第一章 第一幕:入学式 ― 制度の荘厳
王立アストレア学園・大講堂は、王宮にも劣らぬ威容を誇っていた。
高く、あまりにも高く吊られた天井からは、幾重にも枝を広げた黄金のシャンデリアが垂れ下がり、幾百の灯が宝石のように瞬いている。その光は、赤い絨毯をまっすぐに照らし、中央を貫くその一本道を、まるで運命そのもののように浮かび上がらせていた。
左右には整然と並ぶ貴族子女たち。
刺繍の施されたドレス、磨き上げられた礼装、揺れぬ姿勢。
誰一人として私語を交わさない。
その最奥――王家席。
王家の紋章を背に、若き王子が静かに腰掛けている。
空気は張り詰め、祝祭というよりもむしろ審問に近い。
やがて、重厚な杖の音が床を打った。
評価官長が一歩、前へ出る。
「これより――」
声は低く、よく通る。
「王妃選定演習課程を、開始する」
その宣言は、祝辞ではなかった。
命令でもなかった。
それは、国家意思の発動だった。
この学園における三年間は、ただの教育ではない。
王家の未来を選び、国の秩序を試し、貴族社会を再構築するための演習。
誰もがそれを理解している。
だからこそ、拍手は起こらない。
ただ、静かに背筋が伸びるだけだ。
「次期調停役を指名する」
評価官長の視線が王家席へ向く。
「アストレア王国第一王子――」
名が告げられる。
王子はゆっくりと立ち上がった。
慌てず、威張らず、しかし迷いもない。
壇上へ向かう足取りは、すでに王であるかのように安定している。
彼は会場を一瞥し、静かに口を開いた。
「本年度の調停を務める」
それだけだった。
だが、その一言で空気は柔らいだ。
拍手が起こる。
抑制された、しかし確かな音。
安堵が広がる。
王子は、制度の軸。
善悪が対立したとき、均衡を保つ存在。
激情を裁き、過剰を抑え、物語を正しい形へ戻す役割。
彼がいる限り、この演習は暴走しない。
そう信じられている。
評価官長は再び杖を鳴らす。
「続いて――悪役令嬢を任命する」
一瞬、会場の温度が変わった。
「レディアナ・フォン・グランヴィル」
静寂。
それから、納得のざわめき。
当然だ。
名門グランヴィル公爵家の長女。
学力、礼法、政治理解、すべてにおいて首席。
誰よりも気高く、誰よりも冷静。
彼女以上に、その役に相応しい者はいない。
赤いドレスの裾が、ゆっくりと揺れた。
レディアナは立ち上がる。
動揺は、ない。
顎はわずかに上がり、背筋は糸で吊られたように真っ直ぐ。
視線はまっすぐ前へ。
その姿は、選ばれたというよりも、
“そこにあるべきものがそこへ収まった”という自然さを帯びていた。
(当然ですわ)
胸の内で、静かな声が響く。
驕りではない。
覚悟の確認だ。
悪役令嬢とは、ただの悪ではない。
ヒロインを試し、王子を揺さぶり、物語を前進させる装置。
秩序を乱す役を引き受けることで、より大きな秩序を完成させる存在。
彼女はそれを理解している。
壇上へ進み、王子と対面する。
視線が交わる。
そこに敵意はない。
役割への敬意だけがある。
会場は再び静まり返る。
完璧だった。
王子という軸。
悪役令嬢という推進力。
秩序は保たれた。
制度は正しく起動した。
王妃選定演習課程は、滞りなく始まったのだ。
――まだ、何一つ狂ってはいない。




