第9話:頂の背中、未だ遠く
境界の村に、二つの「彗星」が駆け抜ける。
一つは、紅蓮の炎を纏い、大地の震動と共に地を割る剛の一撃――カイル。
もう一つは、暴風を足場に、氷結の散弾で空間を制圧する理の連撃――リナ。
「……はあぁぁぁっ!」
十五歳になったカイルが、アルドから貰った黒鋼の剣を振り下ろす。
ゴルドから学んだ堅牢な身体強化と、シオンから学んだ神速の剣筋。
その一振りは、山一つを両断せんとする威力を秘めていた。
同時に、リナが風の檻で回避路を塞ぎ、ゼクスの緻密な術式とベラドンナの魔力干渉を応用した「絶対零度の氷槍」を放つ。
魔王軍最強の四天王すら「善戦」を認めざるを得ない、愛弟子たちの共闘。
だが、その中心に立つ二十七歳の青年は、武器すら抜いていなかった。
「……うん、良い連携だ。カイル、踏み込みが少しだけ甘いかな。リナ、術式の固定に魔力を使いすぎだよ。もっと『呼吸』に預けて」
アルドは、薪割りような最小限の動きだけで、カイルの剛剣を掌で受け流し、迫り来る氷槍を指先で弾き飛ばす。
彼にとっては、これは戦いではない。
「日常の動作の修正」だった。
「……ダメだ、かすりもしない……!」
「お兄さんの魔力が、一瞬たりとも揺れない……っ」
二人は最後の力を振り絞り、全魔力を込めた合体攻撃を放つが、アルドはふらりと一歩前に出ると、二人の額に軽く指を添えた。
「――はい。ここまで」
トン、と。
ただのデコピンのような衝撃が、二人の全魔力循環を強制的に沈静化させた。
「……あ……」
「……うぅ……」
カイルとリナは、そのまま糸が切れた人形のように地面へ倒れ込み、大の字になった。
空を仰ぎ、荒い息を吐きながら、自分たちが五年かけて積み上げてきた全てが、アルドという海に飲み込まれたことを実感する。
アルドは腕を組み、倒れた二人を見下ろして、静かに総評を告げた。
「だいぶ強くなったね。……カイル、ゴルドさんから貰った『盾の心』とシオン先生の『鋭さ』が、ようやく一つの流れになり始めた。リナ、ゼクスさんの『魔術理論』をベラドンナさんの『柔軟さ』で包めるようになったのは大きな進歩だ」
アルドはそこで一度言葉を切り、少しだけ厳しく、だが温かく言った。
「でも、まだまだだね。力が外に漏れている。本物の強さは、刃を振り下ろす瞬間にしか見えないものなんだ。……君たちが『戦う』と思っているうちは、俺には届かないよ」
アルドが手を差し出すと、カイルはその無骨で、だが驚くほど安定した手を取った。
「……へへ、やっぱりお兄さんは最強だ。……あんなに先生達に稽古つけてもらったのに、まだ背中が遠いよ」
「お兄さん、本当におじさんになるまで追いつけないかも……」
リナの軽口に、アルドは「これでもまだ二十七なんだけどな」と苦笑いした。
その光景を、木陰で見守っていた四天王たちは戦慄を隠せなかった。
ゼクスは、自分の教えた高等魔導を「呼吸のついで」で無効化されたことに溜息をつき、シオンは自分の極意を「薪割りのレベル」で扱われたことに酔いしれる。
「……恐ろしい子たちに育てたものね。あの二人が本気を出せば、今や魔王軍の幹部クラスですら相手にならないわよ?」
ベラドンナが呆れたように呟く。
「ガハハ! だが、あのアルド殿の前では、俺様たちも含めて全員『修行中のヒヨコ』ってわけだ!」
ゴルドが豪快に笑う。
ミラは、成長した子供たちと、変わらぬ背中を見せるアルドを見つめ、静かに決意を固めていた。
「(……カイルもリナも、もう立派な大人。……そろそろ、ワタクシとアルド様の関係も、次の段階へ進んでもよろしいかしら……?)」
境界の村での長い修行編が幕を閉じ、運命の歯車は再び王都へ、そして世界へと動き出そうとしていた。
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