
活版印刷機が、ゆっくりと動き出す。
紙が吸い込まれ、インクが染み込む。
その音は、どこか判決のようだった。
記事は止められない。
だが、断定もさせない。
こうして——
美学と倫理は決着しないまま、
同じ紙面に並んだ。
そして翌朝。
学園は、ひとつの“解釈”を読むことになる。




