第四幕 ― 沈黙
音が、消える。
いや——
正確には、風の音だけが残る。
割れたステンドグラスの隙間を抜けた夜気が、礼拝堂の奥で低く鳴る。
ロウソクの火が揺れる。
影が伸び、縮み、三人の輪郭を歪める。
誰も、すぐには口を開かない。
この沈黙こそが、章の核心だった。
王子
守れないなら、自分は何者だ。
その問いが、胸の奥に落ちる。
王族とは何か。
権限か。
血か。
制度か。
守るという行為が、自分の存在証明だった。
弱き者を守る。
秩序を守る。
国家を守る。
だが今、守られる側がそれを拒否した。
守らないという選択は、可能なのか。
それは放棄ではないのか。
無責任ではないのか。
——いや。
本当にそうか?
守ることを望まれていないのに、なお守ろうとするのは、
それは支配ではないのか。
彼は初めて、自分の正しさを疑う。
役目を失ったとき、
王子はただの人間になる。
その事実が、怖い。
だが同時に、どこか静かだった。
リリアナ
言った。
守られないと。
だが本当に、自分は立てるのか。
逃げた。
選んだ。
だが選び続ける覚悟はあるのか。
追手が来る。
国家が敵になる。
制度が刃を向ける。
そのときも、守られずに立てるのか。
強く見せた言葉の裏で、
不安が波のように押し寄せる。
けれど。
守られることで安心する未来を、
彼女はもう選ばなかった。
揺れてもいい。
怖くてもいい。
それでも、自分で決める。
その決意だけは、崩れない。
レディアナ
二人の間に流れる緊張を見つめながら、
彼女は自分の胸に問いを落とす。
私は、ずっと彼を嫌ってきた。
傲慢な王族。
制度の象徴。
断罪を許した存在。
嫌うことで、自分を守った。
敵である限り、距離は保てる。
憎むことで、傷つかずに済む。
だが——
それは、楽だったのではないか。
嫌い続けることは、思考を止めることだ。
理解しなくていい。
向き合わなくていい。
ただ敵であればいい。
けれど今。
彼は迷っている。
揺れている。
守るという役目を失い、立ち尽くしている。
その姿を見て、なお憎めるのか。
胸の奥で、何かが軋む。
風が強く吹き込む。
ロウソクの炎が大きく揺れる。
影が崩れる。
その瞬間。
レディアナは、一歩前へ出る。
石床に、靴音が小さく響く。
物理的な距離が縮まる。
そして同時に——
心理的な距離も。
彼女はもう、観客ではない。
構図の外から眺める存在ではない。
選んだのは、自分だ。
ここにいると決めたのは、自分だ。
沈黙は、終わらない。
だが質が変わる。
逃避の沈黙ではなく、
決断の直前の静止。
ロウソクの炎が、再び細く揺れる。
月光が、三人を同じ高さで照らしている。
次に口を開くのは——
レディアナだ。




