終幕:湖面
夜は完全に落ちた。
湖は静かだ。
風もやみ、水面は鏡のように月を映している。
揺れているのは、月だけ。
いや。
揺れているのは——映っているもののほうか。
回廊の外。
湖畔の縁。
三人は、同じ空間にいる。
王子。
リリアナ。
そして、レディアナ。
だが。
距離は決定的に変わっている。
王子は沈黙している。
言葉を持たないわけではない。
言うべき理屈も、守るべき正義も、まだある。
それでも。
今は、何も言えない。
正しさが通じない領域を知った。
叱責が報酬になる世界を知った。
沈黙は、彼の揺らぎそのものだった。
リリアナは、静かに立っている。
俯いている。
だが。
唇の端に、消えない微笑。
満足げな。
満たされたような。
誰かを奪ったわけではない。
何かを勝ち取ったわけでもない。
ただ。
視線を受け取った。
叱責を受け取った。
それだけで、十分だと告げるような微笑。
レディアナは、その横顔を見る。
月光が彼女の輪郭を冷たく照らす。
瞳は澄んでいる。
そこにあるのは怒りではない。
焦燥でもない。
理解。
冷たい理解。
構図は変わった。
王子は、もう中心ではない。
リリアナは、弱者ではない。
そして自分も、観測者ではいられない。
湖面に三人の影が映る。
だが。
水の中の距離は、現実とは違う。
近く見えて。
触れられない。
第五章は、ここで閉じる。
何も壊れていない。
誰も倒れていない。
それでも。
決定的な何かが、移動した。
月が、ゆっくりと雲に隠れる。
湖は、再びただの闇になる。




