第一幕:文化祭当日 ― 祝祭と緊張
学園は祝祭に包まれていた。
中庭には色とりどりの布が張られ、
屋台から甘い香りが漂い、
笑い声が石畳を弾く。
楽団の音色が風に乗り、
今日だけは身分も試験も忘れてよいかのような空気が広がっている。
だが。
大講堂へ続く回廊だけは、温度が違った。
飾りは同じ。
花も灯りも変わらない。
それでも、空気が硬い。
入口には普段より多い警備。
馬車が静かに並び、紋章が並ぶ。
最前列には有力貴族。
そして中央。
王子の席。
その存在が、祝祭を公的空間へと変えていた。
「今年は違うらしい」
「脚本が改訂されたとか」
「悪役令嬢に独白があるって」
「……王子殿下もご覧になるんでしょう?」
囁きが広がる。
期待と不安が混ざった声。
ただの演劇ではない。
そう、誰もが感じていた。
控室。
レディアナは鏡の前に立つ。
衣装は完璧。
姿勢も、視線も、隙はない。
ゆっくりと息を吸う。
四拍。
止める。
四拍。
吐く。
感情は整えられている。
断罪劇は制度の象徴。
自分はその中心に立つ。
揺れない。
揺らがせない。
ただ、それだけ。
同じ控室の端。
リリアナは穏やかに微笑んでいる。
周囲に気遣いの言葉をかけ、
誰よりも柔らかく振る舞う。
だが、衣装の裾を整える指先が、わずかに震えている。
脚本は改訂された。
問いは投げられる。
その先は——
まだ、決めていない。
あるいは。
決めてしまっているのかもしれない。
彼女自身にも分からない衝動が、胸の奥で小さく脈打っている。
客席中央。
王子は静かに座っている。
背筋は伸び、表情は穏やか。
だがその視線は、閉じた緞帳を見据えたまま動かない。
舞台の向こうに、何が待っているかを理解している。
これは娯楽ではない。
問いだ。
もし断罪が揺らげば。
もし迷いが肯定されれば。
それは物語で終わらない。
王子は、指を組む。
逃げることもできた。
だが、来た。
それがすでに選択だと、理解している。
やがて、場内の灯りが落ちる。
ざわめきが、すうっと細くなる。
祝祭の音が遠のく。
残るのは、張り詰めた空気。
緞帳の向こう。
控室。
客席。
立場は違えど、三人は同じものを感じていた。
沈黙。
それが訪れることを、予感している。
まだ何も起きていない。
だが。
すでに何かが、始まっている。
緞帳が、ゆっくりと上がる。




